四日目・続き
靖が、慎一郎が出て行くのを見て、叫んだ。
「なんだよ、人狼だとか狂人だとか!オレ達はそんなんじゃない、人狼でも狂人でもないんだ!」
すると、横から純が言った。
「仕方がないよ、靖…みんな、自分のことは自分しか分からないんだ。共有者同士以外、証明してくれる人が居ないんだからね。だけど」と、キッと政孝を見た。「偏った考え方をしていたら村は負けてしまう。それに、忘れているかもしれないけど、狐にとってどっちでもいいんだ。狼が勝っても、人狼が勝っても、自分が生き残ってさえ居たら、勝てるんだから。だから囲っている中に人狼が居ないなんて思うのは間違いだ。オレから見たら、昨日占った倫子ちゃんの方が怪しいと思う。慎一郎さんがじっと観察して、人狼だと確信したから囲ったのかもしれないじゃないか。最後の数人になった時、村が有利そうだったら人狼に、人狼が有利そうだったら村人に入れたらいいんだからな。狐は必ずしも、人狼を吊りたいとは限らない。人狼には自分が特定されやすいから、村人と一緒になって吊ろうとするだけで。」
それを聞いた倫子は、確かにそうだ、と目を開かれる思いだった。狐は、どっちでもいいのだ。だが、自分は人狼ではない。
「確かにその通りだけど、私は人狼じゃないわ!私が人狼だったら、自分を完全に信用してくれていた要を噛んだりしない。絶対に!」
純は、別人のような冷たい表情で倫子を見た。
「それを逆手に取ったのかもしれないじゃないか。みんな必死なんだ…生き残るためにね。」
倫子は、ショックを受けた。その言葉にもだが、純のその冷たい表情に衝撃を受けたのだ。
満が、頭を抱えた。
「…分からなくなって来た。純は間違った事は言ってない。確かにまだ政孝以外可能性はある。オレも含めて公に確かな事など、何も無いんだ。お前が決めるよりない…政孝、もう信じられる人が誰も残って居ないんだ。」
政孝は、苦悩の表情を浮かべた。確かに満の言うように、誰も確定して白なわけではない。状況証拠からそうではないかと思って来ただけで、違う可能性だってあるのだ。
美沙が、ため息をついた。
「…そうね。ここは、政孝さんが決めることだわ。私達は、それに従う。人狼を吊るのか…狐がまだ残っていると考えて、狐らしき人を吊るのか。」
そう言って、美沙は立ち上がった。もうこれ以上、言うことは無いといった感じだ。倫子は、同じように立ち上がった。
「じゃあ…私も政孝さんにお任せします。今夜の吊り先は、6時の会合で教えてください。」
満も、黙って立ち上がった。
そうして次々に部屋を出て行き、政孝は一人取り残されて、じっと頭を垂れながら、要の残したメモを見つめ続けていた。
倫子は、ただひたすらに時間が過ぎるのを待った。慎一郎を信じるならば、今夜靖か純のどちらかを吊って、運よく人狼に当たったらそれで終わるはずだった。
しかし、いろいろな考え方が出て来た。靖と純が狂人と人狼だったなら、狐の慎一郎を吊って、今夜誰かを噛んで3対2に持ち込めるはずだった。そこでうまく言いくるめて村人同士を争わせたら、票が散って票を合わせられる二人は俄然有利になるところだったのだ。
そんな意見を出した、純は確かに怪しい。だが、そうはならない可能性の方が大きい。ここまで人数が減って来ると、グレーの数が少なくて怪しむ先が限られて来る。役職騙りが多かったので、露出した人外が多く、大半が死んでいる。そんな状況でまだ、狂人が人狼と共に潜伏して生きているということ自体が、難しい気がした。
それなら、純を信じたらどうなるのだろう。慎一郎は狐だということになる。しかし、慎一郎は狐にしては潔い。村目線の意見を出し、倫子のことも白だと占ってくれている。だがそれが、吊られないため、白く見せるための、演技だったとしたら?
…慎一郎は、狐なのだろうか。
倫子は、どうしても答えの出ない問いを繰り返した。
匠が人狼だったのだから、あれだけ罵り合っていた慎一郎が人狼のはずはない。しかし…人狼には狂人が分からない。もしかして、慎一郎が狂人で、匠には慎一郎が狂人だと分からなかったのでは?
となると…囲っているのは、美沙と倫子。倫子は自分が村人だと知っている。もしかして、美沙が、人狼?
そう考えたところで、倫子は失笑した。いや、そんなはずはない。美沙が人狼だったなら、占い結果を白と出した時点で匠には慎一郎が偽だと分かったはずなのだ。あれほど対立はしなかっただろう。慎一郎も、匠が人狼だと分かった時点でそれほど攻撃をしなくなったはずなのだ。自分が狂人だと分かってもらうために。
やはり、最初から考えていたことを覆すのは良くないのではないのか。洋子が狂人で、満が霊能者、結が狐、杏子が背徳者。京介と匠が人狼。だから、慎一郎は真占い師。この方が、すっきりするような気がする。
どちらにしても、人狼は一人、残っている。
そう、狐が居る居ないにかかわらず、人狼は一人残っているのだ。どちらかが、人狼だとしたらそれは、純ではないか。靖は、狂人でもなんでもなくただ、純を友達として信頼して庇っているだけなのではないのか。
倫子が答えの出ない問いを自分の中で繰り返すうちに、日はどんどんと傾いて来ていた。
そうして、会合の時間がやって来たのだった。
6時10分前に降りて行ったにも関わらず、まだ全員が揃っていなかった。
倫子は、他の皆が別の所で集まっているのかもと焦ったが、5分前になって、皆無言のまま、足早に入って来て席についた。
最後に入って来た政孝は、カウントダウンぎりぎりで椅子へと座り、もう何度目かの追放会議を始めることになった。
ずっと握りしめているだろう、要の手帳はもう、よれよれになっていた。政孝はそれを開き、そして、言った。
「…考えた結果、今日は、慎一郎を追放する。」政孝は、言いたくなさそうに、それでもはっきりと言った。「今夜の襲撃の犠牲は怖い。だが、それでも狐が居るかもしれない以上、先に不安要素を消して置かないと、明日以降人狼を安心して吊ることが出来ない。オレは今夜居なくなるかもしれない。だから言うが、今夜慎一郎を、明日は純か、靖。やはり考えたが、どう考えてもこの二人しかないように思う。明日以降新しい情報があったら、みんなで考えてくれ。村陣営が勝てば、オレも含めて戦ったみんなが帰って来る可能性がある。慎一郎が真だったらとだいぶ悩んだんだが、真占い師なら、同じ陣営なのだから、帰って来れる。だから、すまないが今日は吊られてくれ。」
慎一郎は、あっさりと頷いた。
「オレは、仲間を信じてる。別に不安はないさ。狂人と人狼だろうと、人狼だけだろうと、この二人の中に人狼が居る。オレが占ってない、この二人の中に。それは、みんな覚えて置いてくれ。」
靖が、横を向いた。
「…オレは村人だ。誰が何と言おうと、村人なんだよ。オレから見たら、慎一郎さんが狐というより人狼に見えて来たよ。」
それには、隣の純が顔をしかめた。
「何を言ってるんだ。人狼だったら、これで終わりだろう。こんなにあっさり吊られるものか。お前、まさか満さんの霊能結果まで疑ってるんじゃないだろうな。」
靖は、余程腹が立っているのか、純に振り向きざまに怒鳴るように言った。
「ああ、オレ達を疑う奴らなんか、みんな敵に見えるよ!みんなオレを殺すことしか考えてない!」
純は、驚いたように靖を見て、なだめるように、回りを気にしながら、言った。
「おい…よせ。みんな人狼を吊りたいだけだ。オレ達が村人らしい情報を出せてないから、疑ってるだけなんだ。明日になったら、もっと情報が出てるかもしれない。だから、落ち着け。」
靖は、椅子から立ち上がって叫んだ。
「どうやって落ち着けって言うんだよ!真っ暗になって、その後どうなったのか分からないんだぞ?!要の死体を見ただろう!地下へ行ったらあんな風になるかもしれないんだぞ?!負けたら何をされるか分かったものじゃない!」
「靖!」
純が、驚くほどに鋭い声で一喝した。その声はとても強く、表情はぞっとするほど暗かった。靖は、それを見てハッと我に返ると、ストンと椅子へと座った。純は、息をついた。
「とにかく…明日以降、オレは自分の潔白を証明できるようにするよ。」
慎一郎が、冷静に頷いた。
「そうしてくれ。」
倫子は、下を向いた。こんなにあっさりと地下へ行くという慎一郎が、狐のはずなんかないのに。どうして、今日は靖か純のどちらかではいけないんだろう。どうして、こんな…。
どうにかして、政孝の考えを変えられないかと考えたが、倫子には何も浮かばなかった。何しろ、そんなことを勧めてしまって、本当に慎一郎が狐だった時のことを考えると、居なくなった仲間達のことが脳裏に浮かび、どうしても口を開けなかったのだ。
そうして、いつものように投票時間はやって来たのだった。




