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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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裁きのあと


       裁きのあと



 斐山(ひやま)からの帰り、多治見は長い時間寝ていた。目が覚めると山中湖の駐車場に停まっていた。

「ここで、軽トラから乗用車に乗り換えます。」

 【FUMI】は多治見が目覚めると伝えた。

「ごめんね。本気で寝てしまったようだ。」

「それだけお疲れなのです。では済みませんが、隣の車にお願いします。」

 二人は軽トラを降りて、隣のヴィッツの後部席に乗り込んだ。運転してきた【FUMI】の部下が、コンビニで朝食用にと、サンドウィチやおにぎりと飲み物を用意してくれていた。三人で車内で食べ一休みすると、部下の男は軽トラへ移り多治見は運転席に座った。二台の車は各々の目的地へ向けて走り出した。

 国道一三八号線から富士五湖道路に入り御殿場へ抜け、そのまま東名高速道路に入った。休日の早朝と言う事で、下りは込み始めていたが、上りは意外と空いていて快適なドライブであった。

 多治見は厚木インターで東名高速道路を降りると、本厚木の駅から電車で帰る事にした。【FUMI】は自宅近くまで送ると言ったが、静岡から帰りを演出したいと優しく断った。


 自宅には午後三時に着いた。雨戸と窓を開けて空気を入れ替え、美佐江と奈美の遺影に「ただいま」を告げ仏壇に手を合わす。

 居間のソファに座り、テレビを点けてニュースを探した。時間帯が悪くスポーツや芸能、昔のドラマなど、斐山の事件に関連した情報を得る事は出来なかった。諦めてテレビの電源を切ると『葬』の携帯が鳴った。

 表示を見ると『奉行』の文字が見えた。

「多治見です。」

「ご苦労だったな。今、大丈夫か?」

「はい。帰宅して、一休みしていたところです。」

「そうか、斐山の件を山梨県警の本部から聞いたので、教えようと思って電話した。」

「助かります。実は今も、テレビで情報を得ようとしていたのですがニュース番組が無くて」

「そうか。それは良かった。」

「結果、いかがでしょうか?」

「まず槌屋は、部屋で争った形跡も無く、穏やかな死に顔などから、鑑識は病死だと判断したようだ。ただ、部屋に槌屋以外の人物が居た形跡は認められ、恐らく特定又は不特定の女が看取ったと判断した。」

「女の洗い出しは?」

「それは無用と。県警は判断している。」

「粋な計らいですね。ところで谷山の方は?」

「凶器が、槌屋が所持していた登山ナイフなので、槌屋の死期を知った谷山が、槌屋の切捨てを考え、その腹いせに槌屋が谷山を殺害したと見ているようだ。」

「なるほど。槌屋には気の毒ですが、彼等四人が疑われるよりは、槌屋は安心しているかも知れませんね。」

「『流罪』の彼等かい?」

「はい。彼等の更生を一番望んでいるのは槌屋ですから。」

「一応、行き先が判らないので、県警では探しているが、犯人としてでは無い様だから、本腰は上げないだろう。その内、行方不明リストに乗るはずだ。」

「そうですか。ちゃんと更生してくれる事を、切に願っています」

「そうだな。しかし本当に大仕事。ご苦労だったな。これで私の――奉行の面目も立った。」

「それは何よりです。これで私達の仕置きは完結いたしました。」

「では今度は、本庁の庁舎内で顔を会わせる事もあるだろう。宜しく頼むよ。」

「その件ですが、私は本当に本庁へ行かなければなりませんか?」

「まだ、ごねるのか?」

「動き難くなるのは必定ですし、何より課長が落ち込んでおりまして」

「彼には、本庁の仕事を任せられるほど技量が無い。それに肩書きから見ても、課長から係長では、本庁へ来ても降格だ。」

「それはそうですが――。」

「『住めば都』と言うだろう。取り敢えず本庁に収まり、両立が難しい様であれば移動も考える。それなら良いだろう。」

「わかりました。ありがとうございます。」

「では辞令が出るまで、新宿南署で励んでくれ給え」

「承知いたしました。」

 電話が切れた。

 多治見は全員へメールを出した。


《皆さん。お疲れ様でした。

お奉行から電話が入りました。

谷山は槌屋の手により刺殺。

槌屋は病死。行方不明の四人を追いかける様子は無い。

大仕事、ご苦労。

との事で、今回の裁きは無事完了です。

本当にご苦労様でした。ゆっくり休んでください。》


 【TEGATA】から一番に返信が来た。


《【SABAKI】には本当にお世話になりました。

このお礼は、いつか必ずいたします。》


 【NAGARE】からは、四天王の情報が来た。


《彼等がバスの中で目覚めたときに、槌屋の病死と谷山の殺害を伝えました。槌屋の思いを汲んで、足を洗い、どこか知らない所でやり直すと、個別の尋問で四人がそれぞれ話しておりました。

きっと彼等は、早い時期に更生施設から出て、自分の人生を生きて行くと思われます。

また今回は、本当に色々な勉強をさせていただきました。

今後も宜しくお願いします。》


 【JITTE】からも返信が来た。


《自分の力の無さを痛感した裁きでした。

今回の様な、突飛な事にも動じず、あらゆる点から一番安全且つ確実な方法を導き出せるよう。精進いたします。

これに懲りる事など無く、変わらずにご指導をいただけますよう。お願いいたします。》


 【FUMI】は、全てが初めての事で、短編小説を一篇書いているうな長文で返してきた。

携帯でこれだけ書くのは大変だったろうと、労いながら全てを読んだ。


 読み終わった時に、インターフォンが鳴った。出ると宅配業者であった。荷物は、【TEGATA】が用意してくれた、静岡からの土産だった。

 受け取った事とお礼を兼ねたメール送信した。



 メールのやり取りからひと段落付けると、自宅の電話から、新宿南署の生活安全課へ電話をする。

「はい。生活安全課です。事件ですか?」

 電話に出た刑事が問う。

「ご苦労様、多治見です。」

「係長でしたか。どうかされましたか?」

「僕の方は予定通りに帰宅したので、留守中に何か有ったかと思ってね。」

「そうでしたか、こちらは特に大事件も無く、普段と変わらずです。」

「了解しました。では明日、通常に出ますので。」

 多治見は電話を置いた。丁度、風呂が沸いた事を知らせる音色が聞こえた。それに誘われそのまま風呂へ入った。

 たった一晩だったが、心底疲れていた。その疲れも、風呂が癒してくれる。思っていた以上に、長風呂になった。出るとまず冷蔵庫から缶ビールを出して、そのままゴクゴクと音を立てて喉を潤した。まだ腰にタオルを巻いたままで、着替えを取りに行ったり、夕飯のおかずを温め始めたりと、あっちこっちと歩き回る。

 きっと美佐江や奈美が生きていたなら厳重注意が来ただろう。そう思い二人の遺影へ謝った。


 パジャマに着替え、夕食を済ませてテレビを観ていると、葬の携帯が鳴った。

「電話?」テレビを切って表示を見る。

「無事に着いたかい?」

「メールにするべきか、電話か、それとも会って話そうか。迷った。」

 【ZANN】であった。落ち着かない気持ちが、すべての言葉に滲み出ている。

「今回私は何もできなかった。いいや、足手まといだった。これで私は【SABAKI】へ、私を任期通りに辞めさせる口実と実績を作ってしまった。いいや。その様な事を話す積りでは無く。槌屋の部屋で取り乱した事を――」

「僕は気にしていない。【ZANN】の本心が見えて良かった。」

「別に私は」

「暫くの間、僕の背中を任せるパートナーだ。ただ槌屋の様な下手人の時には、僕が仕置きを担当する。【ZANN】が昔のトラウマを克服できるまで。それすら出来ないと言うのであれば」

「それで良い。文句など言わない。【SABAKI】のサポートだけでも構わない。だから――」

「了解した。条件は増えたが【ZANN】の任期中、お互いが納得するまで話し合うと約束した。僕はそれを守るよ。」

「ありがとう、ございます。」礼を言って電話が切れた。



 翌日、通常通りに多治見は新宿南署へ出た。両手に菓子の袋を持って、安全課の事務方へ全部渡し、課内に配って貰える様に頼んだ。

 やっと自席に着くと。森田が直ぐにやってきて「おはようございます。」と朝の挨拶をして、三日間の報告を始めた。一通り聞き、気になっていた『ゴキブリ詐欺』に付いて確認をした。

「あれは、石田と武本が地道に被害状況を纏めています。呼びますか?」

「朝のミーティングの時に、直に聞くよ。正月気分も完全に抜けて、そろそろ本格的に動き出すだろう。絶対に捕まえてやるよ。」


 生活安全課の朝礼で、森田班が捜査をしている『ゴキブリ詐欺』に付いて、多治見が捜査員へ報告した。

「森田班で追いかけている、悪戯感覚での悪質な行為を地道に拾い、管轄内だけでも、被害届けが十を超えた。手口など詳しい事は、班長の森田君から――。」

「森田です。では本件の概容を説明いたします。まず、一番初めに現れたのは、二丁目の『ラーメン五六(ごろう)』です。昨年十二月二十九日の午後一時半頃に来店、ラーメンを食べ終わると、丼からゴキブリが出てきたと騒ぎ、口止め料として五万円を店主から取りました。その後、今月四日に花園付近の外苑西通りに面した、三つの店に現れ、やはり口止め料として三万から五万円を取っています。それを基に、我々はブロック毎に小さな店を当りました。結果、昨日までに六件の被害を確認し、全ての店主より被害届けを出してもらいました。被害総額は、現金で四十万に満たない額ですが、店の損害は年末年始の書入れ時の為、一千万を超えるかと思われます。」

 別班の刑事が挙手をした。森田が「どうぞ」と促す。

「最初の二丁目と花園は近いですが、他の場所はどこですか?」

「西は明治通り、北は靖国通りで、東が外苑西通り。南は二十号まででその通りを過ぎると、今のところ被害は出ていない様子です。」

「随分と範囲が狭いな?」

 朝礼に出ている刑事が、口々に同じ事を言った。

「そうなのです。範囲が狭いと言う事と、どの店主に聞いても、犯人は若いカップルだったとしか、記憶に無いのが、この件の不可解なところです。また、どの店にも防犯カメラが無く、犯人の映像記録はありません。」

「店主達の供述は?」

「あまり覚えていないのが共通しています。覚えていても、かなりうろ覚えで、若いカップではいるようですが、顔まではっきりと覚えている店主はいませんでした。」

「若いとネットへ乗せたりしないのかな?」

 一人の刑事が疑問を言う。

「はい。我々もその線を考えましたが、今まで一度も犯人と思われる者の画像は乗っておりませんでした。ただ、同席していたと思われる客からの店の中傷はかなり早く広がり、客の激減でのダメージは大きいようです。このままでは、死活問題に発展する可能性も出ています。」

「すまないが時間だ。各班、森田班の件も念頭に入れて、各自の捜査に当るように。今週も無事故で、お願いしますよ。」

 萩本課長が締めると、吉田が「解散」を告げた。その声で刑事達は相棒を引き連れ、各自の捜査へ出て行った。


 多治見は一人、会議室に残っていた。

 右手で顎を弄りながら、ボードに張り出されている資料を見ている。

「どうかされましたか?」片付けを始めた吉田が声を掛けてきた。

「いやね。何か引っ掛かるんだよね。それがはっきりしなくて。燻ぶっていてね。」

「そうですか?」多治見の横に並び、吉田も多治見を真似て、顎を弄りながらボードを見つめた。

「金を渡す時は、しっかりと相手を見ますよね。いくら平凡な顔だと言っても覚えていないって……」

「君もそこに引っ掛かるかい?」

「はい。金を渡す相手なのに、どうして覚えていないのか?」

「周りに、似た者が居たら――。どうかな?」

「そうですね。同じ服とか似ているけどどこか少し違っている髪形、それが小まめに入れ替わると、もうぐちゃぐちゃですね。そうなると、誰に渡したのか……」

 多治見がにこりと笑みを浮かべて吉田を見た。

「ありがとう。この件が解決できたら、君のお陰だよ。署長賞ものだな。」

「いいえ。私は何も――」

「ちょっと出掛けてくる。課長に言っておいて!」

 多治見はコートを手に走って行った。

「――。署長賞。本当だったら、初めてだな。」

 吉田は密かにガッツポーズを取った。





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