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小学校の低学年の頃は、伊坂君とは特に接点はなかった。ずっとクラスも別々だった。
けれど、5年生になって、同じクラスになって、名簿順からの初めての席替えで、隣同士になった。
ウェーブ掛った地毛っぽい茶髪が特徴的で、柔らかな笑顔が印象的で、「初めまして」から始まって、自然と話すようになっていた。
取り立てて仲良くなったわけではなく、授業前後に「宿題やった?」とか「授業疲れたね」とか、そんな他愛無い「挨拶」のような基本的な会話をするくらいだ。
その頃は、良い人だな、程度にしか思っていなかった。
しばらくしたある日、私は女子グループからハブにされてしまった。
理由は良く覚えていない。女子とはそういうものだ。「かわりばんこ」にそういう役回りがやってくる。
いつも一緒に遊んでいたコ達と口がきけなくなり、休み時間は孤独に過ごすようになった。
それはとても悲しく、しかし誰にも相談できなかった。まるで、四角く縁取られた砂場がぬかるんで、その泥の上で立ちすくんでいるような感覚だった。仄暗いもやもやしたものを独り抱えていた。
「なんか女子同士で大変っぽいけど、俺には知ったことじゃないからさ」
休み時間の終わりがけに、男子と遊んで帰ってきた伊坂君が、そっと言ってくれた。
普段と全く態度を変えず、柔らかな笑顔で。
泥が乾いて、いつもの砂場に戻っていくような感じがした。
覚束なかった足元が固まって、心がしっかりと支えられていく。
状況は何ひとつ変わっていない。だけど、きっと大丈夫。そのうち何とかなるだろう。そう思えるようになった。
実際、数週間で次の「ハブられ役」が決まって、私は女子グループに復帰できる運びとなった。
それが何だかバカバカしくなってしまって、以前のようにその女子グループに深く関わる気になれず、男子・女子関係なく席の近いコに話しかけて、交友関係を広げていくことに主眼を置いた。
後任の「ハブられ役」のコとも、影でこっそりお喋りをした。「俺には知ったことじゃないからさ」という伊坂君の言葉が、心の中でずっと木霊していたからだ。
余談だが、楢崎と妙に仲良くなったのもこの頃だった。
ある日、伊坂君とお喋りをすると、決まって自分の心臓がバクバクと脈打つことに気付いた。
伊坂君は小学校の時からバスケ部に所属していた。
一度だけ、新たに親しくなった、活発で女子バスケ部に入っている友達に誘われて、男子バスケ部の試合を見にいったことがある。
伊坂君はどちらかと言えば小柄なほうだった。私の方が背が高かったくらいである。
けれど、コートの中で一番走り回っていたのは伊坂君だった。私はそれを、ずっと目で追っていた。
汗って、キラキラして綺麗だなぁと、そう思ったのは、生まれて初めてのことだった。
試合結果は、残念ながら、伊坂君のチームが負けてしまった。
しかし、私の胸は高鳴り、やはり心臓は激しく脈を打っていた。どうやら、伊坂君を見つめるだけでも、ダメらしい。
そこでようやく、私はその現象の名を知った。
「恋」だ、と。私は伊坂君に「初恋」をしたのだ、と。
やがて、席替えの時が訪れた。
座席が変わってしまうことに、あんなにも「恋しさ」を覚えたのは、生まれて初めてのことだった。
「沙世ちゃん、またね」と、伊坂君はいつも通りの、柔らかな笑顔で言った。
「うん……、また――」と、私はぎこちなく応えた。
そうしてその後、小6と中3の2回、同じクラスになったが、再び席が隣同士になることはなかった――。