二日目・朝
何かが、弾かれるような鋭い音が聴こえる。光が眩しい…。
朝?!
倫子は、ガバッと起き上がった。カーテンが引かれていない窓からは、朝の光が差し込んで来ている。
倫子は、ベッドの不自然な場所で、転がっていた。昨日、あれだけ眠れないと怖くてびくびくしていたのに、いつの間にか寝てしまったらしい。
起床時間が7時だったことを思い出して、倫子は慌てて腕輪を見た。まだ、5時…。部屋のロックが解除される時間だ。
そして、目が覚める前に聞いた、何かが弾かれるような音は、部屋のロックが解除される音だったのだと気が付いた。静かなので、ことさら大きく聴こえたらしい。
すっかり目が冴えてしまった倫子は、起き上がって顔を洗い、服を着替えてそっと、廊下へと扉を押し開いた。
廊下は、シンと静まり返っている。
どの扉も閉まったままだったが、そこから誰か出て行ったのかは全く分からなかった。
いずれにしろ、下へ降りたら分かるだろうと、一階への階段を下りて居間の扉の方へ抜ける廊下へと向き直ると、居間の扉の前に、要と政孝が並んで立って、入ろうとしているところだった。
倫子は、二人に手を振った。
「あ、要!政孝さん!」
二人は、扉を開けたところでこちらを見た。倫子はすぐに追いついて、政孝を見上げた。
「おはようございます。二人だけですか?」
政孝は、微笑んで頷いた。
「そうなんだ。部屋を出たところで会ってね。君も、早いね。」
倫子は、笑って首を振った。
「朝は苦手なのに、昨日早く寝たせいか、目が覚めちゃって。」
すると要が、先に居間へと入って歩いて行きながら言った。
「ほら、倫子は白い。言ったでしょう、政孝さん。」
倫子が何のことだろうと政孝を見ると、相手は肩をすくめた。
「君にいろいろ話したって聞いたから。いくら友達でも簡単に信じちゃいけないよって話をしていたんだけどね。」
要が、奥へと入って行ってソファへと座る。
「それだけじゃないじゃないか。あのね、人狼は遅くまで起きてるだろうから、きっと5時きっかりになんて起きて来ないだろうなって言ってたんだよ。」
政孝が、ソファへと並びながら言った。
「必ずしもそれだけではないとも言っただろう。人狼だって馬鹿じゃない。これ見よがしに寝不足顔で出て来ると思うかい?だが、まあ」と、倫子を見た。倫子はまだ、よく分からないという顔をしている。「倫子ちゃんは違うかな。あまりにも危機感が無さすぎるしね。」
要は、ため息をついた。
「そういう演技じゃなければね。ま、倫子はそんなに器用じゃないけど。」
倫子は、要の前へ座りながら頬を膨らませた。
「どういう意味?!政孝さんのことは信用してるくせに…別に、いいけど。」
要は、ふふんと笑うと表情を引き締めて、政孝を見た。
「それで、政孝さん、昨日は誰が襲撃されたんだろう。」
政孝は、首を傾げた。
「わからないな。朝起きたらすぐに分かるものだと思っていたが、何の変化も無かった。起床時間を待って、誰が居ないのか確認するよりない。」
倫子は、時計を見た。まだ、五時半にしかならない。あと一時間半…。
それにしても、お腹がすいた。
倫子は、立ち上がって言った。
「じゃあ、それまで朝ごはんにしようか。私、キッチンに行って何か探して来るよ。」
政孝が、苦笑した。
「こんな時にも、食欲はあるんだね、倫子ちゃんは。でも、何か食べておいた方がいいな。体調は万全にしてないと、思考力が働かないから。」
そうして、三人はシャッターが開いて朝の光が差し込んで来る居間を抜けて、キッチンへと向かって行ったのだった。
ソファの所へパンとペットボトル飲料を持って来て食べているうちに、次々と皆が降りて来て揃い始めた。
最初に来たのは美沙で、6時前ぐらいだった。それから慎一郎、満と続いて杏子、匠が降りて来る。
匠は、何やら疲れたような顔をしていたが、寝不足というより、心労なような感じだった。洋子と結が一緒に降りて来て、大悟が入って来て、7時10分前ぐらいには純と靖が一緒に起きて来た。
それを見回した要が、必死に手帳を見ている。そして、呆然として、言った。
「…全部、居る。」と、政孝を振り返った。「昨日の襲撃は、失敗したんだ!」
政孝は、それでも険しい顔で頷いた。
「だが、狩人に出てもらう訳に行かない以上、それが護衛成功なのか、狐噛みなのか分からないな。」
慎一郎が言った。
「それでも吊縄が一本増えたことには変わりないだろう。これで振り出しだ。人外がまだ4人居たとしても、二回失敗出来るな。」
洋子が、疲れたように言った。
「あの…もし話し合いをするなら、少し待ってもらってもいいですか。ちょっと、何か飲みたいし。」
それには、大悟も同意した。
「ああ、オレも起きて来たばっかでさすがに腹が減った。半時間ほど待ってくれないか。」
確かに、まだ7時になったばかりだ。
とりあえずは皆が無事であることを確認したことを良しとして、話し合いはそれから一時間後にすることにしたのだった。
時間を待つ間、昨日要と話したことが気になっていた倫子は、キッチンの窓から外を見ながらぼーっと考え込んでいる洋子に声をかけた。洋子は、驚いたような顔をしたが、フッと笑って言った。
「…ごめん、昨日からぴりぴりしてたのに。倫子、気にしてくれてるんだね。」
倫子は、いつもの様子にホッとして首を振った。
「ううん、こんな状況だもんね。きっと私の方がおかしいんだよ。実感わかなくって、要が言うように、きっとバカだから。こんなんじゃ、吊られちゃうよね。」
洋子は、じっと倫子を見ていたが、息をついた。
「…あのね、倫子には言うよ。私、霊能者なんだ。」
倫子は、驚いて声が出そうになるのを、咄嗟に手で押さえて止めた。後ろを見る…誰も居ない。
「洋子…そんなこと、ここで言うべきじゃないよ。」
洋子は、首を振った。
「倫子には、言っておかないと。だって、もしかしたら対抗が出るかもしれないでしょう。吊数が増えたから、もしかしたら霊能ローラーが推されるかもしれない。霊能者って、たくさん出たら吊られるでしょう。だから、昨日からぴりぴりしてたの…カミングアウトしなきゃならないかもしれない、でもしたら吊られるかもしれないって。」
倫子は、口を開けたままそれを聞いていた。役職を持っていたんだ。だから、行動が変だったのか。
「ごめん…私、知らなくて。あの、もしかしたら狐だったりするのかなとか、そんな風に考えたりしてたんだ。あんまりにも人狼探すの必死だったでしょう。私達のことも、敵だと思って、あんな風なのかなって…。でも、今聞いて納得出来たよ。」
洋子は、ホッと肩の力を抜いて、微笑んだ。
「ああ、良かった。やっぱり話して。要に言うかどうか悩んだんだけど、あの子はああやってリーダーみたいなことしてるから。変に疑ったりされて、結局ローラーとかされるんじゃないかって、信用出来なかったんだ。倫子に話して、心のつかえが取れた感じ。」
倫子は、真剣な顔で洋子をたしなめた。
「洋子、そんなこと言っちゃダメだよ。要は、すごく心配してたんだから。姉ちゃんは吊れないって言って。弟なんだから…こんな所までついて来てくれたんじゃない。信じてあげて。」
すると洋子は、またスッと硬い表情になった。
「あの子は…あれですごく合理主義者だから。頭が良すぎるのよ。」
そして、スッと踵を返すと、キッチンの扉へと向かって行った。
倫子はなぜか、その背に不安を感じた。




