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右肩に脱臼癖がついてしまった。
するとどうだろう。バスケットゴールが高く遠くに見えるようになってしまった。
バスケを始めたての、小学生の頃にも感じていたように。
あの頃から努力して、運よく背も伸びて、コートを走り回るしか出来なかった俺が、スリーポイントも入るようになった。ダンクも出来るようになった。
そうやって少しずつ、ゴールリングに近付いていく。そんな風に思っていたんだけどな……。
肩が一回外れるごとに、リングに巻きついた紐が一本ずつ切れていくような感覚がした。
そうして、全ての紐が切れた時、俺はバスケ部を辞めた。
ゴールネットが無くたって、バスケットは出来る。
ただ、シュートが入ったかどうかが、少し分かりにくくなるだけ、曖昧になるだけだ。
けれど、俺のゴールネットが無くなってしまった時は、少し違った。もっともっと、色々なものが曖昧になってしまった。
「生きる意味」とか大層なことまでは言えないが、それでも、少なくとも、俺の学生生活は大変に曖昧になってしまった。
とりわけ、通学である。
朝練のために、毎朝、始発電車に乗っていたのだが、ちょうど良い登校時間っていつだ? 朝礼の何分前に着けば良い?
とりあえず、起床時間を三時間くらい遅くしてみた。
それで、一度遅刻した。ダメだ。
起床時間を遅らせるのは二時間だけにして、在来線の駅まで自転車だったのを徒歩にしてみた。
結局、駅に着いたのは七時くらいだった。
これじゃあ学校に早く着きすぎるかも、なんて考えながら、サラリーマン達をかき分けて、プラットホームを進んでいく。
見知った顔があった。待合席の端っこに、ちょこんと座っている女の子がいた。
そこで魔がさしたというか、なんというか……。
「知り合いみっけ」
完全にナンパだ。
いやいや、違う違う。小学校の頃からの知り合いだし、大丈夫、大丈夫と、繰り返し自分に言い訳しても、心臓の鼓動は早くなるばかりだった。
二言三言交わしたところで、彼女はマフラーに顔をうずめてしまった。
四月とはいえ、まだ寒さの残る時期だ。暖を取るためだろう。
そう思ってみても、迷惑になってしまったかな、とか、会話が退屈だったかな、とか、色々と考えてしまう。
もしかして、何でもない風に言ったけど、「部活」って言葉を口にした時、少し深刻な表情になっていたのかな、重たい話に聞こえてしまったのかな?
髪の毛は小学校の頃と違って、茶色に染色されていた。
それでも髪が痛んでいる様子もなく、艶やかな光沢があった。
マフラーに入れず、たわんだ髪に、光の輪っかが出来ている。
バスケットゴールのリングみたいだと、思ってしまった。
女の子に対して、なんて失礼な比喩表現だろう。
明日からまた、電車の時間を変えよう……。
そんな考えを見透かしたかのように、マフラーの中から曖昧な声が出てきた。
「――これからは一緒だね」と。
心の中で「これから」という言葉が木霊する。
学生生活に確かな輪郭が出来、何かが結ばれていくような感覚がした。
今立っている足元が固まって、心がしっかりと支えられていく。
ここから、少しずつ進んでいこう。目指すゴールはまだまだ曖昧なままだけど――。
「おう、よろしく!」
ボールがネットの中を通過する時の摩擦音が、一瞬だけ聞こえた気がした。
それは電車の扉が開く時の、シューっという不思議な音のせいだった。