プロポーズは突然に
長期連載を始めます。ぽつぽつ投稿していこうと思います。
「あなた様に求婚しに参りました!」
机越しにいる青年の前にたたずみ、しとやかな微笑みを浮かべて毅然と言い放つ少女。
少女の名はリリィ・オーキド。自他ともに認める絶世の美少女だ。透き通るように白い肌、通った鼻筋は形よく、視線を奪う薔薇色の唇に、長い睫に縁どられた琥珀色の瞳は澄んでいる。そして、けぶるような銀の髪。どこからどう見てもこの世のものとは思えぬ麗しさ。
きゃしゃな身体には裾の大きく膨らんだ淡い灰色のドレスを身にまとっている。本来は地味なドレスのはずなのに、リリィの美しさによりかえって清廉な印象を与える。
「えーと、ここがどこだかわかってますか?」
困惑を隠しきれない声音色で青年はリリィにそう尋ねた。
青年の名はハイア・グローリ。癖のあるはちみつ色の髪に宝石のような輝きを持つ青い瞳の持ち主で、ぱっと見ると青年の容貌は整っている。しかし、少女と比べるとどうしても見劣りする。どこが悪いわけでもない。ただ、どこの街にもいそうな街一番の美青年、そこまでなのだ。故に、この上ない美しさを放つ少女の美貌を前にすると、人並みの凡人にしか見えないのだ。それほど、少女の美しさは群を抜いていた。
「はい、グローリ伯爵家のハイア様の執務室ですわね」
少女の凛とした声が部屋に心地よく響く。
そうここは、エンタントリニテ国の名門伯爵家であるグローリ家の屋敷であり、ハイア・グローリの執務室にリリィはいる。
部屋は窓を背景に大きくどっしりとした樫の木の机があり、その上にはあふれんばかりの書類がどっさりと積まれている。書架には分厚い本が所狭しに収められている。装飾品は特になく、唯一の装飾品と言えるのが、窓際にある幾何学的な模様の花瓶だ。うすいクリーム色で統一された壁に、いたって落ち着いた雰囲気の部屋だ。部屋の中央には座り心地のよい、ゆったりとしたソファがある。
「すみません。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
丁寧な口調でハイアはそう尋ねる。
「リリィ・オーキドですわ。わたくしのことを知らなくて当然ですわ。面識は一切ございませんわよ」
やや高飛車な口調のリリィに面食らったハイアだったが、困惑の表情をめいっぱい笑みに変え、リリィに噛み砕くように問いかける。
「そうですよね……。では、ご用件をお伺いしてもいいですか?」
リリィはハイアの問いに涼しい顔で答えた。
「先ほど言ったようにわたくし、あなた様に求婚しに参りましたの」
「……はぁ……?」
ハイアは怪訝な目でリリィを見た。ハイアの顔にはでかでかと「新手の不審者?」と書かれているのが、見て取れる。
リリィとハイアの間に変な空気が流れる中、それを壊すかのように、威勢のいい声が割って入ってきた。
「いいですよ!私のいたらん不肖息子でよいのでしたら。どうぞ、もらってやってください!」
今までソファに座っていたハイアの父であるカミー・グローリーは、勢いよく立ち上がり大げさに歓喜を表した。
カミーは口ひげを蓄えた少し小太り気味の初老の男性だった。髪も髭も白く、多くの皺が刻まれた顔はいかにも老人なのだが、はつらつとした口調が若々しさを感じさせる。
これはチャンスですわね。こちらから落としてみますか……。
思わぬ援軍にリリィは心の中で悠然と微笑む。
「父上!何を言っているのですか?」
ハイアは目を丸くし、カミーを諌めようとした。が、
「あら、本当によろしくて?お義父様」
リリィはかわいらしく首をかしげた。
「お義父様!なんてよい響きなのだ!ようやく念願の娘ができた!」
カミーは感激のあまり涙ぐんでいる。そんな父親とは対照的にハイアはげっそりとしている。
「ちょっと待ってください。状況は何一つ理解できませんが、なぜリリィさんは僕に求婚するのですか?」
まあ、無難な質問ですわね。この手の質問なら予想済みですわ。
リリィは迷いのない口調で、言ってのける。
「わたくし、急遽お金が必要なんですの。それも莫大な。そうすると、わたくしの家から近くてお金持ちで年頃の男性の方と言ったら、あなた様しかいなかったんですの」
「わかりました。お金が必要なんですね。なら別に求婚という形でなくても……」
「あら、それはだめです。わたくし、お金を借りるのなんて嫌ですわ。利子とか面倒でしょ。何よりお金は借りるものではなくて、もらいたいものですもの!ですから婚約した場合に、婚約者からいただける結婚資金をもらいたいのですわ。伯爵家なら莫大なお金を用意してもらえるのでしょしね、お義父様?」
ここぞとばかりにカミーに同意を求めるリリィ。
このエンタントリニテ国では、男女が婚約した場合は男性が女性に結婚資金を渡すのだ。結婚資金の内訳は花嫁のウエディングドレス代や嫁ぎ先への引っ越し代とされている。ただし、結婚資金と言っても実際は名前だけで、そのお金の用途は女性が決めて好きに使ってもいいので、中には自分の家の借金返済に充てる花嫁もいる。
「そのとおりだとも私の娘!いや、リリィちゃん!」
カミーはすっかりリリィを我が娘のように接し始めていた。リリィの思惑通りにカミ―はリリィに陥落したようだ。
「勝手に何を言ってるんですか!父上?」
ハイアは父親が正気の沙汰ではないと言わんばかりの口調で必死に「考え直してください」と言っている。
ここでもう後ひと押しというところかしら?
「お気に召しませんでしたか?わたくしはそこんじょそこらのお嬢様方よりきれいですし、スタイルもよし!胸も発育もよろしくてよ?」
あけっぴろなリリィの物言いにハイアは「そういうことではないんですよ……」と嘆いた。
ハイアはここ数分でどっと老けた気がした。
「何が不満なのだ?こんな美女に求婚されて渋るとは……それでも男か!」
カミーは胡乱な瞳で我が息子を見る。
「そうですわ。こんなにも麗しき美人に求婚されているのですよ。不満と言えばわたくしの身分ぐらいですわね。わたくしは庶民の出ですから」
さも当然、というばかりのリリィの態度に、ハイアは頭痛をこらえるような表情をした。いな、実際に頭痛がしているのかもしれないが……。
身分の低い庶民の出でも、わたくしの美しさを考えれば優におつりが出ますわ。何より、身分差なんて結局、気持ちの持ちようと考え方でしょうし、何ら問題ないわね。
リリィは自分の図々しい要求をちゃっかり正当化している。
「お金がいるからといって、何も求婚という方法で資金調達をしなくても……。ほぼ身売りみたいなものじゃないですか。いいんですか、あなたは?こんな形で結婚するのに……」
「莫大なお金がいるんですの。そうやすやすとお金は降ってわいてこないものでしょ?それにわたくしは自分で決めてあなた様に求婚しに参りましたので、何の問題も不満もありません」
リリィがはっきりとそう答えるのを聞いて、ハイアは重たいため息を吐く。
リリィ自身には嘘偽りなく、身売りという感覚はなかった。お金を手に入れるためとはいえ、自分の願いをかなえてくれる人に自ら求婚し、嫁ぐということに何の違和感もない。
「そこまではっきり、きっぱり言われると、承諾せざる負えないような気持になりますね」
「ええ、承諾なさってもらわないと、困りますの」
そうそう年頃もよくてお金持ちの方を見つけるのは大変だもの。
というのもリリィの本音だった。
何よりリリィだってどんなに大金持ちだという人でも、うん十歳も年の離れた男よりも、死期がだいたい一緒の若人の方がいいとは思っている。話が合う合わないの問題ではない。リリィにとって相手の性格も大事だという感覚もあるが、寿命はそれ以上に大切なのだ。
それに、父様より年上の男性に嫁ぐことになったら、あまりのショックで父様が心臓発作で即死してしまうかもしれませんしね……。
リリィの心配性の父親は、娘が早くに未亡人にとなる可能性を考えるだけで、体調を崩しかけない人なのだ。
そんなことになったら、リリィにとっては本末転倒だ。
「僕自身の気持ちはどうなるとお考えで?」
ハイアの口調はまるでリリィを試すかのような口ぶりだ。
ここで暗にハイアの気持ちを考えていないような答えを返すのは、妻になりたいという自分に不利な状況を生み出す。よって、ハイアの気持ちもしっかり考慮したうえで、リリィはハイアに自分を娶りたくなるような発言をしなくてはならない。
そのような質問もちゃんと想定していますわよ?ハイア・グローリ伯爵様?
「あら、今すぐには無理かもしれませんが、わたくしを妻にしてよかったと、あなた様はお思いになりますわ。わたくしは美人で器量よし。裁縫から作法に勉強、スポーツ全てにおいてオールマイティですから。そして、何よりもわたくしの願いをかなえてくださる素敵な殿方はあなた様しかいませんの!」
女優顔負けの笑顔ですらすらと答えるリリィ。事情を知る人でも知らない人でも、なんて熱烈な求婚なんだろう!と思うに違いない。そのためハイアは「確かに、こんなきれいな人に熱烈にプロポーズされたら普通に、いや、ものすごく嬉しいですけど……でもそれってどうなんだろう……?」と思案している。
そして、ハイアは覚悟を決めたかのように顔を引き締めてリリィを見た。
「……わかりました。わかりたくはないのですが、これもなにかの縁だと思って。リリィさん、では僕と賭けをしませんか?」
「賭けですか?よろしいですわよ。賭けとやらに勝った暁に、わたくしを娶って下さるのであれば」
で、お金を頂けるのであれば。
「内容を聞かずに承諾するのですね。その思い切りの良さには感服しますよ」
ハイアの表情は感服しているというよりかは、呆れ返っているという感じだ。
「おほめに預かり、光栄ですわ。で、ご内容はどのようなものですの?」
どんな条件だろうと、勝利以外はあり得ないですもの。
「とても簡単なことですよ。リリィさんが僕の友人の妹の外出をしたがらない謎を解き明かせるかどうか、それだけです。ちなみに友人というのが、公爵家の長男ですけど、リリィさんならその程度では引け腰にはならないですよね?」
ある程度の無理難題を想像していたリリィは少し拍子抜けだ。
てっきり、「ゲイの方を惚れさせて、男に戻せ」とか「百人の軍人と決闘して、百勝を収めよ」とか「横領などをしている悪徳高官を片っ端から成敗して二十ギル稼ぎ出して、国から表彰されてこい」ぐらいのことだと思っていましたのに……。しかし、侯爵家のご令嬢とは相手に不足なしですわね!
決意も新たに真剣な眼差しで頷くリリィ。
「あら、確かに単純明快ですわね。公爵家、むしろ上等の相手ですわ。ぜひとも受けさせていただきます。一応お聞きいたしますが、あなた様はどちらにお賭けになるのですか?」
「それはもちろん、僕は『できない』に賭けさせてもらいますよ。じゃないと賭けが成立しませんからね」
「それもそうですわね。期間はいつまでですの?」
「二週間です。その間に解決できたらリリィさんの勝ちですので、求婚をお受けします。いえ、むしろ僕から求婚いたします」
「ほほう、やっと男らしいセリフが聞けたわい!それになかなかの妙案だな。あの家のあの有名な問題を解決したなら、立派な伯爵夫人として社会デビューできそうだ。周りの連中も身分など忘れるだろう」
カミーはお腹を揺らしながらご満悦な表情で、豪快な笑い声をあげた。
「ええ、もしうまくいけばあの妹バカに貸しを作れますし、リリィさんの良い味方になってくれるでしょうから、リリィさんにとっても好都合のはずです」
お二方の話を聞く限り、今後のわたくしにとってもいいお話なようですわね。
なんだかんだと言って、リリィの今後も考えてくれているハイアはお人好しのようだ。そして、リリィはやることが決まったら即行動派だ。
「では早速、その公爵家に明日参りましょう」
「明日ですか!」
ハイアは思わず声を上げた。
「どうかされました?そうですわね、お仕事がおありでしょうからわたくし一人で行って参ります。ですから安心なさってください」
「……一緒に行きますよ」
疲れ果てたように机に手をつき、ハイアはため息とともに言う。
「そうですか……?では今宵、わたくしはどちらのお部屋を貸していただけますの?」
「はい?」
ハイアはまじまじとリリィを見る。目の前にいるこの可憐な少女の口から、どうしてこんな大胆なセリフが出てくるのかと困惑を隠せない。
「だってわたくし、お金は持ってきておりませんの。だから、泊まらせていただきます。宿泊代も食事代も浮いておお助かりですわ!さすが伯爵家、嫁ぎがいがあります」
そう言ってリリィは服などの最低限の必需品をいっぱいに詰めた鞄を目の前で、ハイアに見せるように持ち上げ、にこっと笑った。それを見たハイアは悲鳴じみた声を上げ、そしてふと思いついた疑問を口にした。
「何を言っているんですか!そもそもそれじゃ僕に断られたらとか考えていないんですか?」
「考えておりますわよ。野宿すればよろしいじゃないの」
あまりにもさらっと言いのけるリリィを前に、ハイアは逆に自分の感覚がおかしいのかと思わされてしまいかけたが、なんとか自分を保ち言い返す。
「野宿って……あなたは女性なのですよ。わかっていますか……?」
「わかってますわよ。野宿とは外で寝ることですわね。大丈夫ですわ。そんなに寝相が悪い方ではなくてよ?」
寝相を心配されるなんて……もしかしたらハイア様って、寝相が悪くて野宿できない方なのかしら?
ハイアの心配などつゆほども気づかないリリィは頓珍漢で的外れなことを考えていた。
「……一銭もないんですか?そんなにお金がないんですか?」
オーキド家の家計は娘を野宿させなくてはならないほど、鬼気迫る状況ゆえに、苦渋の選択をとることしかできなかったのかとハイアは思ったのだ。このような合理的な理由でなければ、ハイアはこの状況を理解できないでもいた。
「母はわたくしにちゃんとお金を持たせてくれようとしましたわよ。でも、そんなお金があるなら、病の父のためにもっと精のある食べ物を買う費用として使ってほしいので断りましたわ。何よりわたくしは父と違って、病とは縁が遠いんですの。風邪もめったに引く方ではないので、野宿も平気ですわよ」
あっけらかんと言うリリィに、ハイアはまた、ため息をつき、やがてその口からかすかな笑い声が漏れた。
「肝の据わった方ですね。わかりました。女性に野宿なんてさせられません。部屋をこちらで用意しますので、今日はそこに泊まってください」
「ありがとうございます。あなた様はお優しい方ですね。見も知らない女性に妻にしてくれと押しかけられているにもかかわらず、その相手を泊めて下さるなんて、懐の広い方ですのね」
「リリィさんは自分がどういう立場なのかちゃんとわかってて、やってるんですね……。この際もういいですけど……。それと、僕のことを『あなた様』と呼ぶのはやめてもらえませんか。僕にはハイア・グローリという名前がきちんとあるので」
「そうですわね、失礼いたしました。なんとお呼びしたらよいでしょうか?」
「ハイアでいいですよ。僕もリリィさんと呼びますから」
呼び捨てでもいいのに……。礼儀正しい方ですわね。
こうして押しかけ女房もどきのリリィと、どことなく押されると弱いハイアの奇妙な駆け引きが始まった。
楽しんでいただけたら幸いです。
というか、現実でリリィみたいに家に押しかけられたらたいていの人はハイアみたいに冷静に対処できないですよね。