表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

商談  (その3/5)

 山尾は岡川に靴ずれを手当てをしてもらい、休憩前の痛みがうそのようになくなり、ほどなくして〈越前岳〉の頂上に上がった。


「先生のおかげで、ほとんど痛みなく登れました。」

「そのようだね。さあ、頂上なので結果発表とするか。」

「えっ、ここでですか?」

「そう、後日とでも思ったかもしらんが。山尾さん、君には残念だが、・・・」

「ちょっと、待って下さいよ。」

「今回の仕事は無しだ。」


「ああ、・・・なんとかなりませんか?一度製品を見てくださいよ。どうしてダメなんですか?」

「言ってなかったが採点の基礎点として、社長の50点と別に、20点あって、それが富士山なんだよ。」

「・・・?」

「今日は残念だが、富士山の姿が見えてない・・・」

「えっ?何ですって?富士山ですか?」

「そう、可能性は充分あったのに。」

「本気ですか?先生。先生はわたしを査定するとおっしゃいましたよね。富士山なんか関係ないじゃありませんか。」

「それも君の運と考えている。明日であれば富士も顔を出したかも知れないが、今日が査定の日となった。運気のない人間はダメなんだ。」

「・・・」


「山尾さん、一人で下りて帰れるよね。わたしはもう少し先に行くから。まあ、一緒にいるのも気まずいだろうからね。」

「・・・」

岡川はそう言い残すと荷物を担ぎ山道に入っていった。残された山尾は呆然とした。

(こんなことがあっていいのか?人をバカにするのもいい加減にしろ!)



 翌週火曜日の夜、山尾の携帯が未登録の番号から着信した。

(愛知県警です。山尾さんでしょうか?)

(はっ、はい、山尾ですが。)

(名古屋の設計事務所の岡川さんご存知ですよね。)

(えっ、ええ。あの先生が何か?)

(岡川さん、先週から行方不明なんですよ。)

(行方不明?・・・そうですか。)

(何か知りませんか?)

(先生と先週の木曜日に〈越前岳〉に行きましたけど、まさか遭難?)

(どうやらその後帰ってないようです。その時の様子をうかがえますか?)

山尾は、警察のいくつかの質問に答えた。


 水曜日夕刻 山尾の事務所

「静岡県警です。山尾さんおられますか。」

男が二人訪ねてきた。

「私ですが。」

「少しお時間いただきますよ。話を聞かせてください。」

「は、なんでしょう。」

「愛知県警より昨日電話があったと思いますが、岡川さんの件で。」

「はあ。」

山尾は静岡県警の二人を応接セットに座らせた。


「ここは、なかなか静かでいいところですね。幹線道路から離れているようだし。」

山尾の出したお茶をすすりながら、一人の方が切り出した。

「そんなことは、どうでもいいでしょう。あの先生がどうかしたんですか。」

「そうですか。・・・実は、十里木高原で遺体が発見されました。」

「・・・、えっ、遺体で?」

刑事達は山尾の顔色をうかがっているようであった。

「遭難ですか?」

「・・・」

「違うんですか?」

二人は目で合図をするようなそぶりの後言った。

「どうやら、殺害されたようでしてね。」

「・・・殺害?」

「ええ、そこで山尾さんに山登りの時の様子を詳しくお聞かせ願いたくて。」

「・・・  まさか、私が殺したと、・・・」

「いえ、誰もそんなこと言っていませんよ。ただ、今わかっている最後の人が山尾さんなので。」

「わ、私は殺していませんよ。」

「ですから、私どもは、・・・それとも何か気がかりでもあるのですか?」

「や、とんでもない。何もありませんよ。」

「では、落ち着いてお話をお聞かせ下さい。」


 その日、山尾は痛い足を引きづりながら、山道を下った。靴を履き替え、自分の車の運転席に着いたが、なかなか発進できなかった。

(なぜ、こんなことが? なんだ、あいつは?)

せっかく掴んだチャンスを一蹴にされた。山を下っている間は惰性で足を出していたが、エンジンをかけたとたん、その惰性が止まった。

(なんだ、あいつは?)

車の中から、岡川の乗ってきたワゴン車が見えた。

(なんだ、あいつは? なにが富士山だ。)

憤りの気持ちの治まりがつかない。


 二人の刑事は、愛知県警の電話と違い、細かいところまで聞いてきた。山尾は、丁寧にその問いに答えていた。

「ところで、どうして殺人とわかったのですか? 足を踏み外したりして滑落したのでは?」

 刑事は、山尾の問いかけには答えなかった。

「山尾さん、岡川さんが憎かったでしょう。せっかく営業してきたのに富士山のせいで仕事が飛んでしまうなんて。億くらいですか?」

「や、やはり疑っているんですね。」

「いやいや、話を聞いていると、それが本当なら、こんな理不尽なことないとおもいましてね。」

「理不尽? そうですとも、おかしいでしょ、あいつは、いや、あの先生は。」

同情の言葉を聞き、つい上づってしまった。

「その後、名古屋の社長にはこのことを話したりしていないんですか。私なら訴えるけどな。」

「社長は、あの先生を、岡川さんをすっかり信頼しているから、岡川さんがダメと言ったら仕事はないと。」

「ふん。・・・」

また、二人が目を合わせた。

「それでは、言いましょう。われわれ警察は、あなたを容疑者の一人と考えています。動機もあるし、可能性は十分だ。山尾さんもおわかりでしょう。」

「・・・」

「任意となりますが、県警までご同行願います。帰りも送らせますからね。」

「・・・私はやっていない。」

「ええ、それを証明しましょう。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ