初日投票
シャッターが閉じ始めてすぐに部屋の照明も点灯した。
いったい、何が起こるのだろう…。
倫子は、今まで経験したことがないほどの胸の鼓動の速さを感じた。それはみんなも同じようで、黙り込んで閉まって来るシャッターを凝視している。
要が、必死に落ち着こうとしているように何度も大きく深呼吸すると、声を出した。
「投票、だけど、」その声は、恐怖を抑え込む努力をしているにも関わらず、震えて甲高くなっていた。「占い師に指定された六人を除いた四人からランダムで選ぼう。」
倫子は、間違えては大変だと思った。もしここで、その四人以外の人に投票してしまって明日それを理由に怪しまれてはたまらないと思ったのだ。
自分は、匠に指定されているから、外れるはず。他には、誰が指定されていただろう。
「そ、それって…どの四人なのか教えてもらってもいい?」
みんなも、黙って要を見ている。要は、幾分落ち着いたように言った。
「うん。匠さんが倫子と杏子さん、慎一郎さんが美沙さんと姉ちゃん、結さんが靖と政孝さんだから…」と、呼ばれなかった他の四人を視線で探った。「京介さん、満さん、大悟さん、純だね。番号は、2、8、11、13だ。」
呼ばれた四人の顔は、硬くなった。しかしその中で、大悟と満の表情は、幾分覚悟を決めたような真剣な鋭い雰囲気になったのに比べて、純は戸惑ったような諦めたような感じ、京介は青くなったように倫子には見えた。
思った通り、京介がテーブルを叩いて立ち上がった。
「四人だって?!たまたま占われることになっただけの奴らが除外されるなんて、おかしいじゃないか!しかも、その中の半分は今日占われないんだぞ!占い師は一晩に一人しか占えないんだから!」
満が、むっつりと言った。
「…だが占われる可能性がある奴らに比べて、オレ達は明日の時点でも確実にグレーなんだ。こうなるのも仕方がない…オレはみんなに託すよ。それしかないからな。」
京介は、匠を見た。
「じゃあ、オレが今夜匠に占ってもらう!そうしたら、オレが白だってわかってもらえるだろう!」
要が、首を振った。
「もう決まったことだから。とにかく、座って。」と、モニターを見た。「残り一分になる。」
そう言われてモニターを見上げると、同時に声が言った。
『投票、一分前です。』
全員が、急いで腕輪を前に構えた。倫子は、頭の中でいろいろなことが巡って考えがまとまらなかった。
落ち着こう。落ち着いて、順番に考えて…。
純は、白い。倫子の中では純は確定白だった。満の覚悟も、役職を持っているのにカミングアウト出来なくて、そのまま吊られようとしているような白さを感じた。大悟の表情は、満のそれと同じだった。自分の勘を信じるのなら、京介。もしかしたら好き嫌いの問題かもしれないけれど、でも、京介。京介は、2…。
『…3、2、1、投票してください。』
回りで皆が一斉に腕輪に向かっているのが分かった。しかし倫子も、初めての投票に手が震えた。
2、そして、0、0、0。
だが、焦って連打してしまい、腕輪がピーッと甲高い嫌な音を立てた。
『もう一度やり直してください』
腕輪が言う。
倫子は焦った。一分以内に投票しなきゃいけないのに!
回りからは、同じようなエラー音がいくつも聞こえて来ていた。倫子は、息を整えた。集中…集中…焦っちゃいけない。
2、それから、0、0、0。
『受け付けました』
腕輪からの声に、ハーっと息をついた。隣りを見ると、洋子がまだ、必死に腕輪と格闘している。向こう隣りから、もう投票を終えたらしい要が覗き込んでいる。
「姉ちゃん、落ち着いて!0はゆっくり押すんだ!連打したらエラーが出るって!」
「わかってるわよ!」
そう言いながらも、洋子の額には玉の汗が浮かんでいた。時間は、20秒を切っている。
『もう一度やり直してください』
倫子が、見かねて横から腕輪の腕を掴んだ。
「早く!数字押して!」
洋子は、何か二つ数字を押した。倫子は横から、口に出して言いながら横の腕輪の0を押した。
「0、0、0!」
『受け付けました』
『終了しました。』
モニター側から同時に声がする。倫子と洋子、要の三人は、ハーっと椅子にもたれかかった。他の皆も同じ心境だったらしく、一様に安堵の表情を見せている。
しかし、次の瞬間にまた表情が緊張した。
『結果です。』
パッとモニターに表示が現れた。
1→2
2→11
3→11
4→8
5→2
6→11
7→2
8→11
9→8
10→2
11→2
12→11
13→2
14→2
細かく、数字と矢印が書かれたある所を見ると、誰が誰に投票したのかということらしい。
そして、その横には大きな数字が一つ、2、と出ていた。
『№2が追放されます。』
「待て!」
京介の声が響く。しかし、その姿は見えなかった。突然に部屋の灯りが全て落ち、真っ暗で何も見えなくなったのだ。
ガチャン、と何か金属のような音がする。
「うわああああ!!」
京介の声が遠ざかって行く。何やら、下の方へ消えて行くような声だ。倫子は、椅子二つ向こうなだけなのに何も見えないのに怯えて叫んだ。
「何?!何が起こってるの?!」
パッ、と明かりが点灯した。
2番の席には、何も無かった。
そう、椅子すら残されていなかった。誰も物音ひとつ立てられずにその場に凍り付いていると、声があっさりと言った。
『№2は追放されました。ゲーム終了時に勝利陣営側なら戻って来ることが出来ます。それでは、夜のターンに備えてください。』
そして、ブツ、とまた音声が途絶えた。
美沙が、真隣りで起こったことに、呆然としながら独り言のようにつぶやいた。
「何…いったい、どこへ行ったの…?追放って、どこかに監禁でもされるの…?」
反対側の隣りの杏子は、さぞかし怯えているだろうと思ったのだが、まるで悟ったように床を凝視して黙っている。その様子を見た美沙の向こう側の政孝が、立ち上がって床を調べた。
「ああ…床に切れ込みみたいなのが。椅子自体が床に固定されてて、きっと床ごと下へ連れて行かれるんだ。」
結が、ガタガタ震えながら言った。
「連れて行かれるって、どこへ…?殺されるの?物凄い悲鳴だったわ。底が抜けて落下するんじゃないの…?」
それには、慎一郎が答えた。
「落下にしては声の遠ざかり方がゆっくりだったと思う。それなりのスピードだろうけど、落ちて行ったんじゃないと思う。」
美沙が、幾分持ち直したような感じで顔を上げた。
「そうよね、ゲームなんだもの。勝利陣営の側なら戻って来れるって言っていたもの…まだどっちが勝つか分からないんだから、生きてるわ。」
杏子が、魂が抜けたように言った。
「でも…じゃあ負けたら…?」
シーン、と静まり返る。
倫子も、今目の前で起こったことが理解出来ていなかった。あんなにうるさかった、京介さんが追放された。自分が投票した一票が、京介を退場させた。どうなるのか分からない、地下へと…。
「票…誰が誰に投票したのか、覚えておいた方がいいね。」要が、まだ表示されたままのモニターを見上げて言った。「メモ、とっとく。とにかく、追放がどういうことか分かったから、これからはもっと慎重に考えよう。会合は6時からだけど、それまでにもっと話し合って、判断材料を集め合おう。これで京介さんが狐でも狼でもなかったら…まだ、この中に狼三匹と狐が居るんだ。」
要が、眉を寄せてぐっと唇を引き結び、モニターを見ながら自分のポケットから出した手帳に数字を書き込んで行く。
倫子は、それを見ながらまだ思っていた。
京介さんは、きっとアトラクションか何かのように下へ連れて行かれて、そっちでこっちの様子を高見の見物でもしてるんだ。だって、殺されるはずなんてない。お母さんたちだって私が合宿へ行ったのを知ってるんだし、帰って来なかったら探すはずだもの。この人数が失踪なんておかしいし、そんな大それたことをするはずなんてない。そもそも、自分がそんなことに巻き込まれるはずなんて、ないんだ…。