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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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醜い仕置き


       醜い仕置き



 多治見は外灯が消えた暗い入口に入ると、襖に手を掛け中を窺った。大きな鼾が不規則に聞こえる。

(槌屋の部屋には、二組の蒲団が敷かれていた。槌屋は女を呼ばなかった。さっき出て行った女一人であれば良いのだが)

 襖を静かに開ける。常夜灯が部屋の中を(おぼろ)に照らしていた。

 二組の蒲団はどちらも乱れ、男女の営みが有ったと(うかが)えた。音も立てずに部屋に入り、蒲団の主を探す。奥側に谷山が大鼾で寝ていたが、手前の蒲団には既に主は無く、事を済ませとっとと出て行った様子であった。

 多治見は、障子の裏側の縁側や浴室、トイレと調べ周り、この離れに居るのは、谷山と多治見の二人だけと確認した。


 多治見は蒲団を谷山の肩まですっぽりと掛け直し、顔だけを出すと獲物を右手に持ち、谷山の耳元へ近づけ「谷山さん」と声を掛けた。鼾でかき消されたのか、目を覚ます気配が見えない。今度は左肩を揺すって「谷山さん」と声を掛けた。

 谷山の鼾は止まり徐に目を開けた。

「お静かに願いますよ。」目の前に登山用のナイフを見せ付けた。

「貴様は誰だ!」

 状況が判断できた谷山は、声を抑えて視界にいない者へ訊いた。

「貴方の命を頂に伺いました。」

「槌屋は?」

「貴方を守ろうとしたのですがね」

「殺したのか?」

「いいえ。吐血しまして――、寿命だったようです。」

「あの役立たずが!」吐き捨てた。

「何を言いますか!長年、貴方を支え、仕えてきたではありませんか。ご冥福を祈っても宜しいのでは?」

 ナイフを右の鼻の穴へ少し入れた。

「馬鹿が!わしよりも先に死んでは、今までの事も帳消しだ!」

「いやはや。勝手で傲慢だと聞いてはいましたが」

「それの何処が悪い。それだけ、わしには地位や金、人脈も有る。そこらの凡人と一緒にされては困る。」

「殺される前でも、貴方は傲慢な人だ。」

 ナイフを顎の下へ当てた。


「幾らだ。その十倍出す。槌屋の代わりに仕えないか?」

「どうやら商売は下手ですね。」

「判った。百倍だ。金だけではない、家や車、女も付ける。悪い条件ではないだろう」

「生憎ですが、そういった物には、まったく興味が有りません」

 ナイフの刃先を頬の上に滑らせた。

「殺しか?殺しがしたいのであれば、いくらでも出来るぞ。」

 太った頬から二重顎に架けて、脂汗が浮かんでいた。

「私の望みはですね。日本国民の安全で幸福な生活を維持する事です。その為に、貴方は排除されるのに値した。」

「待て!わしよりももっと悪い奴は沢山居るだろうが!」

「ドラマで悪人がよく使う台詞ですね。しかしながらこれは順番で周っていますので、たまたま今夜、貴方の順番がやってきただけです。」

「よし判った!であればその順番を入れ替えればいい。幾らだ?」

「貴方もくどいお方ですね。金ではないのですよ。順番の変更はできません。悪人なら悪人らしく、潔く死にませんか?」

「それは出来ん。わしにはまだやる事がある。」

「貴方に疎まれ、陥れられて、泣いて助けを請うた人達や、無慈悲に命を絶たれた人の中にも、この世の中で、やらなければならない事や、やりたい事は有ったのですよ。」

「内容が違う。そんな貧民と何故一緒にするのだ。最大の侮辱だ!」

「貴方と話していると、殺したくて、殺す事になりそうだ。もうこの辺にしておきますか――」

「待て!殺したくなければ殺す必要は無い。生かして使えば良いだろう」

「さすが議員の端くれ。弁が良く周る。」

「端くれとは何だ!こんな交渉は何度もしてきた。目も完全に醒めた。脳も回転し始めた。弁では負けんぞ!」


 デジタルの時計だけが、常夜灯が照らす室内とは別に浮かんで見えた。時間は二時三十三分。夜明けまではまだ四時間はある。自分達の逃げる時間を差し引いても、一時間は残っていた。

「では少し、貴方が市議らしい所をお聞かせいただけますか?」

「市議の何を知りたい?」

「別に知りたい訳では有りませんよ。ただ聞いていれば、それだけ貴方の命が、長くこの世に存在するだけの事。無ければこのまま死んでいただくだけです。」

「待て。ではひとつ、取っておきな条例を考えているので聞かせよう。」

 喉元へナイフを当てたまま「変な動きをすれば、一機に刺さりますよ。そのことだけは忘れずに」

 何ら気持ちが入っていない、無機質で、冷血な文言であった。

「なに。これを聞けば、わしの命を救おうと思う。」

「前置きは嫌いです。本題をどうぞ。」

 刃先が二重顎の皺に沿って左右に動く。谷山は焦りながら話し始めた。

「税金だがな、もう国民から絞り取るのではなく、役人から取るのだよ。」

「くだらない。役人は国民と変わらず、税金を払っている。」

「すまん。言い間違えだ。役人ではなく議員からだ。名付けるのであれば『議員税』だ。国会議員から村議まで多くの議員が、色々な意味で恩恵を受けている。議員報酬だけでは無いぞ。政治活動費もそうだ。一般の会社で、所謂、会社の金を誤魔化して使えば、詐欺だ、横領だと言って逮捕され、社会的制裁と罪と罰を受けるが、政治活動費での使い込みは、騒がれたら使途が間違っていたからと言って、返金すれば済んでしまう。最悪は辞職もあるが、一般人のように捕まることなど少ない。それに報酬も大企業の役員並みの月収だ。下は何処そこの村議の十万とか言われるが、トップは百万を越えている。会社で言えば月給百万など、大手企業の役員クラスでしか手に出来ない金額だ。議員報酬は平均しても、年報酬で言えば七百万を優に超え、その他に政治活動費やら、党に属していれば、党からも色々な手当が出る。何期もやっているような議員は、国民を遥かに凌ぐ高収入だ。そういった議員から追加増税を徴収すれば、国民一人当たりの納税額も下るに決まっている。それに議員の特権とも言える副業も有りで――、勿論、一般の会社員も副業は有るが、副業を禁止している企業も少なくない。それが議員は大手を振ってできる。自分だけではなく、家族や親族へもその恩恵は広がり、例えば副業の会社の役員にしたり、自分が役員になったりして、議員とは別の報酬を親族で得られる様にしているのだ。まだ他にも、一般国民には無い。様々な特権もある。」

「何が言いたいのか、まるで判りませんね。しかし、どちらにしても、収入に応じて税金は納めていますよ。まぁ、強いて言うのであれば、国民には見えない、『特権』で優遇されているくらいですかね。」

「そうだ。名前は『議員特権税』としよう!」

「貴方は市議ですよね。斐山市民が気の毒になってきました。」

 多治見はいい加減、嫌気が差して谷山の話しを遮った。

「ちょっと待て。ここからが本題だ。」

「聞くほど、意味の有る事ですかね?」

「当たり前だ。良いか、これからは議員の報酬もサラリーマンの平均収入と合わせる。同じにするのだ。そして、自分が任期中に何をしたかを報告させる。当然、国民にだ。それを国民に評価してもらい、幾らで買うか(はか)ってもらう。そうすれば、遊んでいた議員も必死に功績を作ろうとする。とても良い国政が出来る。いわば、議員はひとつの企業となり、自分が作った法律やプロジェクトを自費で賄い、国民へ売って議員報酬とするのだよ。良く出来た件や法律などには、初めて政治活動費が支払われる。どうだ、素晴らしい、画期的な案だろう」

 谷山は満足げな顔をした。

「僕は政治には疎いのですがね。そんな事をしたら、日本に政治家はいなくなると思いますよ。それより前に、政治家が、自ら自分の首を自分で締める様な法案など、与野党同時に反対するに決まっていますね。もっと言うのであれば、この斐山の市長や市議が賛成するはずなど皆無ですよ。」

「そんな事は無い。わしが、人命を賭して進めて行く!」

「言っている事がめちゃくちゃだ。」

「何を言う。素晴らしい議案だ。」

 谷山の満悦な顔を、多治見は冷やかに見た。

「私の知っている議員の話しですがね。」

 そう断りを入れて多治見が言う。

「議会への出席も年に一、二度、あとは稀に市の行事へ顔を出す程度。他は何をしているのか、事務所や後援会も判らないのです。そのくせ公費の使用は市議一番。海外視察は年に二十回を超えて、国内の視察は毎週末。噂では、寄付金の多さで、後援会の役が決まるとか――」

「それは酷いな。いくらわしでも、もっと市へ貢献している。それに後援会は大事にしなければならん。」

「話しはまだ続きます。その寄付金を一番稼いでいたのが、槌屋氏だったようですが、表に出せない金。視察の小遣いに丁度良かったでしょうね。」

 谷山は苦虫を潰した様に顔を歪めたが、直ぐに建て直し、切り返しを狙った。

「ではこういうのではどうだ。」

「もう結構。貴方が今ここで死ぬのは如何です?」

 多治見が切っ先を押した。

「まっ。待て。早まるな。わしには次期の斐山市の議長を任さられる約束が有る。市議の中でも貴重な人間だ。わしが死ぬ事は、斐山市にとって大きな損失になる。考え直せ。誰を殺して、誰を生かすのが得策か。」

「うんざりだ。槌屋さんの話しの方が重みが有った。だから人生最後の話しを、最後まで聞くこともできたが、貴方の話しには、内容が無い上に説得力も無い。哀れみすら感じられない。ましてや怒りまでも薄らぐほどに、倦怠的な、無知な辞世の句にしか聞こえない。」

 谷山は多治見の腕を取った。

「掴めばこっちのものだ」勢い良く腕を引っ張った。その勢いが切っ先に繋がり、ナイフの刃先は谷山の首へ刺さった。

「ぐっ!」

「まだ、贅肉に刺さっただけだ。死にはしない。」

 多治見は左腕で、掛け蒲団を握り、顔まで被せた。そして、返り血を浴びないように、ナイフを喉の奥まで、首を貫通するまで押した。

「これは槌屋さんが持ていたナイフですよ。どうですか?殺される気分は?貴方が槌屋さんへさせてきた事を、自分が受ける事になるなど、考えてもいなかったのでしょう。」

 蒲団の中で、痙攣を引き起こしている谷山へ言った。

「先に地獄で待っていてください。続きは、地獄でじっくり話しましょう。」


 多治見は襖の向こう側へ気を向けた。時間を掛けて様子を窺う。動くものの音は聞こえない。耳が痛くなるほどの、静寂な時間がそこにはあった。

 襖をゆっくりと開け、素早く出る。閉め直すと廊下を音も立てずに歩き、そのまま中庭へ出た。中庭から離れに沿って歩き、裏の木戸を開けると旅館の裏手に出た。裏手には防犯カメラの設置は無い。谷山が経費を渋って、付けていないからで『葬』にとって、出入りはフリーパスであった。

「人と金の使い方を間違えた様だな。」

 離れの屋根が垣根越しに見えた。その屋根へ向けて、多治見が別れを告げた。


《谷山の仕置きは完了しました。

予定の地へ行きます。》


《【SABAKI】お疲れ様でした。無事で安心いたしました。

采配の通り、私意外は全て撤収いたしました。

【ZANN】も【JITTE】に頼み、帰路に着いています。》


《私が着くまでに、【TEGATA】へ連絡をお願いします。》


《承知しました。ありがとうございました。

とても良い勉強と経験ができました。

ではお待ちしております。》


 急がず、慌てず、多治見は『たにやま』を出て東へ向かい歩き始めた。

「雪が無くて助かった。これでゲソ痕を残さずに済む」

 呟きながら、凍りつくような寒さの中を、一人目立たない様に注意して進んだ。橋と小川が見えてきた。その橋を渡ると、【FUMI】との合流場所になる。橋の手前にある路地の前に差し掛かると、一度止まり、人や防犯カメラを確かめる。

 一呼吸置いて、多治見はまた歩き出した。橋を渡ると、白い軽トラックが一台停まっていた。運転手は多治見に気付き、ブレーキランプを短く一度だけ点灯させた。


「ありがとう。」

 軽トラに素早く乗り込むと、運転手の【FUMI】へ礼を言った。

「お疲れ様でした。早速ですが、東京へ向けて移動します。」

 そう告げるとスタータを回しエンジンを掛けた。

「悪いね。寒い中、暖房も無く待たせてしまった」

「いいえ。ただ、少し遅かったので――」軽トラックを運転しながら【FUMI】が言い澱んだ。

「谷山の能書きを聞かされてね。人生最後の話しぐらいは聞いてやろうと思ったけど、無駄な時間を使ってしまった。」

「そうでしたか。」

「ところで【TEGATA】は?」

「『ご苦労様』と一言だけでした。」

「最高の賛辞だね。」

 多治見は【FUMI】を見ながら、ニコリと笑った。【FUMI】も「はい」と笑顔で頷いた。

「皆は?」

「任務続行中の連絡を受けております。」

「【ZANN】は?」

「目覚めた時に少し暴れたそうですが、【JITTE】が言い聞かせたそうです。今は落ち着いているようで、中央道を東京へ向かっています。」

「全て無事に済んだ様だね。良かった。」多治見は安堵した。

「では奉行へ連絡をしますか」

 多治見は携帯を取り出しメールを書き始めた。




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