見極め
初日の皆の有様は、ひどいものだった。
匠の占い師カミングアウトにしても、京介の何も考えない発言にしても、美沙はうんざりしていた。
これで誰の目にも人狼は分かったんじゃないだろうか。
美沙は、これでゲームになるのか、ならなかった場合は再戦などと言われるのではないのか、と心配した。
一番年下の要の動きが予想外にいい。敵側として、脅威になる機転だった。
初日の要のガンガン前に出るスタイルが、それを人狼が利用しようとすることを考えてのことだとしたらかなり頭が切れる。結果として、人狼が二人も見えたのだから。
しかし、その要にも狐は分からないようだった。
投票が終わり、京介が吊られて行った。
京介のことは前回のゲームで一緒だったので知っているが、美沙はあまり好きではなかった。
その京介が、他のヒトの男と同じく、人狼になった美沙のメスのフェロモンを感じ取るのだろう、しつこくアプローチして来るのには面倒だと思っていたので、ホッとした。
なので皆が居なくなった京介に驚愕して騒いでいる間も、驚いてうろたえている演技をしなければならないので、とても疲れた。
本当は部屋へ帰りたかったが、皆が怯えて居間へ残るので美沙も一人部屋へ帰る訳にも行かず、そこで付き合うしかなかった。
皆は、要のメモした投票先を中に何やら考えている。
京介は恐らくというか、間違いなく人狼であろうと美沙は思っていたので、いい感じだと落ち着いて皆の話を聞いていた。
どうやら、京介に入れなかった人達のことを疑っているようだ。
昼には怯え切っていた杏子が、もはやしっかりとした眼差しで倫子を見た。
「私は、京介さんの乱れっぷりは逆に村人っぽかったと思ったの。だから、黙って落ち着いていた大悟さんに入れた。」
結が、その隣りで言った。
「私は、白く見せようと思ってわざと覚悟しているような発言をしたのかと思って、満に。」
匠がそれに、頷いて見せた。
「ああ、オレも同じ意見だ。誰だっていきなり訳の分からない事になりそうだったら、混乱してああなるだろう。やけに落ち着いてるな、と思ってね。」
それを聞いて美沙は心の中で苦笑した。だからあなたは、京介に入れていても疑われる立場なんだし、せめて京介に入れておくべきだったと思うわよ。
そんな美沙の心の声など知らない満が、言った。
「まあどうとらえてくれてもいいが、あれは本心だったよ。オレはあんな状態でも黙って目立たないようにしているように感じて、大悟に入れた。」
靖は、皆の視線に晒されて、少し緊張気味に言った。
「オレも…大悟さんとは隣りだけどずっと黙ってるし、狐かなって思って。」
美沙は、じっと大悟を見た…いや、確かに潜伏臭がするが、大悟は狐ではないし、それに人狼でもないだろう。あの投票前の覚悟をしたような静かな闘志は、役職持ちのものだ。それも、言えないものではないか。霊能者なら土壇場で何とか出来るが、狩人なら…。
まだ、弁明は続いていた。最後に洋子が、下を向いたまま言った。
「私は分からなくて…投票しなきゃと慌ててて。大悟さんに、入れてしまったけど、混乱していたからあまり理由はありません。」
最初はそんなものだろう。
美沙は、庇うつもりなどなかったが、心の中でそれを聞いていた。こうして見ていると、高校生の女子二人はとても考えが浅いというか、自分の置かれた立場が分かっていないように見えた。
自分もあの歳でここへ連れて来られて、体を人狼へと換えられてしまった事実を思い出して、美沙は同情した。
思った通り、倫子が庇うようなことを言った。
「最初の投票だし、私も混乱して、結局怪しいって直感で入れてしまって…。でも、明日結果が分かるんでしょう?」
それには、政孝が相変わらず落ち着いた声で答えた。
「霊能者が生き延びればね。だけど狩人が守れるのは一人だから、今日は占いから一人か共有の要かを守ってもらわないといけないだろう。今出すわけにはいかないんだ。つまりは、運次第かな。」
要が、じっとメモを見つめて険しい顔をして、言った。
「みんな…分かってるかどうかわからないけど、結構大変なんだよ。この村には14人居た。吊縄は6。でも必ず吊る必要がある人外は4居るんだ。さっき一つ使ってしまったから、あと5の吊縄で、最悪4人外を吊らなきゃならない。占い師の呪殺か、狩人の護衛成功でラッキーが無い限りね。」
結が、一気に顔色を変えた。
「ええ?!そんなに…厳しいの?つまりは、占い師は狐か狼を必ず見つけないとってこと?」
要はまだ幼い顔を更に険しくして、こっくりと頷いた。
「そうなんだ。京介さんが狐か狼だったら、ちょっと気が楽なんだけどな…明日、霊能者に聞くまで安心出来ないよ。」
京介はきっと人狼だったよ。
美沙は心の中で言っていた。要の先々まで考えながら行動する慎重さには、若いのにと感嘆していたのだ。自分はここまで冷静になれなかった。人狼だったから、仲間達にいろいろ教えてもらってどうにか出来たが…。
だが、そろそろ時間。慎一郎とも話をしておかなければならない。
黙り込んだ皆に、美沙が言った。
「さあ…もう10分で9時よ。部屋へ入って、それぞれの考えをまとめて明日に備えましょう。今日の投票が、無駄では無かったのだと思いたいわ。」
皆の目が、一斉に時計を見た。どんな風に追放されるのかも分からない怖さがあるので、皆はサッと立ち上がると、足早に居間を出てそれぞれの部屋へと向かった。
最後尾を慎一郎について歩きながら、美沙は小さな声で囁くように言った。
「…大悟が、狩人じゃないかしら。」
人狼は嗅覚も聴覚もヒトより優れている。
常人なら聞き取れなかっただろうその言葉も、慎一郎は聞き取っていた。そして、小さく頷くと、スッと前へと歩いて行った。
後ろから見ていた美沙は、慎一郎が大悟に何やら話しかけているのが見えたが、そのまま何でもないように横をすり抜けて、自分の部屋へと戻ったのだった。
部屋へ帰って30分をした頃、慎一郎から通信があった。
9時から10時までは村人でも他の者達を話が出来たが、10時から11時は同じ役職持ち同士の会話限定だった。
つまりはその気になれば、美沙と慎一郎は9時から11時までぶっ続けで話すことも可能で、それはかなり作戦会議に有利な気がしていた。
慎一郎は、言った。
『大悟に通信をして、今まで話していました。部屋に入る前に通信してもいいか、と軽く聞いておいたので、難なく出てくれましたので。』
美沙は、少し心配げに言った。
「警戒されなかった?狩人はそれでなくても神経質になるから。」
慎一郎の声は、少し笑った。
『最初は。ですがオレは完全に村目線の話を話して聞かせて、自分が今夜襲撃を受ける可能性があるので、後は頼むと伝えました。』
美沙は言った。
「どうして自分にそんなことを言うんだと聞かれなかった?」
慎一郎は答えた。
『聞かれました。グレーの投票前の表情で、役職を持っていることと覚悟を知ったからと。皆の前でそれを言わなかったのは、言ってはいけないと思っていたからだと言いました。これからも言うつもりはないと。そこでしばらく黙ったので、やはり思った通り大悟は狩人だろうと確信しました。それから、自分は匠を人狼だと思っているし、あれだけ敵意を持っているのだから、恐らく襲撃されるのは自分だと言ったのです。なぜなら、匠がオレを真占い師だと見ているから。今日は要を守るべきだし、自分はそれでいいが、これからのことは頼む、匠と狐を吊った後、あと一人の人狼を吊ればきっと終わると。』
美沙は、考え込んだ。確かにあの、匠の突っかかり方なら後先考えず、狐のことなど関係なく慎一郎を噛むかもしれない。慎一郎は落ち着いていて皆の信頼を得やすい男だった。
「…大悟は悩むでしょうね。きっと迷いなく要を守るつもりだったでしょうに。ここであなたを守れば、護衛が成功して吊縄が増える可能性もあるわけだし。」
慎一郎の声は、頷いたようだった。
『襲撃されるのはいいのですが、まだ早いと思っています。あなたが安泰だと見極めてからだと。なのであと一日ぐらいは会合に参加したいと思っています。大悟がオレを守ってくれてそれで護衛成功したら、オレの真目も上がるので更にいいかと。』
美沙は、眉根を寄せた。
「大悟頼みなんて、心もとないわ。いっそ私を襲ってくれたらいいけど、そんな理由も無いのに私を襲うことは無いでしょうしね。」
慎一郎は、小さく息をついた。
『あなたを噛まれたら、それこそ狐だと人狼に気取られる。グレーで狩人が守るはずのない位置のあなたを噛めないとなれば、狐しかないのは分かるからです。オレが囲っていると知るでしょう。だから、あなたは出て来ない方がいいのです。あくまで、目立たずに。』
慎一郎の心配性は、今に始まったことではないが、たまに過保護だと思うこともあった。しかし、美沙は苦笑しながらも頷いた。
「わかったわ。あなたが上手く場を誘導するのを、じっと見ていることにするわ。」
そして、その日はそれで通信を終えた。
大悟が誰を守ったのか、人狼が誰を噛んだのかは、次の日の朝に知った。




