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魔王の唄  作者: 紅葉コウヨウ
2/8

プロローグ

魔王。

 自らそう名乗る存在がこの国――軍事国家デュオルに現れてから、そんなに長い時間は経っていない。

 デュオル各地で異形の魔物ともいえる存在を率いて起こされた魔王によるテロ行為は、すぐに収拾が付くように思われていた。

 しかしそう上手く行かないのが、現実が現実たる所以なのだろう。



『戦えば連戦連敗! この屑どもが! 倒すべき敵は多くの魔物を率いているとはいえ、たった二人だぞ!? あの魔王、その傍に控えている黒騎士を……あの二人の屑を貴様ら屑どもが潰せば、事は迅速に解決するのだ! それが何故出来ない!?

 貴様らに後退は許されない、もしも後退すれば胃様らの命も、貴様らの家族の命もないとしれ! 分かったならすすめ、屑同士で潰しあって来い!』

 うるさい人だな。

 ユーリはインカムから聞こえてくる雑音――軍の指揮を執るグレイスの声を聞きながら、また一匹魔物を倒す。

 栗色の髪と同じく栗色の右眼、しかし左目だけが闇を照らす様な金色という、左右で色の違う瞳を宿し、黒を基調に銀の刺繍が施された軍用にアレンジされた制服を来た彼は、訝しげに前を見る。

「おかしい」

 未だに何事か喚き散らしているグレイスの声を完全に無視し、ユーリは一人考える。

 先ほどから何匹も何匹も、それこそ両手の指では数えきれないほどの魔物を撃破してきたが、魔物の数は一向に減らない。それどころか増えているような気さえする。

 通常ならばそんな珍事は起こらないはずだが、

「実際起きているのなら、誰かが魔物を召喚している?」

 もし本当に誰かが魔物を召喚し続けているなら、このまま戦い続けても軍は無限に湧き出る魔物を相手にせねばならず、ただ無駄に兵力を減らすという事態になりかねない。

「案外、それが魔王の狙いか」

 ユーリは共に戦っている軍の人間たちの方をチラリと見た後、前方にそびえる鉱山へと目を向ける。

「もしも僕の予想があたってるとするなら、魔物を召喚しつつ全体を見渡せる場所に魔王は居るはずだ」

 そうなると場所は限られていくる――すなわち、

「あそこか」

 ユーリが目を凝らしてみている鉱山の中腹付近――虫食いの様に穴の一つから、生命の根源たる血液を感じさせるかのような真紅の魔力光が薄らと怪しく滲み出ていた。

 魔力光は基本的に物体を透過して光を届ける。其れゆえに見つけられたのだろうが、

「どうする?」

 自分の立場でグレイスに意見を言う事など出来ないし、彼が自分の意見を聞くとも思えない。

「……っ」

 彼は歯噛みしながら考えると、すぐに覚悟を決める。それは彼が鉱山を見る前にある程度予測していたこと。

「僕一人で行くしかない」



 ひょっとしたら魔王と直接戦うことになるため、これ以上の消耗は避けなければならない。そう思ったユーリはなるべく戦場を迂回して、例の魔力光が見えた辺りまでやってきていた。

「鉱山で少し迷いそうになって焦ったけど、どうやら当たりみたいだ」

 先ほどの魔力光が見えたおおよその場所を頼りに、心細くなるような暗い坑道を抜けてここまでやってきたが、そのかいあってか目の前には例の真紅の光が見える。

 おそらくはユーリが今いるホールの様に開けた場所――かつてこの鉱山で働いていた人たちが置き忘れていった道具が転がっている作業場から、もう少し先に進めば今回の戦いの元凶の下へとたどり着けるはずだ。

 正直、一人で魔王たちを打ち倒す自信はないが、それでもやらなければならない。

「今回の戦闘における魔王の目的が何であれ、それに魔王の最終的な目標がなんであれ……僕たちが住んでいる国の害になることには変わりはない」

 そうなれば自分の幼馴染も、可愛らしい妹すら災厄に巻き込まれてしまうかもしれない。

「それだけは絶対にさせない」

 ユーリは茶と金、異なるそれぞれの両眼を鋭く細め、強く頷くと前へと歩きだそうと――


「驚いたな、お前どうやってここまで来たんだ?」


 背後から聞こえたどこか気持ちのいい男の声。

「――っ」

 体中に走る言い知れぬ寒気。

まずい!

ユーリが咄嗟に前方へと身を投げ出すように転がった直後、彼が今まで居た場所を美しくも禍々しい白銀の剣が通り過ぎる――その軌跡から見るに、殺害を目的とした攻撃ではない事は明らかだったが、仮にその場に立ち尽くしていれば、相応の深手を負っていただろう。

「おーよく躱すな、お前」

 もはや敵意すら感じない声で呟く謎の存在。

「あなたは……」

 ユーリは瞬時に彼の正体を見破るが、咄嗟に口をついて言葉が出てしまう。まるでそうしなければならないと、誘導でもされるかのようなプレッシャーを相手は放っている――言い換えるのなら、わかっていてもなお聞いてみたい……そう思ってしまうほどの圧倒的なオーラ、もしくはカリスマ性の様なものを感じる。

「あなたは誰ですか?」

「俺か? 俺は」

 ユーリが振り返った先に立っていた謎の存在――深淵を覗き込むかのような漆黒かつ荒々しい炎を思わせる黒い髪、どこまでも澄み切った曇りのない黒曜石のような瞳、だがしかし片方の目だけは赤く不気味な輝きを放つ。そして所々に年期を感じさせる黒いベルトで装飾された服の上から、ローブのような黒いマントを羽織っている少年。

 ユーリと同じか、少し上であろうくらいの彼は、けれどもユーリとは全く異なる何かを放ちながら言う。

「魔王」

 それが俺の名前だと続ける。

「全ての魔法使いの上に立ち、全ての魔を総べる者……そして、全ての魔力を持たざる者にあだなす存在だ」

「魔、王……」

 しばしの静寂。

 別に様子を見るためにユーリが意図的に取った間などではない、ただ単に相手に呑まれていただけに過ぎない。自らを王と称する少年のプレッシャーに屈服していたに過ぎない。そんな自分を自覚して彼は、

 くそっ!

 茫然としている場合ではない。ユーリはそう自分を叱咤し、すぐさま行動に移る。

 目の前にこの戦いの元凶たる者が堂々と、それもたった一人で立っているのだ。そんな場面、自分がどう行動すればいいのかと考えた時、彼にはたった一つの答えしか浮かんでこなかった。

 それ即ち、


 攻撃だ。


 ユーリは未だ動く気配を見せない魔王へと自らが出せる最高の速度で近づき、その手を掴む。

「……これは、何のつもりだ?」

 ユーリの行動の真意が見いだせずに怪訝な顔をする魔王だったが、彼の行動の真意はすぐに明らかになる――他の誰でもない、その行動をした彼自身の手によって。

「『浸食固定ブライニクル』!」

 宣言と共に辺りを満たすは金色の光。

 それは魔法使いが体内にある魔力を、魔眼を利用して練り上げ世界へと具現させる技――魔法。魔法使いが一人につき一つ有している魔法の能力は、人により千差万別だ。

「っ!? これは……」

「僕があなたに触れている限り、あなたは絶対に動けません。仲間を呼ぼうとしたら、その口も動かなくします」

 金色の魔眼を有する魔法使い、ユーリの魔法は『浸食固定』――自らの手が触れているもののを、その場に固定させる能力だ。言い換えるのならば、触れているものを停止させる能力とも捉えられる。それが彼の持つ唯一の武器にして、絶対の力。

「魔法か」

「はい、残念ですけどこれまでです。僕が軍に応援を呼ぶまで、ここで大人しくしていてもらいます」

 ユーリは魔法が決まった事を確信し、インカムへと手を伸ばす。

「あぁ、本当に残念だけど」

 しかし絶体絶命の窮地にもかかわらず、魔王は不敵に笑う。まるでこんなものは窮地でも何でもないと、あくまで俺は遊んでやっているだけだと言うかのように。

 事実、

「俺に魔法は効かない」

「どういう――っ!?」

 どういう意味だと問いかける前に、ユーリの腹に魔王の力強い蹴りが炸裂する。

「がはっ……ごほ」

 どうして? 魔法が効かないなんてありえない。魔法を打ち消す魔法なんて言うものがあるのなら、相手の魔法を打ち消す前に自分の魔法が打ち消されてしまい、結局は何の意味もなさないはず、それなのにこいつは。

 吹き飛んだ先で咳き込みながらも立ち上がったユーリの頭に、様々な疑問が巻き起こる。

「不思議そうだな、いいぜ……教えてやるよ」

 余裕を感じさせる動作で掲げたのは持っていた白銀の剣。

「こいつはエクスカリバーって言ってな、魔力を吸い取る特別な鉱石で作られてるんだ。だからお前の魔法は俺には絶対に効かない」

「そんなの!」

 やってみなければわからないと言う前に、気配も何も感じさせずに突如ユーリと魔王の間に割って入る人物が現れる。

「ラグナ……余計なこと喋り、すぎ」

「ここに居るってことは、目標は無事に達成したのか、アリス?」

 アリスと問いかけられた人形の様な少女は、銀糸のような髪を後ろで結い、銀と真紅の目を持ってゆっくり頷く。

 彼女は漆黒の騎士甲冑の背中部分に吊るされた黒い大剣に手をかけると、感情が抜け落ちたかのような瞳をユーリへと向けて言う。

「ラグナ……こいつ、殺す?」

「そいつは魔法使いだ、殺すな。言っただろ、俺たちの敵は『ただの人間』だけだ」

「……わかった」

「じゃあ帰るか」

「……帰る」

 魔王ラグナと、その騎士アリスは二人だけで話を終わらせる。まるで目の前に存在しているユーリの事を忘れているかのように……否、実際忘れていたのかもしれない。二人にしてみれば、今のユーリは路傍の石に等しいほど矮小な存在なのだから。

「逃げるんですか?」

 当初は自分がどう思われていようと、少しでも相手の情報を収集することに努めていたユーリだったが、相手が明らかに撤退しようとしているとなれば話は違ってくる。

「俺たちが逃げる? 違うな、俺たちは勝利したんだ……言うなれば今から凱旋するんだよ」

 おちょくったように両手を広げるラグナに、ユーリはいい加減頭に来たのか「逃がさない!」と言って、再度魔法を発動させるために近づこうとするが、

「おっと!」

いったいどのような魔法を使ったのか、その場に瞬時に召喚された神々しいほど美しい飛龍へと二人は飛び乗り、天井付近へと激しい旋風を巻き起こしながら舞い上がる。

「待て!」

「誰が待つかよ! 悔しかったらお前もここまで来てみろっての……っと、そう言えばお前、名前はなんて言うんだ?」

「…………」

「何だよ、名前くらいいいだろ?」

 勝者が浮かべる真意の読めない瞳を覗きこみながら、ユーリは渋々と言う。

「ユーリ」

「そうか、ユーリね。お前たちがテロと呼ぶこの解放戦が始まって以降、俺にここまで近づいた奴は初めてだ。お前の名前を覚えておいてやるよ」

 別にあなたに覚えられても、まるで嬉しくないです。

 咄嗟にそう言い返そうとするユーリだったが、ラグナが自信満々かつ不敵に放った次の言葉に、そんな苦言は一気に引っ込む。

「名前を教えてくれた礼だ、俺の魔法を教えてやるよ」

 言って彼はまるで世界への憎悪が結晶化したかのような、狂ったように赤い瞳に手をかざす。

「俺の魔法は『絶対勝利アブソリュート』――その能力は」


 どんな戦いにも……どんな状況でも、絶対に勝つ。


「それじゃあなユーリ、また会う日まで」

「次に……邪魔したら、殺す」

 漆黒の魔王とその騎士はそんな言葉を残して、飛龍の口より吐かれた極大の火焔球が穿った天井の穴から、どこまでも広がる大空へと消えていった。


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