下準備
6時直前になって、倫子と純、靖が次々に急ぎ足で入って来た。
美沙と満が居るのに少し驚いたような顔をしていたが、それでも皆席についた。
相変わらずのカウントダウンの後、6時になり、満が話し始めた。
「もう、今日は各自の意思に任せて行くから、特に話し合うことも無いんだ。何か言いたいことがある人は、ここで言ってくれていい。聞いて明日があるなら、それに繋げて行くから。」
靖は、何も言わない。純が、重い口を開いた。
「…ここまで来たら、運を天にゆだねるしかないと思っています。美沙さんが、勝ってくださると言うし。」
美沙は、自信を持って頷いた。
「勝つわ。絶対に。生きて動ける者の務めよ。」
美沙は、本気でそう言っていた。慎一郎と、瀕死の博正と真司を助けられるのは、ここにこうして居る、自分だけなのだ。
倫子は、じっと美沙の目を驚いたように見ていたが、言った。
「美沙さんは、とても強いんですね。それに、責任感も強そう。心強いです。」
美沙は、驚いた。案外に何かを感じ取ることが出来るようだ。それを、最初から出来ていたら、ここまで苦戦しなかっただろうに。そして、苦笑した。
「まあほんと…あなたこそよ、倫子ちゃん。だって吊られる覚悟を決めたんでしょう。それから物凄くたくさん食べてたのを、私も満さんも見ていたのよ。すごい心臓の持ち主だなって。」
倫子は、恥ずかし気に笑った。
「だって、地下がどんな所か分からないし。もしかしたら、何も食べられないのかもしれないから、明日まで持つようにたくさん食べておこうと思って。」
美沙は、ホホと笑った。大丈夫、意識がないからお腹もすいたなんて思うことないわ。
「どうなるのかは、みんなの投票次第だもの。まだ分からないわ。満さんも私も、自分が誰に入れるのか話してはいないの。だから、私達にもどうなるのか分からないのよ。」
満は、頷いた。
「誰にも責任が無いように。政孝が、最後とても苦悩してたのを知ってるからな。誰かに責任を押し付けるのは、フェアじゃない。村人は一人一人、自分の票に責任を持つべきなんだ。」
倫子は、頷きながらも、黙った。
そのまま、シンと静まり返って、居間の大きな金時計がカチカチと時を刻む音だけを聞いていた。
そんな空気を突き破るように声が響き渡った。
『投票、一分前です』
もはや馴染みの声のはずだが、いつまで経ってもこの声は好きになれなかった。
美沙は、腕輪を前に構えた。全員がそうしているのが見える。
『3、2、1、投票してください』
美沙は、慣れたように番号を入れた。まさか、一番白いかなと思う子を吊ることになるなんて。でも、地下は恐怖なんて感じる暇もないから、早くこれから解放してやりたい。
すると、一分経たないのに、声が言った。
『終了しました』
全員の入力が終わると、時間内でも終わりになる。それだけ皆が迷いなく投票したということだった。
モニターに数字が現れた。
1→12
5→12
8→12
12→5
13→5
そして、最多得票の番号、「12」が大きく表示されていた。
『№12が追放されます』
純が、急いで靖を見た。
「靖…!」
靖は、涙ぐんで頷いた。
「待ってる。勝ってくれ、純。」
照明が落ちた。
そして、真っ暗な中、金属のガシャンという音がする。
「うわ!」
靖の、短い声が聴こえた。そして、その他の声は聴こえないまま、再びパッと明かりがついた。
靖の椅子は、跡形もなくなっていた。
美沙と満が、じっとっモニターを見上げている。倫子は、ハッとした。そうだ…もしも人狼だったら、終わったはず…!
しかし、声は言った。
『№12は追放されました。それでは、夜のターンに備えてください』
違った…!
倫子は、思わず純を睨んだ。美沙は、それを見て思った。そうよね、あなた目線だと純になるわね。でも、私はこれを利用させてもらうから。
美沙は突然に立ち上がって、なるべく激しい憎悪が見えるように、倫子をキッと睨むと、叫んだ。
「なんてこと!あなただったのね!騙されたわ…あんなにしおらしく、村のためならと言うから、すっかり騙された!」
倫子は、美沙のあまりの迫力に絶句している。満が、慌てて美沙を押さえた。
「待て、まだ倫子ちゃんと決まったわけじゃないだろう、もう一人居る!純が居るじゃないか!」
美沙は、満の腕を振り払って言った。
「何を甘いことを言っているのよ!そんなことだからここまで人狼を吊れずに来てしまったのよ!この子は、狩人が誰だとあなたが弱っているのにつけ込んで言わせようとしたのよ…政孝さんが死んでいるその目の前で!あんな姿を見てそんなことを冷静に聞けるなんて、人狼以外にあり得ないわ!私は靖くんのためにも、明日どうしてもあの子を吊らなきゃならないの!勝って、みんなを取り戻すのよ!」
満が、美沙の腕をもう一度掴んで首を振った。
「慎一郎の言っていたことを思い出せ!慎一郎は靖と純を疑っていたんだぞ!それで黙って吊られて行ったんだ!政孝もそうだ!確かに倫子ちゃんのことも考えなきゃならないが…それは、明日だ!どちらか片方を一方的に疑っていたら間違うぞ!吊縄は、あと一つしかないんだ!明日の朝の情報で判断するんだ!オレはそうする!」
美沙は、もう一度満から腕を振り払った。
「好きにすればいいわ!私は決めたから!」と、真っ直ぐに倫子を指さした。「あなたを許さないわ!」
そうして、後を振り返らずにそこを出て行った。倫子は、ショックを受けてガタガタと震えている。
満が、涙を流して震えている倫子の側に来ると、視線を合わせて息をついて、言った。
「気にするな。最後まで靖か倫子ちゃんで迷ってた後だったから、きっと美沙さんもショックだったんだ。明日、どっちにしろ襲撃とかで情報が落ちる。その時に、考えよう。オレは、純も倫子ちゃんも両方ともフラットで見ている。どっちともに怪しいと思ってるんだ。襲撃先とその理由を考えて、決める。オレが生きてたらだけどな。」
そう言うと、倫子の肩をぽんと叩いて、そして純に軽く会釈して、満はそこを出て行った。
純は、じっと険しい顔をして倫子を見ていた。だが、倫子はそれに気づくことが出来るほど、今心に余裕はなかった。
美沙は、すぐに行動を起こした。
明日は、純がかなり頑張るだろう。倫子のことは噛まない。なぜなら、疑い先に出来るからだ。
噛みに来るのは、自分か満だろう。
満だったら、今夜ゲームが終わる。村人、人狼、妖狐の三人になって、妖狐の勝利になるからだ。
だが、純は何をするか分からない。美沙を噛んだら、もう狩人が居ないはずなので、妖狐だとバレる。純はそう言って、例え人狼カミングアウトしてでも妖狐か人狼かどちらか選べと詰め寄るだろう。
どちらにしてももう村人の勝利はあり得ないが、明日のためには、最悪を考えておかねばならない。
狩人に、生き残っていてもらわないといけないのだ。
満の部屋のインターフォンを鳴らすと、満は驚いたように出て来た。
「美沙さん?どうしたんだ、落ち着いたのか?」
美沙は、気恥ずかしげに頷いた。
「ごめんなさい、取り乱してしまって。あの、ちょっといい?」
満は、気遣わしげに頷いた。
「ああ。大丈夫か?」
満は、靖が人狼でなかった、自分が間違って投票しまってことに取り乱したんだと思っているらしい。
だが、あれも明日に向けた美沙の策の一つだった。
「ええ。もう話さなきゃならないことがあるの。だから、来たのよ。」
満は、扉を閉めて言った。
「ああ…いいけど。座ってくれ。」
美沙は頷いて、椅子へと座った。満は、もう一つの椅子へと座って言った。
「明日の投票先か?オレは倫子ちゃんってまだ決めたわけじゃないぞ。だから、票を固めようと言うならまだ無理だ。」
美沙は、首を振った。
「あの…あなたには言うわ。というか、もう言わないと。私は、狩人なの。」
満は、目に見えて驚いた顔をした。そして、そのままとっくりと1分は黙っていたが、言った。
「君が…君だったのか。でも、じゃあ政孝は?あの時なぜ共有者を守らなかったんだ。」
美沙は、肩をすくめた。
「人狼の裏をかこうとしたの。だって、狩人は絶対に政孝さんを守るような状況だったでしょう。だったら、向こうが狙うのは満さんだと思った。人狼は、村人の数を減らしたいだろうから、政孝さんを噛まないと思っていたの。甘かったわ…。」
満は、まだ信じられないようで、驚いた顔のまま続けた。
「政孝は、かなり怯えていた。狩人が生きていたらあれほど怯えないと思ったから、オレは大悟が狩人だったんだと思ったんだ。だからこそ、最後の夜にはオレとずっと腕輪で話してたんだしな。」
美沙は、申し訳なさそうに言った。
「それは…政孝さんが、自分を守ってくれと言うから、私は人狼の裏をかくつもりでいるから、まだ分からないと答えたの。だからだと思うわ。大悟さんは、狩人への噛みを回避するために、結構目立つ動きをしてくれていたの。だから、あなたが大悟さんを狩人だと思っていても、おかしくはないわね。」
ここで、信じさせないと。
美沙は、そう思って頭を回転させていた。満は、まだ考えているようだったが、そのうちに、何かに気付いたように言った。
「そうだ…君は、狩人の話題になると、神経質に反応していたな。倫子ちゃんを最初に疑ったのも、狩人の話題を出したからだった。だからだったのか。」
美沙は、してやったりと思っていた。わざと、ああして言って置いて良かった。これで、勝手に満は納得してくれるだろう。
美沙は、わざとばつが悪そうな顔をした。
「ごめんなさい。知られたら終わりだから…せっかくここまで来たのに。私は自分を守れないもの。でも、もういいわ。今日は私は、あなたを守るつもりよ。」
満は、頷いた。
「ああ…確かに倫子ちゃんは人狼が吊り先に残すだろうからな。それとも、倫子ちゃんが人狼なのかもだが。」
美沙は、ニッと笑った。
「それも、明日分かるわ。人狼が誰を噛むかで。私は、今日自分に噛みが来ないように、倫子ちゃんをなじったでしょう。私は純を疑っているし、あの子が人狼なら明日倫子ちゃんを一緒に吊ることを考えて、私ではなく中立なあなたを噛むでしょう。あなたのことは、私が守るから。もしも今夜私が襲撃されてしまったら、倫子ちゃんが人狼だわ。あれだけ攻撃したんだもの。だから、明日あなたは倫子ちゃんを吊って。それで、村人が勝利するはずよ。」
そんなにストレートなことは無かった。
実際、美沙がああして攻撃することで、もしかしたら純は、むしろ自分に襲撃するかもしれない。倫子が襲撃したと思わせるためにだ。
だが、自分は死なない。だから、生き残った後は満は自分が襲撃されて、狩人の美沙に守られたのだと思うだろう。自分の真目が上がる。
今夜満が襲撃されれば、それでゲームは終わる。終わらなくても死人に口無しなのだ。こんなことを満に言いに来たなど、誰も知らない。満も漏らさないはずだ。
純が、美沙を妖狐だと言い張るだろう。だが、そんなことも先にこうして話しておけば、後出しの純は分が悪い。それに、人狼の言うことなど聞かない。これまで、散々人を襲撃して来たのだから。
そんな美沙の考えも知らず、満が、真剣な顔で頷いた。
「分かったよ。君も命を懸けてるんだ。明日オレが生き残ったら、倫子ちゃんを吊って終わらせる。」
美沙は、真面目な顔で頷いて見せた。これで、下準備は終わった。後は、純の噛み先次第。どこからもでも掛かってくればいいわ。




