02 猫の話②
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「まさか、こうくるとはなぁ」
予想外だ。と、俺の身体を抱えながらこいつが喋る。
俺の身体には白い布が巻いてあって、ところどころに血が滲んでいる。こいつがこんな親切な事をしてくれるはずがないので多分、あの医者がやってくれたんだろう。
「にゃーー!(どういう事だよ!)」
「にゃあー!にゃーーーー!!(説明しろ!なんで俺が猫になってる!」
そう、俺の身体は猫になっていた。さっき助けてやれなかった灰色の猫の身体。全身がズキズキと痛み、右足が少し変な方向に曲がっている。
よく立てたなこんな身体で。
「うるせえ。何言ってるか分かんねぇよ。口縫い付けるぞクソ猫」
「・・・・・・」
・・・・悪魔かこいつは。
「まあいい、とにかく帰るぞ。医者には行けない。自力で治せ」
そう言うとこいつは心底面倒臭そうに欠伸をした。
悪魔だ、まぎれもなく。
俺は普通の人生を送る予定だった。普通にそこそこ幸せな人生を。
この世に生を受けて、成長して、愛する人が出来て、結婚して、子供が出来て。これからもその人生の続きを歩む予定だったのに。その道は見事に破壊された。この、悪魔のような神によって・・・。
「よし、着いた」
その声に顔を上げれば、見慣れた景色が映った。俺の家であり、職場。
昔の趣を残した門には今朝見た時と同じように【一木旅館】と書いてあった。
その奥には昨日と変わらない風貌で建っている立派な旅館がある。それは確かに今までと何も変わっていないはずなのに、まるで別のものを見ているかのような感覚に襲われる。
これからどうしようか。このままじゃ経営していけない。そうだ、事故の事・・・もう知っているだろうか?どうやって・・・・と考えていると視界が大きく動いた。
(え・・・?何?)
急に降下する視界。自身が落下しているのだと理解した時には身体は地面と挨拶を交わし、激痛を走らせていた。
「痛ってえ!なにしやがる!急に離すなっ・・・て・・・あれ」
ふざけた声じゃない、ちゃんとした言葉が口からこぼれる。
「身体が・・・戻ってる・・・?」
地面についていた自分の手を持ち上げてみると、見慣れた人間の手だ。服も着ていたものと同じ。これはまぎれもない俺の身体。
「残念だが戻ってねぇよ。その身体は霊体だ、ほら」
下を見ろ。と言われるがまま視線を下げ、足元にやるとそこには灰色の猫が寝ていた。
「猫がいるな」
庇いきれなかった、灰色の猫。
「それが今のお前の本体。自分で持って歩けよ」
元の身体は今頃病院で寝てるだろうな。そう言うと奴はスタスタと建物のほうへ歩いて行った。
猫の頭に手を伸ばすと、フワフワとした毛が指に絡みついた。
・・・触れるのか、霊体なのに。
頭部に向けていた視線を腹部を中心に巻いてある布に移すと半分ほどが赤に染まっていた。
これ、やばくないか?というか、この状態の猫を普通落とすか?
とにかく、はやく手当しないと・・・・って、あれ・・・そういえばこの猫って死んでるんじゃないのか?猫の胸辺りに手を当てるが、やはり心臓は動いていなかった。
(とりあえず、家に入ろう。あいつに聞きたいことが山ほどある)
なるべく刺激を与えないようにそっと猫を腕に抱いて旅館のすぐ横にある建物に入る。
スライド式の扉を閉めると、騒々しい足音が聞こえてきた。次第に大きくなる音のする方へ振り返ると共に身体が床に沈みかけ、重みの増した身体を支えるためにほぼ反射的に右足を後ろに下げた。と、同時に後頭部を扉に打ち付けた。
あまりの痛みに危うく猫を落とすところだ。
「い、今。電話で・・・。事故に合ったって・・・・・っ聞いて・・・!」
心地良い高さの声に、懐かしさすら感じる。昨日も、今朝だってその声を聴いたはずなのに。
「・・・・・・っ・・・、それで・・・それからっ・・・・・」
大好きな声も、俺を抱きしめる手も痛いほど震えている。猫を落とさない様に片手で支え、彼女の頭に手を添える。
「・・・・うん。ごめん」
もっと気の利いたことを言いたいのに、出てきたのはその一言だけだった。
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