五日目へ
その日の投票は、あっさりと終わった。
慎一郎は吊られる寸前、皆を見回すふりをしてそっと美沙を視線を合わせてから、暗闇の中地下へと沈んだ。慎一郎の投票先は純だった。
ゲームは終わることもなく、慎一郎が人狼でなかったことは分かったが、それ以外は村人には誰にも分からない。
機械的な声が夜のターンに備えろといつものように言い、その日の追放は終了した。
美沙は、スッと立ち上がった。
「これで…狐の脅威に脅かされることは無くなったということね。でも、私は慎一郎さんを信じていたから、きっとこれは杞憂だとは思うけど…それでも、勝つことで信頼に応えられる。明日も、みんなで正しい判断をしましょう。」
美沙は、慎一郎が居なくなった事実が、少しずつ胸に重くなって来ていた。
政孝が、ゆっくりと立ち上がった。何も言わず、手に要の手帳を握りしめて、肩を落とした様子で出入り口へと向かう。満が、急いでその背を追った。
倫子が、政孝が心配で急いでそれを追おうとしたが、美沙が倫子の腕を掴んで、首を振った。
「きっとつらいのよ…こんなことの決断を押し付けられて、間違っていたらと居たたまれないんだと思うわ。そっとして置いてあげましょう。必要なら、向こうから訪ねて来るわよ。男の人って、変なところでプライドが高いから、あまり押しつけがましくなってはいけないわ。」
倫子は、美沙を見た。
「でも…今夜は、もしかしたら政孝さんかもしれないのに。」
美沙は、寂し気に微笑んだ。なるべく、わざとらしくないようにと演技したつもりだったが、慎一郎が居なくなった喪失感で案外うまく出来た。
「満さんの可能性もあるのよ。だって狩人が生きていたら、きっと政孝さんを守るでしょう。だから満さんを襲撃するかもしれないし、裏をかいて満さんを守ることを考えて、政孝さんかもしれない。分からないの。あの二人なら、気持ちは分かるでしょう。どちらにしろ、グレーの私達は生かされるわ。明日吊るために。」
皆に純を吊るための材料を与えるには、倫子も味方につけておかなければ…。
美沙は、心の中で焦っていた。
次の日の朝、五時になってすぐに外へと出た。
すると、同じように満も出て来ていて、言った。
「美沙さんも、襲撃先が気になって?」
美沙は、頷いた。
「誰だったのかしら。まさか、政孝さん?」
満は、足を政孝の部屋へと向けた。
「…みたいだな。扉が開いてる。」
美沙は、じっと考えていた。そうか…やっぱり大悟が狩人だった。昨日政孝を守らないはずはない。もしかしたら裏をかこうと満を守ったかもしれないが、その可能性は少なかった。
美沙は、黙って満に従った。
部屋の中へと入って行くと、先に入った満が、ベッドの前でもうあきらめたように力なく立っていた。
ベッドでは、寝間着に着替えてもいない政孝が、まるで覚悟していたように、腹の上に手を組んで置いて、血に染まったシーツの上に横になっていた。
「…他の子を起こして来ましょう。この事実を皆で共有しないと。」
満は、涙をこらえながら頷くと、純と靖の部屋の方へと走って行く。
美沙も、倫子の部屋へと向かった。
すると、部屋の前に立っただけで、扉が大きく開いた。中の音がなんとなく聴こえていた美沙は驚くこともなかったが、倫子は仰天した顔で言い訳がましく言った。
「きゃ…!ごめんなさい、あの、ロックが外れたのに気付かなくて。」
美沙は、深刻な顔で言った。
「いいの、呼びに来たところだったから。来て。」
美沙は、先に立って速足に歩いた。倫子は、急いでその後を追った。
戸の外には、暗い顔をした靖と要がただ立ち尽くしている。美沙と倫子が扉へと近づくと、二人は黙って道を開けた。
もう、説明は要らなかった。
慣れてしまった血の匂いが、部屋に充満している。そして、近くでは、満ががっくりと肩を落とした状態で、膝をついていた。
「ああ政孝さん…」
倫子は、涙ぐんだ。
満が、振り返った。
「昨日、オレか政孝かって、遅くまで話したんだ。9時を過ぎてからは、腕輪を使って。だが、10時に通信が切れて、それが最後だった。」
倫子は、言った。
「政孝さんは、狩人のことは何も言っていなかったの?」
満は、首を振った。
「何も言うべきでないからと。生きていたら、最後の最後にはカミングアウトするはずだから、人狼もせいぜい怯えていたらいいんだと言って。」
倫子は、下を向いた。
美沙は、この機会を見逃さなかった。
倫子がまた、聞いてはいけないことを聞いているのだ。人狼が必ずここに居る状態で、狩人のことなど口にしてはいけない。
なので、わざと険しい顔をして倫子を見た。
「どうして狩人のことを聞くの?倫子ちゃん、こうしてみんなが居るところで狩人を特定したりしてはいけないでしょう。この中に、人狼が居るのよ。せっかく政孝さんが黙って逝ったのに、それは村を窮地に陥れることになるのよ。考えて発言しなきゃいけないわ。」
満が、頷いて立ち上がった。
「そうだ、確かにその通りだ。人数が少なくなって、それが最後の切り札になるかもしれないのに。怪しまれてもおかしくないんだぞ。」
倫子は、慌てて首を振った。
「そんなつもりじゃ…ただ、仲間が一人でも分かったらいいと思っただけで…。」
すると、純が扉の方から言った。
「君は、この期に及んでもまだきちんと考えていないのか。最初から、あまり考えていないような発言を繰り返してたが、さすがにここまで来たら命に関わるんだからしっかり考えるものだろう。」
靖が、険しい顔で頷いた。
「同い年の女がラストウルフだったなんて、オレは腹が立って仕方がない。そんな女のために、疑われて吊られそうになったなんてな。」
倫子は、戸惑っておろおろしている。
しかし、それには純が言った。
「まだそうとは決まっていない。靖、友達だからオレも見逃して来たが、お前だって怪しいことばかりして来たじゃないか。ここまで来たらオレも、正直勝ちたい。だから、早く狼を探して吊って終わりにしたいんだ。真剣に狼を特定したいと思っている。だからこそ言うが、どうして刃物探しをすると自分から申し出たんだ?」
それを聞いた他の3人が、顔を見合わせる。初めて聞いたことだったからだ。
「え…靖くんは、自分からあの、刃物探しをすると志願したの?」
純は、頷いた。
「政孝さんに聞いたら分かることだったんだが、あいにくこんなことになってしまったから。要がどうしても部屋を探したいと言って、誰かに探させようとした時、靖が真っ先にやることが無いから自分がやると言ったんだ。でも、一人では信用出来ないからダメだと言われて、それで側に居たオレが一緒に探すことになった。でも、実際は靖が一人で探していたけどね。オレは人の荷物とかあさるのは、嫌だったから。」
美沙は、今夜は靖か、と思いながらも、仕方なく同意した。
「確かに…そうだったわね。」
倫子は、美沙に頷いた。
「私も、そう覚えているわ。」
純は、頷いた。
「その理由を聞かせてほしい。ここまで来たら、友達だからとかそんな事で判断するのはすごく危険なんだ。オレが安心するような理由を聞かせてくれ。」
靖は、ぐ、と詰まった。戸惑っているようだ。
「それは…特に理由なんて無くて…本当にすることが無かったし、何か役に立てたらって気持ちだけで…。」
「待て。」満の声が飛んだ。「ここではそこまでにしろ。政孝はやっと楽になったんだ。静かに寝かせてやりたい。さ、寝間着のままの子も居るだろう。着替えて、朝食を食べたら始めよう。時間なんか指定しなくても、どうせ7時には部屋を出なきゃならないんだ、この人数だし、適当に集まろう。」
倫子は、自分が寝間着のジャージのままなのに気がついた。思えば目が覚めてすぐに飛び出して来たのだ。
今日は靖を祭り上げて、明日は倫子で自分は残るつもりなのか。
上手いこと考えるものと、美沙はフッとため息をつくと、扉へと向かう。
去り際ちらと満を振り返ると、満は新しいシーツを出して来て、政孝を覆ってやっていた。そしてその目には、涙が浮かんでいたのだった。




