潜伏探し
部屋へ入る前、美沙は要を呼び止めた。
「要くん?ちょっといい?」
要は、足を止めた。
「いいよ、何?美沙さん。」
要は、穢れの無さそうな澄んだ目で美沙を見る。美沙は、まるで自分の弟のような気がして、思わず心配げに要に言った。
「疲れてない?あなたここでは一番若いんだもの、いくら賢いからって疲れるでしょう、精神的に。」
要は、苦笑しながら首を振った。
「平気。ずっと学年一位をキープしなきゃってプレッシャーに比べたらこれぐらいなんでも無いよ。ただ…ヒトが死ぬから、怖いけど。」
美沙は、要の肩をぽんと叩いた。
「あなたは大丈夫よ。きっと狩人が守ってくれるから。」
だが、そんな保障は無かった。大悟は大学の先輩でもある政孝を守るだろう。要が賢いのは誰が見ても明らかなのに、そういうところは年功序列なことが、美沙には歯がゆかった。
要は、寂し気に笑うと、頷いた。
「ありがとう、美沙さん。」
しかし、賢い要にはわかっているようだ。それでも美沙に心配を掛けたくないと思ったのだろう。
美沙は、思わず同情しそうになったが、首を振った。だからこそ、要が生きている間に聞いておかねばならない。
「ごめん、ちょっとだけ、いい?」
要は、キョトンとしたが、慌てて部屋を開けた。
「ああ、いいよ。何か疑ってること?」
美沙は、もうみんな部屋へと入って人気のなくなった廊下から、要の部屋へと入った。
「狩人から連絡があってもいけないし、手短に話すわ。要くん、潜伏人狼に心当たりある?」
要は、扉を閉めながらこちらを見た。
「…いや。美沙さんは?」
美沙は、要には矛盾を突かれてしまうからと、支障のない範囲のことを言うことにした。
「匠さんが人狼だと思ってるの。洋子ちゃんが狂人で。京介さんといい匠さんといい、すごくわかりやすかったから簡単だったわ。でも、もう一人が見えなくて…昨日の、投票先を見て、もしかしてって…。」
「靖?」要が言うのに美沙が驚いた顔をする。要は、肩をすくめた。「オレも、それは思ったからね。大悟さんは白いんだ…その、オレ目線だけど。」
はっきりと言わないが、きっと要も狩人に見当がついているのだろう。美沙は、頷いた。
「そうなの。でも、ここまで完璧に潜伏していたのにここでボロを出すかしら?こうして投票結果は残るわけだし、あからさまでしょう?」
要は、側の椅子へとぽんと座った。
「靖は潜伏してないよ。最初からみんなと違う方向へ投票したりしてたし、逆に白い。だが、何も考えてない人狼ってことも考えられるんだ。」
美沙は、考え込むような顔をした。
「でも…だったら、同じグレーの中では、純ってことになるけど、あの子ってあんなにおどおどしてるし…そもそも、考えられてるのかどうか。」
すると、要は鋭い目つきなった。何事かと美沙が思っていると、要は険しい顔のまま言った。
「純は、おどおどしてない。あいつは、そうあいつこそ、オレと同じ目線で考えられる奴だと思って、オレは何度も話しかけてるんだ。ちょっと話しただけで、かなり頭の回転が速いのがわかる。でも、話し合いで何も言わない。靖に遠慮してるのか、謙虚なのか分からないけど、とにかくあいつは馬鹿じゃない。」と、フッと息をついた。「でも、本当に村目線なんだ。時々話すけどね。オレとしては、靖か純しか考えられないんだけど、どっちかというと靖かなあ。よく分からなくて、困ってる人狼って感じ。」
美沙は、ため息をついた。要にも分からないか…だが、二人に絞られただけでも良かったかもしれない。少なくとも、純の情報はもらえた。
「ありがとう。あまり時間を取って狩人から通信があったらいけないし、私は戻るわ。」
要は、頷いた。
「うん。じゃあオレは、政孝さんの所へ行こうっと。」
そうして、要とはそれで別れたのだった。
部屋へ帰ってから、美沙は急いで慎一郎に通信した。
『要に話しかけていたので、オレからは通信すべきでないと思っていました。それで、何か情報はありましたか?』
美沙は、頷いた。
「あの、おとなしい子のことよ。純。あの子、あれで切れ者らしいわ。切れ者の要が言うんだから間違いないと思うわよ。ただ、村目線の思考で話すらしくて、要が疑ってるのは、靖。よくわかってない人狼じゃないかですって。」
慎一郎の声は、疑わし気に言った。
『靖?匠があいつをあんな感じで放し飼いにするとは思えないんだが。オレとしては、純の方を怪しむでしょうね。実際に話したわけではないので、絶対ではありませんが。』
美沙は、息をついた。
「まあまだ大丈夫よ。まずは匠だもの。それで、慎一郎はどうするの?」
慎一郎の声は、真剣になった。
『ああ、恐らくは狐対策で明日か、明後日にでも吊られる可能性がありますね。そうした方が、村人も安心して狼を吊るでしょうし、あなたも同意してください。吊りそうになかったり迷ったりしていたら、吊る方へと意見を。そうしたら、あなたはオレとのラインを気取られなくて済む。』
美沙は、少し心配になった。
「それは良い考えだと思ったんだけど…でも、大丈夫?ジョンのヤツ、変な薬を投与したりしないでしょうね。」
慎一郎の声は、少し笑ったようだった。
『あそこの薬で、今の人狼のオレをどうにか出来るなんて思ってはいません。連中は自分で作った生物を殺すことも出来ないんだ…暴力的にこの体を破壊でもしない限りは。』
美沙は、言った。
「眠らせるぐらいは出来るけどね。」と、話を続けた。「分かったわ。それが一番いいのは分かってる。じゃあ、成り行きを見て、明日か明後日あなたを吊る提案をするわ。それでいい?」
慎一郎の声は満足げだった。
『はい。後はよろしくお願いします。早く終わらせて、二人を助けなければ。』
美沙は、最後に見た二人の姿を思い出した。人狼の姿のまま、ヒトに戻る体力も無いようだった。このままでは、いくらなんでも、死ぬ…。
美沙の体は、ぶるぶるっと震えた。きっと助ける…これは、武者震いだ。
美沙は必死に思って、ベッドへと顔を伏せて沈んだ。早く終わらせなければ…でも焦って負けてはいけない…。
刃物を探す件は、すっかり忘れていた。
だが、突然にインターフォンが鳴って、話をしていた折も折、靖と純が、刃物を探すようにと共有者達に頼まれたらしい。
靖が嬉々として部屋中を探し回っている。
純はそれを眺めながらも、何もしないでじっと立っていた。美沙は、いい機会だと思って純に話しかけたが、純は言葉少なにぽつぽつと答えるだけで、人見知り真っ只中な感じだった。
これで、本当に頭が切れるの?
美沙は思ったが、これが演技だとしたらこの子が人狼でもおかしくはないと、逆に怪しく思った。
そうやって時が過ぎて行き、お昼も過ぎ、腕輪から呼び出しがあって、階下へと降りて行った。
パラパラと集まって来る中、洋子が一人、皆と視線を合わせないようにしながら部屋へと入って来るのが見える。
みんなに狂人だと思われてしまっている洋子には、今では要さえも近づこうとはしない。
反対に人狼ではないかと疑われている匠は堂々としていて、政孝や大悟とも普通に話していた。
美沙は、皆の雰囲気が疑心暗鬼なのを感じ取っていた。最初は皆で相談し合うような感じだったが、今は誰を疑うかと探し回っているような感じだ。
特に、洋子の孤独そうな様は気に掛かった。精神的に追い詰められたら、人は何をするか分からない。だが、もしも人狼と繋がっていたら面倒なことになりそうなので、美沙は洋子に話しかけるつもりはなかった。
皆が揃った途端、政孝が言った。
「まず、刃物の件だが、見つからなかった。」要が、横でむっつりと黙っている。政孝はそれを横目に苦笑しながら続けた。「まあ部屋へ帰ってしまったから。あったとしても、どこか見つからない場所へ隠した後だったろうが。それから、純と靖が別の物を見つけた。」
政孝が、二人の方を見たので、皆の視線が二人に向く。純はびっくりしたように身を縮めたが、靖は驚きながらも思い切ったように口を開いた。
「結さんの、遺体が、無くなっていたんです。」
皆が、目を見開いた。
だが、美沙も慎一郎も、それが治療のためだと知っていた。むしろ今そこに居た方が、二人は心配しただろう。いくら連中でも再生することは不可能だろうだからだ。だが、美沙は言った。
「え…朝見つかったばかりの、結さんが?」
靖と純が、同時に頷く。政孝が言った。
「知らせを受けて要と見に行ったんだが、ベッドの血のりも綺麗になくなっていた。ただ、床はまだそのままだったがな。」
美沙は、口を押えながら言った。なるべく何も知らないようにしないと。
「それって…荷物は?」
「荷物はまだあった。もしかしてと杏子ちゃんの部屋も調べたが、杏子ちゃんも居なくなっていて、そっちは荷物すらなかった。京介の所では、同じように荷物が無くなっていた。」
政孝が、疲れたように言った。美沙は、考え込むようにして言った。
「もしかして…椅子と同じ原理かしら。ベッドごと下へ連れて行かれてるのよ。荷物は、私達が出歩けない時に持っていかれてるんだわ。」
政孝は、小さく何度も頷いた。
「だろうな。どういうつもりなのかは分からないが、あのままってわけにも行かなかったから、それはそれで、良かったのかもしれない。」
みんな、神妙な顔で頷く。あと何日続くか分からないこのゲームで、夏の今亡くなった人を長く置くのはつらいとの判断だろう。
しばらくそのままだったが、政孝が気力を奮い起こすように顔を上げると、身を乗り出した。
「それで、狩人から連絡があった。」
全員が、一斉に顔を上げた。
「それで…一人だったの?」
騙りは無かったのかということだ。政孝は、首を振った。
「一人だ。普通に考えてここで騙るほど狼は馬鹿じゃないだろう。狐も然り。この役職の数を考えても、もう出るのは限界なんだ。狼が手伝ってくれたお陰で占い師が二人、霊能者が二人、ここで狩人が二人出たら、五縄で誰か一人残して全部吊ったらいいわけだからな。」
「その考えは危ないぞ。」大悟が言った。「狂人と背徳者を合わせて人外は6。そうなると出てるのも6だが、真が3混ざってるんだ。どっちにしろ決め討って行かないと縄が足りなくなる。狩人だって、乗っ取りがあり得るわけだろう。もう狩人が死んでいる可能性は?」
要が、自分の書いたメモに視線を落とした。
「今までの犠牲者は3人。結さんが占い騙りの狩人っていうのは考え辛い。京介さんは、あれほど抵抗したんだから何かあったらあそこまで追い詰められたら絶対役職カミングアウトしたと思う。杏子さんも同じだ。逃げ出すほど怖かったんだから、役職を持っていたら言ってたと思うよ。」
大悟は、満足げに頷いた。
「じゃあ、護衛先を教えてくれないか。」
要が、メモを持ち上げた。皆、匠でさえ、じっと身を乗り出している。
「…1日目、慎一郎さん。2日目、政孝さん。」
「1日目、慎一郎で護衛成功してる!要を守ったんじゃなかったんだ!」
満が、叫ぶ。大悟は、頷いた。
「ということは、慎一郎の真目が上がるな。だが、もしかしたら他を噛んで狐だったからそっちでダメだった可能性もあるが、それは狼にしかわからんだろう。」
政孝が、匠をちらと見た。
「それで、朝の議論に戻るが」と、匠が視線を合わせるのを待って、言った。「匠、黒か?お前、慎一郎を噛んで殺せなかったから、狐だと思って吊ろうとしてるんじゃないのか?昨日の夜は誰を噛んだ。政孝で護衛成功されたのか?結を噛んだんだとしてなぜあいつなんだ。慎一郎が狐だから、結が真占い師だと思って噛んだんじゃないのか。今日黒を出されて、黒が2になって、慎一郎を確実に吊ることが出来ないことを考えて。」
恐らくその通りだろう。美沙は思いながらじっと聞いていた。
匠は、じっと政孝を睨んで黙っていたが、しばらくして、フッと笑った。
「オレは慎一郎を占って黒が出た。だから吊ろうとしているだけだ。疑うなら、オレを吊ったらいいだろう。どっちにしても、ゲームは終わらない。」
慎一郎が、匠を探るように見つめながら、言った。
「…だったら村のために、両方吊るのがいいだろう。村から見て、恐らくどっちかが黒。霊能者は満が真だ。洋子ちゃんはあまりにも自信が無く稚拙だからだ。狂人は人狼が誰だか分からないし、アドバイスも受けることが出来ない。前にも言ったが、人狼なら仲間が何かしら未熟な相手には指示をするだろうからだ。洋子ちゃんにはバックに誰かが居る自信が感じられない。だから、霊能は真狂だろう。そうなると、占いに人狼が居る。結は夜に死んだから人狼ではない。同じ役職に狐と背徳者の二人が出ることは考えられない。オレ目線、結は狐だから残る匠は人狼だ。村目線、残りの占いの中に人外が一人居るなら不安要素は消してしまうべきだ。」
大悟が、慎一郎を見て反論した。
「お前は護衛されて生き延びてるんだ。吊るなら匠を先に吊って、色を見て次の日の占い結果を落としてくれ。まだ他に人狼が居る。それを探すためにも、例え白だろうと情報が要るんだ。お前を疑うのは、明日の霊能結果を見てからでいい。」
慎一郎は、息をついた。
「…難しいな。まあオレは縄を無駄にしたいわけじゃない。だから、匠を吊りたいというのなら、その方がオレもいいんだ。だがどちらにしろオレが生き延びられるかどうか分からないし、霊能者もそうだ。オレの真目を下げるためには、霊能を噛むのが一番だろう。オレを噛んだら、匠の偽が確定した上に、オレの真目が上がる。村に情報をたくさん落とすことになる。だが霊能を噛んだら、匠の色が特定出来ない上、オレが生きているのでこっちも吊る必要がある。オレの出す占い結果も完全に信用出来ない。だから狩人は、霊能を守るべきだ。もちろん共有者も視野に入れながら、人狼との駆け引きになるがな。」
皆が、シーンと黙った。今慎一郎が言ったことを、どこかおかしくないか考えているのだろう。
元々、みんな人狼ゲームのプロとしてここへ集められたわけではない。
ほとんど知らないまま参加させられている者達まで居る。
どちらからどう見て考えたら真実にたどり着けるのか、誰の言うことを信じたらいいのか、皆本当に分からないようだった。
重い空気を破ったのは、慎一郎だった。
「…さて、じゃあオレが生き延びたとして、今夜誰を占ったらいいか、共有者が指定してくれないか。オレがその中から、選んで占う。」
要が、頷いた。
「慎一郎さんが占ってない人の中でだね。後で直接言うよ。」
狩人が居るからだ。
皆がそう思っているだろうことは、美沙にも分かった。そうなると、自分も恐らく狩人候補だろう。共有者以外は、狩人を知らない。正確には美沙も慎一郎も知っているが、一切それをにおわせていないからだ。
「じゃあ、もういいか?」匠が、立ち上がった。「どうせ今夜はオレだろう。明日からのことはオレには関係ない。オレが居なくなった後の村なんて、知ったこっちゃないからな。好きなものでも食べて、好きに過ごす。」
政孝が、険しい表情で言った。
「勝利陣営の側なら、戻って来れるんだぞ。村側なら何か情報を残して逝くのが普通じゃないか。」
匠は、そんな政孝に背中向けてヒラヒラと手を振った。
「どっちにしても、オレは仲間に期待してるよ。オレの力なんか無くても勝てるってな。」
そうして、そこを出て行った。
あなたは確実に人狼だものね。
美沙は、じっと匠を睨んで見送った。残りの人狼が分からない…匠は自分が吊られることで、慎一郎も吊らせて、その一人を残そうとしている。慎一郎を、狐だと思っているから…。
美沙は、今日の噛み先が気になった。




