流罪
流罪
約束の十分前には、【FUMI】が乗ったマイクロバスが、斐山駅の南口ロータリーに入ってきた。端の方にバスを停めて、【FUMI】が降りて旗を手に持って立つ。
五分ほどすると、【FUMI】の部下達が二、三人のグループに分かれてやってきた。受付をする振りをして、バスに載せる。少し間が空き【JITTE】と【MEBOSHI】が乗り込んだ。十八時丁度に仕置き組が乗り込むと、【FUMI】がドアを閉め、バスはゆっくりとロータリーを発車した。
「今日のこれからの予定を説明いたします。」
【FUMI】が車内マイクを使って話し始めた。
「まず、旅館たにやまの近くの山道にて待機します。十九時になりましたら、東京の者が旅館の女将へ電話をします。その後、電話の結果が私に入り次第、バスを旅館の裏手へ移動させます。」
【NAGARE】と【ABURI】先手組の者達が頷く。
「【ZANN】用の逃走車は、このバスと入れ違いでその場所に来ます。黒い四駆のデリカです。『死罪』の裁きの時まで【SABAKI】と【ZANN】も待機できるように七人乗りの物にしました。【JITTE】と【MEBOSHI】もその車で、運転手と待機。以降は【SABAKI】からの指示通りにしてください。」
【JITTE】と【MEBOSHI】も頷いた。
「私は、このバスで一度甲府へ出ます。そこで借りている四駆の軽トラックに乗り換え、旅館の東側にあります、小川に掛かる橋の所で【SABAKI】を待ちます。」
「軽トラですか?」
「はい。申し訳ありません。夜中から明け方で、この辺りを走っているのは、軽トラが多いようですので。窮屈ですがお許しください。」
「僕は構わないけど、【FUMI】が乗っていて回りから見ても、違和感はないのかな?」
「女性も早朝から軽トラで動くようですので、その辺は問題無いと思っております。」
「了解。宜しく頼みます。でも防寒だけは忘れずに。」
「ありがとうございます。」
「しかしどうやって、離れに入った事を確認するのですか?」
【MEBOSHI】が二人の話しがまとまったところで問う。
「若衆が出てきたら、宴会はお開きだ。その時に、遠くから入るのを目視する。その後二時間は、女と一緒だろうから、二十三時頃が槌屋の。午前零時頃が谷山の『裁きの時』だ。」
「離れに入らないときは?」【JITTE】が意地悪な質問をした。
「その時は仕方ない。旅館へ忍び込み、一人になるのを待って仕置きする。」
【ZANN】がぶっきらぼうに答える。
「大丈夫、あの二人は離れに入るさ。」
「どうしてですか?」今度は【FUMI】訊いた。
「一人に成りたいからだよ。槌屋は薬を、谷山は女を。それぞれ欲して離れに入る。」
多治見は暗い窓外をじっと見つめて答えた。
バスが山道へ入ると【FUMI】の部下達が、毛布とカイロを皆に配った。
「目的地に着きましたらエンジンを切ります。冷え込んできますので、各自暖を取ってください。」
説明が終わるのとほぼ同時に、バスは停車してエンジンを止めた。誰もが黙って時間を待った。
予定の時刻通り【FUMI】の携帯に電話が掛かった。
「――了解。」
【FUMI】の合図で運転手はエンジンを掛けて、バスをゆっくりと旅館の裏手に移動させた。
「【ABURI】行くよ。」
「承知」
二人は静かにバスを降りて行った。先手組の者達は、紐や猿轡、アイマスクなど拘束する道具を持ち、それぞれ自分の持ち場に着く。多治見は黙ってその一連の動きを見ていた。
【NAGARE】と【ABURI】は、昼間見た黒のワンボックスの右と左に別れて、近くの植木に身を隠し、四天王が来るのを待った。
身を隠して三分程で、男の声が聞こえて来た。
「何で飲んでいる時に呼ばれんだ?」
「谷山さんの妹さんからのご指名だ。逆らえる訳ねぇだろ」
長髪とスキンヘッドが、文句を言いながらやって来る。
「早く車を回さねぇと、東が切れるぞ!」
スキンヘッドが大声で言う。
「俺は東の運転手じゃねぇ!槌屋さんの為に運転してんだ」
「どうこう言ってもよ、東と南澤には逆らえないんだ。我慢しろよ」
長髪は不機嫌そうに砂利を踏んで運転席へ、スキンヘッドは助手席へ、それぞれが手を伸ばした時、スキンヘッドは「うっ」と短く呻くと両膝から崩れ落ちた。異変に気付いて長髪が覗こうとしたとき、首に何かが巻きついた。締め上げられる。抵抗するが、もがけばもがくほどに、その物は首を絞めた。気が遠退くのを感じた。
「もう少しで気持ち良くなる。」
遠くでそう言っているのが聞こえる。意識がさらに遠退く。ふわふわと浮く感じがした。
長髪はそのまま堕ちた。
「さすが柔道五段。落とすのが上手いな。でもね、急ぐ時はこれを使った方が良いよ。」
【NAGARE】がスタンガンを見せた。
「そんな危険な物は使えません。【NAGARE】は正拳で気を失わせるかと思いました。」
「私だって痛いのは嫌いだ。この方が早く確実だよ。」
「何の為に空手を四段まで取ったのですか?」
「それは護身術の為だよ。だから襲うのは、もっぱらこっちだ」
バチバチと鳴らせて見せた。
その間に倒れた二人を、先手組みの者が慣れた手付きと段取りで、それぞれ手足を縛り、猿轡を嵌めてバスへ連れ去った。
「さて。危険な二人のお出ましだ。」
「承知!」
東と南澤の文句が、砂利を踏む音と一緒に聞こえてきた。
【NAGARE】と革のブーツが目を合わせた。
「なんだあんた。ここで何してんだ?」
「二人の若い兄ちゃんが、あそこのバスに連れ込まれたのを見たものでね。」
惚けた声で言う。
「なに!本当か!」革のブーツがバスを見る。
「本当も何も、あっと言う間でしたよ。」
その声に振り向くと、バチバチという音と青白い光を革のブーツは上手く避けた。
「てめー!」【NAGARE】に向かって襲い掛かる。しかし革のブーツは刹那に両膝を砂利に落とした。
「てめぇら、まさか槌屋さんを――」
茶髪が発した言葉の途中で、太い腕が首に巻きついた。慌ててもがくが腕は外れずに絞まる。息が出来ない。体中の力が抜けて、立っている事もできない。最早、自分の身体ではない感じがする。
「良い夢を見なさい」と誰かが囁いている。
【ABURI】の腕が外れた。茶髪は革のブーツと同じ様に、両膝を着き砂利の上に倒れた。
バスから先手組の者が現れ、先程と同じ様に二人を縛り上げてバスへ連れ込んだ。
「やっぱり最後は正拳ですね。」
「意表を突いたのに。まさかかわされるとは思いも寄らなかったよ。空手を習っていて正解だった。」
「そんな物に頼るからですよ。」
「でも、とても便利なんだよ。」
「私は頼りませんから。これで勝負します。」
右腕に力を入れて、力瘤を作って見せた。
二人もバスに乗り込むと「お見事!仕事、早いね」多治見が絶賛して出迎えた。
「お恥ずかしい。革のブーツにかわされてしまいました。」
頭を掻いた。
先に拘束した二人は、手足を縛られ猿轡とアイマスクに、ヘッドフォンをされている。後から連れ込んだ二人にも、同じ事を先手組の者達がしていた。
そこへ時間通りに【ZANN】達用のデリカがやってきた。
「【SABAKI】と【ZANN】。目明しのお二人も早くあちらへ」
【FUMI】に促されて、【ZANN】達はバスからデリカに乗り変えた。
多治見はバスを降りずに、【FUMI】へ「少しだけ時間が欲しい。」と頼んだ。
「どの位ですか?」
「その茶髪、すぐ目を覚まさないかな?」
「無理やりで良ければ、起こしますが?」
【ABURI】が『活』を入れる素振りを見せた。
「であれば五分程」
「仕置き前にどうしても、ひとつだけ聞きておきたい事がある。【ABURI】、茶髪を起こして」
頷いて茶髪の背後に回り、活を入れると、「うっ……」声と共にうな垂れた頭を持ち上げた。
【NAGARE】は茶髪のヘッドフォンを外した。
「乱暴に扱って悪いね。」
「貴様等、何処の者だ!」
「時間が無い。私の質問に答えて欲しい」
「ふざけるな!」
「君達の仲間を殺したのは、君と南澤だよね。」
「何!」バスにのっている多治見意外、全員が驚いた。
「槌屋の為に、正直に話して貰えまいか」
東は沈黙した。
「時間が無い。槌屋の為に、正直に話して欲しい。」
「あいつ等、女子高生に酒を飲ませて――」
東が小さな声で話し始めた。
「泥酔したところを犯した。別の奴は、年寄りに暴力を振るって金を巻き上げた。槌屋さんは、悪い事を沢山やってきた。だから俺達には、そういう人間にならないようにと規則を作った。『堅気』には手を出さない。という絶対の守り事だった。それを基に、俺達の間にも規律を作った。『槌屋さんの言う事は絶対』だと。しかし奴等はそれを破った。当然、槌屋さんは怒りぶん殴った。それだけだ。後は『被害者へ侘びを入れて来い。』とだけ言って奴等を許した。」
アイマスクの僅かな隙間から、何かが伝って粒となり落ちた。
「しかし奴等は。詫びに行くどころか、同じ事をやりやがった。だから槌屋さんとの約束と、俺達の規律を破った奴等を、生かして置くわけにはいかなくて。俺が殺した。」
「君一人が被る積りかい?」
「俺だけだ。俺一人でやったんだ。南澤には関係ない。」
「ありがとう。それだけ聞ければ、僕は槌屋を真っ当に裁ける。」
多治見が東へ礼を言った。
「裁く!槌屋さんを殺すのか!」
「彼は――槌屋は。谷山に合う前に、君達と合っていれば違う人生が有った。だが現実は惨酷だ。槌屋は殺しすぎた。あんな谷山の為に、人生の全てを棒に振ってまで。」
「あんた。槌屋さんを――」
「君も。自分の人生を、自分の為に使わないとな。」
「待ってくれ!槌屋さんを――」
多治見は東にヘッドフォンを掛けた。そして【NAGARE】の肩を叩いた。
「【SABAKI】私は、きっと彼等は更生できると思います。」
「僕もです。あとを頼みます。聴取して、彼等の罪を理解させて、償わせてください。」
「承知いたしました。」
多治見は振り向く事無くバスを降りてデリカへ乗り込んだ。それを確認してバスは動きだした。
「【SABAKI】は何をしていたのですか?」
デリカに乗ると直ぐに【JITTE】が聞いてきた。
「【NAGARE】の仕事を少し見させてもらった。」
「新情報はありましたか?」
「さわりだけだが、茶髪の槌屋に対する思い入が見えた。」
「僕達の抜け者扱いが気になりますが」
「そんな事は無いよ。恐らく【NAGARE】が全容を聞き出してくれる。茶髪一人からの偏った情報を聞くよりは、真実を知る方が良い。」
「裁きの時の前では、そうしておきましょう。」
予定をしていた二十時になると、タクシーが六台『たにやま』の玄関に横付けされた。そのタイミングで烏合の衆と化した若衆が出てきて、タクシーに別れて乗り込み走り去っていった。
旅館に静けさが戻った。
旅館の裏手。多治見達が待機している場所からは、暗がりの中に僅かだが離れが見える。その離れに明かりが灯った。
「まだ二時間ある。仮眠を取ろうか」多治見は毛布を頭から被った。
「寝過ごさないようにしないと」
「私が起きております。」運転手が言う。
「では、遠慮なく」【JITTE】も毛布を被ると残りの二人も続いた。
静かに時が流れてゆく。




