表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
1/21

遣る瀬無い事故


       遣る瀬無い事故



 年が明けた一月四日の夕方。

「新年会をやりましょう」という部下達の誘いに、「先約が有るから」と断り、多治見は新宿駅から埼京線に乗り、三役会を行う蕨駅を目指した。

 三役会は午後八時からで、まだ時間的には余裕はあるが、早めに現地へ行き初めて訪れる『蕨の街』を散策しようと思っていた。

 電車内は三箇日(さんがにち)を過ぎても、冬休みの所為か家族連れが多い。多治見が子供の頃と、大きく時代は変わったが、電車の中には和装に身を包む娘達の姿が、家族連れの間にちらほらと見えた。

 それを見て何故かホッとし、まだまだ日本も捨てたものでは無い。昔の良き風習は間違いなく、受け継がれてきているのだと確信した。


 赤羽で京浜東北線に乗り換えのため、一度階下に降り連絡通路に入る。

連絡通路――といっても、多数の商店が並ぶ地下名店街になっていて、美佐江と奈美が生きていれば、土産を探しに覗くところだが、今の多治見には、そういった小さな楽しみとも無縁になっていた。

 多治見はその通路を乗り換え客の流れに合わせて通り、京浜東北線のホームの階段を登り始めた。

階段の中ほどまで来ると、ホームから呂律が回らない所為か滑舌も悪い、男の野太い大声が聞こえてきた。

「酔っ払いかな?ホームで騒ぐのは危ないな」

 多治見は少し急ぎ足で階段を登りきった。ホームは電車を待つ客でそれなりに混んでいる。しかし階段を登りきった多治見の視界には、その大声の主は入らない。

階段を裏側に回ると、自販機の陰に三、四人の男が罵声を浴びせ合い、いがみ合っているのが見えた。

 JRの二人の駅員が間に入り仲裁役をしていた。

「危険ですから、ホームでの喧嘩は止めてくだい!」

 若い駅員が男達に言う。

「うるせぇ!てめぇも、こいつ等の身内か!」

 どうやら一人の酔っ払いが、二人連れの男へ因縁を着けたらしく、二人連れの片方が、酔っ払いと一触即発の状態になっていた。

「何だ!」その男が酔っ払いに突っかかる。

「電車が入って来ますので危険です。さがって下さい。」

 ホーム上にアナウンスが流れると、年配の駅員は息巻く男を抑え、もう一人の若い駅員は酔っ払いを抑えた。少しずつだが、二人は間を空け始めた。その時、ホームの先に電車が来るのが見えた。

「電車が入って来ますので危険です。さがって下さい。」

 二度目のアナウンスが、大きな声で注意を告げると、ホームにいた人々の殆どが、電車に気を取られた。しかし酔っ払いだけが、電車に気が付かないのか、ヨロヨロと歩きホームの白線を越えた。

電車はブレーキを掛けてはいるが、教科書通り、ある程度の速度が乗ったままホームへ入って来ている。

 瞬間、その酔っ払いはホームから姿を消した。そこに居合わせた誰もが『落ちた』と確信した時、電車は急ブレーキを掛けて、大きなキーと言う甲高い金属音を立てたが、無残にも間に合わなかった。電車はホームの中央付近でやっと停車した。

 ホーム上に居合わせ、一部始終を目撃した者達は皆、各々に酔っ払いの死を連想した。多治見ですら、右手で両目を押さえ両肩を落とした。

 若い駅員は慌てて電車に駆け寄ると、車輌とホームの隙間に向かって大声を張った。

「大丈夫ですか!」

 ホーム上の人々は皆、静観していた。さっきまで怒鳴っていた男ですら、両目を見開き固唾を呑んで、呆然と突っ立ていた。

年配の駅員が若い駅員へ近寄り、一緒に声を掛けた。

「お怪我はありませんか!」

 酔っ払いの安否を心配して、何度も声を掛ける。

 多治見はゆっくりと車輌へ歩み寄ると、車輌と車輌の連結部から下を覗いた。

「警察と救急車を早く!」

 多治見が若い駅員を見て言う。年配の駅員が多治見を見る。

「警察と救急車を!」

 多治見は年配の駅員へ首を横に振り、同じ事を告げた。

 若い駅員はその場で両膝を着き、右手で帽子を取ると、左手で髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回し「おー!」と声にならない、大きな泣き声を上げた。騒ぎを聞き付けた、別の駅員が五人程駆け寄ってくる。若い駅員を抱えお越しホームにある駅舎へ連れ込んだ。

「只今、当駅の京浜東北線下りホームにて、人身事故が発生いたしました。お急ぎのところ恐れ入りますが、他の電車又はバスにご変更いただけますようお願いいたします。」

 ホームに同じ放送が何度も流れる。

 怖いもの見たさで車輌に近付く者、SNSに上げようと写真を撮ろうとする者。全てを駅員が遮り、近付く人を車輌から遠退ける。それでも寄ろうとした若いカップルへ多治見が恫喝した。

「人が!今までここに居た人が亡くなったというのに、いい加減にしなさい!」

「てめぇ何様だぁ!」

 カップルの女の方が逆切れして、多治見へ突っかかる。

「こういう者だ」と仕方無しに警察手帳を見せた。

「すげぇ。本物の警察手帳じゃん」

 そういって携帯を多治見へ向けた。

「ふざけるな!公務執行妨害で連行するぞ!」

 慌てて男が女の袖を掴み逃げ出した。

 逃げてゆくのを見ながら「いったいどうなっているんだ。この末はどうなるのか不安だな」と愚痴が口を吐いた。

 しかしそのカップルが逃げて行くのが切っ掛けになり、大勢のやじ馬も少しずつ減りだした。

幾つものサイレンが駅に近付き停まる。赤色灯が回っているせいか、ホームからは駅のロータリーが華やかに映った。


 ホームは乗降客に警察関係者と、JR事故管理者などで、溢れんばかりの人間でごった返していた。

「こりゃ。バラバラだな。」

 赤羽署の刑事らしき一人が、多治見が覗き込んだ車輌の繋ぎ目から下を見てぼやいた。

「それはそうだろ。電車に轢かれりゃ、手足どころか内蔵までぶちまける。全部を拾うのは大変だ。新年早々、厄日だな。」

 同僚がうんざり顔で応える。

「だのに、死にたがりは電車に飛び込む。――まぁ、てめぇの死体など見る訳じゃないからな。」

「これは自殺ではありませんよ。」

 二人の刑事の会話に、多治見が割り込んだ。

 怪訝な顔で両刑事は多治見を睨む。

「あんたは?」

「新宿南署生活安全課の多治見です。」

 警察手帳を見せながら身分を告げた。

「あっ。これは失礼をしました。」

 恐らく二人の階級は巡査部長なのだろう。署は違うが階級の上下は不動であった。

「私用でね、偶然居合わせて」

 人懐っこい多治見特有の言い回しで、二人の刑事は肩に入った力が抜けた。

「そうでしたか。事故とは?」

「あそこの二人の男」そう言って先程転落した酔っ払いと、口論をしていた男を指した。

「二人のうち背の低い方がね、転落した男とそこで揉めてさ。あっちの二人の駅員が仲裁に入って――」

 今度は駅舎の入口に居る二人を見やった。二人の刑事がつられて駅舎を見る。駅長なのか、二人の駅員が説明をしているところが見えた。

「年配の方がそこの男を抑えて、若い方が転落した酔っ払いを抑えた。抑えられると、二人とも落ち着いたのか静かになったな。そこに、電車が来るというアナウンスが入って、若い駅員は白線の外側の客を見付けて、白線の内側に入るよう周りの客達へ声を掛けた。手を大きく振っているのが見えたよ。多分その時に、酔っ払いから手を離してしまったんだな。」

 多治見は見ていた事を、細かく且つ手短に伝えた。

「酔っ払いはふら付いてはいたけど、一人で立っていたから、僕はもう一人の方が気になって、そっちへ目を向けた。僅か数秒だったと思うよ。彼はまだ気が治まっていないようだった。だけど、彼の驚く目を見てね。その先を見ると、酔っ払いが、ふらふらと白線の外に向かって歩いていた。危ない!って怒鳴ったけど、アナウンスや他の喧騒で声が届かなかった。」

 多治見はやり切れないと、俯き首を振った。

「ホームから落ちて直ぐに電車が入ってきた。急ブレーキの音が聞こえたけど……。後は現状の通りだよ。」

「ありがとうございました。調書を取りたいのですが、ご協力願えますか?」

「用事が有るけど、僕も警察官だからね。協力するよ。でもその前に、約束の相手に遅れると連絡はさせてもらう。」

 そう断ると携帯を出してメールを送った。その後多治見は、現場の捜査責任者という、赤羽署刑事課課長の室永と先程の二人の刑事に二人の駅員、口論をしていた二人の男と駅長の総勢九人で駅長室に入った。

別の捜査員がホームの防犯カメラを調べ、多治見や駅員、口論の男達から聞いた情報と照らし合わせ、事故と断定した。

その間もバラバラになった遺体の回収作業は進められていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ