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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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拉致


       拉致



 捜査が適当に行われた事を多治見が知ったのは、犯人である曽屋の死を江波へ伝えようと、捜査資料の一部を取り寄せ目を通した時で、曽屋の死後から三日が過ぎていた。

「なんだこれは?」

「多治見。どうかしたの?」


 先日、昼食を共にしてから、上神宮は『多治見係長』とは呼ばずに『多治見』と呼び始めた。二係の係長に聞くと、テレビの刑事ドラマの影響で『できる上司は、部下の肩書きや役職を呼ばない』のが流儀と思い、実践しているのだと話し「ここだけの話しですが、それもお気に入りの部下限定なんですよ。」と含み笑いで締めた。

 多治見の脳裏に何故か『中道』の顔が浮かんだ。


 多治見の疑問の声を聞きつけ、上神宮が寄ってきた。

「課長。これは前橋本署が出した、曽屋の捜査報告書の一部ですが、見ていただけますか?」

 そう言いながら上神宮へ手渡す。それを見て、眉根を寄せた。

「なんて杜撰(ずさん)な――」


 表題には『独居老人連続強盗殺人事件報告書』と有るが、A四のコピー用紙一枚だけであった。それには現場検証や検死の結果を含んでも、箇条書きで僅か八項目が書かれているだけで、とても冤罪を生んだ事件の報告書とは思えない紙片にすぎなかった。


「前橋本署へ行って来ても宜しいでしょうか?」

「構わないけど。すでに荼毘に付されて死因の特定は無理よ。それにこの感じだと、現場もすでに規制線を解除して開放しているでしょう。言い難いけど、この書類を信用するしかないわね。」

「こんな空白だらけの書類が、何の役に立つのでしょうか?」

「真実は見えなくても、署長始め上層部の捺印があれば、お役所仕事の事務手続きは、問題なく行えるわ。」

「課長から、本件全ての資料の、閲覧許可申請をしていただけませんか?」

「――。判った。すぐ電話する。電話して埒が明かないときは、多治見。一緒に前橋へ行くわよ。」

「は?」

「本庁の課長が直々に出向けば、文句も言えないわよ。」

 上神宮は自席に戻り、前橋本署の署長へ電話をした。


 しばらく話しをしていて、受話器を置くと戻ってきた。

「捜査資料一式。明日着で送ると約束させたわ」と得意気に言う。

「さすがです。課長の辣腕には頭が下がります。ありがとうございました。」

「気にする事など無くてよ。明日、捜査資料がきたら、会議室で全てに目を通しましょう。」

「課長もお手伝いいただけるのですか?」

「当たり前でしょ!会議室は押さえておくから。初めての二人だけの捜査になるわね。よろしく。」

「はっ。こちらこそよろしくお願いいたします。」

 起立して敬礼をした。


 その日の帰宅途中に、【JITTE】へメールを送った。


《警察の仕事で申し訳ないですが、先日のGPSで、江波君の居場所をわかるようにしていてください。》


《世間では片付いたと言われてますが。何か心配でも?》


《まだ燻ぶっている感が抜けない。僕の感としか言えませんが》


《承知。》



 翌日の昼前に、上神宮宛で前橋本署から捜査資料が送られてきた。それを受け取り、多治見を呼んで二人は会議室へ入る。

「さぁ。始めましょう」

 上神宮の一声で、多治見は送られてきた箱を開梱して、中の書類をテーブルの上へ出した。


 中には検死ファイル一冊と捜査ファイル一冊の合計二冊が、対となっていた。表紙には『独居老人連続強盗殺人事件簿』と殴り書きされていた。

「課長。どうぞ」と多治見がファイルを上神宮の前へ出した。

「多治見。貴方が見て。」

 受け取る素振りもせずに「正直、私が見ても殺人の資料は良く判らないもの。」

 キャリアの上司は、死体を見た事が無く免疫が無い。多治見はその事を汲んで、「では遠慮無く。」とファイルを開き中を読み始めた。

「何だ?」

 途端に多治見は疑問符を吐いた。上神宮がファイルを覗き込む。

「調書が無い。証拠品のリストすら有りませんよ。あるのは、曽屋が自殺した公園の現場写真と所持品リストだけで、本庄市内と東松山市。それに入間市の件の報告文すら無い。」

 多治見は慌てて検死報告書のファイルを開く。

「検死も死因の欄に『頸部圧迫による死亡を確認』とあるだけで、胃の内容物や血液検査の欄は空白です。」

「どう言う事?」

 上神宮は意味が飲み込めないのか、多治見を見て真顔で聞いた。

「つまり簡単に言うと『まともに捜査はされていない』という事です。」

 これには上神宮も反応した。

「何言っているの、マスコミからも騒がれた件なのよ。捜査されていないなんて事――」

「しかしこの調書を見る限り、表題には連続と書かれていますが、曽屋の自殺意外は何も書かれていません。自殺の内容も、一般人が覚悟の自殺をした様な扱いで、他殺や事故などの視点での捜査などは、一切されていませんよ。」

「でも曽屋は自殺よね?」

「課長。拘束されている警察署から逃亡しているのですよ。いくら勝手知ったる我が家でも、一人で易々とは逃げる事はできません。それができたと言う事は、署内に協力者がいたと考えるべきですし、逃がすという事は、少なくても真犯人にとって曽屋は、邪魔者になったと考えられます。であれば死人に口無しで逃亡をさせて『殺す』事を考え実行した。そう考えるのが自然です。」

「でも殺すのであれば、署内だったら脱出させる手間は省けるわ。」

「確かにそうですが、留置場には監視カメラも有りますので、意外と難しいですよ。」

「確かにそうね」

「主犯が署内の人間ではなく、署内に入ると目立つとなれば、署内の共犯者が脱走させる意味も出ます。」

「わかった――。キャリアって無知ね。こういう肝心な事を、全然知らずにいたわ。ごめんなさい。」

「失礼な発言が有りましたら、お詫びいたします。」

 謙虚な上神宮に多治見は恐縮した。

「うぅん。私は、自分の知識の無さに幻滅しているの。多治見の説、実に判りやすかった。ありがとう。」

 上神宮の目に涙が溢れた。

「多治見が最初に私へ言った言葉。『貴方の傲慢な我侭に、付き合うために本庁(ここ)に来た訳でない』って、今になって本当に判ったわ。私はここの課長の席も、四年我慢すれば検察庁へ移動すると思って、ただの腰掛程度にしか思っていなかった。だからその四年の間、私の汚点や足枷。減点などを残さない為に、ここの課を管理職らしく、上から命令していたに過ぎなかった。現場の――、仕事の内容など知る必要も無いと思っていた。」

 多治見の目を見て、上神宮はテーブルに両手を着いた。

「あと二年ほどの任期の中で、どれだけ学べるか判らないけど、これからは、自分の仕事とちゃんと向き合うわ。多治見さん。色々と教えてください。」と素直な言葉を口にした。

「課長。――判りました。まずは食堂で昼食ってのは如何ですか?」

 多治見に言われ腕時計を見る。

「あら本当。もうこんな時間。」

「もう日替わりランチは売り切れですよ。普通に定食ですかね。」

 多治見が箱へ二冊のファイルをしまうと、手に持ち会議室の照明を消し扉を閉めた。

「自分はこれを自席へ置いてきますので、課長は先に食堂へどうぞ」

「わかった。席を取っておくわ。」

「ありがとうございます。」

 二人は会議室の左右に別れて歩き出した。


 少し遅れて多治見が食堂に入った。十二時半を過ぎていても、やはり混んでいた。定食の列に並び、焼肉定食を取って食堂内を見回す。一番奥の窓側で、手を挙げている上神宮を見付けた。

「やはり混んでいましたか」

「でも見晴らしの良い所が空いていて良かった。」

「課長の運気が上がっているからですよ」

「またぁ。」

 多治見が上神宮の前に座り、焼肉定食へ箸をつけた。


「警察病院の件なんだけどさぁ」

「どうかしたの?」

 多治見の背中越しで、内勤者がひそひそと話しているのが聞こえた。

「事件が終わったからと言って、警察病院を追い出すなんて酷いよね。」

「誰のこと?」

「前橋の江波って人」

「例の冤罪の――?」

「その話し。本当?」

 振り向きざまに訊いた。

 聞かれた二人の女性警察官は、驚きながらも頷いた。

「どういう事?詳しく聞かせてくれないかな。」

 多治見は定食の丼を持ち、白飯を頬張りながら訊いた。

「私は経理部の事務をしています。内容は詳しくは判りませんが、今朝、警察病院から、江波春好君とその家族の、退院の用紙が回ってきたので処理をしました。」

「日付は?」

「昨日の四月二十四日です。」

 多治見の食事の手が止まり、経理部の女性の顔をじっと見たまま動かない。

「多治見?ねぇ多治見!」

 上神宮に呼ばれ我に返る。

「課長!江波君が危ない!急いで近隣の所轄へ協力依頼をして、江波君とその家族の保護をしてください!一刻を争います!僕は警察病院へ行きます。」

 多治見は食堂の出口へ向けて駆け出した。


 エレベータの中から、奉行へ電話をし事の仔細を話した。当然、警視総監の岩本は、警視庁と各所轄へ、江波春好とその家族の保護を通達した。多治見は奉行の後へ、【JITTE】と仕置き組へメールを送った。


《危惧していましたが、前橋の事件はまだ終わっていませんでした。江波君達が拉致された可能性があります。警察も動いていますが、君の力を貸して欲しい。青年とその家族の命を守りたい。お願いします。》


《承知しました。彼のGPSを辿って、私の部下全員へ指示します。連絡が有りましたらお知らせします。》


《ありがとう。連絡待っています。》


 多治見は中野の警察病院へ付くと事務長に面会した。

「どうして、江波君達を退院させたのですか?」

 当然の質問をした。

「前橋本署の署長から電話がありましてね。『こちらの失態で迷惑を掛ける訳にはゆかないので、引き取る』と言われたものですから、担当医からも前橋の病院までなら、移動させても問題は無い。との診断もありましたし――。」

「いつ、どんな車でしたか?」

「昨日の夕方、五時過ぎていましたかね。白っぽいワンボックスで、前橋本署の刑事と名乗る者が二人で来ましたので、見送りました。」

「ナンバーはみておりませんか?」

「疑わしい所は無かったので、気にもしていませんでしたから――」

「どちらへ行きましたか?」

 多治見は病院の前の道を指して問う。

「えーと、右に曲がって行きましたよ。あれ?前橋だと左だよな?」

 多治見は深い溜息を吐いた。事務長へ礼を言って警察病院を引き上げた。


 事務長が言った右側の道を歩き出して、課長へ電話を入れた。

「多治見です。上神宮課長をお願いします。」

 多治見は警察病院で仕入れた、前橋本署の署長からの電話で退院させた旨を報告した。

「ご苦労様。で、これからどうする?」

「取り敢えず車が消えた方角へ進んで見ます。課長は申し訳ありませんが――」

「前橋本署の署長に電話の件を確認するわ。確認が取れ次第、電話する。」

「ありがとうございます。」

「でもこのヤマは多治見のものでは無いのに。どうして――」

「人の命。ましてや子供の命に、管轄も部署も関係はありませんよ。」

「そうね。愚問だった。御免。ではあとで」


 道路の標識を眺めていると、『葬』の携帯にメールが来た。見ると二通のメールがほぼ同時に送信されてきた。


 一通目の【JITTE】のメールを見る。


《江波君のGPSは千葉の市川付近で途絶えた様です。恐らく特殊な建物の中か、見付かり壊されたか。と思われます。》


《ありがとう。引き続き追いかけていてください。》


続けて二通目を開く。【ABURI】からのメールだった。


《【SABAKI】が探している子だと思う。》


 読んですぐに電話した。

「【ABURI】か!今のメールは本当かい?」

「多分。」

「話してくれるかい?」

「良いわよ。えーとね。お店のお客に釣り好きな人がいて、今朝四時頃に、市川の江戸川の河口付近へ行ったの。」

(市川……)

「釣りをして一時間ぐらい経った時に、白のキャラバンが近くに停まって、高校生位の男の子が降りておしっこしたの。見ちゃった。そしたら、若い殿方と二人のおじさんも車から出てきて、三人並んで、目移りしちゃった。」

「それがどうして、僕が探している家族とわかるの?」

「だってあんな所に、早朝から来る人って、釣りか工事関係の人だけだもの。可愛い坊やが来るなんてめったに無いわ。だから何か有ると思って、お客さん放って後つけたの――。本当は若い殿方が好みだったから、もっと近くで見たくて。」

「それから?」多治見は先を急がせた。

「キャラバンを尾行したら、プラント現場の資材置き場の前に停まったわ。そうしたら高校生と若い殿方に、お母さんかなって歳の女性が降りて、その後からさっきの二人のおじさんが降りてきて、資材置き場の建物の中へ入っていった。私、興味が湧いて暫く見ていたら、【SABAKI】の緊急メール見て、まさかと思った。だから窓から窺っていたら、おじさんの片方が、若い殿方を『えなみ』て呼んだのよ。もう間違いないと――。」

「【ABURI】ありがとう。」

「お役に立てた?」

「勿論。今どうしている?」

「何となくだけど、誰かが来るのを待っているみたい。」

「浪江君達は?」

「すごく怯えている感じ。行って抱きしめてあげたいわ。」

「悪いがそれは控えて欲しい。もし家族に危害が及びそうなら、【ABURI】一人でも阻止できるかい?」

「任せて。【SABAKI】の頼みなら、この命を掛けて。」

「それは駄目だ。僕は君を失っても悲しい。」

「えっ?」

「危害が及びそうな時は、火事を起こすのが一番良い。僕が行くまで、監視を頼みます。」

「わかった。待ってる。」

「ところでそこは何処?」

「市川の下妙典のプラント造成現場。湾岸道路の近く。」

「市川なら一時間も掛からずに行けるな。頼むね。」

 多治見は『奉行』と『葬』全員へメールを出した。


【ZANN】からすぐ返信が来た。

《表の仕事で浦安に居る。用事は済んだので、必要であれば向かう》


《警察の仕事だけど、警察内部の裏切り者と、真犯人が誰だか分からない今は、警察に頼る事は憚れる。すまないが頼みます。》


《承知》


 多治見も中野駅を目指し急いだ。その間、課長への連絡も頭を過ぎったが、【ZANN】へのメールの通り、今は誰が敵なのか判らない。警察関係は『奉行』へ任せ、多治見は江波一家の救出を優先させる事にした。そこへ『奉行』からの返信が来た。


《現状、警察内部に共犯者がいるのは否めない。江波一家にばれなければ、【SABAKI】の権限で、犯人を仕置きしても構わない。事後処理は私が上手く誤魔化す。》


《できれば警察で処理していただきたいですが、江波君との約束を守る為。最悪は、奉行のお言葉に甘えさせていただきます》


 多治見に焦りと緊張が走った。


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