商談 (その2/5)
「結構上りましたね。先生はよく来られるのですか?」
「まあね。どうだね、山登りは?」
「はい、鳥も鳴いているし、少し頑張れば、自然真っ只中で、心が洗われる気がします。」
「仕事の話はしないと言ったが、・・・悪いが、わたしは、・・・今はわたしの仕事をしている。」
「・・・」
「君はあの社長に云われ、なぜかわたしと山登りしている。・・・社長はものを見抜く力は優れていて、君のシステムバスは、名古屋店の改修工事に有効なのだろう。」
「あ、ありがとうございます。」
「さて、わたしの仕事とは、山尾さん、君を査定しようとしている。」
「・・・査定?」
「そう、人となりをね。・・・山を登っていると、性質がしっかりと出るものなんだ。」
二人の場所から霧の奥に昇り出した太陽の位置がわかるようになった。
「君の最初の持ち点は、50点。頂上までで90点以上が合格だ。」
「持ち点?」
「そう、社長の推薦で50点。後はわたしの採点で、君の仕事が決まる。簡単だろう。」
「・・・」
「今朝、わたしより駐車場に早く来ていたから、プラス5点だ。ただし、よいしょすればいいと言うのではない。ただ、わたしの裁量だけだ。君はわからなくていい。・・・よし、行くぞ。今度はわたしが前に行くからね。」
(わけがわからない。どう対応すれば、いいのであろうか?)
二人は再び歩を進め山道を登り出した。
「だいたい君の仕事は、ゼネコンの下になる。ゼネコンに営業をしたほうがいいんじゃないか?」
「そうですが、もう建築業者は、決まっているのですか?」
「あれ、知らないの? だめだねぇ。社長も意地悪だなぁ。」
「すいません。」
「すみませんだ、いや、立場を考えれば、申し訳ありませんが順当だな。」
「マ、マイナスですか?」
「そう、マイナス5点。」
岡川は、振り向くでもなく、しゃべりながらとんとんと足を出した。
「組立の工程はどうなる?君のところのシステムバスは?」
「搬入を別とすると、一部屋、二人で三日です。」
「ワンフロア10部屋として、1週間でやってくれと言ったら、・・・10人いるのか。・・・作業員の手当てはできているの?」
「え、ええ。知り合いの建材屋に声をかけてありますし、特別な工具も要りませんので、少し技術指導すれば増員も問題ありません。」
(何か急に具体的だな。しかし、歩くペース速いぞ。)
「そう、・・・じゃあ部材納品だけして、建築業者で組立施工も可能なのか?」
「え、ええ。問題ありません。」
「マイナス10点。そういう時は、うそでいいから、当社でしか施工できないと答えるんだ。納品だけだと、ゼネコンに買い叩かれるだけだ。増員確保を含めた施工力に自信がないと言っているとしか受け取れない。」 「・・・なるほど。」
歩くペースは変わらない。山尾は、足の具合がおかしくなってきていた。
(買ったばかりの靴だからか?)
「先生、どうやら靴擦れのようです。」
「そいつはまずいな。どうする?」
「・・・」
「山にはアクシデントが付き物だが・・・、わたしは山登りを仕事に例えることをよくするのだが、この場合、アクシデントの見極めをどうするかだな。」
「見極めですか。」
「うん、行けるところまで我慢するのか、傷が浅いうちに降りるのか。状況を判断し決断が必要となる。そうだ、状況をつかむため一度靴を脱いでみるか?わたしは絆創膏も持ち合わせているが。」
「あっ、絆創膏はわたしもあります。」
「ほう。」
「山登りを相談した友人が荷物に入れておけと。なるほど、山の中ではコンビニが有るわけないので、色んな備えが必要なのですね。」
「そう、・・・但し必要以上の物は禁物だ。パッキングと言うんだが、必要とする物を軽量、コンパクトに荷物をまとめるのが、クレバーな登山者と言えるだろうな。ところで、絆創膏を貼るか? 楽になると思うが。」
「お気遣い申し訳ありません。このまま登ります。」
「そうか、・・・それならもっと後で発言してくれて良かったかもな。」
「え?・・・あっ、すいま、いえ、申し訳ありません。さあ、行きましょう。」
「本当に大丈夫か?」
「も、もちろんです。」
山尾の想像できる展開とはならず、再び登り出した。
「ところで、先生、今のやり取りは、減点ですよね。」
「いや、的確なアドバイスをくれる友人がいることでイーブンだな。しかし君、いちいち点数を気にしても同じだからね。採点は君のわからないところでもやっているのだから。」
「そうでしょうね。」
しばらく、登り道が続き会話も途切れた。山尾はだんだん痛くなる足をだましながら、前を行く岡川についていくのに必死であった。
(会話を切り出さないとまた減点かな?でもそん余裕は全くない。)
幾分、道が緩やかとなっただろうか。
「もう少しで頂上だが、その前に休憩しよう。」
(助かった。)
「山尾さん、10分の休憩だ、靴を脱いでごらん。」
「はい。」
靴ひもをほどき、これも昨日買った厚手のソックスを引き剥がすように脱いだ。
「ほら、これはひどい、血が出てるぞ。」
「だ、大丈夫です。」
「いいから、みせてごらん。」
岡川は、荷物のポケットからなにやら袋を出し、その中から、大判のガーゼ付き絆創膏を取り出した。
「最近の靴はスニーカー感覚だから靴擦れしにくいのだが。」
岡川は、そう言いながら、かかとの外側の傷口に絆創膏を手際よく貼り終えた。
「よし、これでいいだろう。」
「ありがとうございます。でも減点でしょうね。」
「山での同行者は家族のようなものだ。単独で登るのは自分の力量で、ペースを変えたり、休憩したり楽は楽なんだが、自分に弱ければ怠慢となる。複数登山であれば、一蓮托生。だれかがダウンすれば、それに合わせる。また、それぞれが合わせようと頑張る。」
「はい。」
「同伴者が足を引っ張らないように手当しただけさ。」
「・・・」(本気で言っているのか?)
「よし、10分経過。ほんとだったら君の後ろに雄大な富士が見えるのにな。」
周りのガスは薄らいだようだが、遠望はきかなかった。