駆け引き
大きなソファにそれぞれに、11人は輪になって座っていた。
ちょうどみんなが向く方向になる位置に要が居て、一番年下にも関わらず誰よりもしっかりとした表情で座っている。
倫子と洋子が出て来てソファの空いている場所に腰かけると、13人が揃い、要が話し始めた。
「じゃあ、昨日の夜は狐噛みにしろ護衛成功にしろ、人狼は襲撃に失敗した。なので、吊縄が一つ増えて昨日の消費分がチャラになった感じ。あと6縄で、最悪4人吊ればいいってことだ。」
大悟が言った。
「昨日の京介が人狼か狐だったら更に余裕が出来たってことだろう。」
要が、首を振った。
「それはそうなんだけど、狐の可能性は無いと思う。」
大悟は、驚いたように要を見た。
「え、なんでだ?」
それには、匠が答えた。
「他に追放者が出なかったからだ。昨日は14人全部居た。狐と背徳者の二人が揃っていたはずだ。背徳者は、狐が追放されたら一緒に追放される。だから京介は、少なくても狐ではないんだ。」
倫子は、それを聞いてそうなんだ、と感心していた。自分もそんなことぐらい分からないといけないのに、全く思考がついて行けないでいる。
そんなことを考えながら耳を傾けていると、満が横から言った。
「それはそうだ。京介は人狼だったからな。」
え?
倫子は、耳を疑った。京介さんが、人狼…?でも、どうしてこの人がそんなことを?
要が、満を見た。
「ああ、そうか。満さん、霊能者だったんだ。だから昨日、あんな風に村人として潔白に見えるように振る舞ってたんだね。」
満は、頷いた。
「吊られる直前に霊能者だったと叫んで行こうとは思ってたけどね。でも、結果を残さなきゃならないから、出来たら吊られない方向でって、必死に考えてた。」
倫子は、戸惑った。でも、でも霊能は洋子で。あなたは違う。
すると、洋子が倫子の隣りで言った。
「違うわ!京介さんは白。私が霊能者よ。」
皆の視線が一斉に洋子に突き刺さった。倫子は、その視線を見て思った…洋子は、不利だ。後から出たし、昨日も今日も村のためになるようなことは、何も発言していない。投票も、確か大悟さんに入れていた…明らかに怪しいかなと思われている、京介さんを避けて。
要が、明らかに戸惑った顔をした。どうしたらいいのか、分からないようだ。
すると、横から政孝が言った。
「じゃあ…とにかく一旦霊能者問題は置いといて、占い師の結果を聞こう。後出し出来ないように、一斉に占った人を指さして黒か白か言ってくれ。それじゃあ行くよ、せーのっ」
匠と慎一郎と結が、一斉に手を上げて言った。
「村人!」
「白!」
指していたのは、匠が靖、慎一郎が美沙、結が杏子だ。
全員が全員、白判定を出していた。
要が、息をついて言った。
「じゃあ、匠さんから、占った理由を聞かせてほしい。」
匠は、分かっていたことらしく、すぐに頷いて言った。
「倫子ちゃんはすごく白っぽいと思ったんだ。靖は元気なやつなのに、役職がわかってからおとなしいから、怪しいと思って占ったけど白だった。」
次に慎一郎が言った。
「オレは美沙さんが結構傍観してる感じがしたので、潜伏してるのかなと思って占ってみた。だが、白だった。」
結は、物凄く残念そうな顔をしながら言った。
「私は…結構最初は怖がって泣き叫んだりしてたのに、役職が決まってからしっかりした顔つきになったから、怪しいと思って占ってみたの。白だったし呪殺も有りかなと思ったのに、この子は元気で。だから、ほんとに白ね。」
要は、疲れたように三人を見た。
「今日は、呪殺も黒出しも無し。確定白も居ないから、この情報の中から吊ることになるんだけど…」と、満を見て、洋子を見た。「占い師3人、霊能者2人。本物はこの中で2人だけとなると、ここに人外が3人って事になるんだ。その内訳は恐らく…狂人、背徳者、人狼、じゃないだろうか。」
満は、諦めたような顔をした。
「ああ、狐も混じってるかもしれないがな。出てるなら占い師だろう。呪殺を避けるために。だが、ローラーするならまず霊能か?」
要は、政孝と顔を見合わせた。
「いや…確かに縄は6あるけど、役職ローラーしてたらその内訳だったら縄が足りなくなるんだよ。間違えられるのは2回だけ。満を信じるなら3回だけど。」
満は、自信満々に頷いた。
「もう1人狼は吊った。だから、あと人外は3人だ。」と、洋子を指さした。「こいつは恐らく狂人だ。昨日から狼が誰なのかやけに切羽詰まった感じで見てやがると思ってたんだが、投票は大悟、理由は分からないから無いと。何のつもりかと思ってたんだが、今日分かった。対抗に出て来たからだ。人狼だったらあんなに変な動きはしない。誰が人狼なのか知っているし、探す必要がないからな。それに、人狼はローラーされやすい霊能を騙っては来ないだろう。そんなリスクを冒してまで京介が人狼だったと知られたくなかったのか?いや…一人吊られたと分かったぐらいの方が、村にはいい刺激になる。何しろ人狼を先に吊ってしまったら、狐にやられてしまうからだ。村は狼よりも、狐が最優先だと更に力を入れるだろう。だから、人狼は出ていない。こいつは、狂人か、いいとことち狂った狐だ。恐らく占い師に、人狼は居る。」
そこまで一気に話した満は、黙っていながらどれほどその頭の中で考えて観察していたのか、倫子には痛いほど分かった。きっと、対抗が出て来るのを見越して、自分を信じさせるにはどうしたらいいのか、昨日からじっくり考えて来たのだ。
洋子を完全に信じようとしていた倫子にも、その考えは利にかなっているように思えた。自信なく洋子の方を見ると、洋子は青い顔をしていた。緊張しているようだ…こんな、四つも年上の男性に、強く否定されるのも、真っ向から対立するのも初めてなのだろう。倫子だって、そんな経験はしたことが無かった。
しかし、洋子は言った。
「私は、満さんほどうまく話せませんけど、でも見た結果だけは知らせておかなければと思ったんです。満さんだって、昨日大悟さんに投票しているし、理由だって後からどうにでもなるでしょう。私から見たら、満さんは京介さんを人狼だと思わせることで、村人を油断させて狐ケアを優先させて、吊縄計算を狂わせて逃げ切ろうとしている人狼のように思います。あえて対抗を狂人ということで、霊能ローラーより占い師ローラーをさせようとしているように見えますから!」
満は、ぐっと洋子を睨んだ。自分が言ったことをこういう風に覆されるとは思っていなかったらしい。先に言ったことで、洋子に反論の材料を与えてしまったようなものだった。
洋子は、うまく満が言ったことを利用して反論したのだ。
倫子は、そうなるとまた分からなくなった。どちらの意見に賛同するかということなのだ。自分の考えが、どっちに近いかと言われると、じっくりと昨日から今日までの二人を観察していたわけでもない倫子なので、全く判断がつかなかった。
しばらくじっと睨み合っている二人を見ていたが、政孝が、口を開いた。
「…じゃあ、洋子ちゃんは霊能ローラーしてもいいと思ってるってことかな?」洋子は、え、と政孝を見た。政孝は続けた。「洋子ちゃんの言い方だと、対抗の満は人狼だってことだよね?だが洋子ちゃんの考え方でオレ達が二人を見ると、どっちが人狼なのか分からない。だから、洋子ちゃんの意見を採用するとなると、二人とも吊るのが一番なんだ。余分な吊縄二本のうち、一本を使ってね。確実に、一人の人外を吊れるってことを前提に。」
洋子は、ためらうような顔をした。
「でも…まだ人狼だと決まったわけでもないし。狂人の可能性もあります。場を、混乱させて。」
政孝は、苦笑した。
「そうだね、狂人の可能性がある。」政孝は、ため息をついた。「だが、満は黒を出した。京介さんの白黒は、結構重要なことだったんだ。京介さんは目立った動きをしていたから、いろんなラインが見えてただろう。これが黒だと、そういったラインも全部怪しくなるし。そういった人に狂人が黒出しするのは、実は結構リスクが伴う。本当に黒だった時、そのライン上の全てが芋づる式に吊られてしまうからだ。しかも、満の方が先出しだった。だからオレの考えでは、満は霊能者か、人狼だ。先に黒出しが出来るのは、こういうケースだと結果に確信を持ってる人でないと無理だからだ。」
皆が、じっと聞いている。真剣になるあまり、睨むように見ている者達も居た。政孝は続けた。
「一瞬洋子ちゃんを信じたんだが…」と、洋子をじっと見た。「君には、覚悟がない。オレ達は役職ローラーするつもりは無いと言っていたじゃないか。狐を探すのが、どちらにしても最優先だ。人狼は吊れるに越したことはないが、絶対ではない。まだ縄はある。決め討ちしたいと思っている。」
洋子は、悟って目を見開いた。
「じゃあ…、」
政孝は、気づまりそうに頷いた。
「試したんだ。勝利陣営なら戻って来れる。ここで吊られる覚悟はあるかな、とね。満は昨日覚悟した。それは見ていて知ってる。君は、昨日から他と少し行動がずれている。何かに迷いがあるようだ。状況証拠でしかないが、オレは君は狂人だと思う。」
洋子は、唇をかみしめた。倫子は、どう言えばいいのか分からなかった。洋子を庇いたいが、そうすると自分も同じだと思われて吊られる対象になるのでは、と、口を開くのをためらわせたのだ。
すると結が、控えめに割り込んだ。
「でも…普通の人狼ゲームとは違うわ。昨日、あんな風に追放されるのを見たんだもの、吊られると思ったら、誰でも怖いから逃げようと思うと思うの。私も、きっと怖いから吊らないでって思ったと思う。」
それには、対抗占い師の匠も同意した。
「対抗でなかったらよかったのにな。結とは意見が合う。オレも、それは思ったんだ。まだ高校生なんだぞ?それで狂人と決めつけるのはかわいそうだ。そもそも、政孝もグレーなんだぞ。要の意見はどうなんだ。」
要は、ハッと顔を上げた。じっと政孝を見つめる。政孝は、小さく頷いた。
「あの」要は、洋子の方を見ないで言った。「政孝さんは、共有者の相方です。オレ達は、お互いにお互いが白なのを知っている。今は白確を増やそうと思う。政孝さんの意見に、オレも…賛成だ。おそらく、姉ちゃんは狂人。人狼にしては、動きがおかしかった。狐が、わざわざ出て来るはずもない。今日は、グレランか、占い師の決め討ちか、どっちかかなとオレは思ってる。」
匠と結が顔を見合わせる。政孝が、言った。
「いや、占い師はお互いに占わせよう。そしてオレ達は、狐を探してグレランをする。」
慎一郎が、口を挟んだ。
「それは、オレ達が占った白も避けてってことか?」
政孝は、迷うような顔をした。
「そうだな…しかしそうなると、残るグレーは倫子ちゃんと大悟と純の三人になる。結構白いから残った子達ばかりだし…真占い師が確定してない今、占われた子達も入れよう。つまりは、美沙さん、杏子ちゃん、倫子ちゃん、大悟、靖、純。この六人の中から誰に投票するのか、会合までに決めてくれ。最終、質問などがあったらそこで聞こう。」と、占い師の三人を見た。「君たちはお互いに誰を占うのか話し合って決めてくれ。それで、会合で報告を。」
それぞれが、力なく頷く。
まだ昼にもならないのに、これから夕方まで、みんなを疑って、疑われて過ごさなければならないのかと思うと、倫子は重苦しい気持ちに今さっき食べたパンまで、吐いてしまいそうだった。




