04 病気の月曜日①
居ないなー、この辺りのはずなんだけど。
死亡時間からそう時間は立ってないし遠くには行ってないはず・・・と思いたい。
みるみる薄暗なっていく景色に、オレンジ染まっている空の方を見ると太陽が殆ど沈みかけ、それとは反対側の空にはうっすらと月が見え始めていた。
暗くなれば霊は見えにくくなるし探しにくいけど・・・僕達には夜の方が好都合だ。
・・・・・しかし、あいつ何処行ったの。
あいつとは今探している霊の事ではなく僕の仕事の相方であるサボリ魔の事だ。
ついさっきまでは一緒にいたはずなのに、ちょっと目を離した隙にこれだ。
辺りを見渡すと石造りの大きな建物が並ぶこの通りに一際背の高い時計塔が見えた。
(上から探そうかな・・・)
周りに人がいないことを確認して地面を軽く蹴るように体を浮かせ低めの建物の上へ着地し、そこからさらに数回跳び、時計台の出っ張りに足をかけ少し上へ移動する。
そこは丁度時計の真下辺りで、良い足場もあり座れる位にはスペースに余裕がある。
あまり上に上りすぎても僕の目は遠くまでよく見えないし・・・・。
先程居た通りに面した少し狭い路地へ目をやると人影2つが目に映った。
人影の片方は若い女の人のもので、もう一人はその人に話しかけているようだ。女に話しかけているであろうそいつが俺の相方であることはすぐに分かった。
(もういいや、あいつは放っておこう)
大方、ナンパでもしてるんだろう。女好きのサボリ魔、もはやそれはあいつの病気と言って良い。若い女を見つけたら声を掛けずにはいられない病だ。
(無視無視っと・・・・・・・・ん)
川辺の近くに目標を見つけた。さっさと済ませてしまおう、次の仕事が押してる。
時計塔に登った時と同じような要領で下に降り、目標に接近する。なるべく警戒されない様に気を付けて・・・・。
「こんにちは、何かお困りですか?」
そう声を掛けると目標はびくりと動き、逃げるように移動した。
(えー・・・・・・・。逃げないでよ)
あんまり強行はしたくないけど、追いかけっこに割く時間はないし、仕方ない。
周りに人もいないようだし好都合。左耳に手をかざし、三日月型のピアスを杖へ変える。左手で杖を持ち、僕から離れていく目標に向かって先端で横棒を引く様に軽く振った。
すると思惑通り、目標は地面から生えるように伸びた植物の蔓に捕らえられ、動けなくなった。
(やれやれ、手間を掛けさせる)
身動きの取れなくなった目標に近づき、再び声を掛ける。
「こんにちは。驚かせてしまってすみません、僕はあなたを迎えにきた者です」
「・・・・・・・迎えに?」
目標は怯えた様子で言った。声からするに、この人は女性だろう。
霊となった人間は自身の死に対する理解と心理状態の差で姿形を大きく変える。理解しているほど生前の姿に近づき、そうでないほど不安定な形となり、それを形成する色も醜く淀んでいく。
この女性の場合姿、性別までは分からないが人型は保ち、色も太陽の光のように綺麗な色だった。
「はい。帰り道で困っていませんか?宜しければ僕が案内致しますよ」
僕がそう言うと、女性は安心したような口調で答えた。
「そう、そうなの。道がわからなくて・・・行かないといけないのに、場所も思い出せなくて・・・・・」
「そうでしたか、それは不安だったでしょう」
この女性はもう僕から逃げてはいかないだろうから、彼女に杖を向け、拘束していた蔓を解いた。
「それでは、行きましょうか」
「あの、私は何処へ行くのでしょう?」
「あなたが行くのはとても美しいところですよ、僕が責任をもってお連れします。少し目を閉じてみてください。次に目を開けた時には着いていますよ」
安心させるようにそう言って僕は女性の頭に軽く杖を当てる。杖の先端は淡く光り、まるでそれは夜空に浮かぶ月をそこに持ってきたかのようだった。
「ええ、分かったわ。ありがとう」
「はい。お休みなさい、良い旅路を」
僕は杖を女性の頭から少し離し、再び杖を軽く当てるように降る。すると人型をとっていた女性の霊はその姿をランタンへと変え、その中では淡い色の炎がまるで息をするかのように揺れた。
(さて、一度戻って回収した魂を本部へ届けに行こう。これ以上持てないし・・・・)
仕事用に着ている黒色の長いローブを少し持ち上げれば、ベルトにぶら下げていた複数のランタンが軽く音を立てる。今回収したランタンもベルトに固定し、杖をピアスに戻す。
ローブのポケットに手を入れ金色の懐中時計を取り出しフタを開ける。さらに決まった順番に数回針を動かし、前方に針のない金色の大きな時計盤を召喚する。
それは様々な場所へ繋がる門の役割を果たし、本部へも一瞬で移動することが出来る。
(・・・あいつは置いて、先に戻ろう)
時計盤に向かって一歩進むと同時に背中に衝撃が走った。
僕の身体は軽く前へ飛ばされ、バランスを崩した身体を反射的に両手で支えた。
先程とはガラリと切り替わった景色に、門をくぐり本部へ戻ったのだと理解したが視界の大半を豪華な絨毯が占めていて、僕を突き飛ばしたであろう犯人への怒りがこみ上げる。
「・・・・・・ソーマ?何をするのかな、ひどいじゃないか」
後ろにいるであろう僕の相方に殺意を込めて言った。
「そっちこそ置いて行こうとするなんてひどいんじゃなーい?チャンドラ君?」
悪びれもなく背後から聞こえるそいつの声に殺意が増すのを感じた。僕は床についていた手を放し、姿勢を整え後ろを振り返った。
「自分で門出せるよね?なんで突き飛ばすの?」
僕はどんなに怒っていても理性を保つために笑顔で対応するようにしているけど、今は頬が引きつっているのが自分でも良くわかった。
「えー?嫌がらせだけど?」
先に帰ろうとした罰だよーっと続けて奴が言った。
「そっかー、嫌がらせかー・・・・・表でろやサボリ魔」
「チャンドラ君、こわーい。そんなんじゃモテないよー?」
「はーい、そこまでですよーお二人さん」
険悪ムードな僕たちの間にゆらゆらと形を留めない水色の女性の身体が割り込んだ。
「本部での喧嘩はご遠慮くださーい」
にこやかに笑う彼女に毒気を抜かれる。
「・・・・・・ああ、うん。ごめんね」
「うんうん、ごめんねー?もう喧嘩しなーい」
「ふふ、ありがとうございます。では失礼しますー」
と、これまたにこやかに去っていった。流石、本部の案内役・・・仕事が早い。
「・・・・・・・・・行こうか、ソーマ」
「・・・そうだねぇー」
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