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獣はヒトの夢を見る  作者:
美沙
32/53

始まり

ここからは、日に三話を投稿します。同じ流れを狐目線なので、駆け足です。

『おめでとうございます。狐陣営の勝利です。』

飛び散る血を押さえる手にある腕輪から、声がする。美沙は、腹立たしげに言った。

「どうでもいいわよ。それより、早く博正と真司さんを治療して!まだ息はあるんでしょう!それが約束だったでしょう?!」

美沙の声に、別の男声が答えた。

『ああ、驚いた事にまだ息はある。しかも二人共人型に戻ったぞ。物凄い生命力だ…いいデータ収集になった。』

美沙は叫んだ。

「余計なおしゃべりはいいわ!早く治療しなさいよ!この子達もさっさと処理して帰してあげて!あんた達の研究には関係ないんだから!」

男声は、からかうように言った。

『ああ、それなりにクライアントも楽しんでくれたようだし、微々たるものだが資金調達にはなった。全て問題なく始末はつける。お前の大事な仲間も、私達だってあれだけのサンプルを、失うのは惜しいからな。人型に戻ってすぐに治療は始めている。知っているだろう、死んでいても薬品投与から24時間以内なら蘇生は可能だと。生きているヒトなら、私達は簡単に生かす事が出来る。』

美沙は、首から手を放した。驚くべき事に、血はもう止まっていた。しかも、傷口が勝手に再生を始めている。

「じゃあ、私も戻るわ。こんな場所、もう1分でも居たくない。」

白い防護服のような物を着た人間がわらわらと入って来て、倒れた倫子と純、満をそれぞれ担架に乗せて運んで行く。

声が言った。

『悪いがまだ無理だ。君にはまだ引率者としての仕事が残ってるだろう。皆を一度研究所へ戻して、帰す処理をせねばならない。そしてそれらの町の港まで送り届ける船に、君も同乗して行ってもらう。そこまでが君の仕事だ。』

美沙は、フンと横を向くと、横から出て来た防護服の男について、そこを出て行った。

皆同じに見えるその人達は、まき散らされた血糊や、他の場所の清掃などを慣れたようにこなしていた。

美沙は、自分がここへ再び来ることになった経緯を思い出し、苦々しい思いでそれを見ていた。




一週間前、美沙はなかなか帰って来ない婚約者を待っていた。

夫になる予定なのは、同い年で幼馴染でもある田代博正だった。

2人は幼い頃から一緒だったにも関わらず、美沙自身が自分の気持ちに気付かなかったこともあり、長く男女を意識したことなどなく来ていた間柄だった。

それが、一年ほど前の高校三年生の夏に、割のいいバイトがある言われて、この島へと連れて来られた時、共に人狼として戦い、愛し合うようになったのだ。

そして、その時は今回のようではなかった。

自分達は、新しい薬品の実験台としてここで飼われ、人狼ゲームはついでの娯楽のようなものだった。

その時に使われた薬品の影響で、美沙と博正、そして同じ陣営であった大井真司の三人は細胞が変化するもはやヒトではない特異な体質になってしまった。

ヒトへと戻るため、今は仕方なく大学へ行きながら研究所に勤め、検体を提供して研究に協力している…ヒトへと戻れたなら、もう関わるつもりもない。

美沙も研究所へ行くことがあったが、博正が美沙を実験台にするのを嫌がったので、最近ではいつも博正の方が行くようになっていた。

今日も、同じ境遇の真司と二人で、車で研究所へと向かう博正を見送った。

だが、遅くなっても帰ると言った博正が、もう空が薄っすらと白んで来ているというのに、帰って来ない。

博正は、連絡もなく帰って来ないなんていうことは、絶対に無かった。

美沙の動向にも大概うるさい博正は、自分もきっちり居場所を知らせる婚約者だったのだ。

美沙は、不安になった…もしかして、研究所で変な薬品を投与されて、動けずに居るのでは。

だが、それなら真司が知らせてくれるはずだった。

この体になってから、変に野生の勘が働く。不安が、恐怖が、心の奥底から湧き上がって来る…きっと、何かあった。

美沙は、居ても立っても居られず、家のスクーターにまたがると、夜明けの光が差し込む中、研究所への道を走って行った。


研究所は山奥の更に奥まった場所に隠れるようにある。

そこまでの道は一本道で、まず研究所の関係者以外は通ることは無かった。

夜だと真っ暗であろう道を、美沙は必死にスクーターを走らせた。そして、片方は崖、片方は山肌が続く道へと差し掛かり、カーブが多くなって来た。

ここは慎重に行かなくては。

美沙は、何度も博正の運転する車の助手席でここの道を見ていて、知っていた。博正も、ぼーっとしていたら怖いと言っていたこの道。

道は狭い上に、山側はいつ土砂崩れがあってもおかしくはないほどに原生林のまま。土砂崩れ対策のネットもなければコンクリートで固めても居なかった。

大雨が降った後などは、怖くて誰も通れない道で、そんな時は研究所からはヘリコプターが頻繁に発着するほど頼りない危ない道だった。

美沙がスピードを押さえてゆるゆると進んでいると、少し先に、ガードレールが大きく破損している場所が見えた。

そこへ向かって、ブラックマークがくっきりと残っている…明らかに、事故があった現場だ。

美沙は急いでその場所の手前までスクーターを走らせると、そこへ止めてそこから下を覗き込んだ。

何かの予感で胸がドキドキする…動悸が収まらない。

美沙は、震える手で歪んだガードレールを掴んで、しっかりしなければと体を支えた。

針葉樹が生えている真ん中、遥か50メートルほど下には、真っ黒に焼け焦げたひしゃげた車体があるのが見えた。

「…まさか、博正…?!真司さん?!」

まだ、車はくすぶっていた。

しかし、そこには生命らしき物は全く見当たらない。残るのはその車体を包んだ激しい炎を物語るように、かつて車体だったものの金属の枠組みぐらいのもので、後は全て黒い炭となって崩れてしまっていたのだ。

…研究所へ行かなければ!

美沙は、思った。もしもあれが二人の車だとしたら、これほど近い位置で事故を起こしたのに研究所が放って置くはずはない。

真司と博正は、最初に細胞組み換えの薬に完璧に適応した貴重な検体だ。研究所の技術が結集されて出来たような作品を、あんな形で失うことは良しとしないはずなのだ。

あれが二人の車だと知らなかったとしても、研究所ではヒトの細胞を保ち、再生する技術に優れ、その検体はいつでも探している上、自分達で作って治療することまでやっているのだから、死にかけているヒトが居れば、いや死んでいても、連れて帰って治療しているはずなのだ。

美沙は、震える膝を叩いて自分を鼓舞し、スクーターへと飛び乗った。そして、あの二人は大丈夫、自分と同じ再生能力を持つ人狼なのだからと言い聞かせ、研究所へと急いだ。


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