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商談  (その1/5)

「これは、いいかもしれんなあ。」

「そうでしょう社長、私も今回のコンセプトにも見合っていると考えました。」

「山尾さん、やってみるか?」

「ぜひ、お願いします。」


 山尾は、建材メーカーを退職して、静岡の実家で3年前に内装コンサルタントを起業し、かねてから構想していたユニットバスの改良を重ねた。ビジネスホテルやワンルームマンションで主流であったバス、トイレ一体型を排除し、入浴を重視した製品の開発に注力し、ようやく世に出せるカタログを作るまでに至っていた。


 今回は、自宅の倉庫にモックアップした三種の製品を名古屋の不動産会社の社長と事業部長にプレゼンテーションを行っていた。


 不動産会社は、代々木、仙台、名古屋、神戸でビジネスホテルを運営しており、さらなる都市にチェーン化を図るべく、その序段として、創業店である名古屋のホテルを全面改装する計画を進めていた。

 二ヶ月ほど前にその計画を小耳にはさんだ山尾は、名古屋の会社へ飛び込み訪問をしたのであった。もともと名古屋市内のみの不動産を扱う小さな会社だったこともあり、人の話に首を突っ込む体質のようで、すぐにホテル事業部長と面談ができた。


「山尾さん、今のホテル業界の動向ご存知ですか?」

「ええ、いえ。」いくら飛び込み営業でもそれくらいは下調べしておくのは常識であったが、

「外国人客の取り込みですよ。」

「ああ、そういえば静岡でも中国人とかたくさん見かけます。申し訳ありません。」

「あなた、今日は日帰りでしょ。名古屋でもどこでもホテルを取ってみなさいよ。最近は旅行会社が押さえていて、なかなか空きがないそうですよ。」

「技術屋上がりで、申し訳ありません。勉強になります。」

「技術屋上がりだろうが、務所帰りだろうが、現状はそういうこと。それと、アジア系の外人はとにかく安い所を探すんだ。」

「なるほど、ということは、これからのホテルは安価に作られて、私の提案のシステムバスは全く逆を行くわけですね。」

「それが、いわゆるビジネスホテルチェーンのねらいどころとなるのだろうが、・・・」

「はい。」

「実は日本人は外人を煙たがるんだ。私どものホテルでも、今一番多いクレームは、設備に対してでなく、外人観光客がうるさい、共用部を専用する、といったものなのだ。」

「そういうものですか。」

「そこで、山尾さん。私どもは全国チェーンとの差別化を図ろうと考えているので、ハイグレード化を進めているんだ。」。

「あっ。」

「そう、チャンスがあるかもね。」


 山尾は、週一ペースで名古屋の不動産会社に出かけた。一月を過ぎた頃になると、社長も話に加わってきた。

「日本人は風呂が重要なんだよねえ。今でこそシャワーだけで済ます連中もいるが、出張のお客さんは、ゆっくり風呂につかりたい人が多い。だから、風呂だけ外で入ってきて、狭い部屋に寝るだけという人もいる。わざわざ、大浴場が付いているホテルを探す人もいる。」

「その通りです。私もサラリーマン時代はそうでした。だから、この仕事を始めたんですよ。」

「名古屋ホテルは、今8階建ての百六十室だが、改装後は百室いや、半分の八十室になるかもな。一室二十平米として、風呂とトイレの水周りは八平米くらいかな。」

「それくらいスペースが採れるなら、こんな感じでどうでしょう。一部屋当たりのイニシャルがこれくらいになりますが。良かったら静岡にモデルを組んでありますので見に来て下さい。」

 不思議なくらい、順調に話がすすんでいた。


 倉庫のプレゼンが終わり、山尾が予約していた割烹料理屋の誘いを断られたが、

「よし、じゃあ明日にでも設計事務所から連絡を入れさせるから、打合せを進めてくれ。工事に関しては一切を任せているからね。この先生の仕事は間違えがないが、少し変わり者なので、頑張ってくれたまえ。」

「ありがとうございます。末長いお付き合いができますよう、いい仕事をさせてもらいます。」

「言っておくが、先生がだめと言ったら、この話はないからね。」

「もちろん、承知しております。どうです?小さな店ですけど味には評判がありますが?」

「気にしないでくれ、というより山尾さんの申し出を断り申し訳ない。」


 社長の言った通り、翌日、その先生から電話が入った。

『岡川です。システムバスを売りたいんだって?』

『は、はい。よろしくお願いいたします。山尾と申します。』

『さっそくだが、あさって車で出てこれますか?』

『はい、大丈夫です。どちらへ、先生の事務所でしょうか?』

『いや、あさって、僕は、富士山を見に行こうとしてたんだ。君も付き合ってくれるか?』

『・・・え、あ、いいですねえ。ぜひご一緒させてください。』

『言っておくが、五時間くらいの山登りとなるからね。』

(初対面で山登りをするなんて、確かに変わり者だ。)


 9月の平日木曜日、山尾は指定された富士市と裾野市の境、十里木高原の駐車場に車を入れた。午前七時前、岡川との約束時間は八時であったが、余裕を見たのと、思っていたより道中スムーズで、早く着いた。この場所でも富士の頂上が見えるのであろうが、霧のなかであった。

 周りの高原をみると、ススキが霧の風に揺られ、秋の気配そのものであった。

(すこし寒いぐらいだが、やはり、空気がちがうなあ、ゴルフのスタート時のような緊張感もある。)


 すると、一台のワゴン車が駐車場の入り込み、登山者風の一人の男が降りて近寄って来た。

「山尾さん?岡川設計の岡川です。」

「あ、そうです。はじめまして、山尾と申します。今日はよろしくお願いします。」

「まだ、七時過ぎだけど、予定時間は八時だったよねえ。」

「はい、少し早く着いたようです。」

「・・・プラス5点、・・・」

「えっ、?」

「いや、・・・君は山登りはするのかね?」

服装を上から下まで見定められている気がした。

「いいえ、学生時代の遊び程度の山登り以来です。」

「そう、・・・ガスが出てるけど、雨具は持っているか?」

「はい、山好きの友人からいろいろアドバイス貰って準備したので大丈夫です。」

「じゃあ、さっそく出発するか。今日は〈越前岳〉にあがるからな。」岡川は、富士山と逆方向を指さした。

「登っている途中で富士山も顔を出してくれるだろう。・・・よし、じゃあ君が先頭に出てくれ。」


 後ろの岡川の指示通り、林道を進みだした。

(こういう時って、会話をするものなのだろうか?)

 山尾は勝手がわからなかったが、

「もっと、ゆっくり足を出さないと、頂上までもたないぞ。」

「は、はい。」山尾は、体力的に自信があったが、岡川の言う通りと感じた。岡川から話しかけられたので、山尾は岡川に話しかけた。

「結構きついものですね。ところで、私どもの開発したシステムバスですが、・・・。」

「山尾さん。言っとくけど、今日は仕事の話に来たんじゃないからね。」

「は、はい。すみません。」山尾は、背中のデイパックに背負ったパンフレット、カタログ類について、(まずかったなあ)と思い直した。

 道は山道となり、斜度も徐々に急になったような気がした。

(うわっ、冗談抜きできついなあ。岡川さんはどうなんだろう。)


『ガサガサガサ』

道の右手奥で、何かが遠ざかって行った。

「うわー、何だ?」山尾は思わず声を上げた。

「鹿だよ、鹿。白いケツを向けて逃げて行った。」岡川は冷静であった。

「へーえ、さっき道路を出たばかりの所にも鹿がいるのか。驚きました。」山尾は、簡単に自然に出会えることに、少し感動もした。

「今は、農家など鹿の被害も多い。各地で熊の被害もニュースでやってるだろう。」やはり冷静な受け答えであった。

「これを登り切ったら、休憩をしよう。」

「は、はい。私ももうへとへとです。」

道が平たんとなった。


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