会合
皆が自分の番号の席へとついたその時、パッとモニターが着いた。皆がびくっとしてモニターを見上げると、そこにはカウントダウンが始まっていた。
0:59から始まって、どんどんと数字が減って行く。
30秒へさしかかろうかという頃、あの、案内の声が言った。
『会合の時間まで、あと30秒。席に着いてください。』
皆が緊張で身を固くしてそれを聞いた。数字は尚も減って行く。
『残り10秒。』固唾を飲んで、その瞬間を待つ。『9、8、7、6、5、4、3、2、1、終了です。席に着いていない者は失格となり追放となります。』
今度は、モニターには59:59からカウントダウンが始まっている。
一時間後には、投票なんだ。
倫子は、急に緊張して来た。この中の、誰かに投票しなければならないのだ。そして、それによって一人が追放になる…。
それが自分かもしれないことを再び思い出し、寝ていた自分の愚かさを改めて知った。じっと一点を見つめていると、声が言った。
『では、初めての投票が控えておりますので、投票の仕方について説明致します。投票は、全て腕輪にて行います。7時になりましたら、一分以内に腕輪に入力して投票してください。遅れた場合、追放となります。入力の仕方は、まず、投票先の番号を入力し、その後0を三回入力してください。受け付けられた時、腕輪から、受け付けました、と案内が入ります。その時点で投票が完了したとみなされます。それでは、議論を始めてください。』
ブツ、とまた何かが切れたような音がした。
シンと静まり返る中、モニターの青い背景に大きな数字だけが、刻々とカウントダウンを続けている。
何を話せばいいのだろうと倫子が混乱した頭で考えていると、要がサッと手を上げて言った。
「オレ、カミングアウトします!」
「待て。」要のいきなりの声に大概驚いていた倫子の耳に、真隣りから声がした。「オレもカミングアウトする。オレは、占い師だ。」
匠だ。
皆がびっくりしたように匠を見た。反射的に要を見ると、要は肩をすくめた。
「オレは違う。占い師カミングアウトだと思った?オレは、共有者。さっき、最初に共有者を出すって言ってたから。相方は潜伏します。さっきの部屋での一時間に、話し合ったんだ。もし、オレが共有者じゃなく、自分が共有者だって人が居たら、今出て。これから、場を仕切るのはオレになるから、信用されないと無理だから。」
皆、それぞれに顔を見合わせた。誰も、共有者だと出て来る者は居なかった。
倫子は、なぜかホッとした。要を信じられるということが、とても心強かったのだ。あの子は、頭がいい。きっと村人を勝利へと導いてくれるはず…。
すると、10番に座る慎一郎が、唸るように言った。
「最初は共有者だと聞いていたから、オレは出たく無かったのに。うまくあぶり出されたとしたら腹が立つが、このまま匠が真占い師だと思われるのも困る。オレが、占い師だ。匠は偽だ。」
すると、そのすぐ隣りの結が叫んだ。
「何を言ってるのよ?!私が占い師よ!あなた達、いったい何なの?!」
すると、その向こうの満が吐き捨てるように言った。
「普通に考えたら人狼と狂人と真占いかな。」
要が、眉を寄せて首を振った。
「待ってくれ、狐も居るんだ。でも、今回の場合背徳者が居るのに狐が出て来るなんて考えられないから、背徳者が居る可能性もある。」
結が、頭を抱えた。
「え、じゃあ狂人と背徳者が一番確率が高いわね?それぞれの主人のために出て来たってこと。」
政孝が落ち着いた声で言った。
「これが霊能なら何が混じってるかわからないから全部吊ってしまえって思えるんだけど、狐が居る村で占い師だからなあ…ここは占い師は残すのがいいだろう。どうせ主人の手下ばっかりが出てるんだしな。」
大悟が、腕を組んで背もたれへとそっくり返った。
「うーん、でも狩人に守ってもらわなきゃならないだろうが。せめて誰が本物っぽいかぐらい、みんなで話して置いてもいいじゃないか。」
匠が、心持ち慎一郎を睨みながら言った。
「オレは真っ先に出た。疑われたくなかったからだ。他のヤツが出た後だと、どうしたって嘘っぽいだろうが。」
慎一郎が睨み返しながら言った。
「お前が出たのは、要が出て来たからだろう。占い師だと思ったんじゃないのか。さっき散々要に疑いを向けるようなことを言ってたから、要が占い師だったら不利だと思ったんだろう。だが、要は共有者だった。オレは、お前は人狼か狐じゃないかと思ってるぞ。吊り回避のために出たんだとな。」
皆の視線が、匠に注がれる。匠は、顔を赤くして言った。
「お前こそ、オレに疑いを向けて自分を真占いだと見せようとしてるんじゃないのか。オレはお前を人狼だとは思っていないが、狂人か背徳者だと思ってるぞ。真のオレが出て来たから、慌てて出て来たってな。」
結が、横から激しく言った。
「どちらにしても、二人共偽者よ!私が真占い師だもの!狩人は、私を守って!きっと、明日結果を出してみせるから!」
要が、うーんと唸った。そして、結を見た。
「今の時点では、匠さんの出方がちょっと怪しいかなってぐらいで、みんなおんなじぐらい怪しいんだ、結さん。それに、そんなに神経質にならなくても、人狼にはどれが真なのかきっと分かってないと思うよ。今噛んだら、仲間の狂人かもしれないし、この中に人狼が居たら噛まれなかった騙り占い師は真目が落ちるし、それに狩人が誰を守ってるか分からないしで、きっと今夜は噛まないんじゃないかな。オレが人狼だったら、霊能とか狩人を狙って噛むよ。だって、その方が成功しやすいから。」
結は、すがるように要を見た。
「でも、私が本物なの!このままじゃ、結果を出せないまま襲撃されるかもしれないでしょう。狐が居るのに、見つけられないまま…。」
倫子が、あ、と手を打った。
「あ、そうよ、狐が居るじゃない?」結は、倫子の方を見た。倫子は続けた。「だから、人狼も今は占い師を生かしておきたいんじゃないかな。自分を特定される危険はあるけど、これだけの人数が居るんだから、一人ぐらい黒出しされても言い逃れ出来ると考えて。村人にとっても、狼にとっても、狐を何とかするのが最優先でしょう。」
政孝が、頷いた。
「その通りだね。狐が両陣営にとって脅威なんだから、今はそれを考えよう。じゃ、グレーから吊るってことになるのか…。」
要が、頷いた。
「そうだね。狐は潜伏してるだろうからね。」
倫子は、ぐるっと見回した。グレーと言われると、すごい数だ。全く喋っていないのは、元からおとなしい純、その友達の明るい靖、怯えた様子から少し落ち着いたような杏子、むっつりと険しい顔の洋子、そして美沙。
他のグレーは、大悟、満、京介、政孝、倫子なのだが、こっちの五人は結構話していた。倫子は、話に入って来れなさそうな純に言った。
「ねえ、純。あなたはどう思う?何か話しておかないと、黙ってるから怪しいとか言われちゃうよ。」
純は、びっくりしたように顔を上げた。そして、首を傾げた。
「…よく分からないのが正直なところなんだ。人狼ゲームはあんまりしたことなかったし。占い結果もない初日は、さすがに状況だけでこの人って言えないんだ…黙ってるし、もしオレが追放されても、仕方がないかなとは思ってる。」
隣りの靖が、慌てて首を振った。
「ダメだって!村人だったら、無駄な縄使わせないように、何か考えを言わないと。まして、吊られたらどうなるのか分からないのに。純は嘘つくとすぐ顔に出るから、オレには分かる。村人だろ?」
純は、驚いたような顔をした。
「え、どうしてわかったんだ?」
倫子は、その会話を聞いていて、同い年なのになんて幼いんだろうと思って思わず苦笑した。嘘か嘘でないか、付き合いのない自分にもあっさりと分かってしまう。靖はどうあれ、恐らく純は村人なんだろうと、倫子は思った。余程演技が上手いとかじゃない限り。
美沙が、苦笑して言った。
「仕方がないわね。ここには高校生だって居るんだし、もっとゆっくり説明出来たらいいんだけど…」と、タイマーを見た。必然的に皆もそちらを見上げる。「…あと、30分ちょっとだわ。今日は占い師を残して、狐狙いでグレーの中からランダムで吊るってことで、いい?要くん。」
要は、美沙に話を振られて、少し赤くなったが、頷いた。
「それでいいと思う。あと、狐対策で占い師は占い先を指定して欲しい。呪殺が出た時、真占い師を特定出来るから。」
「二人ずつがいいな?」慎一郎が間髪入れずに言った。「どちらか占うってことで。噛まれたら困る。」
要は、それにも頷いた。
「うん、それがいいと思う。じゃ、慎一郎さんから、誰を占うか言ってくれる?」
慎一郎は、皆の顔を見ていたが、言った。
「狼より狐っぽい人を選ぼう。洋子ちゃんと、美沙さん。」
結が横から食い気味に言った。
「私も狐を探すわ!ええっと、重ならないほうがいいよね?杏子ちゃんと、政孝さん。」
匠は、険しい顔で隣を見た。
「じゃあオレは倫子ちゃんと、靖くんか。」
要が、満足気に頷いた。
「じゃあ、今日の吊り先だよね。グレランなのは分かってるけど、まだ時間があるし何か気が付いた事がある人は、言って欲しい。狐じゃなくて、狼っぽいでもいいから。みんなの投票の材料になるし。」
すると、靖が恐る恐る手を上げた。
「あの…占い師なんだけど。」
要が、そちらを向いた。
「占い師の事は今はいいよ。明日の事だ。」
靖は、首を振った。
「いや、オレは匠さんが怪しいと思ってるからなのか、気になってね。あっちで要とやり合った時、美沙さんに問いつめられてさ。みんなビックリして、オレだって見てるだけしか出来なかったんだけど、一人だけ匠さんを庇った人が居るんだ。」
要は、眉を上げた。
「え、グレーの中に?」
靖は、恐る恐る頷く。
「うん…何が起こってるのか判断付かないでいる中で、京介さんだけが庇ったんだよ。もし匠さんが偽なんだったら、狂人か人狼を庇った狼か、背徳者を庇った狐か、それとも狐を庇った背徳者なのかって、なんかそんな事を思っちゃってね。この二人にラインがあるように感じたんだ。」
京介が、憤慨したように言った。
「あれはそう思ったから言っただけだ。匠は何か考えがあって話しているようだったし、役職持ちじゃないかと思ったんだ。そしたらやっぱり、占い師だったじゃないか。要が共有者なんてあの時は誰も知らなかったし、あれだけ強く話せば疑いもするだろうが。」
そんなやり取りを聞いていて、倫子は訳が分からなくなって来た。占い結果もない今、純が言うように判断がつかない。誰が吊られてもおかしくない状況で、一言一言が、これほどに重い。何気なく言ったことでも、誰か一人に怪しいと思われたら最後、呆気無く吊られてしまうだろう。いくら村人だと叫んでも、それを証明する術がない。占い師に白出しされて、その占い師が真だと確定するか、全ての占い師に白出しされない限りは。
そして真っ白になったら、噛まれる可用性が上がるのだ。
「なんだか…本当に分からなくなって来たわ。」
倫子が絞り出すように言う。要が、気の毒そうに言った。
「情報が少な過ぎるもんね。でも、投票時間は確実に近付いてるよ…あと、10分だ。」
モニターへと、皆の視線が移る。
その時、モーターが回るような音がして、リビングの窓の外にシャッターが降り始めた。