ニューフェイスと改名
ニューフェイスと改名
中道は多治見へ聞き直す。
「冗談――」
「本当です。私は殺し専門の男です。」
中道は茫然自失。目を見開き、大きく口を開けたまま、身動きを停止させていた。
「私達は、今の法律ではどうする事もできない『完全犯罪』の摘発と排除。そして『再犯防止』の為に存在しています。」
「完全犯罪の排除と再犯防止?」
「そうです。貴方の『報復からの恐怖』とは、少し違いますが、考え方は近いと思います。」
「私に殺し屋になれと?」
「はい」多治見は中道の視線に合わせたまま、軽く頷いた。
「一人殺すも二人殺すも一緒って事で!私に殺しをさせる気なの!」
「冷静に」
昂ぶる中道の気を静めるように短く言う。
「冷静に!冷静になんてなれる訳がないじゃない!」
「そうですか。では仕方ない。僕はこれで失礼します。」
交渉が決裂したと判断して、多治見が席を立つ。
「ちょっと、私を殺す気?」
「無駄な殺しはしません。」中道を見下ろしながら応える。
「あんたが帰ったら、警察に言うわよ」
「どうぞご自由に。」
「どうしてそんなに落ち着いていられるの?そうよ、私が言えば、私が捕まるから。だから言えないと高をくくっているのね。」
「そんな事はないですよ。私も先日来ました岩本も、貴方と会った証拠は何一つ無いので、例え貴方が警察へ行って話しても、立証はできない。ばれるのは貴方が犯した殺人だけです。」
「私だって、市川の海のどこかなんてばれない。殺人を立証するのは無理よ。」
「調べて骨は回収済みですよ。燃やした場所も既に検査済みで、被害者が誰なのかも判明しています。後は、警察へ提出するだけです。」
「そんな――。こっちにだって証拠なら有るわよ。あっちこっちの防犯カメラに、貴方が移っているし、指紋だって――」
多治見が両手を中道の前に出し、手を広げて見せる。
「極薄の手袋です。」
「だったらコーヒーカップに唾液が」
「僕は香りを嗅いだだけです。」
「でもカメラが――」
「私の後ろ姿は映っているかもしれませんが、面が割れる様な事はありません。それに今私は、別の所で、仕事をしているのです。証人も、証拠も揃っています。」
「あとは私を殺して帰るだけ?」
「いいえ。先程も言いました。無駄に殺しはしないと」
「どうして?」
「私達も、殺したくて、人を殺している訳ではありません。貴方と同じで、殺さなければ、弱者が被害を受ける。犯罪者を殺して弱者を守るなど、滑稽な話しですが、法律上、裁けないのであれば、殺しも仕方ない。」
「そうね。私も貴方の事を、とやかく言える人間では無かったわ」
「では、失礼します。」
「ちょっと待って。少し時間をいただけないかしら」
「証拠を揃える時間ですか?」
「いいえ。貴方に逆らっても無駄だと判った。でも殺し屋になれるかと問われると、踏ん切りが着かない。」
「貴方は、自首をするかしないかで迷っていた。今ここで決めない限り、答えは出ません。」
「冷静に私を観察していたのね。恥ずかしいわ。殿方にじっと見つめられていたのに、気が付かなかったなんて。」
既に多治見は、中道の文言に免疫力が着き、悪寒封じに成功していた。
「わかった。多治見さんを信じて、着いて行くわ。身も心も、多治見さんに捧げる。」
全身に悪寒が走った。
「ありがとう。でもその格好では目立ち過ぎる。」
「大丈夫。その時は――。殺しをする時は『女』じゃないもの。男装して行くから。でも、多治見さんに見られたくないわ。」
再び全身に悪寒が走った。
「是非、そうしてください。」
「今後は、どうしたら良いのかしら?」
「そうですね。二日後に東京駅へ来ていただけますか?」
「あら、もうデートのお誘い。嬉しい!」
「訂正します。二日後の同じ時間に、僕がここへ来ます。」
「お忍びで会いに来ていただけるの?」
「再度訂正で、二日後の夜七時に、男装の上、乃木坂駅の外苑東通り口に来てください。」
「嬉しい。初めてのデートが夜だなんて。期待して良いのかしら」
「ひとつ言っておきますが、我々の掟に、仲間内での恋愛及び肉体関係を持ってはならない。とあります。私達が顔を会わせるのは、あくまでも仕事の時のみです。」
「そんなぁ。詰まらないわ。」
「遊びではないのです。諦めてください。」
「わかった。でも会えるのよね。それだけで我慢する。だから時々でいいから、声を聞かせて。」
「わかりました。それぐらいなら。」
「良かった。」両手を叩いて、素直に喜んでいる。
「ではくれぐれも『男装』で頼みますよ。」
「可愛い。困らせたいけど、嫌われたくないから、いう事は聞きます。」
「所で、獲物――、武器は何を?」
「腕で首を絞めて、落としてから焼き殺す。前はそうしました。」
「同じ事を?」
「その方がへましないかも。」
「何で焼くの?」つい、いつもの口癖がでた。
「えっ。普段はポップなのね。余所行き言葉なんて、許さない。」
中道が多治見の腕を抓った。
「そうするよ。どうも君といると、地がでてしまう。」
「私に心を開いていただけて、とても嬉しいわ。」
多治見は苦笑いをし、頭を掻いた。
無事に店を出て、駅のホームで電車を待つ間に『奉行』へメールをした。
《中道。落としました。
二日後、乃木坂の外苑東通り口で落ち合い携帯を渡します。
その際コードネームの変更をお願いします。
【ABURI】を【TATAKI】へ改名して、中道を【ABURI】にします。》
JRに乗り込み移動中に『奉行』から返信が来た。
《ご苦労。コードネームの改名は今まで一度も無かった。
理由を聞かせて欲しい。》
《斐山の仕置きの際に、【ABURI】から『死罪』よりも『流罪』の方が、自分の性格に有っていることを聞き、現状を見て確信いたしました。
今後は【NAGARE】の基で、『流罪』を勉強してもらいます。よって、コードネームを『流罪』班の【TATAKI】へ改名し、ニューフェイスを【ABURI】とします。》
《中道は火を使ったと報告を受けているが、同じか?》
《そのようです。腕で首を絞め落とした後、焼くそうです。》
《まるで先代の【ABURI】と同じだな。
改名の件、承知した。
明後日には【TATAKI】と【ABURI】の携帯を用意する。》
《ありがとうございます。
当日は【ABURI】も呼んでおきます。》
約束の日、多治見が駅に着き、約束の集合場所へ行くと、すでに【ABURI】は着ていた。声を掛けようとしたとき、【ABURI】の陰にいる人物と話しをしているのに気が付き、少し大回りをして近付いた。
【ABURI】は身長百八十センチで百キロを超えた巨漢。その隣で話しをしているのは、その【ABURI】よりも背が高く、鍛えられた筋肉質の大男であった。
多治見は用心深く近付くと、その大男と目が合った。
「やっぱり多治見さん。」
今まで話しをしていた【ABURI】が、多治見へ投げた声を聞き、一歩退いて多治見を見た。
「お待たせ。早く来たつもりだったけど――」
「そう思って。多治見さんなら絶対十五分前に来ると思って、一時間前に来たのよ。」
二人の話しを聞き【ABURI】は数歩、後退した。
「そうだったの。でも二人が先に会っていたのは、奇遇か縁か。いずれにしても驚いたよ」
「私がこちらの人に、外苑東通り口はここで有っているかを聞いたのです。」
中道が驚いた目で【ABURI】を見た。
「ひょっとして、この殿方が?」
「そうだよ。察しが良い。でも、ここでは目立つから、移動しよう」
今まで会話をしていた二人は、別々の意味でお互いに驚き、黙って多治見に付いて行った。
意外と人の行き来する中で、すんなり【ABURI】と中道に会うことができた。と安心したが、多治見も別の意味で焦っていた。
話しが長引く事を考慮して、個室の有る居酒屋へ入った。店内も混雑しているかと思ったが、割と空いていて、多治見達は個室を取ることができた。
部屋へ案内されると「先に仕事の話しを済ませますので、オーダーはそれからで良いですか?」と従業員へ訊ねた。
従業員は快く聞き入れて「それでは、卓上のボタンでお呼びください」と告げ出て行った。
「まず紹介しよう。」
席へ着くと直ぐに多治見が、二人へ言った。
「今度『葬』に入る中道君だ。こっちは今まで【ABURI】のコードネームを使っていた杉村君」
お互いに顔を見、改めて「宜しく」と頭を下げた。
「【ABURI】には申し訳無いが、コードネームを【TATAKI】にしてもらう。」
「承知いたしました。ありがとうございます。」
「愛着があるのに、ごめんなさいね。」
中道がオネエ言葉で言う。それを聞いた【ABURI】は確信を持った。その顔付きに気付き「ごめんなさい。私――。」
「大丈夫です。【SABAKI】が選んだ人ですから、どのような人でも、私は信じます。」
「ありがとう」嬉しそうに【ABURI】を見つめた。
【ABURI】はギョっとして身を少し退いた。
「やっぱり多治見さんは人望が厚いのね。」
「では【ABURI】悪いが、携帯をこれと換えてもらえるかな」
中道の問いには答えずに、事務的な口調で言い、新しい携帯を手渡す。交換に古い携帯を受け取り、開いてボタンを押した。するとシュウという音と共に煙が出て電源が堕ちた。
「自分以外の人間が操作をすると、セーフティ機能が働き、中が焼ける。取り扱いには注意が必要だよ。」
多治見が中道へも、携帯を手渡した。
「では今から君は【TATAKI】だ。良いね。」
「はい。承知いたしました。」
「そして君は【ABURI】と呼ばれる。良いね。」
「わかった。」
「では【TATAKI】の所作を見て、携帯を立ち上げて。【TATAKI】始めて」
言われて【TATAKI】が立ち上げ始める。【ABURI】が真似をする。
「わぁ凄い。私の名前が出てきた。」
「いいかい。僕達は集団だ。誰か一人が捕まれば、大勢の仲間が道連れで犠牲になる。だから個人で勝手に動かない。そして誰にもこの事は話さない。掟を破れば、当然死を持って償う。【ABURI】が秘密を話した相手、又は話したと思われる関係者全員を、僕達は抹殺する。」
「【SABAKI】。わかりました。貴方を裏切る事は絶対にしません。」
「この携帯で連絡ができるのは、アドレスに表記されている相手のみ。それ以外とは、一切通じない。また、用も無いのに、無闇に使う事も許されない。」
「寂しいけど我慢するわ。」
「【ABURI】はよっぽど【SABAKI】を慕っているのですね。」
「勿論。私は【SABAKI】の為になら、何でもできるもの」
多治見の顔が引き攣る。
「【ABURI】が一番のニューフェイスなので、時があれば、他の仲間へも紹介します。それと組織の説明をしておくよ。」
多治見は前に奉行から聞いた話しを、掻い摘んで話した。
「僕達の頂点には『上様』とか『将軍』と呼ばれる方がいるようです。その下に『奉行』という幹部が五人いる。岩本さんがその奉行の一人です。」
「そんなに、お偉い方だったのですね。」
「そうだよ。そして奉行は全国を五つに分けて、自分のテリトリーを守り、その総称を『五奉行』と呼ぶそうです。各奉行の下には、それぞれ『目明し組』『仕置き組』『先手組』という組に分かれて配置され――【ABURI】を含み、僕達は仕置き組になる。『目明し組』は調査主体で、多方面からの情報を収集して精査し、奉行へ報告する。情報の内容に寄っては、僕やその仕置きに関るメンバーにも送られて来る。最後に『先手組』は、仕置きを済ませた僕達を、無事に現場から逃す為に、色々と動いてくれます。アリバイ工作や逃走経路の確保もこの組の仕事。それから各組の責任者を『組頭』と呼び、その組の人数や仕事の内容決めなどは、全て組頭に任されている。完全な分業制になっているのが『葬』です。」
「判りました。とにかく、私は【SABAKI】の言うとおりにしていれば、間違いはないのね。」
「【ABURI】は、あくまでも【SABAKI】中心なのですね。」
「えぇ。私には、上様とか奉行とか、そんなの関係無いの。【SABAKI】に惚れて付いてきたし、これからも付いて行くだけ。」
中道がウィンクを多治見に送った。
「他の事は追々説明するよ。何か食べよう」
多治見はテーブルに置かれた、呼び鈴ボタンを押した。
二人が食べている間に、多治見は関係各員へメールを出した。
《仕置き組にニューフェイスが加わりました。
その結果、【ABURI】は本格的に『流罪班』になる為、コードネームを【TATAKI】と改名します。
そしてニューフェイスのコードネームを【ABURI】としました。
次の仕置きより、勉強の為、刑場へ連れて行きます。
宜しくお願いします。》
ロースを頬張っている【ABURI】が、身震いをした。
「何か来たわ」
携帯を開きメールを読む。
「嬉しい。私の為に……」涙ぐんだ。
「いや。これは組頭として当然の事で、【ABURI】の為だけではないから」
「そういう所が【SABAKI】の可愛い所。愛情を感じるわ」
多治見と【TATAKI】の全身に、悪寒が走った。
少しして、返信が来た。一番は【NAGARE】であった。
《本件、承知いたしました。
会うのを楽しみにしています。》
(【NAGARE】御免よ。君が思うような人物では――)
《【ABURI】と【TATAKI】の事、承知しました。
改名は面倒ですが、対応いたします。》
(【JITTE】、君に任せても良いのだが……)
《新しい【ABURI】に会うのが楽しみ。
【SABAKI】が選んだ人だから。》
(【TEGATA】。それは誤解だ。僕ではない。お奉行が探してきた人格なんだ)
《私より役に立つのか。見定めさせてもらう。》
(役には立つだろう。でも君の舌打ちと薄笑いが、目に浮かぶ)
《さすが【SABAKI】だ。あの牝馬を、もう手懐けるとは。
これからが楽しみだ。
くれぐれも、そっちの世界へは行かないでくれたまえ。》
(貴方が選んだのですよ。僕には美佐江と奈美がいます。)
「【SABAKI】も食べないと駄目よ。あーんして。食べさせて、あ・げ・る」
「まさかとは思いますが――」
「【TATAKI】。君が考えているような事は、一切無い!今までも、これからも。断じて無い!誤解を生むような言葉は避けて欲しい!」
「いくら【TATAKI】がいるからって、【SABAKI】。そんな事言うと、泣いちゃうよ。」
(結構。泣いてくれて良い!奉行。これが今までの仕打ちですか?)




