四日目
政孝と慎一郎と満は、三人で要をきちんとベッドへと寝かせてシーツで包んでやり、そして、犠牲になった大悟も、同じように部屋のベッドへと安置した。
洋子も、恐らくはもう、数日前から精神的におかしくなっていたのだろう。
そんな洋子のことも、三人は部屋へと連れて帰ってベッドへと安置した。
大悟の命を奪った包丁は、キッチンから持ち出されたものだった。
人狼の襲撃などに備え、洋子がそっと部屋へと持ち帰っていたらしい。他の包丁も果物ナイフも全て、共有者である政孝の部屋の、政孝しか分からない場所へと持ち去って、部屋にはしっかりと鍵を掛けてあった。
もしかして、人狼もこれを使っているのかもしれない、と皆が考えたからだった。
全てが終わって、みんなが口を開く気になったのは、午後もかなり過ぎた時間だった。
全員と言っても、リビングの大きなソファに座るとあまりにも広すぎて逆に悲しくなると、小さな方の居間へと集まると、顔を合わせた。
生き残っているのは、7人だった。
共有者の政孝、霊能者の満。そして、背徳者の慎一郎と、妖狐の美沙。村人の倫子。美沙達からも分からないグレーの靖と純だった。
今日人狼を吊れたら終わるのに…。
美沙は、思っていた。
政孝が、もはや10年は年上のような風情になって、無精ひげもそのままの状態で口を開いた。恐らく大悟を失ったことがこたえているのだろう。これで、自分が襲撃されることは、確定したようなものだからだ。
年下の要でも甘んじて受けたことなのに、あなたの覚悟はそれぐらいなのね。
美沙は、政孝を呆れて見ていた。
「…要が襲撃を受けた。狩人が守ったのは満だった。洋子ちゃんの暴走で大悟と洋子ちゃん自身を失い、現在7人。縄は3に減った。」
自動的に話しているような感じだ。満が、遠慮気味に言った。
「匠は黒だった。これで人狼はあと一人。狐はもう居ないと見ている。慎一郎を真だと見てもいいかとオレは思ってるんだが。」
満が言うのに、慎一郎は頷いた。
「そう思ってもらえると助かるな。オレから見たら占っていない純と靖の二人のうち、一人が人狼だと思っている。3縄ならまだ足りる。二日に分けて吊ろう。」
すると、靖が動揺したように早口で言った。
「ちょ、ちょっと待ってくだ…」
「それはおかしいです。」はっきりとした声が、別の方向から飛んだ。「慎一郎さんが真占い師だと確定するような材料は無いはずです。慎一郎さんが偽物なら、美沙さんも倫子ちゃんもグレーのはず。慎一郎さん自身だって怪しくなる。後5人も残っているのに、僕達だけに縄を使ったら村は終わってしまう。どうして慎一郎さんを信じるんですか?黒出しは一度もしてないし、満さんが確定出来る要素なんか何も無いはずです。」
そう、強い口調で言ったのは、純だった。
これが、本当のこの子か。
美沙は、予想していたことだったので、それほど驚かなかった。靖のおどおどさは、村人らしいもの。たった一人になった人狼は、自分で自分を弁護しなければ生き残れないと思ったのだろう。
だから、出て来たのだ。恐らく、純が人狼だ。
だが、それを皆にどう言って納得させようかと美沙は眉根を寄せた。要が言っていた…純は、頭が切れると。なら、勝算がないのにこんな風に激変しながら出て来たりしないだろう。
思った通り皆驚いていたが、慎一郎は落ち着いて言った。
「確かに君の言うようにオレは黒を出していないし、それを霊能者の満が確認したわけでもない。オレ以外が真占い師だと言うのなら、君が推すのは結が真占い師だという説か?」
純は、しっかりと慎一郎の視線を受け止めて、答えた。
「はい。匠さんは人狼だったと満さんが証明してくれた。その匠さんが、結さんは呪殺じゃないと主張していた。オレは村人だし、オレの目線で考えると匠さんはその点では嘘を言っていなかったんだと思う。狼だから、知っていたんだ。狐がまだ生きているって。狩人が慎一郎さんを守ったのは確かでしょう。でも、きっと同じ時に人狼も襲撃していたんだ。だから分からなくなっただけで、本当は慎一郎さんが狐なんじゃないんですか?未だに人狼に襲われずにたった一人残っているのに、それが真占い師なんておかしいじゃないですか。」
あくまで、冷静だった。
村人を納得させる自信があるから出て来たのだ…人狼の悲願だった、慎一郎を吊るために。
だが、考察が甘い。慎一郎が妖狐なら、どうしてこんなに自分を吊れ吊れ言うのよ。
美沙は、心の中でせせら笑った。
だが、ここは慎一郎が言っていた通り、村人を納得させるためにも、純に思い通りに行っている思わせるためにも、慎一郎を吊るべきなのかもしれない。
満が、戸惑うように政孝を見る。政孝が、もう疲れたと言わんばかりに大きくため息をつくと、慎一郎を見た。
「確かに、慎一郎が守られたのは初日だけだったな。だが、匠と争っていた時話したように、こうやって慎一郎を生き残らせることで、慎一郎を疑わせて縄を消費させるつもりなんじゃないかとオレ達は考えている。確かに君が言うことは筋が通っているし、狐が残っていたら狼を吊ってしまったら終わってしまうが、じゃあ君は誰が狐だと思っているんだ?」
純は、政孝へと視線を移して、言った。
「もちろん、慎一郎さんです。上手く狩人の護衛と被せて村人の目を欺いた狐だと思っています。」
政孝は、頷いた。
「それなら、背徳者は?まだ居るのか。」
純は、それにもすんなりと答えた。
「それは慎一郎さんを吊れば分かるかと思いますが、恐らくもう居ないでしょう。もしくは、慎一郎さんが占いで囲っている、美沙さんか倫子ちゃん。仮に背徳者がまだ残っていて、慎一郎さんと誰かが追放されてその夜狼の襲撃が成功したとしても、残りは4人。人狼は一人。決め討つことが出来たら、村は勝てる。」
政孝と満は、顔を見合わせた。村の安心のためには、それがいいと思っているのだろう。真占い師がここまで残ってることが、おかしいと考えるのが普通だからだ。人狼が噛めないからこそ残っているのだと思う方がいいだろう。
政孝は、慎一郎を見た。
「慎一郎…。」
慎一郎は、息をついた。
「そうなるな。オレを吊りたいんだろう。ま、もしかして初日にローラーでもされて消えるかと思ってた命だ。投票されて追放ならみっともないことにもならないし、お前達に世話を掛けることもない。今日はオレを吊ってくれていい。それで、村は安心するんだろう。だがオレから見たら、今日人狼を吊れたら今夜犠牲が出ずに済むのにとは思うんだがな。」
美沙が同意しようかと口を開きかけると、倫子が言った。
「そんな…慎一郎さんは始めから自分を吊っていいと言っていたのに。狐ならそんなことを言うの?それに、こんな風に狐の勝利目前なのにあっさり吊られるの?私には…純くんが、生き延びるためにこじつけているように思えてならないわ。こうやって縄を稼ぐために、慎一郎さんを噛まずに残して置いたんじゃないかって。」
美沙が、横から言った。
「確かにそう…でも、ここで慎一郎さんを吊っておくことは、狐がもしも残っていた時のことを考えたら、安全策としていいことなのよ。それに、こうなると明日は確実に純くんでしょう。」
しかし、そこで靖が割り込んだ。
「そんな!純は初日に追放されても仕方が無いかなってって、諦めたようなことを言ってたのに!狼だったらあんなことを言うか?!純は、こんな最後の方になっていろんなものを見せられて怖くなって、必死に反論しているだけだ!それに慎一郎さんを吊るなら、美沙さんだって倫子ちゃんだってグレーだぞ!この中から、今夜噛まれなかった人が吊られることになるんだ!」
靖は、そう言って美沙を睨んだ。すっかり純を信じ切っている靖に、美沙は同情したが、倫子は、複雑そうな顔をした。
政孝が、要の残した手帳を見ながら、言った。
「じゃあ、慎一郎が狐だとして、君は誰が最後の人狼だと思うんだ?確かに純は、怪しい投票はしていない。初日は京介、二日目は杏子、三日目は匠に入れている。まあ三日目は他に入れられるような雰囲気ではなかったが、それでも初日の京介は白い投票だ。匠でも満に入れているし、京介は大悟に入れているからな。」
靖は、戸惑ったように口ごもった。
「それは…倫子ちゃんか、美沙さん?」
政孝は、鋭い視線を向けた。
「慎一郎が囲っていると言われているのにか?慎一郎が狐だとして狼を囲うようなことをすると思うのか?慎一郎目線、狐なら背徳者は分かっていたはずだ。皆の行動を見ていて人狼が誰なのかもある程度分かっていただろう。初日の美沙さんは百歩譲って間違って人狼に白出ししてしまった可能性はあるが、倫子ちゃんはない。」
靖は、それを聞いて叫んだ。
「じゃあ美沙さんが人狼じゃないんですか?!最初に間違って!」
政孝は、それにも首を振った。
「慎一郎が狐なら、初日に白を出すのは、余程の材料が無い限り背徳者しかあり得ない。わからない時点で人狼に白出しするリスクを避けるためにね。だがここまで見て来て、美沙さんは人狼を吊る判断をしているし、その反面慎一郎を吊ることに同意もしている。それを促す発言もしている。人狼側でも狐側でもないということだ。」と、ずいと靖に迫った。「それに…もしも美沙さんが黒いと狐が思ったら、自分を背徳者だったと言って、もっと早い段階で美沙さんに疑いが向くように画策しただろう。慎一郎にはそんな動きはない。自分を吊れとも言っている。こんな諦めのいい狐は居ない。」
靖は、言葉に詰まって返せないでいる。政孝は、更に言った。
「君の投票、初日は大悟、二日目は倫子ちゃんだな。こうして見ると、君も怪しい。最初は読み違いかと思っていたが、ここまで生き残って来るとそれが怪しく見えるぞ。」
じっと黙って何かを考えているようだった倫子は、顔を上げた。
「純くんが人狼だわ!」倫子は、いきなり叫んだ。皆が驚いたようにこちらを見る。倫子は続けた。「要が言っていたの、残りの人狼は完璧に潜伏しているって。他の2人が分かりやすいように出て来るのなら、あとの一人はじっと隠れているのよ。わざと完璧な投票をしているはずなの!だから、純くんだわ!靖じゃない!」
倫子から、そんな考えが聞けるとは。
美沙は心の中で拍手していた。最初の頃の他力本願な全く集中してなかった倫子とは別人のようだ。
政孝が、息をついた。
「確かにオレは最後の共有者同士の通信で、要から同じ意見を聞いた。さっき純が人が変わったかのように出て来た時、やっぱりこいつかと思った。だが、靖が庇った。どうして靖が、人狼を庇うんだ?あれだけ側に居て、何も感じ取れなかったのか?」
ここで、村を混乱させるのもいいかも。
美沙は、さも今思いつきました、というように顔を上げた。
「確かに…いつも一緒に居て、仲が良すぎるほどだったわね。もしかして、仲間なの?」
すると靖は、ぶんぶんと首を振った。
「仲間って、友達だからじゃないか!オレは村人だし、純だって村人に決まってるんだ!」
満が、混乱したように腕を組んで床を見つめた。
「いやちょっと待て。仲間だとしたらどうなるんだ?」
それには、慎一郎が答えた。
「そうだな…オレの考えが間違っていたのかもしれない。結は呪殺でなく襲撃で死んでいて、背徳者。匠は人狼、今朝死んだ洋子ちゃんが狐。」
倫子は、それには眉を寄せた。
「え、霊能で出て来たのに洋子が狐?」
慎一郎は倫子を見て頷いた。
「あり得ないことじゃないんだ。洋子ちゃんは明らかに怪しかっただろう。あの時点で狂人を吊って縄を消費するのは無駄だと考えられていた。だから放置される可能性がある。現に、あんなことが無ければ今も洋子ちゃんはここに居ただろう。」
政孝が、倫子に頷いた。
「狂人騙りの狐だったかもしれないってことだ。つまり、狂人は出て居ない。」と、純と靖を見た。「そう考えると、この二人が人狼と狂人でもおかしくはないって事になる。」
美沙が、少しわざとらしいか、と思いながらも口を押えた。
「それなら…今日慎一郎さんを吊ってしまったら、まずいってこと?」
政孝が、何やら書きながら答えた。
「…いや、その考え方だと背徳者はもう居ないことになっているから、明日は5人残ることになる。残り2縄。まだ間に合うが…、」
「危ない橋は渡れない。」満が、言った。「どう見たって慎一郎は白いんだ。今夜一人襲撃されて村人は3人。狂人がとち狂って今朝の洋子ちゃんみたいに暴れたらどうする?途端に負けるんだぞ。」
あっちもこっちも怖がっていたら勝てるものも勝てないのに。
美沙は村人を案じるような気持ちになってそれを聞いていた。
慎一郎が、静かに言った。
「オレのことは、吊った方がいいとは思う。」満と政孝が、驚いたように慎一郎を見る。慎一郎は続けた。「今の考え方を全部採用するのは無理だが、不安要素を残したくないんだろう。じゃあ出来る限り潰して行くよりない。村人は、オレ、純、靖で誰に投票するのか自分で決めた方がいい。最後に気付いた内訳の他にも、いろいろあっただろう。それを一つ一つ検討して、一番いいと思われる道を選んでくれ。オレはこれ以上、何も言わないよ。」
慎一郎はそう言うと、静かに立ち上がって、そこを出て行った。




