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オルタナ  作者: 童君
9/11

第9話 芸術家・佐刀竹光(後編)

 一通り説明が終わったところで質疑応答だ。ただ、否定的な意見を受け入れる余裕は今のオレには無い。とにかく行く、三百年前に。

「行ってどうするの?」「タイムパラドックス的な事は大丈夫なの?」などの意見も確かに気になるところではある。普通なら無視できない話ではあるが、今は、「もしかしたら原因かもしれない」という微かと言えるかどうかも分からない希望にすがって行動するしかない。

 かくして、オレのかたくなな意見は聞き入れられ、三百年前への弾丸ツアーが強行採決された。

「バックトゥザフューチャーみたいだ」と思ったが、それを言うと真剣さが足りないと思われかねない。そうなると、強行採決もやっぱり否決という事になりかねない。黙っておいた。

「イッチー、私の能力じゃ場所は移動できないよ? 同じ場所での時間移動だけぇ」

「多分大丈夫だろう。佐刀竹光はこの辺に住んでた人みたいだ。あの地蔵も、自分の住む土地って事で寄贈したものらしいからな」

「そっか、じゃあさっそくいっこうかぁ!」

「オルタナ御一行だな」

「え、何おやじギャグ~?ちょっと引くぅ」

「いや、お前が言ったんじゃねぇか!むしろオレはフォローしたくらいの」

「私は元気よく言っただけだよぉ」

「てんめぇ、」

 しかし、相変わらずオレの言葉は聞き流して神菜は時間移動の準備を始める。その準備は意外とあっさりしたものだった。その辺の空間に指で人が通れるくらいの長方形を書いただけだ。

「さ、準備できたよぉ」

「こんなあっさりなのか?お前オレを掃除用具箱に入れた時、もうちょっとなんかやってなかったか?」

「あれはイッチーを焦らしてただけだよぉ。ごめんねぇ~」

「てん」

「さ、入って入って~、この先は三百年前でございますですよぉ」

 もう「てんめぇ」すら言わせてもらえないのか……。

 若干諦めにも似たため息を吐いてオレは神菜の作った時間移動のゲートをくぐる。

 そこはおそらく三百年前の世界だった。創さんの家の周りの町並みはどこにもなく、うっそうとした木々に囲まれた場所だ。オレは、人が信じられない状況に置かれた時によく言う言葉を言いそうになったが、自粛した。

「改めて体感すると、やっぱ凄いなお前」

「でしょでしょぉ?エッヘンだよ」

「前に時間移動させられた時は数時間単位だったからあんまし実感なかったっちゃ実感なかったけど、こんだけ移動するといやでも実感するよ。さて、」

 先だっての質疑応答でも議題に上がった事を消化せねば。

 その議題とは「行ったところで竹光の居場所なんか知らないけど?」だ。

 それに対するオレの答えは「人に聞くからいい!」だった。

「とりあえず、人のいるところに行きましょうか。人に聞こうにも人がいないですし」

「そうね、でもどっちに行けば森から出れるのかしら」

 確かに周りはどこを見たってモリモリの森だ。下手に一歩を踏み出して迷ったら戻ってこれねぇぞ。

「そういや神菜、ここに何か目印とかつけとかなくて大丈夫か?帰りに分かんなくなるぞ?」

「ん?そんなの必要ないよ、だって今通ってきたとこはもう閉じちゃったしぃ」

「はぁ?じゃあ帰りどうすんだよ?」

「帰りは帰りでまた新しくゲートを作ればいいだけだよぉ?むしろここにそのまま開けとく方が危険でしょ?そこら辺の動物とか、下手したら人が間違って通っちゃったら大変だよ」

「あぁ、言われてみればそうか。なんかドラえもんの見過ぎだな。タイムマシンの入り口が見つからなくてオロオロしてる姿を想像しちまった」

「でしょ~?で、どうしようか?」

「ん~……、あんまり気は進まないけど……、マミ!」

「え、あ、は、はい」

「お前に任せる! オレ達はお前の後をついて行くよ」

「ちょっとイッチー! なにマミちゃんに押しつけてんのぉ?」

「どうせ勘でいくしかねぇんだ、どうせ勘なら野生の勘に頼った方がいいだろ」

「確かにマミちゃんは元は狸さんだけど……」

 さすがに創さんも苦笑気味だ。けどこれしか思い浮かばねぇや!

「あ、あの私やります。やってみます。私も、あの、役に立ちたいです。立ちたいんです。というより、元々私の事ですし」自信はなさげだが、何かを決意した目をしているのは分かった。

「よし、頼むぞマミ。人のいそうな方に進んでくれ」

「はい!」

 そうして、マミの後ろをつけまわす事四五十分。語呂はいいが実際歩く分にはたまったもんじゃねぇ。挙句、たどり着いたのは狸の巣穴だった。

「マミぃ! 誰がお前の仲間のとこに案内しろって言ったよ、人間のいるとこだよ人間の!」

「す、すみません」泣かすつもりは無かったがマミは泣きそうになっっちまった。オレ的には普通のつっこみだったんだけど、少し加減した方がいいかも。

「ちょっとイッチー、マミちゃんを責めないでよぉ! 自分が任せるって言ったんでしょぉ!」

「あぁ、悪い悪い。怒ってないからな、マミ。オレとしてはちょっとしたつっこみのつもりでな」

「うぅ、う、はい、ごめんなさい。うん、大丈夫だから。ありがとうね」

「マミちゃん、誰と話してるの?」

「あ、あの、狸さん達が、心配してくれてて、あの、それで」

「お前狸と話せんのか?」って狸に聞くのもなんだか間抜けだな。行ってから気付いても遅いが。

「はい、話すというか、はい、意思の疎通は出来ます。電気…信号?って言うんですかね?すみません、創さんの家にある本で読んだんですけど、あんまり詳しく書いてなくて、私も良く分からないんですけど」

「へぇ~、やっぱりマミちゃんは勉強家だねぇ。偉いぞぉ」

 お前がマミに対して上から目線で話すほど勉強してるとは思えん。オレにも言えるが。

「ねぇねぇ、じゃあさ、狸さんに人里の場所聞いたらいいんじゃないかなぁ?」

「正解、神菜お前正解。お前正解導きだしたな。偉いぞぉ」

「イッチーから上から目線で話されたくないよぉ」

「マミだってお前に上から目線で話されたくないだろうさ」

「私の方がお姉さんだからいいのぉ」

「じゃあ神菜はオレの事をお兄ちゃんと呼んでいいぞ。意外と萌えるかもしれない」

 神菜は養豚場の豚でも見るかのように目でオレを見て黙ってしまった。残酷な目だ「かわいそうだけど明日には朝にはお肉屋に並ぶ運命なのね」って感じの!お前はオレの波紋の師匠か!

「マミちゃんお願いできる?」

 創さんが空気を読んで、マミに切り出してくれた。さすが創さん!そこに痺れる、あと……なんか……グッとくるぜ。空気職人の異名はもはやこの人の二つ名と言う事で特許を取って欲しい。エアマスターとかいう作品はきっと創さんがモデルなのだろう。

「はい、聞いてみます」

 マミが狸達に人里の場所を聞いている姿は描写のしようがない。ほとんど静止画だからな。

「人里は逆方向みたいです。このまま進んでも、人間達に『死霊の滝壺』と呼ばれてる場所に行きつくだけみたいです。」

「その場所は非常に興味深いが行ってる暇は無い。戻るか」

「あ、でも佐刀竹光さんはこの辺に住んでいるそうですよ」

「それ先に言え! あ、今のはつっこみだからな、怒って無いからな」

 いちいち、ことわって突っ込むのはリズムが狂うな。

 しかし、佐刀竹光がこの辺に住んでるって?

 御都合主義っぽいが、芸術家なんてものは得てして人嫌いだったり、世捨て人だったりで人里離れた所に住んでいる物だ。テンプレートって奴だ。あの新津覚之進だって確か山の中に暮らしていたはずだ。御都合主義というより、まっとうな展開と言っていいかもしれない。

「はい、わかりました。どうもありがとう」

「わかったのか?」

「はい、あっちに進んですぐだそうです」

 マミの指差す方向へ進むと、佐刀竹光が住んでいるのであろう小屋にたどり着くのに、驚く事に四、五十分かかりやがった!「驚く事に四、五十分」って語呂はいいけど以下略だ! 狸的時間間隔を信じるべきじゃなかったな。だがとりあえず着いた事は着いたんだ。後は狸情報がデマ出ない事を祈るばかりだ。

「メアテさん、着きましたね」

「あぁ、御手柄だな」そう言ってマミの頭をワシャワシャと撫でてやった。マミは凄くうれしそうにしていてオレも微笑ましい限りなのだが、その後すぐに神菜がマミの髪をくしで直すのを見てプラマイゼロだ。

「で、着いたけどどうするのイッチー?」

「そりゃあ普通にノックして、中に入れてもらおうや」

「そしてぇ?」

「私はこうこうこういう者でございまして、こういって事情で参上いたしました。かなんか行ってだな。お茶の一杯でも頂いてから本題だわな。なんとかしてもらおう」

「イッチーの計画は大事な最後がずぅ~っと漠然としてるんだよねぇ、計画の時から」

 そうなのだ。事前の質疑応答でもそこがずぅっとぼやけていたんだ。佐刀竹光に会えば何とかなる。その期待だって漠然としたものにすぎない。神菜の言う事は、言われるまでもなくオレも不安だ。

「ま、言っててもしょうがねぇよ。もう来ちゃったんだからよ、行くしかねぇだろ」

 扉の前に立つと、人違いの心配は無くなった。なんだ、表札が出てるじゃないか。「佐刀竹光」って扉いっぱいに。迫力の筆文字だ。

 少しビビったが、その扉をノックした。

「はぁい、開いてます。どうぞお入りください」

 以外にもすんなりと中へ通された。それに声を聞く限り、人嫌いという事はなさそうだ。とても人当たりが良さそうな声のトーンだ。

「失礼します」

 中に入ると、いかにも昔の住まいと言った感じの者が揃っていた。囲炉裏に釜戸、後はたいしたものは見当たらない。必要最低限といった暮らしをしているようだ。テレビもなければラジオもない。吉幾三が「オラこんな村いやだ」と言っていたのはおそらくこれに近い状態なのだろう。

 そして、オレが想像していたよりもずっと若いのほほんとした笑顔の優男が出迎えてくれた。

「佐刀竹光さんですよね?」

「えぇ、儂が佐刀竹光ですが、こんな所まで大変だったでしょう。ささ、上がってください」

 若い見た目で儂という一人称を使うのは少し違和感があったが、この時代では珍しくないのかも知れない。現代だって使うやつは使うだろうし。それより、

「あの、オレ達が何者か聞かないんですか?」

 こういうタイムトラベルものだと、まずオレ達現代人の服装からして怪しまれる者だと思っていた。「けったいな格好して、お前ぇらなにもんだぁ?」と聞かれるかと思っていた。

「ん、あぁそういえば聞いていなかったですね。これは失敬。うっかりしてましたね。でも、特に興味がないのでわざわざ聞く必要もないとも思います。眼中にないとかそういう意味ではなく、誰ともわからない人と出会い、誰ともわからないまま別れるというのは、中々芸術的ですから」

 どう答えたものか困って、みんなを振り返っても、みんな同じように困ったようにきょとんとしているばかりだ。まぁ、いいならいいか。

 中に通され、座布団に促され、お茶もいただいた。そろそろ話を切り出す頃だな。

「竹光さん、オレ達あなたに用があって来たんです。是非、話を聞いていただきたいんです」

「ん~、少し残念。儂としてはこのままあなた達がお茶お飲んで帰ってくれればいいのにと思っていました。いやいや、あなた達が邪魔とかそういう事では無く、誰ともわからない人が何の目的かも知れずやって来て、何もせず、誰ともわからないまま帰って行くというのも面白いなぁと考えていたもので」

「すみませんが、用件はちゃんと言わせてもわいます」

「勿論お聞きします」

 オレは事情を全て話した。ぬかり地蔵の事、思い出から心が無くなった事。神菜の能力と未来と言う事について説明するのが難しかったが、佐刀竹光はフンフンとオレの話を妨げず聞いてくれた。

「オレ達はあなたなら何とか出来るかと思って、すがる思いで来たんです。急にわけのわからない事を言ってるのは十分わかってます。それでも、なんとかならないでしょうか?」

「…………」

 佐刀竹光は黙ってしまった。この空気は流石の創さんもどうも出来ないようだ。しばらくの沈黙の後、佐刀竹光が口を開いた。

「その、ぬかり地蔵と言うのを儂は知らない」

「えぇ、そんっ、馬鹿な…、ちゃんとあの地蔵の作られた時期を調べて来たんです。逆算すれば、もう作っていなければおかしい。ホントに作っていないんですか?物凄いデカい地蔵ですよ?」

「デカい地蔵なら、今作っていますが、それは心地蔵と名付ける予定です」

「心地蔵、ですか?」

「えぇ、その地蔵に触った人達の記憶を鮮明に、思い出をより美しく、より浮き彫りになるように願いを込めて、今作っている最中です。楽しい思い出の詰まった、私の生まれた村に置いてもらうつもりでね。おそらくそれの事ではないかと思いますよ」

「でも、やはり名前が……」

「メアテ君、こういう物の名前とか、最初の意味が徐々に変わって伝わるって言うのは、よくある事よ。だから多分その心地蔵がぬかり地蔵で間違いないと思うわ」

「……なるほど、そこは納得できます。納得しました。でも、思い出から心を奪うなんて最初の意味と全く逆じゃないですか、ここはやっぱり納得しかねますよ」

「…………」佐刀竹光は音も無い深い息を吐いた。

「おそらく……、心地蔵は完成したんでしょう」

「どういう事です?心地蔵は完成したから村に置いたんじゃないんですか?」

「完成した物は、最早芸術品とは呼べない。儂はそう考えています」

 そうだ、確かこの人はそんな考えのもとで芝居小屋で創作活動を見せたんだ。

「だから儂は未完成の心地蔵を村に置いてもらおうと思っています。しかし、ただの未完成作品は芸術とは呼べません。まだ見ぬ未知の完成に向かう事こそが芸術なんです。ですから形だけは完成させるつもりです。それを訪れる人に触れてもらい、触れた人の記憶を鮮明にし続ける事で、いつか完成となるように。そうすれば、芸術はより芸術でいられる。儂が以前芝居小屋でやったような事はたかだか半年やそこらの事です。あなた方は三百年後から来たんでしたか?ならば、心地蔵は三百年もの間芸術作品として輝いた事になる。いやぁ、嬉しい事を聞かせてもらいました」

 そうか、だからオレがマミ達と一緒に地蔵を見た時は昔ほどの感動を覚えなかったのか。佐刀竹光の言う、芸術では無くなったから、子供の時に見た時はまだ芸術だったから、まだ、未知の完成に向かっていたから。

「ただ、あなた方に迷惑をかけてしまった事は本当に申し訳ないと思っています。芸術家の儂が独りよがりで迷惑をかけるのと、その作品が迷惑をかけるのではわけが違う。このとおりです」

 佐刀竹光はその場で土下座をした。見事な土下座を。心からの謝罪の気持ちが伝わってくる。謝るという真摯な気持ちは、そのままこの人が作品を作るにあたってどれほど本気で臨んでいるんだと感じる。だからこそ、その責任も真摯に受ける。

「おそらく、羨ましかったんでしょう。多くの人の心を、思い出を鮮明にして。自分も……、と思ったんでしょう。だから、人の思い出から心を奪ってしまうようになったのかもしれません。許される事でも、謝って済む事でもないですが、本当に申し訳ない事です。ですが、儂は三百年後の心地蔵に、心からの賛辞と、ねぎらいの言葉をかけてやりたい」

「随分ロマンチストな事を言うな」と思ったが、この時代、物に魂や心が宿るって考えは当たり前だったのかも知れないな。

「ですが、そうなるとわかった以上、もう心地蔵を作る事は出来ませんな。心地蔵の制作は、ここで止めにしたいと思います。そうすればあなた方が思い出から心を奪われる事もない。そうでしょう?」

 確かにそうかもしれない。ただ、そうするとタイムトラベルものでよくある、「過去を変えたら現代が変わってしまう現象」が起こらないとも限らない。帰ってみて、思い出がよみがえっても、おかしな生物ひしめく世界になっていたら困る。

「いえ、心地蔵は作って下さい。絶対に途中で止めないで下さい。未来が変わるかもしれません。そうなると僕ら困るんです」

「しかし、それでは、あなた方の思い出が戻らなく……」

「いいんですよ。これからもっといい思い出作るって誓いましたから。今までの思い出が霞むくらいの。だからオレとこいつの思い出は心地蔵に差し上げますよ。三百年分の御褒美としてはちょっと足りないかもしれないですけど」

 マミの方を見ると、マミもそれでいいという決意の顔で小さく頷いた。

「ありがとうございます。しかし、これ以上思い出から心を奪われる人が増えてはいけない。だからお願いがあります。戻りましたら、心地蔵を壊してしまってください」

「……いいんですか?ホントにそれで」

「ええ、完成した芸術は、もはや芸術ではありません。完成したなら、心地蔵もきっと本望に感じてくれるはずです。大きいもので御苦労おかけしますが、どうかよろしくお願いします」

 佐刀竹光は深々と礼をした。先ほどの土下座とほぼ同じ形にもかかわらず、その意味が全く違うのが血管にまで伝わって来て、心臓がドクンと大きく打っている気がする。ここまでされれば頼みを受けざるを得ないという気にさせられる。

「わかりました。必ず壊します。粉々に、跡形もなく。で、いいんですね?」

「お願いします」

「じゃあ、竹光さん、あなたはしっかり心地蔵を作ってください」

「勿論」

「あ、そうだ一応……」

 オレは佐刀竹光に一枚の書類を書いてもらった。


『二千十年に心地蔵(ぬかり地蔵)を壊すことを許可する。 佐刀竹光』


 こうして、佐刀竹光との会談は終了した。

 佐刀竹光の家を出て、さて帰るかとなった時、一つの問題が浮上した。

「どこで帰る?」

 そうなのだ、どこで帰るかは意外と重要な問題なのだ。下手な場所で現代に戻ってみろ、家宅侵入罪くらいならまだマシだ。そこが銀行の金庫の中だったらどうする? 未成年とは言っても……、だ。既に森の中でウロウロしまくってしまって最初の位置などわかりゃあしない。

 現代でも大丈夫そうな場所と言う事で、狸の言っていた「死霊の滝壺」がめでたく選ばれた。滝はおそらく三百年たっても滝だろうというのが、選ばれた理由だ。

 歩いてみると「死霊の滝壺」もまた遠い。たどり着いた頃には、オレは死霊も逃げ出すような目の据わり方をしていた。死霊だって別に出やしない。多少薄暗いだけの綺麗な滝だ。

「死霊の滝壺」で神菜がゲートを作り、現代に戻るとそこは森凪図書館の近くの滝だった。こんな所があるとは知らなかったが、どうりであの図書館の周りはマイナスイオンが発生してる雰囲気が感じ取れないでもないと思っていたよ。

「さて、このまま地蔵壊しに行っちゃいましょうか。明日はもう学校だし」

「そぉだねぇ。でもイッチーだけじゃ大変だよぉ?」

「え、オレだけなの?」

「か弱い女子にそんな力仕事させる気だったのぉ? イッチー最っ低~」

 こんのパートタイムフェミニストめ! 都合のいい時ばっかり女を主張する奴なんて、全員田嶋陽子先生みたいな顔になっちまえ!

「わかったよ、タクミとオショロさんを呼ぶよ。」

 まずはタクミに電話だ。

「おぉタクミか? メアテだけど」

「お~、何々? デートの誘いなら」

「うっせぇ! いいからつるはし持ってぬかり地蔵に集合!すぐだ」

「無理無理ぃ、今あぶさんの二十一巻を」

「うっせぇ! あぶさんは待っててくれるからすぐ来い。じゃな」

「あ、待ってイッチー! 今行ったら地蔵壊してるのを人に見られちゃうよぉ!」

 確かに神菜の言うとおりだ。危なく御用だった。

「おぉぉ、待て待てタクミ! 夜だ、夜……、十一時に集合で。ぬかり地蔵の所だからな。あぶさん読んでいいぞ。じゃ」

 さ、オショロさんだ。

 同じようなやり取りなので以下省略するが、オショロさんは、クリア後のドラクエのレベル上げをしていた様なので、ゆっくりやっていただこう。

 連絡が終わると、オレ達は創さんの行き夜まで待機とした。

 夜になると、ホームセンターでつるはしを購入してぬかり地蔵のもとへ向かった。

 タクミもオショロさんもちゃんと集まってくれて本当に助かった。オレ一人では中々骨の折れる作業だったからな。

「じゃ、今から地蔵を壊しま~す」と簡単に事情を説明して、作業を開始した。二人とも何か言いたげだったが、暗いから気づかなかったふりをしよう。説明は後だ!

 創さんとマミと神菜がライトで地蔵を照らし、オレとタクミとオショロさんの三人で順番に地蔵につるはしを振りおろして行く。

 一時間ほど格闘したころ、地蔵の胸の辺りから何か、地蔵のかけらとは違う物がこぼれた。

 転がった先にいた創さんがそれを拾い上げた。自然とオレ達三人の手も止まる。

「創さん、それ何です?お茶の缶……?みたいな形してますね」

「待って、蓋が付いてるわ」

 創さんは蓋を開け、中から1枚の紙を取り出した。

「マミちゃん、ちょっと照らしてくれる?」

「は、はい」

 創さんはその紙の中身を読み上げた。それは、佐刀竹光からの手紙だった。


『今回は君達に迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ない。被害にあったのも君達、後の処理も君達。儂は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。せめてもの罪滅ぼしにもう一体小さな地蔵を君達に送りたいと思う。この地蔵は心地蔵の過ちの責任を取る意味で、心地蔵との親子地蔵として作った、親が子供の責任を取るのは当然なのだから。いわば私の分身のつもりだ。これで私の精一杯という事にしてもらいたい。 佐刀竹光』


 読み終えると、創さんは入れ物の中から小さな地蔵を取り出した。

 これは……!

 その小さな地蔵は、昔見たぬかり地蔵よりもオレの心に響いた。薄暗いこの場所に置いて、その地蔵は、小さなライトの光で照らされているだけとは思えないほどの存在感を放っていた。存在がなにやら濃いのだ。全員その小さな地蔵に目を奪われていた。稀代の芸術家佐刀竹光の精一杯は並の精一杯ではなかった。

「メアテ君」

 創さんがオレにその地蔵を手渡す。

「はい」

 ……!

「マミ!これ、触ってみろ!」

「は、はい。……!メアテさん!」

「あぁ!」

 モノクロになった思い出がカラーに、二次元になった思い出が三次元に、ただの知識になった思い出が、思い出に戻った。思い出に心が戻った。

「どうしたのメアテ君、マミちゃん?」

「戻ったんです、戻りました! 思い出が思い出に!」

 もうマミはグシャグシャに泣いてオレの腰のあたりにしがみ付いている。

 良かった。本当に良かった。思い出が思い出であるだけで、今見てる景色も、今見てる人達も違って見える。明日がどんなにパッとしなかろうが、楽しみにせざるを得ない気分だ!

 タクミとオショロさんは何が何だかわかっていない感じだが、いいさ。後で説明しよう。「今こうしている事だって大事な思い出なんだぜ!」っていくらでも熱弁してやるさ。

 その後さらに小一時間かけてぬかり地蔵を壊しきった。

 壊した地蔵後に佐刀竹光に書いてもらった紙を置いて、勿論壊した破片で風に飛ばないようにしておいた。

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「何言ってるんですか、創さん? 帰るわけ無いでしょう。これからカラオケ行きますよ」

 全員が「ええ?」と言った。分かってない。

「カラオケっつってもただ行くんじゃねぇよ。神菜の力で十一時前に戻ってカラオケ行くんだ。念のためしっかりアリバイ作りしとかないとな。地蔵破壊は、作者の許可があるとは言え一応犯罪だろ?」

 今度は全員が「あぁ~……」と力なく言った。やっとわかったか。

 そして、神菜の力で十一時前に戻り、近くにあるタクミの友達(オレだってそいつとはクラスメートだ。名前も知らねぇけど。)がバイトしているカラオケに行って、オレ達が地蔵を壊し終わる時間まで変なテンションで歌いまくった。

 疲れはしたが、後で思い出せば楽しい思い出になるはずだ。

 その時は、思い出が思い出として残っている事の喜びもきっと感じるんだろう。

 カラオケでバイトしている、オレの知らないタクミの友達が、「あれ、切妻に一村じゃん?」とオレの事まで知っていたと発覚した時の気まずさと、「あ、ぁあうん……」と適当にごまかした事も思い出であることに感謝する日が来るんだろう。

 どうせなら、そんな事は忘れちまえばいいんだが。

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