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獣はヒトの夢を見る  作者:
倫子
19/53

三回目の夜と、次の朝

その日の夕方、いつものように投票が行われ、誰一人違えることなく、匠へと票が入れられた。

匠だけが慎一郎に入れた事実を伝えたモニターをしり目に、いつものように照明が落ち、そして匠は叫び声も上げないままに暗闇の中消えて行った。

その潔さには、他の2人の最後を覚えているだけに、皆静かに敬意を表していた。恐らく人狼であっただろう匠ではあるが、未知の場所へ送られるのを前に取り乱さなかったことは、すごいことだと倫子も思っていた。

もはや要も投票先のメモと取ることもなく、みんな無言で、もう慣れたようにキッチンからそれぞれの食べ物と飲み物を取り、部屋へと帰って行った。


その夜、倫子がベッドの上で考え込んでいると、腕輪が鳴った。

誰からだろうと表示を見ると、「7」…要だった。

数字を見るだけで誰だか分かるようになった自分に苦笑しながらも、応答ボタンを押した。

「もしもし要?」

倫子が言うと、相手の声は答えた。

『うん。倫子…あのさ。今夜、もしかしたらオレが噛まれるかもしれない。』

倫子は、驚いて思わずベッドの上に起き上がった。

「え…どうして?政孝さんじゃなく?」

要の声は、微かに震えていた。

『狩人は、霊能者か共有者のどちらかを守るはずだろう。人狼はもう結構追い詰められてるから、ここで護衛成功させるわけには行かない。でも、グレーは噛まない。自分が潜む場所が無くなるから。そうしたら、狩人がもし共有者ならどっちを守るかって考える。狩人は…きっと、政孝さんを守る。』

倫子は、それを言われて確かに、と思った。二日目、狩人は政孝さんを守っているのだ。きっと、発言力があって、落ち着いているし、年上だから…。

「そんな…要だって、とても頭がいいのは知ってるわ!裏をかいて、要を守って護衛成功になるかもしれないじゃない!」

要は、弱々しい笑い声を立てた。

『はは、そんなの起こらないって。根拠があるんだよ。狩人が通信して来たのは、政孝さんの腕輪の方だった。だから、狩人は政孝さんの方をより信頼してるってことだ。最悪でも政孝さんは残したいって思ってるはず。オレは、守ってもらえない。もちろん、霊能者を守ってて政孝さんが襲撃される可能性もあるけど…そこは、狼しか分からないから。』

倫子は、ガタガタと震えた。結の姿が脳裏によみがえる。あれは、呪殺だったんだろうか。人狼の襲撃は、いったいどんな風なんだろう。まさか要も、あんな風に血まみれにされて…。

「要…どうにか出来ない?!部屋の入口にバリケードを立てるとか。机とか椅子を持って来て積むのよ。人狼だって人なんだもの、時間以内に襲撃出来なかったら、帰るしかないわよ!それに、満さんを信じるなら人狼はもうあと一人だし!」

要の声が、悲し気に言った。

『ありがとう。やれるだけやってみるよ。でも、倫子…覚えておいて。人狼は完全潜伏してるんだと思うんだ。オレ達みんな、普段から付き合いがないから、どこの辺りがいつもと違うとか分からないんだけど、絶対おかしいはずなんだ。見た目や勘だけで判断しちゃいけない。京介さんや匠さんみたいに、これ見よがしに怪しい人狼ばかりじゃないぞ。きっと、陰に隠れて見えもしてないヤツ…投票先だって村人に合わせて、わざわざ人狼目線じゃ入れないような所へ考えて入れているヤツ…あ!』要は叫んだ。『分かったぞ、倫子!あいつ…』

ブツ、と通話が切れた。何事かと慌てて「7」を連打したが、繋がる様子はない。どうしてだろうと時間を見ると10時を過ぎていた。

…消灯時間だったんだ。

倫子は、何も言わなくなった腕輪を見つめて、要のことを思った。

最初から、自分を信じて助けてくれようとしてくれた。要が死ぬなんて、考えられない。生意気で、うるさかったけど、自分の弟のように思っていたのだ。洋子の弟だから付き合いがあっただけだったが、今洋子と仲たがいしていても、要のことは信用していたし、大切に思っていた。

倫子は、明日の朝また要と会えることを、心から願った。


その日は、夜遅くまで眠れなかった。

なるべく耳をそばだてて、外の音が聴こえないかと必死に扉に耳を押し当てていた倫子だったが、それでも何の物音も聞き取れなかった。

匠が狼だったなら、満を信じるなら今残っているのは一人のはずだ。

それなら、何とか襲撃も阻止出来たのではないかと、倫子は希望を持っていた。

やっと眠った次の日の朝、それでも目が覚めたのは5時前だった。

あれほど朝が弱かった自分が、目覚ましも使わずにこんな時間に目が覚めるなど、今までなら考えられないことだった。

しかし、倫子はベッドから飛び起きると急いで服を着替えて、扉の前で鍵を凝視してその瞬間を待った。

カチン、と音がして、時間通りにロックが解除される。

倫子は、すぐにドアノブを掴むと扉を開いて廊下へと飛び出した。


同時に飛び出したのは、政孝と大悟だった。

「大悟さん!政孝さん!」

倫子が叫ぶと、二人はこちらを向いた。

「倫子ちゃん!君も心配で?」

大悟と政孝は倫子の方へと走り寄って来る。二人は11と14なので向かい側の少し向こうになるのだ。

「昨日、要から通信があって。気になって、ロックが解除されるのを待っていたんです。」

政孝が、頷いた。

「オレも役職行使の時間に共有者同士で話して…」

ふと、政孝が言葉を止めた。

大悟が、厳しい顔付きでどこかの扉を見ている。

その扉は、10センチほど開いていた。倫子が慌ててその脇のインターフォンの場所を見た…数字は、「7」。

「要!」

倫子は、叫んで扉を思い切り開いた。

ムワッと鉄のような匂いが広がる。

扉の横には、椅子やテーブル、机などが変な形に散乱し、あっちこっちに散らばった状態で放置されてあった。

その間を抜けて中へと入って行くと、そこには、首の辺りを血に染めた、要が横たわっていた。

「ああ…!!」

倫子は、口を押えてその場へ崩れた。

要は、不自然な形にベッドを横に使うように倒れていた。どうも、ベッドの淵に座っている時に襲撃を受けて、後ろへ倒れたような感じだった。

それでも、要の顔には何の恐怖の感情も残っておらず、ただじっと眠っているようなのは、結と同じだった。

何かに襲われたのを防御しようとして出来る傷すら見当たらない。

「やはり…眠らされて襲撃されるのか。」政孝が、要の様子を見て言った。「昨日、要と話していたんだ。腕輪で眠らせてここへ連れて来たのだから、襲撃が失敗しないように、恐らく襲撃される時は眠らされるのだろうと。少なくても要は、痛みも恐怖も感じずに逝っただろう。」

倫子は、ただ泣き崩れていた。

要は、最後に自分に通信して来てくれた。グレーで状況証拠以外に自分の潔白を知らせる術がない自分を、最後まで信じていてくれたのだ。そんな要が、どうして命を落とさなければならなかったのだろう。

倫子が泣き続けていると、そっと肩に手が置かれたのを感じた。そして、声がした。

「倫子ちゃん…外へ出ましょう。さ、ここに居てはいけないわ。」

美沙の声だ。いつの間にか、複数の気配がする。きっと、皆ロックが開いたのを感じて、それぞれの部屋から出て来たのだろう。しかし、倫子は立ち上がる気持ちになれなかった。すると、慎一郎の声が言った。

「倫子ちゃん…君は、白だ。オレが証明する。」倫子は、涙で濡れた顔を上げた。慎一郎が、真剣な顔でその目を見返した。「昨日、要が言った。君か靖を占って欲しいと。個人的には、君を占って白を確定させてやってくれと。これから先、グレーに対する風当たりが強くなる。そうしたら、潜伏している狼に、うまく黒塗りされて吊られる可能性があるからと。君は、頑張って生き残らなければならないんだ。」

要が…。

倫子は、また涙が溢れて来るのを感じた。最後まで、要は自分を心配してくれていたのだ。

美沙が、優しく言った。

「勝利陣営の側なら戻って来られるとあの声は言ったわ。死んだように見えるけど、もしかしたらみんな、どこかで蘇生されているのかもしれない。ねえ倫子ちゃん、生き残って勝つのよ。そうしたら、要君は戻って来ることが出来るわ。きっと。」

生き残る。

倫子は、それを聞いて、微かな希望が灯るのを感じた。勝利陣営の側なら、戻って来ることが出来る。そう、要は仮死状態か何かで、きっとこの後どこかへ連れて行かれて、そうして、自分達が勝つのを待って戻って来れる…。

「さ、下へ行きましょう。後は、男性に任せて。」

倫子が涙を拭きながら立ち上がると、洋子がまるで幽霊のような顔をして、入って来たのに気付いた。服はまだ寝間着のジャージのまま、髪は乱れて、顔色も青いのを通り越して土気色になっている。そして、その目は、ベッドの上の血まみれの要を、凝視していた。

「洋子…。」

倫子は、洋子の気落ちが分かると思い、声を掛けた。しかし、洋子は要を凝視したまま、こちらを見ない。

大悟が、同情して洋子に近づいた。

「人狼の襲撃だ…だが、穏やかな顔だし、きっと苦痛も何も感じなかっただろうと…」

大悟の言葉が、そこで止まった。こちらを向く扉側に立つ皆が驚いたような顔をしている…大悟の背後側に居る倫子も美沙も、どうしたのか訳が分からなかった。

「こちらへ!」

慎一郎が叫んで、美沙と倫子を乱暴に掴むと扉側へと放り出した。一瞬のことで何が起こったのか分からなかった倫子は、急いで体勢を立て直して部屋の中を見る。部屋の中では、洋子が叫んでいた。

「どうせ死ぬのよ!みんな殺される!あんた達の誰かが殺してるんでしょうが!善人面して、弟を殺して、私を殺すつもりなんだわ!だったら私が殺してやる!人狼じゃなくたって、それぐらい出来るわ!」

大悟が、胸から血を流して床に倒れ込んでいた。洋子は、その手に血に染まった包丁を持ったまま窓を背にこちらを向いている。政孝が、叫んだ。

「そんなものどこから持って来た!なんてことを…大悟は人狼じゃない!」

慎一郎が身をかがめて大悟の様子を見ていたが、政孝を見上げて、首を振った。政孝は、唇を噛みしめた。

「大悟は人狼じゃない!…なんてことをしてくれたんだ!」

慎一郎が、手を差し出して叫んだ。

「それをこっちへ!君は監禁する!これ以上人を殺すんじゃない!」

倫子は、必死に扉の中へと叫んだ。

「そうよ!洋子、やめて!要は帰って来るわ!あなたが敵陣営なのはわかってる。それでも人狼を恨んでるなら力を貸して!要を取り返すんだよ!」

洋子は、倫子を見た。そして、見る見る涙を浮かべると、パタリと腕から力を抜いた。

「倫子…嫌よもう帰りたいの。要と一緒に、家に帰りたいのよ!助けて…」

そう言ったかと思うと、洋子は急に膝から力の抜けたようになって、ぐにゃりとその場へと倒れた。何事かと思わず手を差し伸べた慎一郎は、その腕輪から流れる声を聴いた。

『ルール違反により、№6は追放されました』

洋子の目は、ぱっちりと開かれたまま何も映していなかった。

まとめて三人もの命が一気に消えた、最悪の朝の始まりだった。

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