残り一人
その日の夕方、いつものように投票が行われ、全員が匠へと票を入れた。
匠だけが慎一郎に入れた事実を伝えたモニターをしり目に、いつものように照明が落ち、そして匠は叫び声も上げないままに暗闇の中消えて行った。
その潔さには、他の2人の最後を覚えているだけに、皆静かに敬意を表していた。
美沙も、無様に暴れるかと思っていたのに、案外に覚悟を決めて地下へと沈んで行った匠を、少し見直していた。
死ぬ可能性もあるのに、それでも悲鳴すら上げないのは、並みの精神力では無理だろう。
もはや要は投票先のメモと取ることもなく、みんな無言で、もう慣れたようにキッチンからそれぞれの食べ物と飲み物を取り、部屋へと帰って行った。
慎一郎が、言った。
『明日は、オレでしょう。』腕輪から聞こえる声を、美沙はベッドに横になった状態で聞いていた。『その方が村人も狐が残っている不安を抱えなくていいので、そう選ぶはず。』
美沙は、ぼんやりと言った。
「ねえ…今日は、要かしら。」
慎一郎の声は困惑気味に答えた。
『普通に考えると、大悟は頼りになりそうな政孝を守るでしょうから。人狼もそう考えて、要を襲撃するでしょう。』
美沙は、ため息をついた。
「まだ高校二年生なのに。それに、要の方が頼りになるのは知っているでしょう。最後の人狼を吊るのに、あの子は必要だったのに。」
慎一郎は、苦笑したようだ。
『美沙さん…要をかわいそうだと思ってるんですね?』
美沙は、身を起こした。
「それはそうよ、あの子だけまだ17歳よ?怖い思いをするなら、かわいそうだと思っていたけど…でも、確かに襲撃は眠らせてするから。眠っていた方が、これ以上頭を悩ませないでいいから、いいのかしら。」
慎一郎は言った。
『要は、倫子が馬鹿なことばかり言うと、心配していました。オレに、出来たら倫子を占って欲しいと言って来た。最後に残ったらいいようにされて吊られるだろうから、白い証を残してやりたいのでしょう。あいつは、自分が襲撃されることを知っている。だから守ってやろうとしているのです。だから、明日は倫子を白と言ってやるつもりでいます…オレが、今夜吊られなかったらですがね。』
美沙は、あの純粋そうな瞳を思い出していた。出来たら、慎一郎に大悟に言ってもらって要を守ってもらいたい。でも…。
「…この辺りで、楽にしてあげた方がいいのだわ。どうせ、村は勝てない。そんな絶望を味わわせるぐらいなら、ここで眠った方が楽になる。」
慎一郎の声は、頷いたようだった。
『はい。オレもそう思いました。死なないことは、分かってるのですから。』
私達はね。
美沙は思ったが、黙って通信を切った。
次の日の朝、鍵が開いてすぐ、外の様子が気になった。
どうも、何かの音がするような。
本当なら、全く聞こえないはずの音が、美沙や慎一郎には聞こえるのだ。美沙は、扉の外を気にしながら腕輪を押した。
「慎一郎、あれ何かしら。」
慎一郎の声が応える。
『どうやら要が見つかったようですね。みんな誰が襲撃されるのが気になっていたらしく、五時になってすぐに出て来たみたいです。オレ達も出ましょう。』
美沙は、まだ起きてジャージのままだったが、そのまま扉を開いて外へと出た。
外は、大騒ぎだった。
倫子の泣き声が聞こえて来る。
美沙と慎一郎が部屋の中を覗き込むと、バリケードでも作っていたのか、扉の横には、椅子やテーブル、机などが変な形に散乱し、あっちこっちに散らばった状態で放置されてあった。
その間を抜けて中へと入って行くと、そこには、首の辺りを血に染めた、要が横たわっていた。
美沙は、その傷口を見て思った。人狼は、この襲撃の仕方に慣れて来ている。結の時のような、ためらうような震えた傷がない。一息に突き刺した感じで、これなら連中も治療がしやすいはず…。
それでも、要の顔には何の恐怖の感情も残っておらず、ただじっと眠っているようなのは、結と同じだった。美沙はホッとした…怖い思いをしなかったのね。
「やはり…眠らされて襲撃されるのか。」政孝が、要の様子を見て言った。「昨日、要と話していたんだ。腕輪で眠らせてここへ連れて来たのだから、襲撃が失敗しないように、恐らく襲撃される時は眠らされるのだろうと。少なくても要は、痛みも恐怖も感じずに逝っただろう。」
倫子は、ただ泣き崩れていた。
美沙は、さすがにかわいそうになって、泣き続けている倫子の肩に手を置いた。
「倫子ちゃん…外へ出ましょう。さ、ここに居てはいけないわ。」
倫子は、我に返ったように回りを見た。回りには、皆が取り巻いて無言でいる。皆が集まって来たのに気付かなかったのだろう。
それでも立ち上がろうとしない倫子に、慎一郎が言った。
「倫子ちゃん…君は、白だ。オレが証明する。」倫子は、涙で濡れた顔を上げた。慎一郎が、真剣な顔でその目を見返した。「昨日、要が言った。君か靖を占って欲しいと。個人的には、君を占って白を確定させてやってくれと。これから先、グレーに対する風当たりが強くなる。そうしたら、潜伏している狼に、うまく黒塗りされて吊られる可能性があるからと。君は、頑張って生き残らなければならないんだ。」
倫子は、それを聞いてまた涙を溢れさせた。自分の命が危ない時に、それでも倫子を案じてくれていたのが、分かったからだろう。
美沙が、優しく言った。
「勝利陣営の側なら戻って来られるとあの声は言ったわ。死んだように見えるけど、もしかしたらみんな、どこかで蘇生されているのかもしれない。ねえ倫子ちゃん、生き残って勝つのよ。そうしたら、要君は戻って来ることが出来るわ。きっと。」
何も覚えてはいないけど、みんな生きて帰れるわ。
美沙は心の中で、そう言った。
倫子にそれは聴こえなかったはずだったが、それでも目に力が戻った。
「さ、下へ行きましょう。後は、男性に任せて。」
倫子は、涙を拭きながら立ち上がる。美沙が何かの気配に前を見ると、洋子がまるで幽霊のような顔をして、入って来た。服はまだ寝間着のジャージのまま、髪は乱れて、顔色も青いのを通り越して土気色になっている。そして、その目は、ベッドの上の血まみれの要を、凝視していた。
…これは、正気でない目だわ。
美沙が警戒しつつ道を開けると、倫子が同情したように声を掛けた。
「洋子…。」
それでも、洋子はこちらを見ない。
美沙は、今は何を言っても無駄だ、むしろ構わない方がいい、と思ってそれを見ていた。
すると大悟が、同情して洋子に近づいた。
「人狼の襲撃だ…だが、穏やかな顔だし、きっと苦痛も何も感じなかっただろうと…」
!!
美沙の目には、洋子の動きがしっかり見えていた。
ジャージの中に手を入れているのが不自然だと思っていたが、そこから手を引き抜いた洋子が、顔色ひとつ変えずに、目の前の大悟の胸をひと突きにしたのだ。確かに美沙にはそれが見えたが、倫子には見えないようだった。大悟はこちらに背を向けているので、確かに美沙もはっきりと見えたわけではない。それでも、しっかり刺されたのは美沙には分かった。
「こちらへ!」
事態を察した慎一郎が叫んで、美沙と倫子を乱暴に掴むと扉側へと放り出した。美沙は、血だまりの中に倒れて動かない大悟を見た。洋子は、真っ直ぐに心臓の場所を狙って刺したようだった。
「どうせ死ぬのよ!みんな殺される!あんた達の誰かが殺してるんでしょうが!善人面して、弟を殺して、私を殺すつもりなんだわ!だったら私が殺してやる!人狼じゃなくたって、それぐらい出来るわ!」
洋子は、その手に血に染まった包丁を持ったまま窓を背にこちらを向いている。政孝が、叫んだ。
「そんなものどこから持って来た!なんてことを…大悟は人狼じゃない!」
慎一郎が身をかがめて大悟の様子を見ていたが、政孝を見上げて、首を振った。政孝は、唇を噛みしめた。
「大悟は人狼じゃない!…なんてことをしてくれたんだ!」
慎一郎が、手を差し出して叫んだ。
「それをこっちへ!君は監禁する!これ以上人を殺すんじゃない!」
倫子は、必死に扉の中へと叫んだ。
「そうよ!洋子、やめて!要は帰って来るわ!あなたが敵陣営なのはわかってる。それでも人狼を恨んでるなら力を貸して!要を取り返すんだよ!」
洋子は、倫子を見た。そして、見る見る涙を浮かべると、パタリと腕から力を抜いた。
「倫子…嫌よもう帰りたいの。要と一緒に、家に帰りたいのよ!助けて…」
そう言ったかと思うと、洋子は急に膝から力の抜けたようになって、ぐにゃりとその場へと倒れた。何事かと思わず手を差し伸べた慎一郎は、その腕輪から流れる声を聴いた。
『ルール違反により、№6は追放されました』
洋子の目は、ぱっちりと開かれたまま何も映していなかった。
相変わらず、普通のヒトには一瞬にして利く薬だこと。
美沙は皮肉を込めてそう心の中で呟いた。
しかし、これで、日にちは1日縮まった…あと少しで、ゲームを終わらせることが出来る。




