狼視点1
オレがここへ来たのは、学校で唯一口を利く靖が、親に行って来いと言われたとこの合宿の広告を持って来たからだった。
靖は気は良いヤツだが他の奴と同じで馬鹿で、どうしようもないヤツでな。それでも、裏表のないあいつを見てると、放って置けなくて一緒に居ることが多かった。なので、一人で行くのが心細いと言うあいつのために、オレはここへ来た。
オレの成績?オレは学校で主席以外だったことはない。だから他の奴らとは、口を利かないし馬鹿にしていたのさ。靖は、オレが内気だから黙っているのだと思っていたがな。だからあいつの前では、あいつの期待通りの男を演じてやっていた。
人狼ゲームと聞いて、おもしろそうだと思った。オレはそういう頭を使う騙し合いのゲームが好きだ。ましてここにはオレを知らない奴らばかり。勝てないとは思わなかった。大人が多くて、奴らを騙して悔しがらせてやろうと思っていた。
警戒しろとかなんとか言っていたが、オレは嬉々として部屋へ入った。そして役職カードを見て、自分が人狼だと知った。
その瞬間は、やった、と思った。このゲームで人狼が出来たら退屈はしない。
だが、そこに置いてあった役職の行使の仕方を読んでいるうちに、それがリアルな人狼ゲームなのだと気が付いた…時間になったら部屋の前に置かれる道具のうちどれかを使って、誰か一人を襲撃しろと言う。実際に、襲撃するんだ。出来なければ、人狼全てが追放される。そして、ゲーム自体が終わって全ての人間がここから消える。
始めは、何かの冗談だろうと思った。だが、さすがに不安になって、他の人狼が誰なのか見てみた。
説明書の最後に、匠さんと京介さんの番号が書いてあった。
それからしばらく、匠さんから通信があった。
『君はおとなしそうだし、潜伏が似合ってるなと京介と話してたんだ。』匠さんは、まだオレを知らない。それならそのままがいいかと、黙って聞いていた。『話すのはオレと京介に任せてくれ。もしもオレ達が疑われて吊られるようなことがあっても、君だけは残るようにできるだろう。誰にも疑われないように、みんなの票が流れそうならオレ達に入れるんだぞ。完璧に村人になって、生き残ってくれ。もちろん、オレだって生き延びるつもりだが、まあどうするかな。』
オレは、一応言ってみた。
「どちらか、騙りに出るんですか。」
匠さんの声は、うーんと悩むように唸った。
『出るとローラーされる可能性があるからなあ。ローラーって分かるか?人狼、やったことある?』
そんなことぐらい知っていると思いながら、辛抱強く答えた。
「知ってます。結構頻繁にやってたので。」
嘘だ。そんな友達はいない。しかし人狼ゲームをしている動画は星の数ほど見ていたし、スマホのアプリで一人でやるゲームは暇つぶしに何度もやっていた。匠さんの声は、明るく笑った。
『そりゃあ心強いな!ま、騙りに出るかどうかは、その時の状況によるな。狂人が馬鹿だとどうしようもないし、出ざるをえないかもしれないだろう。そこのところは、君は黙って見ていればいい。だが人数が少なくなって、疑いが向いたら頑張ってくれよ。オレが残っていたら庇えるかもしれないが、多分無理だろうし。』
オレは、頷いた。だが、思えば見えなかったと思って、声に出して言った。
「わかりました。じゃあ、オレは知らん顔してますからね。疑われていても、黙って見てたらいいんですね。」
匠さんの声は、今度は真剣になった。
『ああ。きっとオレ達年上の男は目立つし議論の中心に入るから、どうしても危険と隣り合わせになってしまう。君は生き延びろ。オレ達のためにな。ま、初日は誰か適当にこじつけて疑いを向けて、吊れるように持っていけるようにするよ。』
匠さんとの通信は、それで切れた。匠さんは、襲撃のことには一切触れなかったが、どうせ人狼の役職行使の時間には人狼同士顔を合わせるのだからと、その場はそれで、何も言わなかった。
居間へ降りて、匠さんは言っていた通りに目立つ発言をしていた要をターゲットにして、疑いを向けようと水を向け始めた。
確かに頭が切れる要を吊れれば、こちらに有利だろうとオレは思った。靖と話しているのを聞いていると、要は靖に合わせて言葉を変える。オレと話す時は、少し試すように話を振って、その後はこっちのレベルを見切ったように結構小難しいことをガンガン言って来た。あいつは人を選ばない上にかなり頭が良いヤツだ。
なので吊れたらラッキーとは思っては居たが、相手が悪い、とオレは思って見ていた。ああいう立ち回りは、五年ぐらいの歳の差では埋められない能力の差が顕著に出る。要のオールラウンドな頭の回転の速さには、匠さんでは敵わないとオレは読んでいたんだ。
そんな要がああして不利になるのが分かっているのに強く出るということは、絶対に何か切り札を持っているということだ。
それなのに、あろうことか京介さんが庇って出たのも、マズいとオレは思っていた。二人のラインを最初から作ってしまって、二人揃って怪しいですと申告したようなものだからだ。
匠さんはどうあれ、京介さんはかなり頭が弱い、とオレはあの時判断した。
だから要の共有者COも、京介さんが吊られたのも、オレは特に驚かなかった。予想の範囲だったからだ。オレは後のことを考えて、ためらいもなく京介さんに投票し、切った。
しかし匠さんが仕方が無かったとはいえああして占い師騙りで出て、露出してしまった。狐はまだ分からない。このままオレ一人が残されて、場を誘導して狐を吊るのはかなり難しいように思えた。
その夜、ここの防音設備のことは知っていたが、11時を過ぎてから、オレはそっと扉を押し開いた。
そして、ぎょっとした。
足元には、工具箱が一つ、置かれていたからだ。
顔を上げると、真向いの部屋から出て来た匠さんも、同じように工具箱を見て固まっていた。
オレ達は無言でその工具箱を手にすると、そのまま居間へと足早に向かった。
「要のヤツ…こっちへ疑いを返して来やがって!子供だと思って油断した!」
匠さんは、そう言って居間へ着いた途端に荒れてソファを蹴り飛ばした。オレは、黙ってそれを見守った…なだめたところで、簡単に収まるとは思っていなかったからだ。目の前で京介さんが消え、その悲鳴はオレの耳にもまだ残っていた。次に疑われるとしたら、占い師として不自然な出方をした上、その京介に庇われた匠さんだと思えたからだ。
思った通り匠さんはひとしきり暴れた後、急に静かになってソファへと沈んだ。オレは、その前に座って待った。冷静に考えられるようになるのを待ったんだ。
しばらくそのままでじっと動かなかった匠さんだったが、ようやく口を開いたのはそれから30分ほど経ってからだった。
「…すまない。こんな序盤で仲間が吊られるとは思っても居なかったから。お前だって怖いよな。オレまで吊られたら、まだ狐も残ったような状態で、一人取り残されるんだから。」
オレは、首を振って匠さんをじっと見た。オレが冷静だったから、匠さんもそれで目が鋭くなった。覚悟したんだろうなと思った。
「オレは覚悟してるんです。一人になっても戦う自信はある。だけど狐を残したまま匠さんまで吊られたら、いくらオレでも一人で勝つのは無理だ。いずれ吊られたとしても、戻って来たいと思っているなら、狐を探してからにしてほしい。こんな道具を渡されて、襲撃しろと言って来るような連中なんだ。何をされるか分からない。どうしても、勝たなきゃならないとオレは思う。」
匠は、我に返ったように身を起こした。
「そうだ、道具…」と、足元に放り出されていた工具箱を開いた。「何が入って…」
オレ達は、絶句した。
そこにあったのは、ジャックナイフやカッターナイフ、昔の懐剣のような短い刀、小ぶりなハンマーと多種多様だったからだ。
好きな殺し方をしろ、ということのようだった。
そもそもオレ達は、この瞬間まで本当に殺せと言われているとは思っても居なかった。もしかしたら、スタンガンのようなもので襲撃して気絶させるだけなのかもとも思っていた。それなのに、そこに一緒に入っていたメモ書きが、そうではないと告げていた…『打撃は頭部に一度、裂傷は首に一筋のみ許可されています。落命させられなかった場合も、襲撃失敗とみなされ追放となります。』
そしてそこには、マスターキーと書かれたカードキーが一枚、同梱されていた。皆を閉じ込めているロックは外されるようだが、これで電子ロックを解除するということらしかった。
さらに襲撃は、こちらが積極的である以上、必ず成功するようになっていた…オレ達が襲撃をすると決めて腕輪に番号を打ち込めば、相手は眠らされ抵抗することが出来なくなるからだった。
匠さんとオレは、悩んだ。
そう、いくらオレでも人殺しをしろと言われたら悩むさ。
だが、こうも思った。ここで誰かを襲撃しなければ、誰もここから帰れない。ゲームをここで終わらせてしまっては、結局誰も戻って来れないままになってしまう…。
オレは、匠さんをそう言って説得した。このままでは、本当に誰一人生きて帰ることは出来ないだろうと。それなら、一人の犠牲がなんだろうと。
最初は渋っていた匠さんも、午前1時が近くなって来た頃、やっと承諾した。それからは積極的に襲撃先を決めてくれた。
結さんならばいくらでも言いくるめられると匠さんが言い、今のところかなり強敵な慎一郎さんを襲うと決め、オレ達は腕輪に番号を入力した。
そして、意を決して二階へと上がって行った。




