フェティズム
女はお尻を見れば、善し悪しがわかる。
山井の持論であった。
通勤時、エスカレータで上るとき、前の女性のお尻を見る。いいお尻だなと思ったら、エスカレータを降りたとき速足で女性を追い抜き、さりげなく振り返る。顔を少し確認して、やはりいいおんなだと安心する。勝手に性格もいいはずだと考える。
大きいからいい、小さいからいいというものではない。大きい場合は大きいなりに、小さい場合は小さいなりに好みがある。お尻といいながら、足の付き具合や後ろ姿全体のバランスで判断する。スカートの場合は判断不可能とし、パンツを履いている場合、それも白の薄手の生地がベストである。下着で矯正してようが、身長、年齢は関係ない。
触るわけでなく、盗撮するわけでもないので、犯罪ではないし、どうせ女性も男の尻に対し同様な感情があるだろうと、セクハラでもなく、女性蔑視でもないと、自分の中で正当化する。
十月盛岡に出張があった。二年ほど前は〈岩手山〉に登ったが、今回は花巻より〈早池峰山〉に出かけた。山井は交通費が浮くので、仕事の出張と趣味の登山を絡めるのであった。
小田越登山口より最初樹林帯を進む。樹林帯を抜けると、蛇紋岩の山容が現れ、振り返ると〈薬師岳〉が三角形をなす。花崗岩と違い蛇紋岩は滑りやすい。
山井は足を取られながらも岩の急登を上がり、五合目を過ぎ2度目の休憩を採る。周囲の緑色の岩が別世界を感じさせる。また眼に入る木々も黄金色の紅葉真っ盛りであった。
水分補給もして休憩を終え、荷物を担ぎ進み出そうとした。そこへ、ザっザっと一人の登山者が山井を追い越して行った。山井はその人の後ろに着いていく感じで足を出した。
(このひと、縦走して山中でテント泊でもするのかな。)
長身でポニーテールの登山者は、大きな赤いザックを背負っていた。山井は今年五十二歳だが、そこらのジジババ登山とは体力が違うと自負していた。荷物も昼飯の弁当くらいである。
(まあ、道が広いところで抜いてやろう。)
ポニーテールを3メートルの間隔を空け追った。ところが、結構なペースで一歩一歩岩を踏み進んでいく。気を抜いたら置いていかれるほどだ。
(強いおんなだな。あんなに大きな荷物なのに。)
どこかで抜こうと考えていたので、周囲の景色が目に入らない。そうこうしている間に八合目を過ぎ、鉄バシゴが出てきた。
山井はポニーテールに続き、鉄バシゴを登り出した。梯子を登るときは、まず手がかりを探すため上を見ることになる。
(あっ)
赤いザックの下に、ポニーテールのお尻が見えた。
(いいおしりだな。)
今までは、岩の足の置き場を見ながら前に進んでいたので気付かなかったが、ブラウンのニッカズボンから黒いスポーツタイツが伸びており、登山靴の上十センチまでの厚手のソックスを履いていた。そのニッカズボンのお尻がすごく気になった。
(今まで見たお尻でナンバーワンかもしれない。)
相変わらずポニーテールのペースは速かったが、相手に気取られない程度に間隔を取り、ハシゴを登った。お尻を見ているだけで幸せな気分となった。
ハシゴを登り切り、尾根に這いあがった。ポニーテールはそのまま西の頂上へ向ったが、山井は腕も疲れ、ひと休憩を採ることにした。
頂上へは五分ほどで着いた。そこに赤いザックに腰掛けるポニーテールを見つけた。山井はそれとなく近付き、斜め向かいに腰を下ろした。
ここは山の中、登山者同士である。
「こんにちは、強いですね。」
声を掛けてしまった。
見上げた顔は鼻筋の通った美人であり山井の思った通りであった。しかし、
「えっ、あっ、こんちは。」
返ってきた声は若い男のものだった。
(し、しまったあ。見誤ったあ。)
山井は落胆した。そのことが頭に残り惰性で山道を下った。