豪勢な鳥籠
大きめの木製の、両開きの扉を開くと、そこは絨毯が敷かれた廊下だった。斜め前には扉があり、向かい側には違う部屋があることが分かる。
匠が、その扉に近づいて、ノブを回して開いた。
そこは、やはり居間のような設えの部屋だった。だが、今出て来た部屋よりは幾分小さめだ。
「ここにも居間か。」
みんなが同じように後ろから覗き込んでいる。要が、反対側の、出て来た部屋の横に当たるだろう場所の扉を開いた。
「あ、こっちは何も無い。」
急いでそちらへと足を進めて中を覗くと、確かにここは殺風景で、まるで会議室か何かのような感じだ。
がっかりして扉を閉じ、さらに歩いて行くと、右手に正面玄関らしきものが見えた。ガラスの扉があり、庭が見える。それを見た杏子が飛び出してガラス扉の前へと走るが、京介がそれを嘲笑するように言った。
「オレ達はここに籠められてるのに。開くはずないだろう。」
だが、その扉は自動ですっと左右に開いた。
「出られるわ!」
杏子は、嬉々として外へと飛び出して行く。他の者達も、我先にと外へと飛び出した。
皆の勢いに押されて、少し遅れて外へと出た倫子は、その庭の美しさに驚いていた。欧風にアレンジされている木々や草花は、普通に観光に来たなら倫子も喜んで眺めただろう。
だがしかし、そこには高い塀があった。
ビルの三階建てほどの高さはあるだろうか。
そんな塀の真ん中に、美しい庭とは不釣り合いな、金属のかなり大きな扉がついていた。触れてみなくてもわかる…あれは、絶対に開かない。
杏子は、呆然とその鉄の扉を見上げて立っていたが、それに手を当てて押した。
「どうして?どうしてこんなことをするの?私…私怖くて仕方がないの!ここから出して!」
見かねた美沙が、杏子に歩み寄って肩に手を置いた。
「杏子さん、怖いのは分かるわ。でも、きっと大丈夫よ。ゲームが終われば帰してくれる。今は、変なことはしないで、おとなしく従ってるのがいいと思うわ。」
杏子は、美沙を見た。
「美沙さん…私、分かるの。なぜだか分かるのよ。最初は、京介さんの顔を見た時だった。言い知れぬ怖さを感じたわ。京介さんが怖いんじゃなくて、何か、京介さんも関わる何かがあるのよ。覚えがあるの…この、建物。あの部屋。それに、追放って言葉。なぜだが怖くて仕方がないの!」
もはや涙まで流しながら訴える杏子を、美沙は困ったように抱き寄せて背中を撫でた。
「訳の分からないものは誰でも怖いものよ。私だって怖いわ。でも、今は相手に追放する理由を与えないことが一番よ。みんなと建物を見て、部屋へ入りましょう。きっと少し落ち着くわ。」
そうやっていてさえも、美沙はとても美しくて、倫子は思わず見とれてしまった。それは皆も同じなようで、しばらくじっと黙ってその様子を見ていたが、京介が我に返った。
「その…まあ、みんな怖いんだ。」杏子に冷たく接していたので、ばつが悪いようだった。「オレを見てっていうのが分からないが、オレだって初めてこんな所へ連れて来られて、混乱してるんだ。とにかく、相手の思惑に乗るのは癪だが、言う通りにしよう。さっさとゲームを終わらせて、帰れるように。」
杏子は、少し落ち着いていた。中へと戻る動きをしたので、皆もあきらめて、トボトボとガラス扉を抜けて入って行く。
倫子もそれに続きながら、黙りこくっている洋子の後ろからガラス扉を抜けると、正面に大きな階段があるのが目に飛び込んで来た。
中世のお城などで見るような、木製の凝った手すりの着いている、幅が広いものだ。ぐるりと大きく左へ向かってねじれてあって、上がった先は見えなかった。
「うわあ…もしかして、この上に部屋があるの?」
要が、暗い雰囲気とは不釣り合いな声で言う。靖が横で元気に言った。
「行ってみようぜ。きっと王様みたいな部屋なんじゃないか?」
二人は頷き合うと、さっさと元気に駆け上がって行く。それを見た政孝は苦笑していて、京介は何やらブツブツ文句らしきことを言い、匠は肩で息をついて言った。
「数年の違いなのに、十代と二十代じゃこうも違うのか。あいつら、こんな状況でなんであんなに元気なんだよ。」
そう言いながら、後を追って階段を上って行く。倫子は、洋子を見て言った。
「要ったらあの靖って子と気が合ったみたいね。」
洋子は、硬い表情のまま倫子を見た。
「あの子、怖いもの知らずなの。小さい頃からよ。でも、私は違う。倫子、怖くないの?」
倫子は、戸惑いながら首を振った。
「怖いに決まってるじゃない。でも、こんなにたくさん人が居るんだし、きっと大丈夫なのかなって。美沙さんが言ってたように、きっと終わったら帰してくれると思うよ。10時に寝て、5時に起きるような生活させられるんだし、きっと変わった合宿なんだよ、これ。おかしなことにはならないよ。」
ぐるりと階段を回り込んで上がっていると、昇り切った所で要と靖が仁王立ちになっていた。最後の数言は聞かれていたらしく、要が呆れたように言った。
「倫子が楽観的なのはいいことだと思うけど、少しは警戒しなきゃいけないよ。それでなくても人狼ゲームってのは、相手を騙すゲームなんだぞ。」
倫子は、ばつが悪くなって拗ねたように横を向いた。
「うるさいわね…わかってるわよ。」
そして、階段の上へと上がった。
そこは、両側に部屋が並んでいる階だった。
靖が、みんな上がって来たのを見て、言った。
「要と奥まで見て来たけど、ここには18室あったよ。ドアの横にカードキーを通す機械があって、そこに番号が書いてあるんだ。向かって右側が、奥から1~9、左側が奥から10~18だった。」
一番後ろから杏子を気遣いながら上がって来た美沙が言った。
「でも、ここには14人でしょう?他の部屋はどうなってるの?」
それには、要が答えた。
「他の人の部屋は開けられないから、オレも靖も自分の部屋を開いて見たけど鍵は掛かってなくて、テーブルの上にカードキーが置いてあったよ。」と、『7』と書かれたカードを皆に見せた。「靖は12だから自分の部屋が開くのを確認してから、15から順番に片っ端から引っ張ったけど、開かなかったって言ってる。」
靖は、頷いた。
「うん、開かなかった。みんなも、自分の部屋を確認したら?」
皆がぞろぞろと向かおう行こうとすると、匠が言った。
「ちょっと待て。」と、立ち止まるみんなを見回した。「分かってるのか?これから自分の役職が分かるんだぞ。そうして、今夜誰を追放するのか決めるんだ。もう少し緊張感を持った方がいい。」
すると、結が匠を見上げて言った。
「じゃあ、どうしたらいいの?どうせ役職は知らなきゃならないでしょう。ここで解散ってことでいいじゃない。どうやら他に部屋は無いようだし、一度落ち着きたいわ。お腹が空いた子も居るでしょう。6時にあの椅子での会議に間に合えば、別に自由にしていていいじゃないの?」
倫子はそれを聞いて、そっと腹を押さえた。そういえば、お腹が空いた。朝からさっき見たのが三時だったから、お昼ご飯も食べずにこうして居るのだ。さっさと部屋へ入って役職を見て、下へ降りて食べるものを探したい。
匠は、結を見た。
「それが緊張感がないって言うんだよ。さっきの声が言ったことを覚えてるか?意識の喪失はあるかもとか言ってたじゃないか。追放がどんな風なのか、誰にも分からないのに、今夜この中から一人、その状況に立たせることになるんだぞ。まさかお前、自分は大丈夫とか思ってないだろうな。」
途端に場の空気が一気に冷え込んだ。ここから一人…それが、自分かもしれない。しかも、追放がどんなことなのかも、はっきり分からないまま…。
「そ、そんな…いたずらにみんなを怖がらせないでよ!」
結が言うのに、慎一郎が首を振った。
「結、冗談じゃないんだ。匠が言うことは間違ってない。怖がるのも思考力が下がるから良くないが、楽観的過ぎるのも集中力が削がれるから良くないんだ。こんなに手が込んだことをするんだから、遊びじゃない。相手は本気だ。これが合宿だとしても、それなら真剣に挑まないと自分の中で何も得られないまま帰ることになるぞ。もっと真剣になれ…みんなも。」
倫子は、それを聞いてぐっと胃が縮むのを感じた。こんなことじゃ、あの子要らない、で私が追放されるかも…。
「じゃ、じゃあ、どうしたらいいですか?」
匠は、京介を振り返った。
「どうしたらいい?元はと言えば、相談役だか引率だかでここへ来たんだろう。何か考えはあるか。」
京介は、美沙の隣にさりげなく移動していたが、こちらを見て言った。
「そうだな、リーダーを決めた方がいいのか。」と、美沙を見た。「美沙ちゃんが元々のリーダーだし、君がどうするべきか決めるべきだと思う。」
美沙は、困惑気味に京介を見た。
「でも…まだ役職も分かっていないし、みんな私の役職も知らないわけでしょう。今、誰かをリーダーになんて決めない方がいいと思うわ。後で話し合いの中で決めていけばいいのよ。絶対に信用出来る人が出て来るはずだから。」
「誰も信用なんて出来ないわ…」
杏子が、まるで念仏でも唱えるように言う。美沙が苦笑して、その肩をぽんぽんと叩いた。
「そうね。自分以外信用出来ないようなゲームよね。」そして、少し考えて、顔を上げた。「じゃあ、こうしましょう。この場は一度、部屋へ入って役職を確認して、一時間は出て来ない。その間に、確か共有者が居たはずだから、その二人は腕輪で話をして村人に有利になるように考えてもらっておきましょう。一時間経ったら、部屋から出てもいいって事にして。そうしたら、狼陣営に共有者を知られることも無いだろうし。」
匠が、眉を寄せた。
「諸刃の剣だがな。狼だって同じことが出来るんだ。その間に話し合うだろう。」
美沙は、息をついた。
「じゃあどうしたらいいの?今夜は何も対策ないまま、会合に出るの?占い師だって霊能者だっていろいろ覚悟があるだろうし、狩人だってそうよ。」
要が、それに割って入った。
「オレは、それでいいと思うな。」みんなの視線が一斉に要を見た。要は続けた。「どっちにしろ、こんな所で突っ立ってるわけにもいかないだしさ。少しでも何か出来るなら、それで行こう。一時間後まで、食べるの我慢する。」
皆が、黙った。京介が、それを見て手を叩いて言った。
「さあ!じゃあ今から部屋に入って役職の確認を。共有者同士は腕輪で話し合って今夜の会合に備えてくれ。一時間後には部屋から出ていいし、六時まで自由行動ってことで。」
全員が、無言でうなずく。
そして、それぞれの番号の部屋へと、びくびくと入って行ったのだった。