無駄
『大悟には政孝が重要なように言っておきましょう。』腕輪から、慎一郎の声が言った。『要と比べて格段に考察が甘い。もしかしてに備えて、人狼が残ることも出来るように考えて。我々としては、どちらが勝ってもいいのですから。』
美沙も思っていたことだったので、部屋のベッドに横になったまま頷いた。
「護衛成功で大悟にとってはあなたの真目上がっているから、意見が通りやすいものね。それにしても、人狼の勝利を考えていたら、時間が掛かりそうよ。だって、もう匠さんは無理でしょう。あと一人が完全に潜伏しているとはいえ、村人が一人になるまでこれを続けるのよ。長すぎる…博正と真司さんが、それまで待ってくれることを祈るだけよ。」
慎一郎の声が、暗く沈んだ。
『確かに最初はこれをストレートに終わらせてさっさと治療してもらうんだと思っておりましたが、そうはいかないのだと思いました。村人が思った以上に愚かな気がする。脅威なのは要だが、あれの言うことがすんなり通る感じではないし。最終日まで行くことを念頭に入れて対策を立てて行くようにした方がいいかもしれません。』
美沙は、ため息をついて言った。
「仕方がないわよ。こんな普通の状態でない状況で、正常に思考しようっていうのが無理なのだわ。私達は知っているからこうして落ち着いていられるけど、あの子達は違うんだもの。そう思うと、まだ17歳の要は本当に優秀な子ね。怖い思いをさせるのがかわいそうだわ。まあ、何もかも終わったら覚えてはいないだろうけど。」
慎一郎は言った。
『では、そのように。オレはあくまで、美沙さんとは別行動しますので、美沙さんもそのつもりで。』
美沙は頷いたが、慎一郎に見えるはずもなく、そのまま通信は切れた。
実はさっき、居間を二つに分かれようということになった時も、慎一郎は美沙と同じ部屋に来なかった。だが、占い師ばかりが残った方の部屋での話し合いが、美沙は気になって仕方が無かった。
なので、早々に元の部屋へと戻ることを提案し、皆と一緒に広い方の居間へと戻ると、占い師達が言い争っている最中だった。
慎一郎がうんざりしたように結を見て言った。
「君から見たらオレ達は敵だろう。対抗してるんだからな。だが君がもしかして狂人なら、オレが人狼だと思ってる匠とは同陣営だろうけどな。そうなると、君だってオレには占われたくないか。でもオレは真占い師だから、狂人で白でもちゃんと白って言うぞ。それとも黒が出そうなのか?」
挑むような目だ。結は、ぶんぶんと首を振った。
「私が真占い師よ!匠は人狼にしては物分かりがいいし、考え方が私と似てて村寄りかなって思ったから、狂人か背徳者かなと思っているわ。あなたが人狼なら、あなたを占いたいじゃないの!」
匠が、急に結がそんなことを言い出したので、驚いて毒気を抜かれたようだ。若干退き気味で、言った。
「いや、何もそこまで…別にお前が慎一郎を絶対に占いたいって言うなら、オレはお前を占うしそれでもいいが…。」
「いやちょっと待て。」慎一郎が、眉を寄せたまま言った。「お前らあからさまに怪しいな。というか結、君は矛盾しているぞ。匠を狂人か背徳者だと思ってるのにオレが人狼?さっき狐と狼とかも言ってたな。いろいろと破綻してるのに、自分で気づいてるのか?」
そこまで話した時、扉の方から声がした。
「…なんの騒ぎ?」
美沙は思わず言った。どうして結が占い先のことでとやかく言うのだろう。こちらの目線から見て、結は真占い師でしかあり得ないのだ。
要が、立ち上がった。
「ああ…占い先のことだよ。こっちへ来る?」
美沙は、何やら殺伐とした雰囲気に眉を寄せたが、離れた位置のソファに座った。政孝だけが、要の近くへと寄って来て、隣へ座る。
「何かちょっと聞いたけど、結が慎一郎に占われたくないとか?」
要は、頷いた。
「最初は匠さんが慎一郎さんに占われたくないような感じで、それは慎一郎さんが結さんにシフトしたことで収まった感じだったんだけど、今度は結さんがこんな感じ。」
すると、結が言った。
「別に占われたくないんじゃないわ、慎一郎さんを占いたいと言ってるだけよ。匠もそれでいいみたいだし、慎一郎さんは匠を占ったらいいじゃないの。最初そうしたいって言ってたんだもの。」
だから結にとってはどっちでもいいだろうに。そんなことをしたら、疑われる。
美沙は思ったが、結の判断なので黙っていた。
それを聞いた政孝が、ああ、と後悔しているように天井を仰いだ。そして、言った。
「そうだな、お互いに決めさせたらもめる元だったのに。これじゃあ真占い師は不利だろう。」と、結を見た。「結、悪いけど今回は誰が誰を占うかは、多数決で決める。占い師以外の10人で、指差しで決めよう。要、図を書いて。」
要は頷くと、A4ぐらいの大きさのホテルの便せんのような物に、大きく三角になるように三人の名前を書いた。一番上が匠、斜め左下が慎一郎、その隣りが結という形だ。そこに、矢印を書く。
匠→慎一郎→結→匠の反時計回りの形と、匠→結→慎一郎→匠の時計回りの形の二種類だ。
みんなが身を乗り出して見るのを後ろに立って見ながら、政孝は言った。
「じゃあ、占い師以外の10人は、手を上げて。」政孝も含めた10人が、一斉に手を上にあげる。政孝は言った。「誰がどうしたのか見て変えることが出来ないように、こうするぞ。時計回りは入口方向を、反時計回りは窓側をそれぞれ指すんだ。」
政孝の声が言った。
「じゃあ行くぞ。せーのっ」
美沙は面倒だと思いながらも、怪しい行動をした結の希望とは違う方を選んで指を差した。
「え…。」
皆の視線が鋭く倫子の方を見ている。倫子は結の希望の方へと指していた…倫子の他に入口の扉を指していたのは、杏子だけだった。
つまり後の八人は、窓を指していたのだ。
政孝が、それには触れず、言った。
「…じゃあ、反時計回りで占うように決定だ。匠は慎一郎、慎一郎は結、結は匠。」と、目頭をごしごしとこすった。「とにかく、朝からこんな感じで疲れたし、これからの時間は強制的に食事を摂ってもらって一旦部屋へ帰ろう。部屋を行き来するのは構わない。だが、誰かに見咎められて人狼陣営だの妖狐陣営だの言われるのは覚悟してくれ。共有者のオレ達は確定白だから無いが、他の人達は気を付けないといけない。特に村人は変な行動で疑われて吊縄無駄にしないように気を付けて欲しい。」
最後の数言は、倫子に向けて言ったように見えた。
見る見る表情を硬くする倫子を見て、美沙は気の毒になったが、部屋へと帰って来たのだ。
そして、慎一郎と話をしていたのだった。
慎一郎は、しっかりと自分に注目を向けて美沙から気を反らせてくれている。
その間に、自分は潜伏している人狼を探そうとしているのだが、もう一人は完全に潜伏しているようで、全く分からなかった。
少し探って来るか。
美沙は、立ち上がった。一番話していて有意義そうなのは、要。
美沙は、要の部屋へと向かった。
「美沙さん。どうしたの?」
要は、驚いたように美沙を部屋へと招き入れた。全く警戒している様子もない。
「少し、話があって。倫子ちゃんのことよ。」
本当は倫子のことはどうでも良かったが、要が倫子のことを気遣っているのは知っている。なので、そう言った。
すると、要は頷いて部屋の中へといざなった。
「政孝さんも来てるんだ。これからのことを考えていたところだよ。倫子の事とか…ちょっと考えなきゃってなって。」
政孝が、無言で軽く会釈した。美沙はそれに返してから、さも案じているような顔をして言った。
「あの子は白いと思うのだけど。こんな状況で、きっと何か考えがあって占い先の選択も決めたのかなって。吊り縄を無駄にしたくないし、夜の投票までに、考えを聞いておきたいと思っているんだけど、要くんは何か聞いてない?」
要は、椅子へと座りながら首を振った。
「ほんと倫子は馬鹿で。多分深い考えなんか無いんだよ。どっちでもいいから何気なくって感じじゃないかな。オレも呆れてるんだけどね。」
美沙は、深刻そうな顔をした。
「それでは吊られてしまうわよ。いくらなんでも、ここへ来て結構時間が経ったんだし、倫子ちゃんもそれなりに考えているのだと思うわ。じゃあ、あの子に直接聞いた方がいいのかしら。」
そこまで言った時、インターフォンが鳴った。
要は応えた。
「はい?」
声が応えた。
『要、私よ。入っていい?』
美沙と要、政孝は顔を見合わせた。しばらく黙った後、要は言った。
「いいよ。入って。」
扉が開いて、美沙と政孝が居るのに少しためらった顔をした倫子が、それでも意を決して奥へと進んで来た。
要は、ベッドの方を指しながら言った。
「来客が多くてね。そっちに座ってくれたらいいよ。」
倫子は頷いて、慎重にベッドへと腰を下ろす。要は、苦笑して言った。
「それで、弁解しに来たの?」
倫子は、頷いた。
「ええ。私、馬鹿なことをしたんだってやっと気付いたから。占い先なんてどっちでもいいとか思ってしまったの…それで、指しやすかった入口を指しただけ。」
美沙が、呆れたように政孝を見た。政孝が、息をついた。
「今、その可能性を要に言われて聞いてたところだ。あんまりにも何も考えてないような行動だから、本当に何も考えてないんだろうってさ。美沙さんはそれなりに何か考えがあるかもしれないから、理由を聞こうと言いに来たんだよ。このままじゃ、完全グレーで怪しい行動をした君が吊られるからとね。吊縄を、無駄にしたくないからだそうだ。」
美沙が、頷いて倫子を見た。
「私から見て、倫子ちゃんはとても白いから、このまま吊られるのは困ると思ったのよ。もし何かあるなら、言って欲しいって。でも、本当に何もないのね。困ったわ…。」
政孝は、頷いた。
「いや、これで美沙さんが倫子が怪しいと思うなら、投票するのを止めない。実はオレにも分からなくなってるから…杏子ちゃんも最初から投票先が他とずれたりしてるから、何かを庇おうとしてるのかなとか思えるし、倫子ちゃんはこんな感じだし。」
今は白を吊っている時じゃないと思うわよ。
美沙は心の中で思ったが、何も言わなかった。
要が、身を乗り出した。
「頼むよ、政孝さん。倫子はいつもこんな感じなんだ。バカでしょうがないんだよ。確かに村でもこんなバカは要らないかもしれない。吊った方がノイズが無くていいのかもしれないけど、今は縄が大事なんだ。オレは倫子を信じるよ。姉ちゃんは信じられないし…。」
倫子は、何か言わなければと思ったのか、言った。
「そういえばさっき…洋子に分かってもらおうと思って、話したけど相手にしてもらえなかったの。実はキッチンで、話し合いの前に私を信じて霊能者だって教えてくれてたんだけど、私、満さんの勢いに押されて、全く洋子を庇えなかったから、それをなじられて。洋子を真霊能だと思っていたけど、話を聞いていたら、揺れてしまって。洋子は、本当に狂人なんでしょうか。」
政孝と美沙が、顔を見合わせた。そして、政孝が言った。
「狂人の可能性が高いと思っている。人狼だとして、あのタイミングで出るだろうかって。ただ、まだ真霊能の可能性はあるよ。満の方が、前日からしっかり考えた騙りの可能性があるからね。でも吊られるかもしれないような状況で、あの落ち着きは出せない気がするんだ…一日目の満だけどね。京介があれだけ乱れたのに、満は落ち着いてた。人狼になると、考えることが多くて心に余裕がなくなるからね。満には、その余裕があったんだよなー…。」
美沙が、困ったように顔をしかめた。村がこんな状態じゃあ、本当に人狼勝ちのことも視野に入れなきゃならないのか。
「まだ占い結果も一度だけだし、確かな情報がないから。」と、立ち上がって、倫子を見た。「倫子ちゃんも、しっかり考えるようにね。杏子ちゃんが結構最初から動きが怪しいなって意見が多かったし、今の時点では倫子ちゃんは確定ではないと思うけど、でも結構怪しまれてたよ。今夜は二人で票が割れる気がする。私もよく考えるけど…今の話を聞いて、揺れてるのは確か。村人なら、もっとしっかり人狼とか狐を探さなきゃ。」
私はあなたには入れないけどね。騙しやすいと思うから。
心の中ではそう思っていたが、美沙は表向きそれだけ言い置くと、政孝と要に会釈して、そこを出て行った。
そして要に、潜伏人狼のことが聞けなかったのが痛いと思いながら、自分の部屋へと戻ったのだった。




