01 猫の話①
(ああ・・・・なんで)
身体が動かない。痛い。暑い。いや、寒い。
心臓の脈打つ音がうるさい。蝉の声が頭に響く。
(うるさい)
そう思って口を動かすも出たのは下手な口笛のような音だった。
声が、出ない。肺がやられたか?
腕も、足も、頭も、指先すら動かない。目・・・は動く。
唯一まともに機能している眼球を右に動かすと、灰色の地面の上に透明な破片が散らばっていてそれらがどんどん赤に染まっていく光景が目に映った。
(赤い、俺の血か?)
どうりで寒いわけだ。
出血を確認すると、余計に血の気が引いてきた。
まずい、このままじゃ・・・止血しないと・・・。
血はどれくらい流れた?救急車はまだか?いや、誰か呼んだのか?そもそも誰かいるのか?
(誰か)
眼球を他へ動かし確認すると視界の端に風に揺れる灰色が映った。
(なんだ・・・?)
もう少し眼球を動かすと、物体全体が目に映った。地面に転がる灰色の塊。
(ああ、猫。)
そうだ、俺は・・・。
(おい、猫動け。猫)
助けられなかったのか?そう思うと同時にだんだんと猫がぼやけてきた。
視界が揺れる。意識が薄れていくのが分かる。
(このまま死ぬのか?)
いや、俺にはまだやる事がある。やりたい事もある。死ぬわけにはいかない。手放したくない。失ってたまるか。しがみついてやる。
何か、考えること・・・思考を止めるな・・・。俺は死なない、死ぬはずがない。あいつがそう言ってただろ。大丈夫、どんなにひどい怪我だって平気なはずだ。
そうだ・・・意識を保たなければ・・・・。なにか・・・
(・・・・・羊が1匹、羊が2匹・・・羊が、3匹・・・・羊が・・・)
「**え***?」
(なんだ・・・誰かいるのか?)
「き*****?」
「**ひ***。*****だめ*****」
視界に白い服が映る。良かった、これで助かる。ちゃんと誰かが助けを呼んでくれていたんだ。
「***う**にん***」
「**、*****」
(・・・・・眩しい!なんだ。何をする)
「**のう**、***」
(良く聞こえない、はっきり喋れ)
「**か***。****し******」
「ご*2時1**ん。死亡を********」
(は?死亡?)
「これ**、**た****そう**」
(まて、死亡ってなんだ?俺はまだ生きてる!死んでない!)
身体さえ動けば・・・くそ、なんで動かない。俺の身体なのになんで・・・!
「**あ****、も********」
なんだ・・・?大きな手が目の前に映ると同時に視界が黒に覆われた。
目を・・・閉じたのか?どうして俺の身体は動かない?なぜ、俺の目は再び開かない?なぜ・・・・。
俺は死ぬはずがないんだ。どんな怪我を負っても死なない。だから・・・・・。
・・・・・・ふと、黒に染まっていた視界に見慣れた灰色が現れた。良かった目が開いたんだな、身体もなんとか動かせる。
くそ、ヤブ医者め。怪我が治ったらクレームつけてやる。
足を動かし、立ち上がる。身体中に激痛が走るがなんとか歩けそうだ。
しかし、なんだ?異様に視界が低いな。地面に倒れていた状態とさして変わらないじゃないか。
(どうなってるんだ?)
さらに視線を下に下げると灰色の毛が映った。
(・・・・・毛?なんで毛?)
「では、搬送しよう。丁寧にな」
今度ははっきりと医者の声が聞こえた。そうだ、はやく文句を言ってやらないと。そう思い思いっきり息を吸い込み、口を開く。
「にゃーーーーー」
(・・・・・・・・は?)
なんだ・・・?にゃー?ふざけてる場合か。
もう一度、口を開けるも出るのは先ほどと同じふざけた声だった。
(・・・えーと。・・・・・・・・・・なに?)
「ん、猫?怪我をしてるじゃないか」
「にゃ?」
いや、違う違う違う!にゃ?じゃねぇよ。ていうか何言ってるんだこのヤブ医者。怪我してるに決まってるだろ、何の為に来たんだよお前ら。
そもそも猫ってなんだ。ふざけるのはこの声だけで十分だ。
「あ、すいません。それ俺の猫です」
聞きなれた声が聞こえた。腹の立ついい加減な調子で喋る、あいつの声。
「にゃーーー」
「君の猫か。ひどい怪我をしているようだから早く病院へ連れて行ってあげてくれ」
事故に巻き込まれたのかもしれん。そう言ってヤブ医者は俺を持ち上げた。
低かった視線が高くなる。
―――――――そして見えた。
「はい。そちらの方は・・・・」
「助けられんかった。何も出来ずに」
――――見えた。
血まみれの俺の身体。
どう見てもそれは動きだしそうにない。
(どうして・・・)
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