傍観
正午を回ったが、誰もキッチンには向かわなかった。
四六時中一緒に居ると気が滅入ると言って、何人かは初日に見つけたもう一つの居間らしき場所へ移動した。
人狼が話し合う機会を持たせてはいけないと、共有者の政孝もあちらに移動し、こちらに居るのは要、倫子、洋子、結、慎一郎、匠、杏子の7人だった。つまり、向こうへ行ったのは政孝、美沙、満、大悟、靖、純の6人だ。
あちらの話も気になったが、倫子が話を聞きたいのは占い師達だったので、こちらへ残ったのだ。
正直な話、皆の話を聞いていて、匠は信用していなかった。だが、じゃあ結と慎一郎の、どちらが真占い師だと思うと言われたら、皆目分からなかった。
よくよく考えてみると、自分は自分の意見というものを持っていない。いつも回りの意見を聞いて、もっともらしい考えに賛同して流されるような感じだった。匠にしても、信じている確定白の要を疑っていた事実があったから黒い、と思っているだけで、偶然真占い師がそんな風に思ってしまっただけかもしれなかった。
誰かの話の中に、破綻するようなことがないか、しっかり見てはいなかったのだ。
目の前では、占い師同士が誰を占うかで議論を戦わせ始めている。
倫子は、急いで意識をそちらへと向けた。
「だから、何かラインみたいなものを感じるんだよ、結と匠の間に。オレから見たら二人共偽なんだから、一番黒い匠を占いたいと思って何が悪い。」
慎一郎が言う。匠が答えた。
「オレから見たらお前が黒いんだよ。というか、狐でもおかしくないと思っている。だから、オレはお前を占いたい。」
結が、呆れたように一つため息を付き、割り込んだ。
「だから相互占いは出来ないのよ、三人でそれぞれを占わないと。みんなから見たら私達全員が疑わしいんだから。」と、匠を見た。「じゃあ、私が慎一郎を占おうか。匠は私を占って、慎一郎が匠を。」
匠は、ぶんぶんと首を振った。
「黒出しされるに決まってる!こいつはオレを黒くしたいんだ!」
慎一郎が眉根を寄せてじっと匠を睨んだ。
「そっくりそのまま返そうか。オレに黒出して吊りたいのはお前だろう。」そう言ってから、慎一郎はあきらめたようにフッと肩で息をついた。「ま、このままじゃどうにもならない。それなら、オレが結を占うから、お前はオレを。結は、匠を占うっていうのでどうだ。これなら、うまく回るだろう。」
匠は、少し詰まった。慎一郎が妥協して来ると思わなかったらしい。
「その…じゃあ、分かった。オレはお前、お前は結、結はオレってことだな。」
慎一郎が、落ち着いた様子で頷く。
「そう。それなら重ならないし、占われない者も居ない。」
倫子は、やっと決まったかとホッとした。そして洋子に霊能者の話を聞こうと洋子の方を見ると、結の声が言った。
「慎一郎が私?!どうして逆だといけないの?匠、あなたのこだわりは何なのよ。そんなに慎一郎に占われたくないってこと?あなた達、狐と人狼なんじゃないでしょうね!お互いに相手が何か知ってるんでしょう!だから、絶対黒を出すってわかってるんじゃないの?!」
慎一郎がうんざりしたように結を見た。
「君から見たらオレ達は敵だろう。対抗してるんだからな。だが君がもしかして狂人なら、オレが人狼だと思ってる匠とは同陣営だろうけどな。そうなると、君だってオレには占われたくないか。でもオレは真占い師だから、狂人で白でもちゃんと白って言うぞ。それとも黒が出そうなのか?」
挑むような目だ。結は、ぶんぶんと首を振った。
「私が真占い師よ!匠は人狼にしては物分かりがいいし、考え方が私と似てて村寄りかなって思ったから、狂人か背徳者かなと思っているわ。あなたが人狼なら、あなたを占いたいじゃないの!」
匠が、急に結がそんなことを言い出したので、驚いて毒気を抜かれたようだ。若干退き気味で、言った。
「いや、何もそこまで…別にお前が慎一郎を絶対に占いたいって言うなら、オレはお前を占うしそれでもいいが…。」
「いやちょっと待て。」慎一郎が、眉を寄せたまま言った。「お前らあからさまに怪しいな。というか結、君は矛盾しているぞ。匠を狂人か背徳者だと思ってるのにオレが人狼?さっき狐と狼とかも言ってたな。いろいろと破綻してるのに、自分で気づいてるのか?」
そこまで話した時、扉の方から声がした。
「…なんの騒ぎ?」
美沙の声だ。
倫子は三人の議論に圧倒されて声を出せないでいた。そちらを見ると、美沙を先頭にあちらの居間へ行っていた者達が、何事かという顔で立っていた。
要が、立ち上がった。
「ああ…占い先のことだよ。こっちへ来る?」
入って来た6人は、居心地悪そうにしながらも、離れた位置のソファに座った。政孝だけが、要の近くへと寄って来て、隣へ座る。
「何かちょっと聞いたけど、結が慎一郎に占われたくないとか?」
要は、頷いた。
「最初は匠さんが慎一郎さんに占われたくないような感じで、それは慎一郎さんが結さんにシフトしたことで収まった感じだったんだけど、今度は結さんがこんな感じ。」
すると、結が言った。
「別に占われたくないんじゃないわ、慎一郎さんを占いたいと言ってるだけよ。匠もそれでいいみたいだし、慎一郎さんは匠を占ったらいいじゃないの。最初そうしたいって言ってたんだもの。」
それを聞いた政孝が、ああ、と後悔しているように天井を仰いだ。そして、言った。
「そうだな、お互いに決めさせたらもめる元だったのに。これじゃあ真占い師は不利だろう。」と、結を見た。「結、悪いけど今回は誰が誰を占うかは、多数決で決める。占い師以外の10人で、指差しで決めよう。要、図を書いて。」
要は頷くと、A4ぐらいの大きさのホテルの便せんのような物に、大きく三角になるように三人の名前を書いた。一番上が匠、斜め左下が慎一郎、その隣りが結という形だ。そこに、矢印を書く。
匠→慎一郎→結→匠の反時計回りの形と、匠→結→慎一郎→匠の時計回りの形の二種類だ。
みんなが身を乗り出して見るのを後ろに立って見ながら、政孝は言った。
「じゃあ、占い師以外の10人は、手を上げて。」政孝も含めた10人が、一斉に手を上にあげる。政孝は言った。「誰がどうしたのか見て変えることが出来ないように、こうするぞ。時計回りは入口方向を、反時計回りは窓側をそれぞれ指すんだ。」
倫子は、窓を振り返った。入口とは対面だ。倫子は窓を背にするようにソファに座っていた。どうしたいいんだろう…占い師の占い先なんて、別のどっちでもいいんじゃないかな…。
決めかねているところで、政孝の声が言った。
「じゃあ行くぞ。せーのっ」
ああ、後ろを指すのは面倒だし…。
倫子は、そのまま扉の方向を指した。
しかし大半は、窓の方を指していた。
「え…。」
倫子は、戸惑った。皆の視線が痛い。倫子の他に入口の扉を指していたのは、杏子だけだった。
つまり後の八人は、窓を指していたのだ。
政孝が、それには触れず、言った。
「…じゃあ、反時計回りで占うように決定だ。匠は慎一郎、慎一郎は結、結は匠。」と、目頭をごしごしとこすった。「とにかく、朝からこんな感じで疲れたし、これからの時間は強制的に食事を摂ってもらって一旦部屋へ帰ろう。部屋を行き来するのは構わない。だが、誰かに見咎められて人狼陣営だの妖狐陣営だの言われるのは覚悟してくれ。共有者のオレ達は確定白だから無いが、他の人達は気を付けないといけない。特に村人は変な行動で疑われて吊縄無駄にしないように気を付けて欲しい。」
倫子は、最後の数言は、なぜか自分に向いているような気がした。
今ので、疑われるの?
倫子は、怖くなった。今度の恐怖は、今までのようにあっさり忘れる恐怖ではなく、じんわりと底の方から湧き上がるような、徐々に侵食して来るような、そんな嫌な予感がした。




