覚悟
着替えて降りて行ったものの、全く食欲がわかなかった倫子は、ペットボトルの紅茶だけ持って居間のソファへと座った。さっきは上手く純が話を違う方向へ持って行ったので免れたが、話し合いでは絶対に狩人発言の弁明を迫られる。
ほんとに、何気なく言ったことだった。自分の陣営の人が、一人でもわかればと思っただけなのだ。だがしかし、確かに人狼も居るだろう全員の揃っているあの場で話題にすることではなかった。
倫子は、思ったことをぱっぱと口にしてしまう自分を責めた。こうしてまた、命の危機にさらされることになってしまうのだ。今はもう、庇ってくれる共有者の要もいない。最終局面に差し掛かって、あれほどに穏やかだった美沙までも、ピリピリと相手の言葉の細かいミスを聞き逃さずに突いて来る。
それはひとえに、生き残った者の責任を全うしようとするあまりの鋭さだった。生き残った自分がしっかりしなければ、死んだ者達が帰って来れなくなる、と。
倫子は、自分の無実を何とか証明できないものかと思案した。だが、ここまででかなりの材料は出尽くしているのだ。
キッチンから満が戻って来て、美沙も座り、純が入って来た。そして、いつも一緒だった靖が少し遅れて、廊下の方から入って来た。
満が、顔を上げた。
「なんだ、何も食べてないんじゃないのか。頭を働かせようと思ったら、少しは食べないと。キッチンへ行って来るか?」
靖は、青い顔をして、首を振った。
「いや…そんな気になれない。」
確かに、あの議論の中断の仕方だったらそうだろう。倫子も、結局は紅茶を一口二口飲んだだけだったので、靖の気持ちは分かった。
だが、靖が人狼であるなら、ここで負けるわけにはいかない。
倫子は、じっと黙って靖を凝視した。満は、座った靖に仕方なく頷いて、皆を見た。
「たった五人…少なくなったもんだ。」満は、諦め半分のような声で言った。「オレの霊能結果は聞くまでもなく、昨日終わってないんだから慎一郎は白だ。狐かどうかまではオレには分からない。で、さっきの議論なんだが、純は靖が怪しいと思っているということか?」
純は、首を振った。
「オレが疑っているのは、倫子ちゃんと靖だ。靖だけじゃない。オレは靖を信じたいから、疑わしいと思って来た行動を、説明してもらいたいと思った。それを自分だけで判断するのは感情も入って難しいので、みんなで考えるべきだと思ったんだ。確実に人狼をここで仕留めて、今日の投票で終わりにしたい。もうこんな所はまっぴらなんだ…早く家に帰りたい。」
美沙が、何度も頷いた。
「誰だって一日目でもう帰りたかったわよ。とにかく、それは正解よ。疑わしいことはみんなで考えて判断して行く方が絶対にいいわ。」
満が、頷きつつ言った。
「で?どうしてここまで黙っていたんだ。これまでずっと怪しいと思っていたんだろうが。」
純は、真剣な顔をした。
「それでも靖とは友達だから、そんなはずはないと思うようにしていたんだ。だが、昨日あたりから靖の様子が変わった…怒鳴ったり叫んだり。テレビで見ていても追い詰められた人ほど、そんな風に感情的になるから、もしかしてと疑問を持ち始めた。それで、これまでの疑問が一気に溢れて来たんだ。」
倫子は、昨日の靖を思い出していた。確かに、投げやりな態度になったり、純に対して怒鳴ったりと大声を出すことが増えていた。追い詰められている…人狼だから、追い詰められているってこと?
だが、普通の人でも吊対象になりそうになったら、追い詰められて感情的にもなるだろう。恐らく、自分も怖くて叫んでしまうような気がする。
しかし、倫子は口を出さなかった。ここで自分が庇うようなことを言ったら、今度は自分が吊対象になる番だからだ。
靖は、ソファに背を預けて、力なく言った。
「確かに、オレが悪かったと思う。昨日は自分が吊られる対象になるんだと知って、みんながみんな、自分を貶めて殺そうとしているとちょっとパニックになってしまったんだ。だが、本当にオレは村人なんだ。刃物を探しに行ったのだって、自分は人狼ゲームなんてほんとに数えるほどしかしてないし、年上の人達の考えについて行けなくて、全く議論に入って行けないから何とか役に立ちたいと思ってのことだった。年下の要でさえ、よく考えて村の役に立っていたのにって焦りもあった。最初から投票先がおかしかったのも、よくわかってなかったからだ。さすがにこれだけ人数が減って来て、みんなの考えを繰り返し聞いているから状況も呑み込めて来た。オレが疑われるのも分かる。だが、オレじゃない。オレを吊っても、終わらない。」
純は、苦し気に顔をしかめた。
「それを信じたいよ。だが、それだけじゃお前が白だっていう決め手に欠けるんだ。何か無いのか…例えばお前は、今人狼が誰だと思ってる?」
靖は、もはや諦めたかのように他の四人を代わる代わる見た。そして、首を振った。
「分からない。本当に分からないんだ。今朝の狩人発言があるまでは、倫子ちゃんもそれなりに白いと思っていたんだ。だから、美沙さんかと思ってもいた。だが、美沙さんは倫子ちゃんを咎めた。人狼だったら、そのまま促して狩人の情報を欲しいと思ったはずなのに。だからオレから見て、お前以外だと倫子ちゃんしか考えられない。純、お前は最初からオレにいろいろ教えてくれたし、変な投票をしてしまった時もそれがどうしておかしいのか教えてくれたりしてた。だから、お前がオレを疑っても、オレはお前を疑えないんだ。」
純は、目を潤ませた。
「靖…。」
満が、口を挟んだ。
「言いたいことは、分かった。だが、今純も言ったように、それだけじゃ決め手に欠けるんだ。そんなことなら、人狼だって言える。だから、何か確かな考えが欲しかった。」
靖は、頷きながら片手で顔を覆った。純がそれを、気遣わしげに見ている。
次に満は、倫子を見た。
「倫子ちゃんは慎一郎に白を出されているが、それでも慎一郎の真占い師が確定していない限り、君はこの二人と同じ、グレーなんだ。前にも言ったよな?しっかり考えて意思を示さなきゃいけない。狩人の問いは、禁句なんだ。それが議論の場でもしない方がいいのに、あんな風に立ち話のような感じで、どこに人狼が居るのか分からないような状態で、口にするようなことじゃない。オレも政孝の遺体を目にしてテンパってたから、思わずあんな風に答えてしまったが、でもオレも答えるべきじゃなかった。狩人のことを知らなくてよかったと今思ってる。」
美沙が、鋭い視線を倫子に向けて来る。
「弱みに付け込んで情報を引き出そうとした人狼に見えるしね。」
倫子は、慌てて首を振った。
「本当に他意は無かったんです。人狼を探さなければならない状態で、少しでも村人側の人を知りたいと思って…浅はかでした。あの瞬間何も考えて無かった。でも、本当に村人として一生懸命考えて、これまでやって来たつもりです。」
満が、大きく息をついた。
「ああ…君もか。どっちかが村人なのか、それとも両方村人で他に人狼が居るのか分からないが、本当に村人ならどうして村に不利になるような言動をするんだ。最終局面なんだぞ?ここで人狼を吊ったら勝てるんだ。みんな待っているかもしれない。村人ならおとなしく村に有利になるようにしてくれないと、オレ達が迷うじゃないか。」と、勢いよくソファに背を預けた。「もーわからん。本当に二人共怪しい。それに純、君だってまだ怪しさが抜けたわけじゃない。確かに君は完璧に村人だが、演じているような雰囲気もオレには垣間見えるんだ。昨日の提案も、人狼と狂人が居れば有利になるような吊りの提案だった。まだオレは、君を白にはしてないぞ。」
純は、満を不満げに見た。
「分かってますよ。でも、オレは人狼じゃない。」
「みんなそう言うんだ。」満は、美沙を見た。「君だって確白じゃないが、オレの中では君が一番白い。適格に物事を見て必要なことだけを言うからな。で、君はどう思う?」
美沙は、頷いて三人を見た。
「縄は、あと2つ。」美沙は、指を二本立てた。「今日は外しても構わない。決戦は、明日よ。今日吊った子が村人でも、私達が勝てば絶対に戻って来れるんだから。だから、この中で選ばれた人も、自分が村人なのだったら安心して。その白を材料に、絶対に勝ってみせるから。」
倫子は、力なく頷いた。吊られることで、村に情報を落とす。それも、もしかしたら村人が出来る仕事なのかもしれない。
「絶対に…勝ってくださるなら。私を吊って、それで白だと分かって次の日に生かしてくださるんなら。仕方がないと、私は思います。」
倫子は、慎一郎の気持ちが今、分かった。こうすることしか、村に貢献する方法がないのだ。どちらにしても、自分が生き残っても村が勝たなければ結局は追放されてしまうのだろう。だったら、ここまで生き残ったのだから、今日吊られて、あと一日ぐらい、暗い中で、待とう。そう、襲撃されるより、ずっといい。
靖は、眉を寄せたが黙っていた。美沙と満は視線を交わして、そして満が言った。
「じゃあ…6時の会合まで自由にしていよう。どっちにしても明日には決着がつくんだ。オレは今日中に終わらせてしまいたいがね。」
靖と純は相変わらず重苦しい顔をしていたが、倫子はなぜか、すっきりとしていた。どちらにしても、終わる。自分が吊られようと吊られまいと、終わる。その時に勝利陣営に居るために、ちょっと暗闇に沈むだけなのだ。我慢できる。
そう思うと急にお腹が空いて来た倫子は、一人キッチンへと向かい、そうしてがっつりと冷凍のチャーハンを一袋解凍してかき込んだのだった。




