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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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悪戯の顛末


       悪戯の顛末



 多治見は二丁目の『ラーメン五六』へやって来た。当然、朝の十時前では、準備前で開いていないと思ったが、偶然にも、五六(いつむ)が店の前を掃除していた。

「やぁ。」笑顔で五六へ声を掛けた。

「多治見さん!」五六は振り返り驚きの声を上げた。

「どうしたんですか?」

「ちょっと確かめたい事が有ってね。飛んで来た」

「僕にですか?」

「うん。ちょっといいかな?」

「はい。でもここでは何ですから、中へどうぞ」

 二人は店の中へ入った。


「『ゴキブリ詐欺』の件だけどね。思い出して欲しい事が有って」

「何をですか?」

 コップに水を入れて持ってきて、多治見へ出しながら訊いた。

「当日の他の客。正確には金を払った時の、客達の事だけど」

「はぁ。あの時のお客様ですか――」目を上に向けて、思い出そうとしている。

「同じオーダーが続いて、作るのに手一杯で――。確か若いカップルが多かった様な。」

「本当かい?」

「えぇ。似たような格好のカップルが二組……、いいや三組はいたかな?」

「そのカップルの誰に、金を渡したかは?」

「あれ?どっちに渡したのかな……。」

「どっち。と言うと?」

「他にも、着ている服が違うけど、似た格好のカップルが二組居て――。薄茶のコートと黒っぽいダウンの――。」

「騒ぎ出したのは?」

「確か。」店内を見回して、カウンターに座っていた、茶色いコートのカップル――。ですね。そこに座っていました。」

 いつも多治見が好んで座る場所だった。

「そしたら、保健所に連絡だ。と黒のダウンを着た方が近付いて――。あれ?別の茶色いコートの男。いいや女だったかな。『五万くれなきゃ、大きな声で言っちゃうよ』って。慌てて五万円をそのままレジから出して、誰に渡したのかな?手が何本か出てきて――。」

「判った。十人のグループだな。」

「えっ?でもカップルで。」

「恐らく、十人が入れ替わり立ち代りして、五六の頭を混乱させたんだよ」

 五六が首を傾げた。

「そこに居た客達は、代金を払ったかい?」

「どさくさで頂いたかは確かではありません。でも他の客――。その十人以外の人からは、ちゃんと御代をいただきました。」

「何歳位か、今なら思い出せるかな?」

「えーと。高校生か大学生かな?幼そうな顔だったような、老けた顔だったような。」

「男女共に?」

「いいえ。女の方は高校生ぽかったですよ。みんな似た髪方して、ちょっと日焼けしていたかな?」

「良いね。記憶が蘇って来たね。」

「でも姿や服装は似ていましたが、顔と言われると、何処となく違っていて……。混じった顔が浮かぶ。としか――。そうだ、男の一人は右の眉毛の上に黒子かイボが有りました。」

「でかした。これだけ証言があれば、他の店主にも思い出してもらえるよ。」

「本当ですか!」

「あぁ。犯人がわかったら、ニュースでこの詐欺を放送して貰う。そうすれば、客足も戻るだろう。もう少し、辛抱して欲しい。」

「ありがとうございます。多治見さんを信じて、待っています。」


 店を出て吉田へ電話を入れた。

「悪いけど、森田達を署に戻してくれないか。」

「何か掴めたのですか?」

「あぁ。吉田君のお手柄だ。」

「でも自分は何も。」

「いいや。君の疑問の賜物だよ。僕も直ぐに戻るから、連絡頼んだよ」


 多治見は署に戻ると、吉田へ十件の被害届けを持って来させた。その一枚一枚の内容を、細部に渡り読み返す。

「あった!」八枚目の比較的新しいものに、『何組かのカップル』の存在が書かれていた。興奮気味に、次の書類を読む。やはり『店内に数組のカップル』と書かれていた。

「間違いは無いな。防犯カメラからでも、犯人の特定は可能だ。」

 そこへ森田達が帰ってきた。多治見は会議室へ集合するように伝えた。


 森田をはじめ、石田、武本、中田、鳥羽の五名が会議室へ入り、そこへ萩本と一緒に、吉田と多治見が来た。

「適当に掛けて。」多治見が言う。全員が席に着く。

「吉田君がね、ヒントをくれた。」開口一番に多治見が言った。

 吉田は頭を掻いている。

「この詐欺の方法が何とかわかった。」

「どういうことですか?」

「どうして、金を渡した相手の顔すら覚えていないのか」

 多治見は一同を見渡した。

「覚えられない行動を、自然に振舞ったから覚えられなかった。」

「まさか、双子だとか?」武本が呟く。

「いいや。双子のどちらか?という事にはなるが、それでも面と向かえば顔は覚えられる。」

「話している者と金を渡した者が違う?」

「森田。その通りだよ。」

「彼等は、同じ服装のカップルを三組作り、別にまるっきり違った服装だが、同じ服装のカップルを二組作る。」

 刑事達には通じたが、課長の萩本が困惑しているのがわかり、吉田がホワイトボードへ絵を描いた。

「つまり茶色いコートを着た三組のカップルと、黒いダウンを来たカップルが二組。これがこの詐欺グループの面子だ。」

「でもどうして、店主達は顔が判らない。と言ったのでしょうか?」

「そこが盲点だったんだよ。」

 多治見が皆を見回して続けた。

「顔を覚える時、君達はどうやって覚える?」

「特徴です。」武本がすんなりと答えた。

「そう。写真があれば、じっと見て、特徴で覚える。武本、昨日の昼飯どこで食べた?」

「えーと。アルタ裏の定食屋でした。」

「そこのレジの人を覚えているかい?」

「いいえ。特に何かあった訳でも無いので」武本がすまなそうに頭を掻く。

「しかし今回は金を取られる。と言う強い印象が――」と石田が言う。

「店にしてみると、金よりも『保健所』とか『通報』とかの言葉に反応する。」

「つまり動揺させる為?」鳥羽が言葉尻を疑問符にした。

「そうだよ。その上に。相手が一人、二人なら顔は覚えられるだろう。でも、似た服装や背丈、髪型をして、持っている物も同じか似ていて、違うと思う顔も似たり寄ったりが店内に五人。いいや五組も居れば、そう簡単には全員の顔は覚えられない。まして店主の視野から外れると、席を勝手に替れば尚更だ。店主がうろ覚えに覚えた顔が、違う顔になっていると、店主は自分の思い違いと勝手に判断する。顔を見られるとまた入れ替わり、それを繰り返すと、いつの間にかどの顔だったかすら思いだせなくなる。『良くいる若者達』が出来上がる。」

 萩本意外は、多治見の話しを理解した。

「そして極めつけは、自分が作り提供した物でも、多忙の中で一つ一つ確認した訳では無い。そこから『まさか』とか『あるいは』とかの不安が頭に浮かぶ。そうやって動揺を誘う。最後は『保健所』という印籠を出して、店主の混乱を煽り、何人かで『五万で内緒にするよ』と落とし所を用意してやる。一人または二人といった少人数で接客している、店が多いのはその所為だ。」

「まるでいじめの延長の様ですね」中田が呟く。

「仕方ないさ、犯人グループは高校生だと思われるからね。」

 多治見が残念そうに言った。

「高校生――って。多治見さん本当ですか?」

 萩本が反応した。

「恐らく。ですが。」

 その言葉に、会議室の全員が肩を落とした。


「だから小遣い稼ぎなのですね。」

「多分。十人で割ると、一人数千円だ。大人がやっても儲けなど出ない。カラオケかファミレス代が出れば、それで良いのだろう。」

「でもどうやって、ターゲットを見付けるのでしょうか?」

「彼等は店に、防犯カメラの設置が無い事を確認してから犯行に及ぶ。つまり一組目が入店して、すぐに出てくるようなら他の店へ、他のカップルが行く。出てこなければ、順次入店して同じ物をオーダーする。接客が追いつかなくなるまで、数組――恐らく五組がマックスだと思うよ。」

「なるほど、適当に入って駄目なら次へ行く。って事ですね。」

「森田さん。それなら防犯カメラの画像を確認すれば、犯人の面が割れますよ。」

「そうだな。被害店の近くのカメラに、似ている子達が映っていれば、恐らくその子達が犯人だ。」

「三連休前だし。恐らく今日は出るだろう。行きそうな店をピックアップできれば、これ以上の犠牲を出さずに済む。」 

 多治見が悲しそうに言う。娘の奈美の事を思い出しているのだろうと吉田は思った。

「捜査に口を出すようで申し訳ないですが、犯人は男女十人の高校生です。意外と目立つのではないでしょうか?」

 吉田が遠慮勝ちに言った。

「確かにそうだね。僕を入れて六人が各ブロックに一人づつ付いて、それらしい高校生を見かけたら、尾行して現行犯で押さえる。課長、宜しいですか?」

「うーん。一人での行動は原則禁じていますしね。もし抵抗されて事故が起きると、それはそれで問題になります。」

「では二人の組にして、ブロックを広げよう。」

「直ぐに割り当てをします。」

 森田が机上に地図を広げると、萩本は黙って会議室を出て行った。打ち合わせの結果、それぞれの持ち場を、森田が地図上に線を引こうとしたとき、萩本が帰ってきた。

「新宿二丁目と一丁目北交差点から一丁目西交差点までは、酒井班が別件で張り込んでいる。酒井達に任せて良いだろう。御苑付近には横田班が居る。二人の班長へは連絡済みだ。残りを三組で張り込んでくれたまえ。」

「課長!」

 多治見と森田班が萩本を見た。

「わ、私だって安全課の課長だよ。指示ぐらい出せるさ。」

「ありがとうございます!」全員が礼を言った。

「早く犯人を補導して、間違いを諭してやってくれ。たまえ。」

 居ずらしそうに一言を残して、萩本は会議室を出て行った。

「それでは森田君、再度割り振って。」

「はい。武本、石田は一丁目の西側を、中田と鳥羽は一丁目北側を、自分と多治見係長は外苑西通りから花園公園まで。質問は?」

「特に無し!」全員が答える。

「では高校生だと気を緩めずに、怪我をさせたり、したりしない様。気を引き締めて事に当ってくれ!解散!」

そのまま二組は先に署を出た行った。多治見は森田に少し待つ様に告げると、萩本の机に行った。

「本当にありがとうございます。」

「何を。皆は私の部下だよ。私はこういう時の為に、ここに座っているのだ。たまには頼って欲しいな。」

「はっ!では行って参ります。」

「充分に気を付けて。今の子供は怖いですからね。」

「承知いたしました。」

 多治見は敬礼をして、森田と二人で出て行った。


 犯人と見られるグループは、割りとすんなり見付かった。

 場所は多治見と森田が管轄する、花園公園から御苑方向へ入った、人通りが疎らな地区であった。

 最初に森田が気付き、暫く尾行する。暫くして一軒の小さなイタリアンの店へ入ったが、直ぐに出て来た。

 店から少し離れた所では、同じコートを着た男女八人の高校生がたむろしていた。

「間違い無さそうですね。」森田の言葉に多治見は黙って頷いた。

「皆を呼びます。」と言い、携帯メールで他の捜査員を花園公園近くへ呼んだ。

 尾行すること三十分程だった。二件目のパスタの専門店に、一組目の高校生カップルが入っていった。

 三分程すると二組目が入り、また三分後には二組同時に入り、そして最後のカップルが入った。


 森田班は店の外で待機した。しかし店内の状況が掴めないので、班長の森田と班の仲で一番若い石田の二名が、客を装い入店した。


 店の中は二人席が五つと、カウンター席が四席とこじんまりしていた。中では、若い夫婦が切り盛りをしていた。

 妻がフロアを担当して夫が厨房を担当する。店自体も店主同様に若いと見えた。


 森田達はカウンターへ座ったため、彼等の席は背中になり見難い。携帯を弄る振りをして鏡を取り出し、真後ろ席を覗く。石田に目配せして、わざとらしいくしゃみをさせて、携帯で撮影を始めた。

 一組目の席へパスタが運ばれて来て二人が食べ始めた。少し経つと二組目、そして全員に配られ、森田達の分を取りに厨房へ女性が消えると、ポケットからビニールの袋を取り出し、中にあったゴキブリの死骸を皿に載せた。

 森田はその撮影に成功した。それを見て石田が多治見へメールを送る。外の刑事達が包囲網を縮め、店の前に並んだ。


 厨房から皿を持って出て来た絶妙なタイミングで、一組目の女子高生が「キャー!」と声を上げた。若い夫婦は慌てて声が上がった席へ行く。

「ゴキブリが――」と騒ぎ出す。それを合図に、店の仲の高校生達が移動を開始して、騒ぎを大きくしてゆく。若い夫婦はどうして良いか判らず、高校生の一人が言った『五万円』をレジから出して渡した。

 若い夫婦に向いている四人を除き、他は荷物を持って店を出る支度を始めていた。

「はい。そこまで。誰も動かないでください!」

 森田が大きな声で言うと、ドアが開き武本と鳥羽、中田が入って来た。

「あんた達誰よ!」

「警察。わかります?け・い・さ・つ。ですよ。」武本が警察手帳を出した。

「何ですか?僕達は、ゴキブリ入りのパスタを食べさせられた、云わば被害者ですよ。そうですよね。」と若い夫婦へ言う。

「それ、君がポケットから出して入れたよね。」

 森田が撮った映像を、女子高生へ見せた。

「君達がやっていることは、ちゃんとした犯罪ですよ。わかるよね。高校生なんだから。」

 店内に居た女子高生が泣き出した。

「泣いても許せませんよ。もうじき、パトカーが来ます。そうしたら署へ全員来てもらいます。当然。自宅と学校へ連絡をします。」

「たかが無銭飲食でしょ。大袈裟だな」一人が言った。

「ふざけるな!君達の為に潰れそうな店がでているんだ。遊びや悪戯では済まないんだよ!」

 森田が愛情を持って叱った。


 こうして『ゴキブリ詐欺』事件は終わった。森田班各捜査員と吉田巡査部長は署長賞を貰った。


 多治見にとって激動の一月は、この後の荒れた成人式の警備と、某国のVIPがいきなりやって来て、その警備に借り出されやっと終わった。

 本当に公私に渡り、(せわ)しない。一年の始まりとなった。


 二月は荒天に踊らされたひと月だった。

 東京都心にも三度ほど雪が降り積雪を観測した。僅か五センチの積雪でも、都心を移動する人の時間は大きく影響を受けた。

 積雪があれば当然、滑って転倒して怪我をしたり、落雪に驚き避けて転ぶか、直撃を受けたりして軽症を追う人も出た。

 多治見達の所へも、降雪の問い合わせの電話が増え、事務職の吉田一人では対応が出来ず、萩本と多治見が電話の応対に追われた。

 老人へは急用以外の外出は控える様にと告げるが、一人暮らしだと心細いとか、停電は起こらないのかなど、心配事は絶えないらしく。その都度、手空きの刑事を行かせては、老人を安心させた。

 しかし騒ぎの割には、大きな事故は無かった。実に、早足に過ぎた月であった。


 翌三月になると、掲示板に辞令が張り出された。


 警部補から警部への昇格は、誰も驚く事無く当然と受け取ったが、もう一枚の辞令で、新宿南署内は大騒ぎとなった。岩本から以前告げられていた、本庁への移動が正式に発令された。


  多治見 翔一警部 四月一日付

警視庁生活安全部総務課生活安全対策第三係 係長に任ずる。




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