狼視点3
何をどうしたのか、あまり覚えていない。
バスルームから出て来た匠さんを部屋へと送り届けて、ナイフを工具箱へと戻して、オレは何とかうまくやったらしい。
次の日の朝は、オレ達にとっても嫌な朝だった。
昨日の結果を知ることになるし、それが人狼にとって上手く行ったことはあの血の量からも分かっていたからだ。
慎一郎が結を呪殺だと言い出した時には、オレの疑惑は確信に変わった。狐に仕立て上げたがるのは、狐に決まっている。
昨日確かに匠さんが結に引導を渡したのだ。それは、オレも匠さんも分かっていた。
それなのに、人狼しか知り得ないそれを、村人に言うわけには行かない。村人の意見が、どんどんと狐が望むものになって行く。
オレ達はどうしても、それを止めなければならなかった。昼を過ぎて部屋へと戻った時、匠さんから通信が来た。
『オレが黒くなる。オレを吊ったら、慎一郎も吊る以外になくなるだろう。オレは、最後に徹底的に黒くなっても慎一郎を攻撃するから、お前は見ていろ。絶対に出て来てはいけないぞ。オレがあいつが狐だと、少なくても狐サイドだと皆の心にはっきり残して地下へ行く。』
オレは、止めた。
「こうなったら一日でも長く生きて、縄を減らして狐を吊る方向で行こう。匠さん、無理はいけない。今の時点でまだ縄は5あるんだ。残り4縄でオレと狐を吊ると村が勝ってしまう。狐だけを吊るように持って行くには、まだ縄数が多すぎるよ。」
しかし、匠さんは言った。
『オレは結を殺したんだ。地下へ沈んでも仕方がない。その報いだと思ってる。お前もオレが吊られたら一人で襲撃するしかなくて不安だろうが、それでも、頑張ってくれ。オレと、京介のために。』
オレは、歯ぎしりした。あれは呪殺ではないのに。それを、どうやったら分かってもらえるのか。
「くそ…!オレ達には見えているのに!あの狂人は何をやってるんだ、怪しくして吊られてくれるならいいが、そんなつもりもないようじゃないか。馬鹿は要らない!」
オレが思わず悪態をつくと、匠さんはため息をついた。
『オレ達だってあの子を仲間だと認めてないじゃないか。どうにでもしてくれとほったらかしにしている。腕輪で通信だって出来るのに、あの程度じゃ足手まといだと言ったのはお前だろう。』
オレは、下を向いた。確かにそうなんだが。
『とにかく、オレは覚悟を決めた。お前もオレに投票するんだ。ここまで完璧にラインを切って来たんだからな。後は、お前次第だ。』
オレが言葉を返そうとすると、インターフォンが鳴った。
靖が、刃物を探しに行くからついて来いと言う。
そんなものはない、と心の中で思ったが、オレは靖について他の部屋を回った。
オレの目から見て、匠さんは相当に頑張ったと思う。
村人が、それをくみ取れなかっただけだ。狐を吊るのが最優先だった村で、黒い匠さんを吊ってしまった村人は、後一人の人狼を吊った時点で狐が勝利するような状況になっているにも関わらず、まだ狼を、オレを、探していた。
しかしオレは、ここで頑張る必要があった。匠さんと京介さんがオレを信じて待っている。今までじっと黙っていたが、ここで意見を貫く必要があった。
四日目の朝には、きっと慎一郎が大きな顔で仕切るはず。
オレは、その夜の襲撃を要に定めて、たった一人で結の時と同じように終えた。頸動脈の位置は、前の夜匠さんと一緒に探したのでもう完璧だった。そこに、一気にナイフを突き立てて引き抜き、そして後ろを振り返らずに部屋へと逃げ帰った。
もう、オレにとってはそれは毎日のルーティンだった。ナイフを工具箱に収め、ドアの横へ置く。体を清めて、そしてベッドに横になって次の日の議論を考えながら、朝を待つ。
今の所、最初の夜以外狩人は仕事が出来ないでいた。それでも、狩人が居るということは、人狼にとって脅威であることは変わりない。
残ったグレーを見てみる。誰が狩人か。
倫子はあまりに稚拙。美沙は潜伏しているようではあるが、どこか村人離れしているように思えた。大悟は最初、あまり出て来なかった。しかし政孝が、狩人の護衛先を通信で聞いた時から何やら大悟によく相談して話を進めているような気がする。
大悟が、狩人だとしたら、辻褄が合う。
オレは、明日の襲撃は大悟だなと、もうその夜のうちに、決めていた。
次の日の朝は、オレにとってもつらい朝だった。
要のことは、オレは認めていた。折々に声を掛けて来る時の射るような目にも、回りがすっかりオレに騙されているにも関わらず、あいつはそうではないことが分かっていたからだ。
だから、本当は要を殺したくはなかった。それでも、人狼のオレは自分を守るために要を襲撃したのだ。
思うに狩人は馬鹿だ。年上だというだけで、恐らく政孝を残したいと思ったのだろうが、オレは要が残った方が強敵だと思っていた。何度も言うが、要には思考の柔軟さがあってオールラウンドな能力を持っている。政孝にはそれが無かった。
さすがに部屋の中へ入って行けずに、靖と二人で廊下に居ると、洋子が来た…横を通り過ぎる時、目が完全にイってたんで何かするつもりだと思った。だが、まさかあんなに役に立つことをしてくれるとは思ってもいなかった。
大悟を殺して、自分も殺されるという離れ業をやってのけてくれたんだ。
政孝の悲鳴のような叫び声を聞いて、大悟が狩人だったんだと確信した。大悟の死は、そのまま自分の死に直結するのをあいつは知っていたはずだからな。
オレは今まで馬鹿にしていた洋子に感謝したよ。命を張って吊縄を減らした上に、狩人まで始末してくれたんだ。必ず生き残って、洋子も助け出してやろうとその時思った。
ま、あの時のあいつは、オレが人狼だと知っていたら真っ先に殺していただろうがな。
その日のことは、お前達も見ていて知っているだろう。
オレは、初めて自分の考えを言った。それで疑われて吊られたとしても、お前達が信じている慎一郎に最後に裏切られるのだということを、知らしめてから死にたかったからだ。
政孝は苦悩していただろう…普通の考えの持ち主なら分かるはずだ。オレは嘘は言っていない。自分が村人だと言ったこと以外、オレの考察は完璧だったはずだ。
だから、政孝は慎一郎を吊る決断をした…オレと匠さんの悲願は、それで成った。何よりも解せないことは、慎一郎が簡単に吊られたことだ。自分から、吊って欲しいようなことを言うことまであった。
白く見せるためかと思ったが、あまりにも緊張感がない。生存欲が無さすぎる…。
だが、その時のオレは、もう次の段階へと入っていた。
残り2つの吊縄を、オレ以外に使わせるための、疑い先を探していたからだ。
本当は靖は最後まで残してやりたかった。あいつは本当に馬鹿なんだが、根が素直で他の奴らとは全く違う良いヤツなんだ。
だが、そんなあいつも恐怖のあまりおかしな行動をとるようになっていた。オレからすれば、全く動じる様子のない美沙より、靖の方が疑いを向けるのにやりやすかった。
オレは、あいつを煽った。皆の見ていない場所で、わざと怖がるような考察をして、話して聞かせた。そうして、靖が皆の前で取り乱すようになり、皆に疑うような雰囲気を残した状態で、静かに四日目の夜を迎えた。
襲撃したのは、政孝。思った通り、狩人は政孝を守っていなかった。




