移動
そこから数日は、美沙はぼーっと過ごしていた。
地下とは言っても、ここは島の裏側になるので、島に張り付くように建っている建物でこちら側からは一階に当たる。なので、窓のある部屋もあったし、そこからは海も見えた。
あてがわれた居室で海を見ていると、部屋をノックする音がした。美沙は、気がない風に答えた。
「はい?」
すると、外から慎一郎の声がした。
「美沙さん、オレです。出発日が決まりました。」
美沙は、言った。
「入って。」
慎一郎は扉を開いて入って来た。
「傷はもう無くなったようですね。」
慎一郎は、美沙の首元を見て言った。美沙は、苦笑して頷いた。
「自動再生機能もだけど、あの薬が物凄く効くから。簡単には死なないよね。」
慎一郎も笑い返してから、椅子へと座った。
「最後の三人の洗脳も一応終わりました。純と満は問題ないでしょう。ですがやはり倫子ちゃんが、薬が効かなくてうまく記憶操作が出来ていないかもしれない。だがいくらオレ達と同じ体質でも所詮はヒト。人狼のオレ達とは違う。繰り返し薬を投与すれば、恐らく最後には完了するのではないかと思います。船で一日ほどかけて運ぶつもりですが、その間に何度かオレがやるように言われております。」
美沙は、息をついて頷いた。
「それで、出発日が決まったのね?」
慎一郎は頷いて答えた。
「はい。今日あちらから迎えの船を出しているようですので、明日の朝こちらに到着するとのことです。すぐに積み込んで、出発しろと。」
美沙は、やっとかと肩の力を抜いた。
「ああ、やっと帰れるのね。博正と真司さんのことが心配でならないの。だから、早く帰りたくて。」
慎一郎が、それには笑って答えた。
「報告を受けてないんですか?二人は人型に戻ってすぐに治療を始めたので、もう問題なく起き上がっているそうですよ。ジョンも、よく自力で人狼から人型へ戻るだけの力を回復したものだと言って、我々の潜在能力をもっと調べてみたいと言っていて。」
美沙は、初めて聞くことに身を乗り出した。
「ええ?!じゃあ、二人はもう元気にしているの?!」
慎一郎がその迫力に驚いて退きながらも頷いた。
「え、ええ、ヒト型なら連中は簡単に治療してしまいますから。おまけに人狼の回復能力を合わせればこんなものでしょう。」
美沙は、心の底からホッとして椅子の背へと体を預けた。
「良かった…ほんとに良かった。でも早く帰りたい。本当に元気になったんだって見て確かめたいもの。」
慎一郎は、微笑んだ。
「今回は面倒なことになってしまいましたが、無事に終わって良かった。事後処理までこちらにさせるのが腹が立つが、お二人の命のことを考えたら、これぐらいは。」
美沙は、頷いた。
「後で、皆の洗脳に使ったフィルムをここへ持って来ておいてちょうだい。どういう記憶を刷り込んだのか知っておかないと。」
慎一郎は、ここ数日全くやる気が無く、こちらの処理にも気もそぞろだった美沙がやる気になって、安堵していた。
次の日の朝、日が差し込んで来て美沙は目を開いた。
昨日は、皆に刷り込んだという新しい記憶、合宿で厳しいながらも毎日楽しく過ごしたのだという記憶を、合成した断片的な映像を見て、シナリオを読んで自分の頭に入れていたのだ。
最後まで見たのは覚えているが、そのまま寝てしまっていたらしい。
慌ててシャワールームへと入って目を覚ました美沙は、服を着替えて荷物をまとめ、出発に備えていた。
すると、ちょうど慎一郎が訪ねて来た。
「美沙さん、準備は出来ましたか?」と、側にある美沙の小さなスーツケースを持った。「ああ、これですね。明け方に到着して、オレは積み込みを手伝っておりました。朝食は船で食べましょう。夜中にはあちらへ着きたいと話しておりますので。」
美沙は、頷いた。
「ありがとう。早いわね。全員問題なく?」
慎一郎は歩き出しながら、答えた。
「はい、今のところは。昏睡状態から回復しつつある状態で、もう少しで普通の睡眠へ移行する感じですね。」
じゃあ、夜には問題なく何とか出来そうだわ。
美沙は思って、慎一郎に従って外へと出た。
そこには、フェリーがこちらへと大きく口を開いた状態で係留されていた。
船底の車を乗せるだろう場所は、普通ならもっと高さがあるのだが、この船は高さが3メートルほどしかない。そこへもういくつものストレッチャーが運び込まれていて、奥の部屋の方へと一つずつ押されて行くのが見えた。
ストレッチャーの上には黒い、死体袋のような物が乗っていて、ちょっと見るとあまり気持ちのいいものではない。
あの中身が皆生きていると知らなければ、美沙もあの船で一緒に帰ろうとは思わなかっただろう。
慎一郎が、先に立ってどんどんと歩いて行く。美沙は慌ててそれを追って、その入口の横にある階段を上がって行った。
上は普通の客室だ。
細かく仕切りがあるのは、個室を作ってあるからだった。慎一郎は、真ん中の通路を歩いて行きながら、説明した。
「番号はゲームの時と同じなので、美沙さんの部屋は一番前の方の部屋です。」
美沙は頷き、番号を見て、陸の部屋とは違って小さめなその部屋の扉を開いた。
そして、絶句した。
「美沙!」
美沙を呼ぶ声がする。目の前には、ここに居るはずのない姿があった。
「ひ、博正…?!」
美沙は、溢れて来る涙を拭うのも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。相手は、苦笑して両手を広げた。
「ああ、ごめん。慎一郎にはびっくりさせたいから言うなって言ってたんだよ。真司も居る。」と、顔をしかめた。「あいつが運転ヘマしたからこんなことになっちまって。あの道は面倒なのに、つい話し込んだオレも悪いんだけどさ。」
美沙は、やっとそれが本当に博正だと我に返り、思い切り博正に抱き着いた。
「博正…!!」
博正は、慌ててそれを受け止めて、少し顔をしかめた。
「ごめんごめん、ジョンからも聞いたよ。オレ達のために慎一郎と一緒にまたゲームやらされてたんだろ?オレ達、美沙達がこっちへ向かったって後で聞いてね。意識が戻ったのは君たちがこっちへ来て二日ほど経ってからで、急いで人型に戻ったんだ。ジョンがヒトでないと治療出来ないから何とかかんとか言うのが聴こえてさ。それからは、体が戻るのはすぐだった。」
美沙は、涙を流しながら博正を見上げて頬を両手で包んだ。
「もう、何とも無いの?こんな所まで来て大丈夫?」
博正は、困ったように笑って答えた。
「体調はいいんだけどさ。まだあっちこっちの筋組織の中で再生してない所があるみたいで、筋肉痛が酷い感じ。ちょっとこうして美沙を支えてても痛みが走るんだ。」
美沙は、それを聞いてびっくりして慌てて離れた。
「ご、ごめんなさい!全身ボロボロになってたってジョンが言ってたのに、それはそうよね!私ったら、自分のことしか考えて無くて…。」
博正は、肩をすくめた。
「いいさ。まだ昨日よりずっとマシになったんだ。明日になったら、もっとよくなってるって。」と、美沙の後ろで黙って立っている慎一郎を見た。「すまないな、慎一郎。お前のお陰で美沙も心細くなかっただろう。いつもはお前って美沙にまとわりつくからあんまり好きじゃなかったけど、でも今はちょっと頼りになるなって思ってる。」
美沙が、咎めるように言った。
「ちょっと博正、失礼よ。慎一郎は私の部下なんだから、一緒に居ても当然でしょう。今回だって、あなたと真司さんにお世話になってるからって、自分から一緒に来てくれるって言ってくれたんだから。ジョンには物好きだとか言われたのに。」
博正は、ふてくされたような顔をした。
「だから頼りになるなって言ったじゃないか。オレにしちゃかなり譲歩したと思うぞ。」
すると、慎一郎が横から何度も頷いた。
「確かに。他の事はどうあれ、美沙さんのことに関して博正さんはかなり厳しいですからね。オレはそれで満足ですよ。」と、美沙のスーツケースを置いた。「それじゃあ、もう出発準備が出来たと操舵室に伝えて来ます。真司さんが下へ見に行ってくれてますが、みんなを船室へ移さないといけないので。」
美沙は、それに頷いた。
「ああ、私も行く。あの子達の様子を一人一人見ておかないと。特に、一番若い要が気になるの。」
慎一郎は、頷いた。
「はい。出港して朝食を済ませてから、船室へ移しましょう。作業員達がそれぞれの荷物は部屋へ運び込んでありますから。」
博正が、美沙の肩に手を置いた。
「そうそう、朝ご飯!オレも腹が減ったし、食堂へ行こう!」
美沙は、あんなに死にそうだった博正が元気にいつもの調子で言うのに苦笑しながらも嬉しくて、一緒に船室を出て食堂へと向かったのだった。




