1.再会
《ケーキと花束を君に。》
1.再会
店のケーキがずらりと並んだショーケースの後ろに座り、19時半を指し示している時計を、ぼうと見ていた。
「人来ないし、そろそろ店終いしようかな」
本当の閉店時間は20時なのだけども、夏のこの時間は元々ほとんど客は来ない。しかも今は雨が降っているし、そうなると全くと言っていい程、客は来ないのだ。
「よっこらせっと」
店の扉の前にある札を開店中から閉店中に変えようと思い、エプロンを外し、畳んで横に置いた。
そしてふさふさのたてがみとふくよかなお腹を揺らしながらのしのしと扉の前まで歩いていったその時。
ーーカランカラン。
目の前の扉が急に凄いスピードで空き、咄嗟のことで反応できなかった俺は扉で顔を打ち、尻餅までついてしまった。
「すみません、今から店終いしようと思ってたもので……。」
と、顔を抑えながら言い、ひょろひょろと立ち上がろうとしたその時。
「ご、ごめんなさい!」
ーーどこか頭に残る聞き覚えのある声。
それを思い出す間も無く、お客さんは濡れた手で俺の手を掴み、引き上げてくれた。
「……あ!ぬ、濡れた手なんかで掴んでごめんなさい!ええと……お怪我は……?」
「大丈夫です、こちらこそすみません。手、ありがとうございます。」と言いぺこりと頭を下げてから相手の顔を見ると、見覚えのある友人の姿がそこにあった。
「へ?」
「ふぅ」
顔を見合わせた時に相手側は安心の吐息を、俺はびっくりして変な声を上げた。
垂れた耳に優しそうな目。それに加え少しぽっちゃりとした体型。黒い髪に全身は白っぽい毛で覆われているイヌ科のゴールデンレトリバー。
その容姿からは万人から優しい人認定をされることは間違いないと思う。
そしてこいつは中学から大学まで一緒な学校で俺はその間ずっとこいつの事が好きだった。……いや、違うな。
今でも、好きだ。現に優しげな顔を見ただけで胸の辺りがキュゥと締め付けられるように痛く、胸の鼓動が激しくなるばかりなのだから。
こいつはでももう、四年前に結婚し子供もいるから、思いを伝える事すら出来ないけど。
いや、違うか。たとえ結婚して無かったとしても、どの道、臆病な俺には思いを伝えることなんて出来やしないだろう。
「久しぶりだね、裕太。やっぱ親父さんのケーキ屋継いでたんだ。いやぁ、容姿変わりすぎて店間違えちゃったかと思ったじゃん。」
驚いている俺を見ながらそう言い、ニコリと笑いかけてくれた。
ーー可愛い。
(じゃなくて………。)
「あー、そうだなぁ、俺も大分太ったからな。しかしどうしたんだ?幸は確か違う県に住んでただろ?実家に来てたのか?」
「んー、まぁ、実家には寄ってないけど、懐かしくて来たくなっただけかな。裕太にも会いたかったし。」
会いたかった。その一言がとても嬉しく、一瞬心が舞い上がったが、その一方で嬉しくなってしまう自分を。……酷く嫌悪してしまう自分がいた。
ーーこいつはそんなつもりで言ってるんじゃない。なんで会いたかったって言葉だけで嬉しくなってんだこのホモ野郎。
と、心の何処かが自分にそう毒を吐いたから。
「そっか。で、こっちの方にはどのくらい居るんだ?もう今日ですぐ奥さんのとこ帰るのか?」
なるべく平静を装いながらそう尋ねた。
「んー、えっとね。奥さんとは別れちゃった。」
「は?」
帰ってきた予想外の答えに思わず素っ頓狂な声を上げてもう一度聞き返してしまう。
「まぁ、色々あって……ね。で、なんだけど、イチゴのショートケーキ。貰えるかな?」
色々あってと言った時幸の顔がかなり辛そうで。……引きつったような顔になったのをみて、これ以上の詮索はやめようと思った。
実家に帰ってないのも多分それが関係しているのだろう。
「……あぁ、お代はいらねぇ。好きなだけ食っていいぞ。」
「い、いやお金は払うって。ええっと、じゃあ……五個。」
個数を言う時だけ恥ずかしそうに下を向く幸の姿を見て思わず苦笑を漏らす。
「そこのテーブルに座っててくれ。お代は気にすんなって。幸が会いに来てくれたのが嬉しいから祝いってことでな。」
「うう。どうしても貰ってって言っても?」
ショーケースの方に向かっていた足を止め、振り返って幸の方に向くとじゃあケーキは無しだな。とそういたずらっぽく言った。
「そ、それは嫌だなぁ……。な、ならお言葉に甘えて………。」
「そうそう、最初からそれでいんだよ」
ショーケースの方に向かい、ショートケーキを取り皿に5つ乗せ、ついでにタオルも持って幸の方へ戻った。
「はいこれご希望のやつ。後これで濡れてる体拭けな。」
テーブルの上にケーキを並べて、タオルは幸の座っている椅子の横に置き、自分は幸の前に座った。
「ありがとー、じゃあいただきます!」
タオルには目もくれず、手を合わせてそう言ってから、幸せそうな顔で幸はケーキを食べ始めた。
ーーほんっと、幸せそうに食いやがる。
食べている時の、この幸せそうな顔が見たくて見たくて。……ずっと努力してきた。
ーーだから……。本当に見ていてついつい自然と俺の方も嬉しさで笑ってしまうんだ。
そして幸はペロリとケーキを平らげてしまうとごちそうさまでした。と、言って律儀に手を合わせてなぜか俺の方にお辞儀をしてタオルに手を伸ばした。
「前作ってくれてたケーキも美味しかったけど、今出してくれたのは前にも増してすっごい美味しかったよ。腕、あげたね。」
頭を拭きながらニコリと笑ってそう絶賛してくれた。
幸にそう言われ、顔のにやけが収まらないと同時に軽く泣きそうになりながら。表情がばれないように下を向き「ありがとな。頑張ってきた甲斐があるわ。」とそう返した。
「さぁって、じゃあそろそろ行くよ、ありがと。あ、そういやさ、この辺泊まるとこあったっけ?」
何やら後ろを向き鞄をごそごそしながらそう俺に問いかけてくる。
「もう帰っちゃうのか?」
「んー、うん……。本当はもうちょっといたいんだけど、泊まるとこ見つけないといけないからさ………。」
寂しそうな俺の言い方を察してくれたのだろうか。一つ前の声より、一層穏やかな声でそう返してくれた。
(こいつは奥さんと別れても仕事があるだろうから向こうに帰るんだろうな。なら、なら。これが長く一緒に入れる最後のチャンスなんじゃないか。)
そう思いながら、少し震えてしまった声で、それなら……泊まってくか?
とそう聞いた。
「え?いいの?」
目を丸くしながら驚いたような感じで肯定の返事を貰えたのが嬉しくて、もちろん。と嬉しさで笑った顔でそう答えた。
今回初投稿になります。
文章こうした方がいい、ここはダメ、ここはこの表現の方が、など、批判とか感想があったら言ってくださると喜びます…




