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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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多治見の憂鬱


       多治見の憂鬱



 四月に入り、多治見は警視庁へ移動になった。慣れない部署と上司や部下。毎日を何とか凌いでいる。とうい表現が一番適していた。

 特に上司の総務課長は、上には弱いが下には強い性格で、長い物に巻かれるのが好きらしい。その上時間に細かく、多治見がトイレに立つと時間を計り、席に戻るなりトイレに費やした時間以上に時間を掛けて、ねちねちと御託を並べた。挙句の果てに、毎朝登庁するたびにファッションチェックをしては、スーツやネクタイにセンスが無いとか、悪いとかで、点数を付けた。所謂セクハラである。

 他の係長達へそれとなく聞くと、思った通りで、部下からの評価は著しく悪かった。

 何よりも一番の問題は、裏の仕事に支障を来たす事は、火を見るよりも明らかな点であった。


 移動から十日程過ぎたある日。精神的に疲れ果てて、自宅で放心状態の時に、奉行から電話が入った。めったに愚痴をこぼさない多治見だが、奉行へクレームを付けた。


「あの課長の下では『葬』の仕事はできません。」

 電話に出るなりの切り口上だった。

「もう弱音を吐くとは。君らしく無いな」

「そうおっしゃいますが、あの部下を手下だと思っている上に、やたらと束縛する癖は、我慢の限界を超えています。」

「他の係長からは、何も聞こえて来ないがね。」

「それは警視総監に直接文句など。係長どころか、刑事部長だって言えませんよ。」

「かなり頭に来ている様だな」

「申し訳ありませんが、別の所轄へ回していただけませんでしょうか?」

「いっそ、君を課長にしようか。」

「そういう事ではありません。」

「いい加減に、機嫌を直して貰えまいかね。このままでは、頼み事があっても話せんよ。」

「なんでしょうか?一応、お聞きいたしますが」

「仕置きだ。」

「初耳ですが」

「君の移動が落ち着くまでは、水面下で動いていた。」

「お心遣い、ありがとうございます。しかしながら先程も申しましたが、私は課長の手下ですので、昼食やトイレまで、時間制限が付いているのです。この状態ではとても無理ですよ。」

「上司でそれは、パワハラだろう。」

「女上司なので、私の服装に点数をつけるのはセクハラに当りますよ。」

「それだけ君に興味が有る。という事で、君が(なび)く振りをすれば、落とすのは楽だと思うのだが。」

「奉行!【ABURI】に付き纏われ、その上に上司ですか!私は喪中の身ですよ。」

 電話を切った。

「しかし、本当にどうすれば良いのか。このままでは、『葬』だけではなく、公務的にも身動きが取れなくなる。」


 『葬』の携帯が鳴った。見ると【TEGATA】からだった。


「もしもし。久し振りです。」

「今、大丈夫かしら?」

 声に元気がないと感じた。

「えぇ。奉行と大喧嘩した所で、少し機嫌は悪いですが、八つ当たりはしませんよ。」

「あら。そうなの。」

「はい。偉い事ばかり押し付けられて、滅多に愚痴など出なかったのに困りました。ところで、何用で?」

「仕置きの事で、相談をと――」

「すみません。先程も奉行からちらっと聞きましたが、僕の移動が落ち着くまで。というお計らいで、何ら聞いていないのです。」

「そうだったの――」【TEGATA】の声が一段と下がった。

「どうしたの?」

「実は【FUMI】が急病で入院したもので」

「【FUMI】が?具合は?」

「女性の病気――。癌なの」

「治るのですよね。」多治見は心配して聞いた。

「えぇ。早期発見だったのと、転移も見られない様だし。手術をすれば、命に別状は無くて、ひと月もしないうちに、職場復帰は可能との連絡は受けています。」

「そうですか。良かった。」心から安堵の言葉が出た。

「ありがとう。【FUMI】に伝えておきます。」

「よろしく。で本題は?」

「【SABAKI】には嘘付けないものね。両親が田舎から――、山形から来ていて。一緒に国へ戻れと言って聞かないの。それは一人っ子だし、四十過ぎて未だに一人身で、儲かりもしない教室やって。親としたら、自分の稼業を継がせて、ついでに結婚もさせたいと思っても当たり前だと思うけど。国へ戻ったら『葬』の仕事は出来ない。」

「究極の選択だね。でも【TEGATA】の人生だ。君が選びたい方が、正解だと僕は思うよ。ところで、実家の稼業って?」

「造り酒屋です。」

「それで、以前お邪魔した時に、日本酒が棚一杯に並べられていたのか」

「良く覚えているのね。」

「美味そうだったから」

「味は保障するわよ。今度送るわ。」

「ありがとう。待ってる。でも、【TEGATA】が戻って、すぐに酒を作れる訳ではないでしょ?」

「えぇ。もう跡継ぎは決まっているの。その人と『結婚しろ』って事で、早く孫を――。跡継ぎを作って欲しいのよ」

「ご両親の気持ちも判らなくはないな。」

「そうね。私もそろそろ潮時かと思っていたし」

「【FUMI】の病気が無ければ――。かな。」

「えぇ。後継者が育たないと、組頭として辞める事はできないものね。」

「【FUMI】の完全復帰には、半年ほどは必要だな。ご両親には、正直に話してみたら?」

「なんて?」

「教室の後継者が病気で、帰るとしてもあと半年は掛かる。って」

「でも。帰ったら結婚するのよ。」

「嫌いなの?」

「四十過ぎても、乙女心は変わらずに有るのよ。」

「?」

「いいわ。何とかする。本庁の刑事さんへ、昇進祝いに、家の大吟醸を送るから。味わって。」

 電話が切れた。

「いきなり怒り出して、どうしたのかな?」


 乙女心の通じない男は五萬といるが、多治見自身、それに当る事を理解できていなかった。



「おはようございます。」

 翌朝、多治見が自席で、昨夜の警視庁管轄内で起きた、事件、事故を確認していると、上司で警視正の上神宮(かみじんぐう)優代(すぐよ)がいつもと変わらない、黒のスーツに白いワイシャツ。濃い灰色のネクタイで隙無く決め、革靴の踵をコツコツと鳴らし、颯爽と総務課室に入ってきた。

 座して向かえる事は無く、上神宮の姿が見えると、皆立ち上がり敬礼で迎える。多治見はその風習に慣れず、いつも通り、目の前を通る際に腰を上げ敬礼をする。

「多治見係長、あとで私のところへ来なさい」

 通り過ぎる際の命令であった。

「承知いたしました。」と返すが、特に時間を言われた訳ではないので、手元の資料を優先させ、座ってゆっくりと読み始めた。

 上神宮が自席へ付くと「多治見係長!まだですか!」と大声を張り上げた。

 多治見は資料へ気を取られ、その声を聞き漏らした。動かない多治見を見て、部下の多部居刑事が多治見へ声を掛けた。

「係長。課長が叫んでいますよ。」

「えっ。どうして?後で来いって言ったじゃない?」

「課長の『後』は直ぐにって事ですよ」

「何て面倒な言い回しをする人なのかな」

 多治見は席を立ち、上神宮の席へやって来た。

「遅い!時間の無駄よ」

「では『後で』と言わずに『すぐに』と申してください。」

「口答えは良い。私の言う通りにすれば良い!」

「で、何か?」

 多治見を睨み、机を叩く

「今日のその服装。貴方は刑事でしょ。なんでそんなに派手な色合いなの?ファッションショーがしたければ、辞表出してイタリアでも行けば良のよ!」

「課長。貴方のおっしゃっている事は、パワハラとセクハラに当りますよ。これ以上私への、無駄な圧力を掛ける様でしたら、上層部へ進言させていたきます。他に用事が無ければ、仕事にはいりますので、失礼いたします。」

 一礼して自席へ戻り掛けると「多治見!貴方はどうしていつも私に逆らうの!」

 逆上して、多治見の後を追ってきた。多治見は無視して自席へ戻り、書類を手にした。

「多治見!貴方は上司に――」

「五月蝿いよ。僕は貴方の、傲慢な我侭に付き合うために本庁(ここ)に来た訳ではありません。仕事をさせていただけないのでしたら、移動を希望します。」

 上神宮と対峙して、多治見は一歩も退かずに言い遂げた。騒ぎを聞き付け、生活安全部部長の福島忠順(ただゆき)警視長がやって来た。

「朝から何事だね。」

 滅多に部屋に来ない部長が来た事と、部下を掌握できない無様な所を見られ、上神宮は狼狽えた。

「申し訳ございません。新任の係長が規律を乱しておりましたので、教育しておりました。」

 直立不動で進言した。

「君かね?」

 多治見を見て問う。

「申し訳ありません。」深々と頭を下げた。

「多治見警部だったね。総監から仕事には忠実で部下の為になら、自分を犠牲にする人材と聞いていますよ。」

「滅相もございません。しかしそのお言葉に添える様、努力する事は惜しみません」

「上神宮君。君のやり方で押し通すのも良いが、はみ出した者が手に余っては、規律を保てはしない。人には個性が有る。それを上手く使う事が、最終的には自分の力となる。私はそう思いますが?」

「ありがとうございます。大変、勉強になりました。早速、実戦に取り組む所存であります。」

 変わらず直立不動で答えた。

「期待していますよ。」

 福島は上神宮と多治見の肩へ手を置き、自室へ去って行った。


「多治見係長。貴方は総監と面識があるのですか?」

「はい。総監には、家族の事件の時にお目にかかり、葬儀へも来ていただきました。他にも、何度か電話でですが、お話しをした事もあります。それが何か?」

「どうして黙っていたの。」

「課長との距離が開くと思いましたので」

「どう言う事」

「課長から煙たがられるのは、仕事上好ましく有りませんので」

「私を選んだと言う事かしら?」

 多治見の耳元で、囁く様に訊いた。

「当然です。ですから、課長から強く言われるのは心外だと、つい逆らってしまいました。」

 多治見は最後の言葉だけを強調して返した。

「わかったわ。」上神宮はずれかけたメガネを、右手の中指で直すと「良かったら、昼食でもどう?まだ着任祝いをしていなかったわ。」

「光栄です。課長からお誘い頂けるとは、夢にも思いませんでした。」

「では、後で。」

 小声で二人の内緒話しを済ませると、「多治見係長。これでわかったでしょ。私の指示に従えば良いのよ!」

 周りに聞こえる様な少し大きな声で言った。

「申し訳ありませんでした」と多治見も、上神宮に合わせ猿芝居を打った。


 昼休み前、上神宮は約束通り、多治見の席の電話に内線をしてきた。

「そろそろお昼だけど、何が良いかしら?」

「課長の召し上がりたい物が、私の食べたい物です。」

 多治見は卑屈にならない程度に媚を売った。

「そう。では、外回りという事で。私の供をして頂戴。」

「お任せください。自動車ですか?」

「いいえ。天気も良さそうだから、歩いて行きましょう。」

「承知いたしました。では先に下りてお待ちしております。」

「わかったわ。祝田橋の交差点にいて。そこで会いましょう」

 内線が切れた。多治見は下を向き、苦虫を噛み潰した様な顔を隠した。


 多治見は約束の祝田橋で上神宮が来るのを待ち、落ち合うと日比谷駅まで散歩をして、豪華な昼食をご馳走になった。

 帰庁した時には、今朝までの険悪さは微塵も感じなれなかった。


 何とか本庁での、公私に渡る仕事の目処がやっと立った。


「もしもし。【SABAKI】です。今、よろしいでしょうか?」

 帰宅後、一番に『奉行』の岩本へ電話をした。

「あぁ。大丈夫だ。気は治まったか?」

「やはり奉行の仕掛けでしたか。」

「先日の君の様子から、このままではまずいと思ったのでね。福島へ君を見てくる様に仕向けた。」

「ありがとうございます。お陰様で上神宮を落としました。晴れて、自由に動く事の約束を取り付けました。」

「中道と云い、上神宮と云い。君は異種独特な人間を陥落させる天才だな。」

「誰がそのような事をさせているのでしょうか?」

「少なくても、私では無いと思っているよ。」

「そうですか。わかりました。では、公私共に仕事に専念いたします。」

「頼むよ。」

「【JITTE】へ連絡を付けた方が宜しいでしょうか?」

「そうだな。三役を緊急招集しよう」

「それですが――」

「どうした?」

「【FUMI】が病気で入院中と」

「あぁ。【TEGATA】から聞いている。その上、自分のご両親が出て来られて、大変だそうだな。」

「そのようで。ですので、【JITTE】の話しの内容次第では、今回は先手組の組頭と副頭抜きで、仕置きをいたしますが、許可をいただけますでしょうか?」

「うーん。それは難しいな。とりあえず、三役会を開き、三役で相談の上で決めたくれたまえ。三役で問題無いとするのであれば、私に異存は無い。」

「ありがとうございます。では失礼いたします。」


《ご無沙汰しています。

三役を招集の上、今回の仕置きの説明をお願いします。》


 電話を切ると、すぐに【JITTE】と【TEGATA】へメールをした。




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