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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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冤罪


       冤罪



 四月も半ばになると、新しい環境に対応し始める頃で何かと忙しいが、仕置きにそんな悠長な事は言ってはいられない。皆が忙しい中で、時間を作ると成ると当然夜中になる。例の如く、徹夜の三役会が板橋にある賃貸マンションの一室で始まった。


「申し訳無いが、今回の内容は一切聞いていないから、下手人と罪状を初めから説明してくれるかい。」

 多治見が一番に言う。

「了解しました。下手人は、江波(えなみ)春好(はるよし)、二十三歳。八年前、当時十五歳だった波江は、群馬県前橋市で、独居老人の家に侵入。物色中に家主が帰宅して見付かり、家主が持っていた財布――現金四千円余り――を取り逃走。その際に、家主が転倒して頭を打ち死亡。容疑は強盗殺人でした。その後、警備中の警察官に逮捕されて、八年の刑が確定し。群馬の少年院送りとなりました。」

 多治見と【TEGATA】は無言で聞き入っていた。

「今年三月十八日に少年院を出ると、すぐに行方を消したので、捜していたところ。三月二十二日に本庄市内。四月六日には東松山市内で、老人を襲い金品を奪うという事件が二件起きていました。本庄では被害者は死亡。東松山の方は意識が無く重体です。目明し組にて波江との裏を取りましたが、四月二十日に発生しました三件目の犯行現場――入間市ですが。入間市の金子に居る部下が、死んだ老人の傍らに立っている江波と偶然遭遇して、江波が逃げて行く姿を見ています。その後の逃走経路は、狭山・所沢方面か、青梅・羽村方面のどちらかと思われますが、まだ掴めていません。今となっては、一度見付けた時に取り逃がしたのが残念でなりません。」

 【JITTE】が一気に説明を終らせた。

「罪状は?」

「『死罪』です。」

「随分と重いね。」

「出て数日後の犯行で老人一人を殺害。その半月後にもう一人。こちらは重体ですが短時間での犯行は、再犯癖が抜けないと判断されても、仕方ないかと思われます。」

「本庄と東松山の二件は、江波だと立証できたの?」

「まだです。江波本人が見付からないので、直接の確認は出来ていません。」

「二十三歳でしょ。寒さと空腹を凌ぎ逃走する金も要る。だったらもっと効率が良い、獲物を狙うと思うな。」

「でも、部下が現場に居合わせています。」

「電話で良いから、詳しい話しを聞きたいな。」

「どういう事でしょうか?」

「刑事の感で言うと『しっくり来ない』。ひょっとしたら、八年前の強盗殺人は、冤罪かもしれないよ。」

「どうしてですか?」【JITTE】が聞き返した。

「彼、何かからか、誰かからなのかは判らないけど、逃げているんじゃないかな?」

「でも、警察に捕まった時に。」

「だからね。少年院にいた方が安全だと思ったのか、あるいは犯人に脅されて代わりに刑に服したのか――。であれば、出てすぐに身を隠して逃げている可能性はゼロではない。」

「それほど恐ろしい相手だと?」

「まず彼を探し出して保護しよう。それと、犯行を見たとうい部下に、どういう状況で何をしていたか。詳しく聞いてくれる。」

「でもこれが冤罪だとしたら」

「当然。『葬』の仕事ではなく、警察の仕事だよ」

「群馬県警?」黙っていた【TEGATA】が問う。

「そうなるね。【JITTE】調べられるかい?」

「はい。急ぎ調べさせます。」


 【JITTE】が部下へ電話をしに隣の部屋へ行くと、多治見が「【FUMI】の具合は?」と小声で訊いた。

「落ち着いているみたい。でも――。」

「大丈夫。生きていれば、他の希望や夢が持てる。」

「私もそう言ったけど。」

「今はナーバスに成り過ぎていて、人の話しを聞き入れ難い時。ゆっくり時間を掛ければ、君の声はきっと届くさ。」

「ありがとう。」しおらしく多治見を見た。

「ご両親は?」

「そっちはまったく変化がないのよ。強情だもの。」

 【TEGATA】が首を振る。

「約束をした(ひと)がいないのなら、すぐにでも帰り、正代(しょうだい)と一緒になって稼業を継げ。ってね。正代って家の杜氏(とうじ)なの。来年五十になるからって――」

「教室の事は?」

「話したけど、だったら見舞いへ行くと言い出して。」

「ご両親も代々継いできているから、気が気ではないのだろうけど」

「そうなのよ。元はと言えば、私が長い間放って置いたのが原因だから、自業自得なのは判っているけど、まさかこのタイミングとはね。」左手で顔を覆い溜息を吐いた。


 隣室から【JITTE】が戻ってきたのを潮時に、その話しは断ち切れた。

「部下の話しでは、江波は倒れた老人の横に立って見下ろしていただけのようでした。」

「そこを見ただけ?」

「はい。ですので江波が手を下したかと聞かれると、『見てはいない』としか答えられない。との事でした。」

「早いうちに。保護しないとな。」

「警察へ言ってはどう?」

「警察は。身内の間違いを庇い、隠蔽するのは上手いが、外へ出す様な事はしない。君達だって良く知っているでしょ」

 多治見が申し訳無さそうに言う。

「確かに。」

「そうね。」

 二人は納得して答えた。

「【JITTE】。悪いが真犯人や警察よりも先に、江波を見付けて保護して欲しい。」

「了解。さっき【MEBOSHI】へ連絡しました。今頃は各地の目明し全員へ、連絡が行っているはずです。少し時間が欲しいのですが。」

「判った。次は【JITTE】の連絡の内容次第で決めようか。」

「どう言う事?」

「今は下手人として江波を追っているけど、僕が思っている『冤罪』だとしたら、それを暴くのは僕達『葬』の仕事ではない。奉行へ報告して、警察へ証拠として出すか、それとも江波を守るため、真犯人を仕置きするか。」

「なるほど。判りました。できる限り早く江波を保護します。」

「ひとつ気をつけて欲しい。見付けてもあまり追い詰めないように。何かを守る為に『自殺』を選ぶ可能性も有る。」

「承知。」

「では連絡を待っています。」

「【SABAKI】。万が一の保険として、江波に会ったらこれを渡して身に着ける様にいって欲しい。」

【JITTE】はそう言いながら、紺色の小さなお守りを多治見へ渡した。

「これは?」

「GPSです。例え警察の仕事になったとしても、完全に終わるまでは持たせていた方が良いかと」

「ありがとう。さすが【JITTE】だ。助かるよ。」


 徹夜覚悟でやって来たが、まだ終電に間に合う時間だと、三人はその場で解散して各々帰路へ付いた。

 帰りの電車の中から奉行へメールを出した。


《江波の仕置きの件聞きましたが、八年前の事件自体に『冤罪』と思える節があります。

再度、内密で調べる事は可能でしょうか?》


《物騒な話しだな。

冤罪が本当で有れば、とんでもない事になる。

何せ、少年事件だらな。

確証はあるのか?》


《今の所では『私の感』でしか有りません。

ですが江波は、何かから逃げていると思えます。

本当に罪を犯す前に保護が必要だと思い、【JITTE】へ八年前の事件確認と江波の保護を頼みました。》


《わかった。君の感が外れる事を、切に願っている。

判り次第、連絡する。》


 二日が経ったが奉行からも、【JITTE】からも連絡は来なかった。おかげで江波の家族構成を含め、ある程度の個人情報を得る時間が取れた。

昼食前に上神宮から昼食の内線が掛かって来た。多治見は「自分ばかりお誘いになりますと、他の係長がやっかみます。出来ましたら、順番にしていただけると、係長達の仲も円満になるかと」と上手くかわして、多治見は一人、食堂へ行き日替わりランチを食べた。


 『葬』の携帯が動いた。出して確認する。【JITTE】からだった。開けようとした時に、奉行から電話が掛かってきた。食器を返却口へ置き、食堂の外へ出て受けた。


「昼休みに済まんね。」

「いいえ。今終わった所でしたので」

「日替わりランチかい?」

「はい。早く行かないと売り切れるので。」

「日替わりランチの売れ行きは、昔から変わらないな。」

「奉行も一度いかがです?」

「私が行ったら、皆が迷惑するだろう。」

「それもそうですね。」

「ところで八年前の事件だが――」

「言い難いようですね。やはり『冤罪』でしたか?」

 人気の無い所へ移動したとはいえ、内容が内容だけに思わず小声になる。

「君はスーパーマンかね。話しを聞いただけで、冤罪などと判断するなど」

「いいえ。江波の行動で判断したまでです。何故、彼は少年院を出て、すぐに身を隠す必要があったのか。」

「まさか真犯人に目星を付けている訳ではないよな?」

「生憎ですが、当時の警察官の誰かかと――」

「どうしてかね?」

「院を出る次期を知っているのは、家族か保護司か警察関係者。家族と保護司が犯人だとしても、訴えれば逃げる必要は無い。」

「消去法か。」

「はい。」

「当時交番勤務だった巡査長の曽屋(そや)が、犯人かもしれない。」

「それは警察として」

「当然だ。八年前の件では、まだ証拠は出ていないが、二月末頃の本庄。それと今月に入ってからの、東松山と入間の三つの事件を捜査すれば、曽屋巡査長が犯人だという証拠は見付かるだろう。」

「ではこの件は、私達は関与しなくて良いのですね?」

「あぁ。手を退いてくれ。後は、群馬県警と埼玉県警との合同捜査となるだろう。」

「承知いたしました。皆には急ぎメールします。」

「頼む。」


 電話を切ると、【JITTE】のメールを読む。


《江波を羽村で見付けましたが、近付くと『自殺する』と言い。農家の納屋に篭城して保護できずに困っています。》


《僕が行って説得します。場所はどこですか?》


《地図を送ります。》


 すぐに返信で地図が送られてきた。


《地図を確認しました。》


 奉行へ転送し多治見が保護すると伝えた。



 江波は、青梅線羽村駅から多摩川を渡った先にある、河川敷の小屋に隠れていた。多治見が付いた時には、あきる野の山の向こう側へ陽が落ち始めていた。


「ご無沙汰しております。」

 【MEBOSHI】が多治見を見付け声を掛けてきた。

「やぁ。あれ以来だね。今日は助かった。ありがとう」

「早く見付かり安堵しました。」

「あとは警察として行う」

「承知いたしました。」

「こっちは先手組の者で、ここへ釣りに来た事になっています。上手くお使いください。」

「ありがとう。すぐに福生署の刑事も来る。面倒になる前に、君は帰った方が良い。」

「はい。ではよろしくお願いします。」

「貴方の名前は?」

「山口和弘と言います。」

「住いは?」

「八王子です。」

「上手い接点があれば、誤魔化し易いのだが――」

「勤め先は新宿ですが」

「何処?」

「バスタ近くの旅行会社です。」

「良かった。では新宿南署時代の顔見知りって事で。いいですか?」

「承知しました。」

 短い時間でのやり取りで、大まかな辻褄合わせが終わった。


「では、僕は中へ行きますので、山口さんはここに居て、福生署の刑事が来たらこれを見せて、少し待つように告げてください。」

 そういって本庁の、出来立ての名刺を山口へ託した。


 多治見はゆっくりと、両手を上げて納屋の中へ声を掛けた。

「江波君。中にいるのは、江波春好君だよね。」

「あんた誰だ。」中から返事があった。

「僕は多治見と言います。」

「近付くと死ぬ!」

「待って。君の冤罪と君の家族の為に、僕に時間を貰えないか」

「前の警察官もそう言って僕に近付いた。」

「そうだね。そして脅した。大変申し訳無い事をした。」

「まさかあんたも、警察の人か!」

「その通り、僕は本庁の刑事だよ。」

「僕や家族を襲って、仲間を守る気だろ!」

「いいや。僕は警察官を取り絞まる側の人間だ。信じて、僕を中に入れて貰えないかな?」

 そこへ福生署の刑事と警察官がやって来た。それを見た江波は「ほらやっぱり、大勢で僕を殺しにきたんだろ!曽屋って人が言っていた通りだ。」

「違う!曽屋のした事だと判って、警察は曽屋を拘束した。ただ、曽屋の犯罪を立証するには、君の証言が必要なんだよ。だから君に死なれたら困るんだ。」

「前もそう言って、母さんと弟を人質にしたじゃないか!」

「そうだ。それを証言して欲しい。だから死なないでくれ!お願いだ。君や君のお母さんや弟の均君に、謝らせて欲しい。その時間を僕にくれないか?」仕入れた情報が役にたった。

「――。」

「もう。逃げる必要は無い。君や君の家族から奪った八年を、返す事は出来ないが、警察に償いをさせて欲しい。」

「――。」

 多治見はじわじわと納屋に近付き、何とか扉に着いた。

「開けるよ。僕と一緒に来て欲しい。良いかな?」

 多治見がノブに手を掛け回す。扉は静かに開かれた。


「君が江波君だね。」

 江波が頷くと、多治見はゆっくりと両膝を地面に付けて、両手を降ろし頭を下げた。

「謝って済む事ではないが、本当に申し訳無い事をしました。」そう言いながら、額を地面に着けて江波に詫びた。

「本当に僕を、殺しに来たんじゃないんだね。」

「君の家族も、僕の信頼できる刑事が保護した。これで曽屋の犯罪の証言をして貰えれば、君達家族の安全は警察が約束するよ。」


 多治見の説得を聞き入れ、江波春好はやっと警視庁に保護された。

多治見は別れ際に、【JITTE】から預かったお守りを、捜査が完全に終わるまで肌身から離さない様に伝え渡した。

その後江波青年は、健康状態を診る為と聴取の為、母親と弟の均と一緒に、東京の中野にある警察病院へ移された。


 事が『未成年者への冤罪』に犯人が『現職の警察官』という重大事件だけに、慎重に捜査は進められた。マスコミに何処からかリークされて、前橋本署は新聞やテレビの報道番組で叩かれた。


 その翌日、群馬県警前橋本署に拘束中だった曽屋が逃走した。しかし二日後の夕方、利根川脇に有る公園のトイレで、首を吊った状態で見付かった。前橋本署は、逃走を諦めた上での覚悟の『自殺』と受け、現場検証を含め、検死もそこそこに、被疑者死亡で送検し早期に幕は降ろされた。これで、冤罪を生んだ一連の強盗殺人事件は、多方面で騒がれた割には、誰もが予想できなかったほど早く、呆気ない終決を迎えた。




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