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 その日も無事「やがてめざめる魔女」を借りた私は揚々と家路についた。異変が起きたのに気がついたのは、夕食を食べもう一度テストの範囲のおさらいをしようと自分の部屋に戻った時だった。


 私は子供の頃から潔癖ともいえる片付け魔で、トイレに行く時くらいは別だけど、ちょっと歩いて3分のコンビニに夜食を買いに行く時でも机の上を全て片付けてからいく性質だった。夕食の時のように10分以上部屋から出るような時は本棚に教科書もノートもしまった。きちんと教科順に並べていた。そうしないと落ち着かないのだ。部屋に入った瞬間、何もかもが収まるべきところに収まっているのは本当に落ち着く。いつだって「今から始める」状態にしておかないとイライラして何も出来なくなってしまうのだ。


 今日だって間違いなく夕食前に私は完璧に片付けてから部屋を出た。が、机の上にはノートが1冊出ていた。しかも、ノートは開いていた。あり得ない事だ。私は今までの人生でノートを開いたまま席を離れた事はない。避難訓練の時ですらまずノートを閉じてきたのだ。

 私があっけにとられてぼんやりとノートを見つめていると、急に空中に黒いエンピツが現れ、そのままノートに何か書き出した。私はノートに駆け寄った。と、同時に何か大きな力によって椅子へと座らせられた。後から気がついたけど、私が気絶しても頭をひどくぶつけないように気を使ってくれたんだと思う。

 ノートにはものすごく黒い字で私へのメーッセージが書かれていた。


『初めまして。私は魔女のヒルース。あんたの魔女修行を観察させてもらう事にしたから挨拶に来た。今の私はちょっとした悪さをしてお仕置きされてるもんだから閉じ込められてて暇なんだ。

あんたのヴィオリータ、いい名前じゃない?気にいったよ。私へ何か言いたい事があったら心の中で思えば何だって通じるけど、それじゃあんたも面白くないだろうから、あんたにも書かせてやる。

このエンピツは魔法のエンピツ。普通の人間には見えないから安心して何でも書きな。』

『ヒルースさんへ

 分かりました、信じます。だからもう部屋に変な匂いを充満させたり、体を痺れさせたりするのは止めてください。観察されるのは嫌です。

 分かりました。許可します。だから体をかゆくするのもやめてください。それにしても不公平ではないですか?なぜあなたは私を思い通りに出来るのに、私からは何もできないのですか?』

『あんたが見習い魔女の見習い並みに力がないからだよ。修行不足を呪うんだね。あんたがもっとしっかり生きていればちゃんと呪文を見つけられたはずだよ。私は修行し始めた頃からあんたをずっと見ていたけど、あんたはずっと不足している。本を読むならちゃんと読みな。ヒントが隠れているから。』


 最初のページにはこれだけが書かれた。私はいつの間にか気絶して、朝を迎えた。多分神経が疲れきったんだ。テスト勉強が出来なかったのはこの際大した問題じゃなかった。本物の魔女が私にコンタクトをとって来た。UFOを見つけるよりもすごい事だ。私はテストなんか手につかないと思ったけど、ちゃんと登校し、テストを受けた。集中なんかちっとも出来なかったのに、回答欄が全部埋まった。

 隣りの席の男の子は時間ぎりぎりまでシャーペンのお尻を噛みながら必死に空欄を埋めていた。檜山くん。泣きぼくろがあって、始業式で見かけてからそれがすごく気になった。いつも泣きぼくろに見惚れてしまうのだ。彼は私の人生で初めてと言っていいくらい特別気になる人だった。


 早く家に帰ってヒルースと昨日の会話の続きがしたかった。でも、先輩に捕まってしまった。腹が立つ。


「坂巻さん、どうしてまだ美術部に入らないの?うちの高校を受験したっていうから、てっきり今度こそ入るって思ってたのに」

 金子先輩はゲージツに命をかけた人で、中学の頃からうっとおしくまとわりついてくる羽虫のような人だった。

 美術部?私がこの高校を選んだのは図書館と自宅の延長線上にあって、なおかつ私の学力のレベルにあっていたからに過ぎないのだ。芸術クラスには入ってないんだからそのくらい気がつけよ。バカじゃないの?

「一度見学においでよ。本当にすごくレベルが高いし、みんないい人だから」

 うちの学校の芸術クラスはものすごく人気が高くて、県内一の進学校に合格できるレベルじゃないと受からないゲージツ好きにとっては切ない現実があるらしい。

 仕方がないので金子先輩を含むその他大勢のゲージツ好きだが知能は一般の人間はみな美術部に入っているらしい。美術部はうちの学校一人数が多く、活気があり、卒業生も有名人がいるらしい。芸術クラスの人間は授業の課題に追われて美術部に入る余裕のある子は少ないらしいけど、放課後は3つある美術室を美術部とごちゃまぜになって利用するので自然に交流できて、レベルが高いらしい。高文連並に校内コンクールの作品はすばらしいものがある。見にきたらいい、と既に聞いた事のある説明と初めて聞く説明を織り交ぜて興奮しながらとうとうと話された。


 くだらねぇ。


 私は金子先輩に毒づいてやる事も出来たし、中学の時は実際にあんまりうっとおしくて彼女を突き飛ばした事もあった。図書館の閉館時間が近づいていて、2週間の期限ギリギリの日だっていうのに説得しようとするんだからしょうがなかった。あの時はそうやってでも逃げるしかなかった。「やがてめざめる魔女」を手元に置いておくためにどうしてもやらなければならない事だった。

 私は先輩を突き飛ばした事をまだ謝ってない。金子先輩も忘れたわけでもないだろう。なのに未だに私に話しかけてくる。先輩のゲージツの為に私が必要なんだろうか。そんなゲージツは諦めたらいいのに。


 私はいつでも学校を無難に過ごす為だけに絵を描いてきたのに、周りは私の才能とやらを無駄に評価してくれた。金賞や最優秀賞や内閣総理大臣賞やらで、図書カードや賞状や絵の具セットなんかを何度ももらった。信州への2泊3日の絵画研修への招待券とかももらった。面倒だから行かなかった。風邪を引いたふりまでして辞退したので研修へ行かなくてもしばらく生活(寝込んだり、おかゆばっかり食べたり)が面倒だった。嫌な思い出だ。


 私にとってはその程度のものなんだ、絵は。興味を持てなかった。どうして適当に描いている私の絵ばかり評価されるんだろうか。実は芸術クラスからは推薦の声がかかっていたけど、絵ばっかり描いているのは面倒だし、課題がキツイという情報も持っていたから普通クラスを受験したのだ。受験勉強とはかりにかけても3年間毎日延々続く沢山の課題の方がよっぽどきつそうだったから。金子先輩がこの話を知ったらどう思うんだろうか。

 私が高校に入ってからもすでに100回はくり返した「興味ないんで」の一点ばりの返事を続ける事2時間。私もつくづくお人よしだ。話なんか聞かなければ良かった。人生を無駄にした。

 クツ箱でクツを履き替えていると、檜山くんが同じサッカー部の子とやってきた。運動部が帰るにはまだ早いのにもう帰るのかな。よく見ると足をくじいたらしい子に肩を貸していた。気の毒に。まだ仮入部の時にそんなにキツイしごきをされる訳もないから、うっかり怪我したんだろうな。大丈夫?くらいの事を言っても構わないだろうけど、私は無言で学校を後にした。急いでいたからだ。他人との交流は金子先輩との会話で十分果たした。何なら今月はもう学校では一言もしゃべらなくてもいいかもしれない。それぐらい疲れた。

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