狼視点2
オレ達は、息をひそめて階段を上がった。
殴って一撃で殺す自信がなかったので、二人でナイフを手にそろそろと慎一郎さんの部屋へと向かったんだ。
今思うとそんなことをしなくても誰にも知られる心配などなかったが、その時のオレ達はそれは緊張していた。
これから人を殺すという緊張感は、吐き気がするほどオレ達を痛めつけていた。
10の部屋の前へと到着した。
匠さんが、震える手でマスターキーを使って電子ロックを解除した。そして、ドアを開こうとノブに手を掛けた。
しかし、そこで動きが止まる。そこから、いくら待ってもドアは開かなかった。オレは、焦れて言った。
「匠さん?オレが開けようか。」
オレは、横から匠さんを押しのけてノブを回してドアを押した。
ガチン、と何かが引っかかっているような音がして、ドアは全く開かなかった。
「どういうことだ?!」匠さんは取り乱して言った。「あいつは、何か細工をしてやがったのか?!」
オレは、うるさいと怒鳴りそうになったが何とか抑え、じっと考えた。襲撃が出来ない状態…ドアのロックが開かない時。そんな項目が、確か部屋の説明書にあったはず。
オレはまだ何か言っていた匠さんを無視して、自分の部屋へと駆け込んだ。
机の引き出しから役職の説明書を引っ張り出し、探した。最後の方…ドアのロックが開かない時…。
「…狩人の護衛か、狐。」と、オレは興奮して追って来ていた匠さんを振り返った。「匠さん、慎一郎さんは狐の可能性がある!」
匠さんは、呆然と立っていた。考えが追いついていないようだ。オレは、説明書を乱暴に指して言った。
「狩人の護衛か狐だからロックが解除されなかったんだ!今日はどう考えても唯一真だと確定している共有者の要を守るはずだろう!占い師なんて、誰が本物か分からないんだから!まして慎一郎さんだって疑われていたんだ!だったら、慎一郎さんは狐だ!」
匠さんの目が、見る見る輝き出した。襲撃が失敗して人を殺さずに済んだのもあったが、それよりも、狐を早々に見つけることが出来たのだと確信したからだ。
「狐が出てやがったのか!」匠さんはそれこそ見たことがないほどはしゃいでいた。「やっぱりあいつを吊るべきだ。オレが吊られてもあいつだけは連れて行く。役職ローラーさせるのが一番だろうが、縄がどうのと要がそれをさせないだろう。だが、オレはやるぞ。」
匠さんは、そこで真剣な表情になってオレを見た。そして、言った。
「慎一郎だけはオレが何とかする。だから、お前が残ってオレ達を助けてくれ。京介のヤツは先に吊られて楽して腹が立つが、オレを庇おうとした馬鹿な奴なんだ。頼むぞ。」
オレは、頷いた。
「絶対に生き残ってみせるよ。でも、出来たら無駄な縄を消費させてくれたら助かるな。匠さんも、出来る限り生き残って欲しい。」
匠さんは、笑った。
「ああ、みんなに疑われながら、醜く生き残って最後に吊られるよ。お前が残ってるのをみんなに知られないように無視してな。」
それからオレ達は、居間へと引き換えして工具箱へとナイフを戻し、元あった部屋の前へとそれを戻して置いた。
その日の襲撃は失敗していたが、オレ達の心は軽かった。
そして、次の日の朝起きて見ると、部屋の前から工具箱は跡形もなく消えていた。
二日目、オレは楽だったよ。
部屋を分かれると聞いた時、オレは違う部屋へ行くべきだと思ったので、匠さんに占い師の議論は任せてそっちへ行った。あっちはみんなまだ人狼の襲撃が失敗したことを嬉しげに話しているだけで、誰も実になる話などしなかったからな。
だが、美沙だけは居間の議論を気にしているようで、こっちで雑談をしているだけなら、向こうへ行く方がいいと言い出した。今思えば、あいつは狐だから議論の進行は見ておきたかっただろうし、こちらの緊張感がない様には焦ったんだろう。
オレも匠さんがうまくやっているのか心配になったので、それに同意した。それで部屋の扉を開いて驚いたよ…結が慎一郎に占われたくないと駄々をこねているように見えた。匠さんも戸惑っていて、何事かと思っているようだった。
あの時慎一郎が狐だと知ったオレと匠さんにとって、結は間違いなく真占い師だった。だから駄々をこねる必要などなかったのだ。匠さんも、結なら何とか出来ると言っていたので、場を混乱させるためにも争う姿勢は見せていなかった。
だが、オレ達にとって願ったりだった…結が疑われようとしているのだ。別に慎一郎を占ってくれて呪殺してくれても、オレ達にはどっちでも良かった。噛みを合わせて呪殺だと確定させないだけでいいからだ。
しかし結の行動はあまりに怪しい。嫌がると、そちらを選びたくなるのが人情ってものだ。それを知っていたオレと匠さんは、あえて反対の方を選んだ。思った通り、村人のほとんどはそうだった。
そしてラッキーなことに、オレ達から見て村人でしかないような杏子と倫子が怪しまれることになったんだ。
夜の投票ではわざとオレは杏子、匠さんが倫子に入れた。そうすることで、徹底的にオレ達のラインを切って行った。オレ達にとってはどっちが吊られても構わなかったし、結果にこだわりがなかった。村人がどんどん減ってくれるのは、オレ達にとってもラッキーだ。
ただ早く慎一郎を吊りたかった。匠さんは何とかしてあいつを吊りたいと必死だったが、黒い匠さんが必死になればなるほど、慎一郎は白くなる。残されるオレが楽になるようにと頑張ってくれているのは分かっていたが、オレにはそれが重かった。
その日の夜、昨日と同じように黙って工具箱を持ったオレ達は、居間へと降りた。匠さんは、前日よりも落ち着いていて、すぐにオレに言った。
「考えてみたが、結は真占い師だろう。今夜オレを占って、黒を出して来るはずだ。明日慎一郎を吊るためにも、明日出る黒は一つの方がいいと思う。結を噛もう。」
オレは、驚いて首を振った。
「それは良くないと思う。占い師が噛まれたら、残りの二人がどうやっても黒くなる。それだったら、慎一郎を占わせて溶かせば良かったじゃないか…結は残しておいて、明日慎一郎を占わせよう。」
すると、匠さんは真面目な顔で言った。
「今日の話を聞いていて…オレは、もしかして慎一郎は狐じゃないような気がして来た。」
オレは耳を疑った。昨日殺せなかったのに?
「狩人の護衛成功があんなにあっさり決まると思うか?オレは狩人は要を守っていたと思う。」
匠さんは、オレを見た。その目はなぜか不安そうだった。
「あくまでもオレの勘なんだが、あいつはあんなに目立ったことをしている。あんな狐はおかしいじゃないか。占い先だってどっちでもいいと言った。あいつは背徳者なんじゃないかと、思い始めているんだ。」
オレは、イライラとした。じゃあ狐はどこだ。
「じゃあ、狐は?匠さん、考えがまとまってないよ。背徳者であれなんであれ、とにかくは慎一郎は吊るべきなんだろう。そうしたらすっきりするんだ。噛めないんだからね。それで、今夜の襲撃は?政孝が出て来た…恐らく要はノーガードだろう。満と政孝のどっちかを守っていると思った方がいい。オレは、要を襲撃するべきだと思うけど。」
しかし、匠さんは聞かなかった。
「頼む、オレは結を襲撃したい。どうせ吊られるなら、真占い師は残しておくべきじゃない。それで、慎一郎がどう反応するのか見てやろうと思う。それで、あいつが本当に何なのか判断がつくと思うから。」
匠さんは、かたくなだった。オレは不利になるような気がしたが、それでも直接に不利なのは匠さんだ。オレは真占い師が居なくなれば、黒を討たれる確率が減るのでありがたいと言えば有り難い。
本当は共有者か狩人狙いで他の村人をやりたかったが、この日は匠さんが手を下すという約束の元に、結を噛むことに同意したんだ。
オレ達は、前の日と同じように二人でナイフを握りしめて階段を上がったよ。
結の部屋の鍵は、前の日と違いあっさりと開いた。結は、まるで死んだように青い顔をして、ピクリとも動かずベッドで眠っていた。もう死んでいるのかと期待して脈を探ったが、弱々しいとはいえきちんと打っていた。
匠さんが、ナイフを握りしめて進み出た。顔色は真っ青で、手はぶるぶると震えていた。オレは、それを見ても笑えなかった…オレだって、今生きている無抵抗の人間を、殺せと言われたら同じように震えただろうからだ。
オレ達は結をきちんと上向けに寝かせ、頸動脈はどこかと探った。そして、どうしたら傷が大きくならなくて、一度で致命傷を負わせることが出来るのか話し合い、その場所を決めた。
オレは、後ろへ下がった。
匠さんは、震える右手を左手でしっかりと押さえ、ナイフの切っ先を大きく震わせながら、結の首へとナイフを一気に向けた。
鮮血が溢れ出た。あれほどに飛び散るとは、目の前で見なければ分からなかった。匠さんは必死にその血しぶきを避け、それでも浴びた返り血に怯えながらも、オレの方へと転がるように後ずさりして来る。
オレは、長居してはいけないと、まだ震えている匠さんを引きずるようにして部屋の外へと飛び出して、そのまま自分の部屋へと転がり込んだ。
急がなくても誰も出て来れないことは分かっていたが、とても表に出ていられない気持ちだったからだ。
その後呆然とナイフを握りしめたままの匠さんをバスルームへと押し込み、オレはひたすらに手を洗った。
オレはほとんど血しぶきなど浴びていなかったが、それでも狂ったように、手を洗い続けた。




