プロローグ
恐ろしく暑い日が続いている。額からは玉の汗が垂れている。背中の汗がワイシャツにこびりついて気持ちが悪い。早く事務所に帰って休みたいが今日もノルマをこなさなくてはならない。
団地の階段を急いで駆け上がる。別に急ぐ必要もないが、次の約束があるので仕方がない。
「こんにちは。」とノックをするが誰も出てこない。約束をしたのに・・・・と思いながら次の家へ向かう。こんなことはしょっちゅうだ。午前中に電話で約束をして午後1時過ぎに訪問に行くと言っていても家にいないのだ。何ともやりきれない気持ちでいっぱいだ。
ノルマと言うと、何だか営業マンの成績のイメージだが、僕の仕事のノルマは訪問だ。家庭の状況によって訪問回数が決まっていて、少ない家庭でも1年に2回、多い家庭では3か月に1回の訪問に行かなくてはならない。数字だけを見ると簡単そうに見えるが、担当する世帯が100を余裕で超えるので、1年に1回の訪問ですらままならい。1件の相談内容が重い時など、2時間くらいはすぐ経ってしまうし、問題がある時は何度も足を運ぶことになるので、年間の訪問計画を立てても、その通りになることはまずない。一日の半分は訪問に消え、その他は膨大な事務作業に追われる。生活に困っている人達の手助けが僕の仕事なのだ。
生活困窮者はこの日本に溢れている。失業率を見れば明らかだ。日本の強みであった終身雇用から派遣社員に雇用形態がシフトしたことにより、失業者が莫大に増えると共に、安定した生活が出来なくなってきている。確かに、職種を選ばずどんな仕事にでも食いつけば、就職は出来るかもしれない。しかし、安定して働けるかと言えばそうではないし、生活が出来るだけの給料が稼げるわけでもない。一昔前であれば、ある程度の学歴があれば、それなりの企業にも就職は出来たが、今は一流大学を出たとしても就職が出来ないのは普通である。本当に厳しい時代になった。
と言っても、ある程度の学力があれば、なんだかんだ言いながら仕事にはありつけるだろう。しかし、世の中には家庭環境の関係で、まともに小中学校に行っていない児童も存在し、やがてその子達が大人になり仕事に就こうとしても、字の読み書きが出来ず、九九すら言えない状態では、どこの会社も雇ってくれず、社会に適応しなくなり福祉の世話にならなければならないのはよくある話なのだ。このように、道に迷った人達を安定した生活に導くのが生活保護ケースワーカーだ。本当に人により様々なエピソードがある。感動的な話や目を覆いたくなるような話、騙されて愕然としてしまう話等、内容は様々だ。案外知られていないケースワーカーの日常を、笑いと涙と感動を交えお伝えしようと思う。
毎日寄せられる悲痛な相談内容を抱え、この炎天下を走りまわっているのだ。少しでも生活が安定するために・・・・