くたばればばあ
朝。
いつものように起きる。
そして、いつものように決められた服装に着替える。
それから部屋を出て。
ある部屋の前で立ち止まりノックをする。
「失礼します。おはようございます、姫様。」
これが俺の日課。ここに雇われたときからの決まり、特別なことがないかぎりは必ず行うこと。
「もうそんな時間?今日はなにがあるんだっけ?」
「私は執事ではないのでわかりませんが、昼食時に近隣の侯爵家の方々とお茶会をし、夜はダンスパーティが催されると昨日姫様はおっしゃっておりましたよ。」
そこまで伝えると、彼女はベッドの中でモゴモゴと動いたかと思うと何かに気付いたようにびたりと動かなくなってしまった。
そして、いきなりガバッと起き上がり、こちらを向いて頬に手をあてながら
「では、お昼まで私は暇なのね?!」
と、嬉しそうに聞いてきた。俺はさっきも述べたように、執事じゃないし、彼女のスケジュールを管理する役職でもないからここで頷いてよいのかわからないので、適当に微笑んでおくことにした。
「いつも曖昧ね!」
そういって彼女は微笑んだ。
部屋を出るといつも惨めな気分になる。
ここで使用人として雇われている身である俺は、一国の姫である彼女と本来こうして会話をすることさえ許されない。
それなのに笑いかけてくれるだけでなく、様々な表情を見せてくれる。
朝食を済ませたあと、昨日からやろうと思っていた庭の手入れをすることにした。
今日は暑いなと思っていたけど、案の定、外に出ると夏に近付いているため日差しがキツかった。
「あら、あんなところで草遊びしている者がいるわ」
「あぁ、あれはここの使用人ですよ。草むしりでもしているのではないですか?」
「そう。わざわざ汚れる仕事に手をつけるなんてここの使用人は優秀です事」
「それ以外脳がなくって?」
「あらやだ、ご冗談を」
行きましょう、と言って二人の貴婦人はクスクスと笑いながら中庭から屋敷の中へと入っていった。
毎日のように聞かされる使用人に対する中傷。旦那の浮気などの日頃からゴシップに悩まされた貴婦人たちのちょうど良いストレス発散となる。俺らはストレス発散の的とされるわけだ。
どうせもう聞き慣れたし、最近ではそういっている貴婦人たちが哀れに思うようになってきた。くたばればばあなどとは思ったこともない。
「本当に汚らしいわね」
そこへまた違う貴婦人が通りかかって、一言みやげの言葉を添えて通っていった。
またかよ。
くたばればばあ。
悪態を付いていると、日差ししか降り注がなかった俺の周りが突然日陰へと変わった。見上げると、そこには姫様が日傘を差して立っていた。
「この暑い中よく庭のお手入れなんてできるわね!感心しちゃうわ」