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バラ園

 


  彼女がここでお話をするには暑すぎると仰ったので、草むしりの休憩も兼ねて彼女のお気に入りであるバラ園へと移動した。ここは迷路のように入り組んでいて、中央にまでたどり着くと今までの狭い道ではなく隅にはベンチが一つ置いてある広場が現れる。そのベンチに二人で腰を掛けてバラを眺めていた。バラ園のバラはあと数日で満開になろうとしているものが多く、隣で日傘をたたみながら、これから咲くのが楽しみね、と話す彼女が微笑みかけた。 ここにあるバラは珍しいもの好きの彼女の父、つまり王様のコレクションである。そのためここには、珍しいとされる青色のバラしか置かれていない。



  「今日の夜パーティーがあるじゃない?そこでこのバラのように綺麗な青色のドレスを着ようと思うのだけれど、あなたはどう思う?」



  語りかける彼女の顔から目の前のバラへと目を移して、彼女がそのバラと同じ美しい青を身にまとって踊る姿を想像した。



  「そうですね、とてもお綺麗だと思います。でも、俺はこのバラ園には逆に珍しい真っ赤なバラ色の方が姫様にはお似合いなのではないかと思い…」



   はっ、として彼女を視線を移した。俺は何口答えしているのだろうかと。



  「し、失礼いたしました!」



  「どうして謝りになるの?」



  彼女はキョトンとした表情でこちらを見ていた。



  「あなたが思っていることを正直に言ってくれて私はとても嬉しいわ。」




  ふふっ、と笑いながら空を見上げて、真っ赤な赤ね、と彼女は嬉しそうにつぶやいていた。



  



  先ほどまで大量の汗をかいていたので、こうして日陰に座っていると涼しいというより寒さの方が感じられる。



  「大丈夫?汗で冷えました?」



  え、と驚いて隣りを見ると彼女は自分のハンカチをこちらの頬に当ててきた。それよりも、俺は寒いとも、ましてやそんな素振りも見せていなかったのに彼女に分かってしまったことのほうに驚いた。



  「姫様、ハンカチが汚れてしまいます。私は大丈夫ですからどうかそちらをお仕舞い下さい。」



  言うのと同時に慌てて彼女から一歩下がると、彼女は寂しそうな顔をした。

  そして、出してくれたハンカチを握り締めながら地面を見つめていた。



  「あなたにそれを言わせてるのは、これが汚れてしまうと本当に思っているから?それとも、私たちの前にある見えない壁がそれを言わせているの?」



  彼女の悲しそうな表情を見つめた俺は、時が止まってしまったかのような感覚に襲われた。

  彼女にこんな顔をして欲しいわけじゃない。


  俺はいつだって彼女には笑っていて欲しいと思っている。

  けれど、時々出るこの話題にはどうしても望んでいることとは反対の現状が起こってしまう。


  ハンカチが汚れてしまうから?

  綺麗な彼女が汚い俺なんかに触れていいと思っていないから?



  見えない壁を壊してはいけないと思う俺。

  見えない壁を壊してしまいたいと思う彼女。



  この壁をできれば壊れてしまえばいいと思っていたこともある。

  けれど、そんなこともできるわけもなく、力もなく、意思もなく。


  ただただこの話題は虚しいだけ。

  解決しない、永遠に終わらない、既に答えの出ている問題。



  どうして俺は使用人で、彼女は一国の姫なんだろう。



  冷たい時間が流れた。相変わらず彼女は地面を見つめ、俺は目の前に広がるバラを見ようと思ってみるのではなく、ただぼんやりと見ていた。



  突然、葉がカサカサと擦れる音と、人の足音が聞こえてきた。

  広場の入り口、先程二人で通ったバラの細道からその人物は現れた。


  彼女の執事である。



  「いけません姫様、このような者と口を利いいては!」


  「大変失礼いたしました。」



  俺はそう言って、ベンチから飛び退き彼女の脇で片膝を立てて跪いた。



  「姫様、これから会食が行われます。早急に支度をいたしましょう。」



  ハイ、と小さくつぶやいた彼女は俯いたままバツの悪そうな表情で、立ち上がった。執事にバレないように様子を伺うと、彼女もこちらを見ていたらしく目があった。すると彼女は声に出さないように口だけで何かを伝えてきた。



  「そこの使用人。お前は以前にも何度か姫様といたところを目撃されていると情報が入っている。お前はその度に上から注意を受けたはずだ。しかし、今日もこうして姫さまと一緒に居られるな。お前ごときの身分で姫様に気安く口を利いていいと思っておるか。いい加減自分と彼女の身分の差を思い知れ。」


  「はい、大変申し訳ございませんでした。以後このようなことのないように努めていきたいと思っております。」



  二人は、俺の言葉を最後まで聞かずに出て行ってしまった。


  もう一度ベンチに座り直し、空を見上げた。



  執事の言ったことは全て十分すぎるほど、自覚している。



  今はそれよりも…。




  「いい加減仕事に戻りますか。」



  そう言って立ち上がり、空を仰いだ。





  今は彼女が最後に言った、ごめんなさいの意味を考えたくはなかった。




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