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オルタナ  作者: 童君
6/11

第6話 秘密基地・オショロ(後編)

 次の日、オレにとって嬉しい恒例行事「オルタナに出会ったら創さんちに行こう」がつつがなく開催された。今までと違い、チャイムを鳴らして出迎えてくれたのは、創さんではなく、マミだった。

「あぁ、メアテさん。お久しぶりです」

「おぉ、久しぶり。元気にしてたか?」

 以下のマミとの挨拶云々は省略する。全くもって当たり障りがない、それでいて面白みがない。日常会話のお手本のような会話がなされただけだからな。面白い事は何もない。そんな普通の会話が楽しいと思えるのはマミが美少女狸だからだな。

「ところで、その格好は?随分女の子らしくなったな」

「あ、ありがとうございます。あの、これ創さんが買ってくれて」

 創さんグッジョブです。この間は地味な図書館少女だったが、今はそこらへんのアイドルグループのダウトな奴よりよほど可愛らしくなっている。

「あと、創さんが昔着ていた服とかもたくさんもらいました」

 狸でも、着飾れる事が嬉しいんだな。狸の生態を調べている学者の方達に教えて差し上げたい。あ、オレと話せるからこんなに嬉しそうなのか。神菜に聞かれたらまた怒られそうなことばかり考えているなオレは。

 奥に通されると創さんが待っていた。

「こんにちはメアテ君。今日はどうしたのかな?」

「オルタナ関係ですよ」

「だと思った。ひょっとしたらマミちゃんに会いに来てくれたのかと思って。どう私のプロデュース?」

「グッジョブです創さん」

「でしょ~?マミちゃん可愛いから何でも着せたくなっちゃうのよね~。メアテ君もなにかリクエストはある?」

「マミは着せ替え人形じゃないんですよ創さん。でも夏までに浴衣を買ってあげてください」

「あぁ~、そうそう浴衣もいいわね!絶対似合うわマミちゃん」

 創さんが妙にテンション上がってる気がするな。

「一応言っときますけど、マミはおもちゃじゃないんですからね」

「わかってるわよ」

「当然って顔してますけど、オレはマッド・サイエンティスト月雪創にも向けて言ってますからね」

 完全にギクッとしたな。意外とわかりやすいかもしれないなこの人。てか本当に何もしてないだろうなこの人。

「ところで、また新しいオルタナに遭遇したの?」

「はい、そういうことです」

 オレは昨日の一部始終を話して聞かせた。あまり話に食いついてこなかったのは、やはり女性にとって秘密基地ってものにそれほど魅力的なコンテンツではないのか、オレの話術が未熟なのか、オルタナに関してはスイッチが入ってるのか、終始真面目な顔で聞いていた。

「どう思いますか創さん?」

「それはそのオショロさんのオルタナじゃないと思うわ」

「どういう事です?」

「前に言ったように、オルタナはそういった現象の総称で、人の能力に限定しないの。世界そのものが発する不自然な自然現象もオルタナと言うの。おそらくその場所自体がオルタナなんだと思う。多分オショロさんはその場所にうまく適合した人なんだと思うわ。メアテ君がそこに入り込んじゃったのは何故だかわからないけど……。でね、人のオルタナ以上に、そういう自然のオルタナは怖いの。人のオルタナはタクミ君や実ちゃんみたいに自分で制御出来るけど、自然はコントロールする人がいないから。幸いその場所はもう見つからなくなっちゃったのよね?だったら無理に探そうとしない方がいいかも知れないわね」

「そう……ですか。あの昨日連絡先を交換したんですけど、連絡もしない方がいいんですかね?」

「そうね、残念だけど……、あ、待って、その人と一回連絡を取ってもらえないかしら?その人にもオルタナの事は伝えたいから。一応ね」

「なるほど、わかりました。じゃあすぐに」

 すぐに携帯を取り出し、オショロさんの携帯にかける。マミが何をしているのか聞きたそうな顔をしていたが、ここはとりあえず知らんぷりを決め込む事にしよう。後で説明すればいいさ。

 オショロはすぐに電話に出た。

「もしもし、なんでござるかメアテ君?」

「あ~、あのですね……」

 そういえば何と説明してここに呼んだものかな。オルタナって言葉も概念もオショロさんは知らないわけだし。ふと前を見ると創さんがカンペを出してくれていた。

「えっとですね、オショロさんと話がしたいという人がいるんですが、ちょっと出て来てもらうわけにはいかないですかね?」

「オレに話でござるか?構わんでござるよ。で、どこに行けばいいでござるか?聞いたところでそこにたどり着く自信は無いでござるが」

 そうだ、この人方向音痴のせいであの場所にたどり着くような人だった。さてどうしたものか。

「あぁ、そうですよね。オショロさん、ちなみに今どこにいますか?」

「秘密基地でござるよ。」

「わかりました。じゃあ一旦そこから出て、近くに何があるか教えてください。」

「合点でござる」

 オレが思っているよりも「ためしてガッテン」の視聴率は高いようだ。

「え~っと、学校が見えるでござるな。あれはおそらく森凪小学校でござるな」

 森凪小ならここからそう遠くない。

「わかりました、じゃあすぐにそこに向かいますんで、校門の前に集合で」

「ばってんでござる」

「わかったのかわかってないのかどっちだよ!」

「申し訳ない、打ち間違えたでござる」

「せめて言い間違えた事にしろよ!そういうメタファーなギャグは感心しない」

「すまんでござる、じゃあ一回切るでござるよ」

「はい、こっちもすぐ行きますんで」

 電話を切り、すぐに連れてくる事を創さんに伝え、出発しようとすると、マミがこっちを気にしていたので声をかけてみた。

「一緒に行くか?」

「あの、……いいんですか?」

「別にいいぞ」

 そう言うとそそくさとオレの後に付いて来た。

 森凪小までの道中、携帯電話とはいかなる代物なのかについて、狸にもわかるように説明する事に苦心した。まぁ結局のところマミに理解させるには森凪小までの道のりは短すぎた。

 一応オショロさんがちゃんと校門にたどり着いているのか心配していたのだが、さすがに見えている場所までは迷わず来れたらしい。オショロさんがすでに待っていた。

「やっと来たでござるなメアテ君。あれ、そっちの女の子は誰でござる?」

「それも含めて、後で説明しますよ」

 この辺で「彼女か?」などと無粋でめんどくさいな事をいちいち言ってこないあたりがこの人のいいところだな。創さんの家に着くまでの道中もオショロさんは余計なことは喋らなかった。オレもこれから創さんが説明する事について、上手く説明する事が出来るかどうか自信がない。

「創さん、戻りました」

「あぁ、お帰りなさいメアテ君、マミちゃん。そして、オショロさん…でしたっけ、突然呼び出してしまって本当にすみません」

「いえ、全然構いませんよ。で、僕に話と言うのは?」

「えっ?!あれ?オショロさん、『ござる』は?『ござる』はどうしたんです?それに「僕」って」

「綺麗な女性と話すのに、悪ふざけするバカはいないだろう」

 この人は、わかりやすく男の中の男かもしれんと半ばあきれつつ思った。というか、せめて小声で言うべきだろう。創さんも微妙な苦笑いだ。

 こんな微妙なやり取りもありつつ、しかしながら二人とも切り替えの早いタイプらしく、すぐに真面目な顔つきになり、創さんはオルタナについての説明をし、オショロさんはオルタナについての説明を聞いた。

「そういう訳で、私としてはもうその場所には行かない方がいいと思います。」

「なるほど、仰ることは大変よくわかりました。ですが、僕はあの場所に行き続けますよ。じゃなゃあカッコがつかない」

「でも……、」

「創さん、この人はそういう人ですよ。あきらめた方が賢明です。オルタナについて認知してもらっただけで良しとした方がいいですよ」

「ありがとう、メアテ君。またいつでも遊びに来るといいよ」

 たった今、くぎを刺した創さんの前でそう言うセリフを吐かないでいただきたい。ほら、創さんが呆れ半分、怒り三分の二、情状酌量三分の一といった分量の表情をしてこっちを見ているではないか。っていうかオレも含まれてるのか……。

 しかし、オレもあの秘密基地にはまた行きたいと思っていたので、願ったりかなったりではある。

 結局、今日の会談は進展らしい進展も見せずに終了した。

 創さん言うところの「自然現象のオルタナは危険」という言葉をすっかり忘れていたが、その事を思い出すのは、後日まさにその危険の渦中での事になる。


 週末、母・ヒロ子から妹達の子守りを命じられる前にどこかに出かけちまおうか、どうせ出かけるならオショロさんの秘密基地に行きたいな、などと漠然と考えていると、携帯が鳴った。

「はい」

「もしもし、メアテ君でござるか?」

「はい。どうしましたオショロさん?」

 声のトーンに真面目な雰囲気が漂っている。しかし、ござる口調を崩していないという事はやはり深刻な事態ではないのか。

「今から秘密基地に来れるでござるか?」

「スケジュール的には行く事は可能、むしろ大歓迎ですが、行く手段がありませんよ」

「そう思って、すでにオレは秘密基地から出て森凪図書館の前にいるでござる」

「わかりました。すぐにそこに行けばいいんですね」

 話はあっという間に終わり、オレは願ったりかなったりといった状況だ。オレはすぐに準備を済ませ、家を出た。「どっか行くなら妹達も連れて行ってやんなさい」と言われなかったのは、オレの平凡でささやかな人生おいて幸運の部類に入るだろう。我ながら慎ましすぎる人生だと思えなくもないな。

 森凪図書館のに到着すると、当然オショロさんはすでに待っていた。

「すみません、お待たせしました」

「急に呼び出して悪かったでござるな。じゃあ、さっそく行くでござるか」

 そう言えば、秘密基地にちゃんと行くのはこれが初めてだ。最初はたまたまたどり着いたが、オショロさんは一体どうやってあの場所に行くのだろうか?

「オショロさんは毎回どうやってあの場所に行ってるんです?」

「簡単でござるよ。道に迷えば自然にあの場所に行きつくでござる」

「意図的に道に迷うことなんて出来るんですか?」

「意図的に道に迷うんじゃなく、意図せずとも道に迷ってしまうんでござるよ、オレの場合」

「それがいまいち理解できないんですが……」

「さ、とりあえず出発するでござる」

 オショロさんはオレの疑問を特に気にするでもなく、さっさと歩きだしてしまった。

 十分ほど、どこに向かうでもなく歩くオショロさんの後をついて歩いた頃、オショロさんがごく自然な言葉のように言った。

「さて、そろそろ迷ったござるな。ここがどこだか見当もつかないでござる」

「もう道に迷ったって事ですか? じゃあ……、」

 そろそろ秘密基地が、と続けようとした時、オレの視界にはいつの間にやらあの秘密基地のあるデカい広場があった。

 森凪図書館から十分程度の場所にこんな場所は無かったはずだ。それより、前回ヨミに言われるまま進んだ場所もこことは違う場所だ。なるほど、オショロさんが道に迷うと出現するというのはこういう事だったのかと実感した。

「到着しましたね。で、なにか話があったんじゃないんですか?」

「そうでござる。メアテ君、これを見るでござる」

 険しい顔つきになったオショロさんが示すのは秘密基地の周り。そこには足跡がびっしりとついていた。いや、この時点で足跡というのは正確ではないな。それは足跡と呼ぶには足跡離れしており、なにかの記号と言えば記号と言えなくもないものだった。それを足跡と認識できたのは、その後のオショロさんの言葉からだ。

「この秘密基地、厳密にいえば、秘密基地があるこの広場、ほとんどオレしかたどり着けないこの場所に侵入者がいるでござる」

「侵入者? いったい誰がどうやって?」

「方法はこの間のメアテ君のように、偶然入り込んだ可能性もあるでござるが、問題はこの足跡でござるな。」

「これは足跡なんですか? この変な記号のようなものが」

「おそらくとしか言えないでござるが、広場の真ん中じゃない無く秘密基地の周りに多くついている事や、向きなどから考えて、この秘密基地をジロジロと眺めて回った人物の足跡と考えるのが妥当かと思ったのでござるよ。ただ、『人』物と言っていいか疑問でござるがな」

 確かにパターン的には足跡のようなパターンでついているが、こんな足跡は人類じゃありえない。こんな靴は相当奇抜なファッションリーダーだって履きはしないだろう。他の動物だとしても、こんな足跡の動物がいるとは思えない。

「で、その怪しい侵入者は一体どこに」

「どうやら秘密基地の中には入れていないようでござる」

 ま、言われなきゃ入るための鍵が「かっこいい技名」だとは気付かないだろう。

「じゃあ、すでにどこかに立ち去ったか、下手したらまだその辺にいるって事ですか?」

「そういう事でござるな」

 さて、こうれはどうしたものか……、この空間自体がすでにオルタナなのだから、今更驚くべきことではないのか?オレもオショロさんもどうしたものか分からず、黙りこんでしまっていると、前から声がした。

 前から?

 オレはたった今も前を見ていたぞ、オショロさんもだ。

「侵入者というのは私の事でしょうか?」

 たった今まで誰もいなかった空間にスーツ姿の男が現れ、丁寧に話しかけてきた。

 オレ達が言葉に詰まっていると、男は話を続けた。

「その足跡は確かに私の足跡です。しかし、侵入者という言葉は半々にしていただきたいのですが」

「どういう事でござるか?ここはオレの秘密基地でござるよ」

「この土地は私達の、あぁ…私の雇い主の物ですよ」

 なんだか色々と話が見えてこないぞ、どこからどう見ても平凡なさわやか営業サラリーマンにしか見えないこの男の足跡がアレだって?しかもこの場所に持ち主なんていたのか?

「おい、ちょっと待てよ。全然話が見えねぇ。聞きたい事が多すぎる」

「私としても、あなた方に話したい事が割とあります。ここは一つ私の独白という形で説明させていただけないでしょうか。おそらくあなた方の質問に順次答えていくよりも理路整然と順序立てて、理解しやすくお話しする事が出来ると思いますよ」

「……」

「あっと、あなた方の言葉で言うところの独白という言葉はこの場合不適当だったでしょうか?ん~、漫談でしたでしょうか?」

「独白してもらっていいでござるよ」

「わかりました。少々お時間をいただきます。まずここ、この場所、あなた方が秘密基地と呼ぶこの素敵な建物を建てているこの場所は、あなた方の世界とは別の世界、あなた方の言葉で言うところの『異界』というやつです。ここまではお解りいただけましたか?」

 オレもオショロさんも黙って小さく頷く。話を理解することは出来るが、納得が出来ない。

「そして、勿論というか、当然というか、お察しいただいているかと思いますが、私はその異界の者です。あなた方から見れば私は異界人、私から見ればあなた方も異界人、つまりこの状況は異界間交流という事になります」

「そんな感じはしないでござるな。いいところ市町村間交流と言ったところにしか思えないでござるな」

「それは、私があなた方に配慮しているからですよ」

「配慮?」

「おっと、思いやりの間違いでございましたか?」

「配慮で続けてくれ」

「はい、では。そもそも私達の姿形と言うのは、あなた方にとって異形そのものです。しかし、それではこれからさまざまな説明をして、最終的に私に付いて来ていただくにあたり、あまりよい第一印象を与えるとは思えません」

「ちょっとまて、今何か気になる事言ったな? 『最終的に』なんだって?」

「最終的な事は最終的にお話ししますよ。順序立ててお話しすると言ったでしょう?海を創る前に鏡を仕上げる様な真似はよしておきましょう」

 おそらく、こいつ言うところの異界での例えなのだろう。意味はわからんが話が進まなくなりそうだから黙っていよう。

「さて、本来異形の姿であるはずの私ですが、あなた方の目にはごく普通の人間に見えているかと思います。あなた方の言葉で言うところのサラリーマンと言うやつでしたか? 事前の調べでこの姿がこの世界において一般的だという情報を得ましてね。私の身体に反射する光とその角度を調整し、あなた方の眼には私がサラリーマンに見えるようにしているわけです。先ほどまではあなた方に気付かれぬよう、光の反射を透過に変換していました。そうそう、足跡までは調整出来ないため、元のまま見えているという訳です。さ、これで私が話したい事の前段は終了です。ここまでご理解いただけましたら、本題に入らせていただきますが?」

 正直ビビる。

 目の前にいるサラリーマンは実際はあの足跡の本体なわけだ。こいつがその光の調節を元に戻したとしたら、オレはひょっとしたら卒倒するかもしれない。そんな化け物とオレは今平然と向かい合っている。それがなんだか無性に恐ろしい。

「本題を聞かせてもらうでござる」

「はい、ありがとうございます。先ほど、言ったかと思いますが、この土地にはちゃんと持ち主がいらっしゃいます。他人の土地に勝手に秘密基地を作るというのは、おそらくあなた方の世界でも犯罪なのでは?」

 話がいやな方向に向かってきたのを感じる。背中がじっとりしてきやがった。オショロさんは平然と腕組みして話を聞いているが、心中はオレとそう変わらないはずだ。

「否定の意思表示がなくて安心しました。えぇ、中には全く価値観の違う異界もございますので」

 今またなにか気になる事を言った気がするが、スルーしよう。

「私どもの世界では勿論犯罪、罪に問われます。そこで私はあなた方を、正確にはここに秘密基地なるものを建てた建て主の方を裁判所までお連れするためにやってきたわけです」

 さっ、な?はい?裁判所って、話の流れからして、家庭裁判所や高等裁判所とかそういった類ではないだろう。弁護士はつけられるのか?検事は?傍聴席はあるのか?そっちの世界では裁判員制度はすでに導入されているのか?そもそもいきなり裁判なのか?

 焦っているせいか、混乱しているせいか、頭が話に付いていっていないせいか、なんにせよ自分以外の何かのせいでオレはおそらくズレた事を考えているに違いない。

「建て主はオレでござるよ。しかし、いきなり裁判とはずいぶんでござるな。それにオレはそれなりに忙しいのでござるが?」

「ご安心ください。あなたの有罪は既に確定しています。お時間はとらせませんよ」

「どういう事でござるか?」

 いつの間にかオショロさんの眼は思わずたじろぐ程に鋭く、威圧的な眼光を放っていた。オレを含めた小動物がその視線を向けられたら、おそらく金縛りにあうくらいの。

「ですからあなたは既に有罪なのです。これから裁判所に行っておこなうのは『有罪裁判』です」

「おい、お前なに訳分かんないことを……」

「そこのあなた、あなたこちらの建て主様、……え~っと」

「オショロでござる」

「オショロ様のご家族でしょうか?」

「いや、ちがう」

「まぁ、誰でも結構なのですが、あなたも裁判に立会っていただけないでしょうか? この裁判には立会人を建てることが義務付けられていまして、誰もいなければご家族にお願いしようと思っていたのですが、あなたに来ていただけるとその手間が省けて助かるのですが」

「オショロさん、オレ行……」

「メアテ君、行く必要は無いでござるよ。そもそもオレだって、こんな訳のわからない話に騙されてついて行くほど馬鹿じゃないでござるよ」

「ここで首を縦に振っていただかないと、私としても気が進まない手段を取らざるを得ないので、是非承諾していただきたいのですが」

「どんな手段でござるか」

「あなた方の言葉で言うところの力ずくと言うやつですね。そうだ、左腕の反射の調整だけ元に戻して御覧に入れましょうか?」

 そう言って男が上げた左腕は異形そのもので、見るからに暴力的で、サディスティックなデザインをしていた。

「どうでしょう? 素直に来ていただけませんか?有罪裁判と言っても、あなた方の世界と違い、何とかなる可能性もあります」

「……その話本当でござるな?」

「もちろんです」

「わかった、その有罪裁判を受けるでござる。ただし、メアテ君は関係ないでござる。連れていくなら多少手間でもオレの家族を連れて行くでござるよ」

「オショロさん、オレは今更一人でノコノコ帰れるほど無神経じゃないですよ。それにここまで聞いちまったし、オショロさんの家族よりオレの方がこういう状況、オルタナに理解がある」

 そうだ、ここまで来て、つっこんだ首を抜かれてたまるか。何としても見届けるし、何かあったらオレがオショロさんの力になる。

「オショロ様?」

「わかったでござる。頼むでござるよメアテ君」

 そう言ってオレを見たオショロさんの表情は、きっとその時のオレと似ていたんだろうが、おそらく全然違うものだったのだろう。オレがオショロさんの力になろうなんてのは思い上がりだったのかもしれないな。オショロさんの表情からは、何があってもオレを守るという決意が見て取れた。オレなんかとは比べ物にならないくらい固い決意が。


「はい、ではお二人を裁判所までお連れいたします。こちらでバスをご用意していますので、お乗りになってください」

 促されるまま、オレ達がこの広場に入ってきた入り口から出ると、そこには一台のバスが停車していた。一体いつからだ?というか、周囲の環境もそれまでの森凪町の町並みじゃなくなっていた。悪い意味で色鮮やかな森の中だ。間違ってもここで森林浴はしたくない。というか随分と暗いな。

「なぁ、こっちの世界じゃ今は夜なのか?」

「夜、と言いますと、あなた方の言葉で言うところの一日の中における一つの概念の事でございますか?だとするならば、それとは違います。この世界は基本的にこの明るさです。そもそも一日という概念も我々には適用されません。あなた方にとっては少々暗いのでしょうか?我々にとっては明るさはさほど重要な可視用件では無いもので。なので御安心下さい、運転に支障はありません」

「そうかい」

 バスの中に入ると、そこはオレ達の世界のバスとさほど変わらなかった。左右に前から後ろまでビッシリ座席があり、真ん中の通路を挟んで、向かい合う形になっている。吊皮も完備されていた。ただ、その吊皮は異常に長く、オレの胸か腹の位置くらいまで下がっていた。

「ちょっと吊皮が長いんじゃないでござるか?」

「申し訳ありません、今日は子供用のバスしか借りられなかったもので」

 なるほど、子供用の吊皮か。まぁいいか、座席に座ると意外とちょうどいい位置にあって、なんとなく握ってしまう。オショロさんもなんとなく握っている。

「それでは出発します」そう言うとバスは静かに動き出した。エコカーってやつか?

「裁判所まではどれくらいかかるでござるか?」

「はい、あなた方の世界の感覚と単位で言うと、三時間ほどでございます」

「そんなにかかんのかよ!」

「申し訳ありません、なにぶんあの土地はかなり辺境の場所ですので」

 そんな辺境の土地に秘密基地の一つや二つあったところで放っておいてくれてもよさそうなもんだ。この世界の連中は余程眼くじらがたっているらしい。

「そういや、いくつか聞きたい事があるんでござるが」

「はい、時間は十分すぎるほどございますので、何なりとお聞きください」

「オレの有罪が決まってるって言ったでござるが、なんて罪でござる?どんな刑を受けることになるでござるか?」

「この世界では罪は罪でしかありません。それが罪なのか罪で無いのか?そこに罪があるだけなんです。ちなみに刑は亀流しのはずです。あ、でも御安心下さいおそらく小さめの、えぇと、あなた方の世界の単位で言うと……、十年亀だと思いますよ。」

「え、ごめん、聞き慣れない単語が二つ出てきたわ。亀なに?」

「説明が足りず申し訳ございません。まず、亀流しと言うのは、亀と意識を同化し。意識だけですので、亀はそのまま亀として動きます。亀と共に亀の生活を送り、亀のゆとりを学び、亀の器の大きさを知り、己の罪の意識からの解放を待つという刑なのです。十年亀と言うのはその単位です。数十年で解放されると思われる者はこの亀と同化します。他に年亀、百年亀、千年亀、萬年亀がいます。刑が終われば意識は元の身体に戻されます。元の身体はしっかりと保存されますので御安心を。身体と意識を分離する技術はあなた方の世界ではまだ未発達の技術ですので、申し訳ありませんがあまり多くを語るわけにはいきません」

 なんか、御坊亀光みたいな事言ったぞ。

「なるほど、まぁ要するにオレは数十年亀と共同生活を送るはめになる訳でござるか」

「罪の意識からの解放が早ければもっと早く刑は終了しますので御安心下さい」

 オショロさんが「ふぅ……」っと息を吐いた。さすがに展開の目まぐるしさとこの後の自分の展開にまいっているのだろう。しかし、ござる口調を崩してないって事はまだ悪ふざけをする余裕があるって事なのか?今回ばかりは本当につかめないなこの人は。

「そういや、『異界』ってがオレ等の世界とこの世界以外にもあるような話してなかったか?」

「はい、ございます。現在、我々の世界で確認されているだけで、およそ六千強の異界が存在しています」

 ろっ、……六千強?正直言って予想外だ。予想外に多すぎる。

「異界の中にはあなた方の世界のように、異界間交流をしていない世界もございます。六千強の内およそ、八割九割がそうです。それは異界間交流の技術が進歩していなかったり、各世界での考え方の違いなど理由は様々です。我々もそういったところと無理に異界間交流を進めてはいません。まぁ、個人レベルでの異界間交流はさすがに把握できていませんがね。今回のあなた方のような場合の為、私のような異界間交流のマネジメントをしている者がいるのですよ」

「異界間交流マネジメント?」

「あぁ、そういえば自己紹介が遅れに遅れて申し訳ありません。私は異界間の交流を円滑にする為、それぞれの世界の間に立つ仕事をしています。名前は……、あなた方の概念とはまた違ったものなので、好きなように呼んでいただいて構いません」

 なるほどね、それで雇い主がどうとか言ってたわけか。

「つまり、あの土地の持ち主があんたに仕事を依頼して、オレ等とその雇い主、つまりこの世界との間に入ったってわけでござるか」

「はい、まさしくその通りでございます。正直言って、私はあなた方の世界の担当になってまだ日が浅いもので、まだ慣れない事もあるかと思いますがご了承いただければ幸いです。あぁでも御安心下さい、この仕事自体はベテランですので、必ず、御満足いただける異界間交流にいたしますよ」

 さっきから御安心御安心言い過ぎだっての。東南アジアのツアーガイドかお前は。なんだか余計に不安になるっての。ていうか、これから有罪裁判に行くってだけで既に御満足はいただけねぇっての。

「そういや、亀云々言ってたけど何で亀なんでござるか?亀のゆとりがどうとか、御坊亀光みたいな事言ってたでござるが?っていうかこの世界にも亀がいるんでござるな」

 おぉ、オショロさんも同じこと思ってたのか。御坊亀光もそうだが、亀の理由。

「亀のいる世界は少なくありません。約三割の世界に亀はいます。中でもこの世界において亀は特別神聖視されています。ですので罪からの救済にはピッタリなのですよ」

「どうして神聖視されてるでござるか?」

「亀は我々の世界を支えている存在です。文字通りの意味で支えています」

 なんか昔の「地球はこうなってる想像図」がそんな感じだった気がするな。

「いや、支えているというより、この世界そのものが亀と言った方がいいですね。このバスが走っているこの地面、ここは亀の甲羅の上です」

 はい、「地球はこうなってる想像図」とは大分違った。

「なるほど、世界そのものが亀なら、亀が神聖視するのも納得でござるな」

「ところでこの世界そのものの亀は生きてんの? 動いてんの?」

「はい、勿論です。この世界が出来た時から生きていますから、刑に使う萬年亀どころではありませんね。京年亀と言ったところですね」

 京って。小学生のケンカでしか出てこない単位かと思ってたよ。

「亀が動いても世界は大丈夫なのか?」

「はい、亀の動いた場所によってこの世界の季節は変わります。亀が同じ所に留まり続ければ同じ季節がずっと続きます。過去には二百年程夏が続いた事もあるそうです」

「亀が動いてるのは一体どこなんでござるか?」

「申し訳ありませんが、そこまではわかりかねます。そこは神聖な亀のいる世界でございますから。我々が調べたり、立ち入ったりする事が出来る領域ではございません」

 なるほどね。


 一通り話を聞き、それでも裁判所へはまだ着かず、結局三人とも黙った状態でほとんどの時間を過ごすことになった。「到着いたしましたよ。」の声を聞いた時に初めて寝てしまっていた事に気が付いた。

「こちらが裁判所になります」と言われた場所はおよそ裁判所と呼ぶには似つかわしくないほど原色三昧でネオン三昧であった。紫を基調とした建物全体が暗い世界にはよく映えるわ。というか、壁はどこまで続いている?漫画に出てくる金持ちの家ってこんなだわ。

「こんなとこまで来てやっただけでもありがたいと思ってもらいたいでござるな」と、バスを降りながらオショロさんは、誰に言うでもなくぼそっと言ったのをオレは聞いた。確かにそうなんだが、あのほとんど脅迫まがいの腕を見せられたら是も否もない。

 中に通されたオレ達はそのまま奥へ通された。ただただ長く、ただただ暗い廊下をどこまでも奥まで通された。控室に通されたりも、心の準備をする時間もないらしい。「お時間はとらせません」という言葉もここまでの意味とは思ってなかったぞ。

「あぁそうだ、忘れていました。このメガネをかけていただけますか?」そう言って男はオレ達にメガネを手渡した。

「何でござるかこれは?」

「はい、今現在、私は私自身で光を調節して、あなた方に見える姿を調節していますが、裁判長など法廷にいる方々はそれを行っていません。ですのでこのメガネをかけていただく事であなた方の方で見える姿を調節できるようにしていただきたいのです。無くても支障はありませんが、我々の姿はあなた方には少々刺激が強いかと思いますので」

 オレもオショロさんもすぐにメガネをかけた。

「さ、ではこの扉を開けて、まっすぐの所にオショロ様が立つ場所が、その右側にメアテ様が立つところがございますので、後は中で裁判長の説明の通りにしてください」

「あんたはここまでか?」

「はい、私は案内するのみが仕事ですので。帰りはまた私がお送りします。もっともオショロ様のお帰りは何十年か先になるかもしれませんが」

「おい」オレは男を睨んだが、オショロさんは男の言ったことなんて気にもしていない風だ。ただ、目つきは鋭いままだ。

「申し訳ありません。他意は無かったのですよ。さ、どうぞ」

 扉が開かれ、オショロさんは迷いなく入って行く。オレもそれに続く。

 男の言った通り中にはそれぞれのたつ所定の位置が設けられていた。どちらも半円形の腰のあたりまでの柵だった。

 オショロさんの真正面、その見上げるような位置に見上げるような大男が構えていた。その姿は普通の裁判長をデカくしたような姿だったが、このメガネを外せばどんな姿をしているのか想像もしたくない。というか、メガネをしても大きさは変わって見えないらしい。そしてその周りには無数の鳥たちがジッととまっていた。何気なく振り向くと、入ってきた入り口の上の席に一人の男が座っていた。他に傍聴人などもいないようだ。そのせいか、広い割にひどく殺風景な印象の法廷だ。

「罪なる人オショロ。これよりあなたの有罪裁判を始めます」

 裁判長のバリトンボイスの一声で場の空気が一気に張りつめた。鳥達の眼も変わった気がする。

「その前に、あなたは異界の住人だ。この世界における裁判の制度と意味を説明します。まず私が裁判長、そして、私の周りにいるこの鳥たちは裁判鳥といいます」

 ダジャレ?

「そして、そちらに座っている者はこちら側の立会人です。あなた方の方にも立会人をお連れいただきました。これでこの裁判の公正は保たれるとします。よろしいか?」

 オショロさんは無言で頷いた。

「では、裁判の意味ですが、我々の世界では罪とは罪を犯した者の心の負荷、心の枷、要するに罪悪感と考えます。ならば刑罰とは、その者の心の救済であるべきだと考えます。ただただ肉体的、精神的に追い詰めるだけの刑罰はなんら罪なる人を救う事には繋がりません。むしろその者をまた罪なる人となってしまう可能性をはらんだまま元の日常に戻すことになります」

 なるほど、バスの中で聞いた救済がどうとかいう話はこういう事か。

「とすれば、刑罰はその罪なる人の心が救済されるまで続けるべきだと考えます。そこを妥協してしまっては真に罪なる人を救済する事になり得ません。そこで我々はこの裁判鳥を使い裁判を行います。この裁判長は罪なる人の心の負荷に反応して鳴きます。有罪裁判はそれによって量刑を決めるだけの裁判です。これで説明は終わりますが、何か質問があれば受け付けます」

 裁判長がオレとオショロさんを交互に見る。正直、あの裁判長に見降ろされただけで身体が震えそうだ。そんな迫力を全身から放っている。さっきからの説明を真正面から受け続けているオショロさんは全くビビる様子もない。あそこに立った時からずっと憮然と腕組みして聞いている。

「では、質問が無いようなので、ここから本当の有罪裁判を始めます。罪なる人オショロ。あなたは我々の世界の土地に、知らないとはいえ、勝手に建物を建て、その場所を占有していました。この罪についてあなたはどう考えていますか?」

 この一問、この一問を答え間違えりゃオショロさんは数十年亀と同化させられる事になる。どう答えるんだ、頼むぜオショロさん。

 しかし、オレはある意味何も心配していなかった。

 オショロさんが答えそうな事は既に何度も聞いている事だったからだ。

「確かにオレはあの場所に建物を建てたでござる。だが、アレはただの建物じゃなく、秘密基地でござる。秘密基地はかっこいい、間違いなくかっこいいでござる。それを作った事が罪とは一切考えていないでござる!」

 オレの予想はドンピシャだった。

 この人はこういう人だ。自分のポリシーに関して絶対の自信を持っている。それが世間的にどうとかそんな基準で自分を計っていない。この人はこの人なりの基準で真っすぐ生きている。オレがこの人に惹かれるのはまさにそこだ。この人みたいに生きられる奴はほとんどいない。オレも含めて。

「それがあなたの本心で間違いないですね?」

「間違いなく間違いないでござる」

 裁判鳥は……、

 一切鳴いていない。

「あなたの刑期が決まりました」

 裁判長が裁判の意味、心の救済がどうとか言ってたあたりから大体予想していたが、

「罪なる人オショロ。あなたは亀流し零年の刑とします」

 ほらな。でも、やっぱり安心したな。オショロさんがオショロさんだったからこその結果だな。それまで憮然としていたオショロさんも少し安堵したような顔で息を吐いた。

 裁判長がパーンと机を打ち鳴らすと裁判鳥は一斉にどこかへ飛び去ってしまった。

「さぁ、罪なる人オショロ、これで有罪裁判は終了です。お帰りになって結構です。帰りもバスで送らせます」

「別にいいんでござるが、いつまで『罪なる人』って言われなきゃいけないのでござるか?」

 オショロさんがちょっと困ったような笑顔で言った。さっきまでとは全然表情が違う。いつものオショロさんに戻った感じでこんな場所でもなんだか安心できる。

「これは有罪裁判です。あなたが罪なる人なのは変わりません。今回はそれに対する刑が零年だっただけの事ですよ救済されし人」

「ふーん、そうでござるか」

 オショロさんは曖昧に納得したそぶりを見せた。

「さ、メアテ君、帰るでござるよ」

 そう言ってオショロさんはさっさと入ってきた入り口に向かう。オレもそれに続く。

 法廷を出る直前、オショロさんはメガネをポイと捨て、後ろを振り向いた。

「おぉ」

 と、驚いたような、感心したような、面白いものを見たような声をあげて、法廷を後にした。裁判長の姿を直で見たのだろう。オレにはそんな度胸は無い。あとで絵にでも書いてもらおうか。

 法廷を出ると扉の前にさっきのまま男が待っていた。

「お疲れ様でした。オショロ様が出ていらしたという事は、刑期は零年だったという事でしょうか?」

 この口ぶりからすると、少しでも刑期があった場合、オショロさんは別の所へ連れて行かれたって事だろう。

「そうでござるよ」

「それはそれは。お喜び申し上げます。では、お二人とも御一緒にお送りいたします」

 オレ達はまたあの長い通路を通り、裁判所を出た、来た時のまま路駐されているバスにまた乗り込み。出発した。

 また三時間もこの暗い道を行くのは正直気が滅入る。

 しかし、出発してに十分程すると、往路の時と様子が違ってきた。

「申し訳ありません、どうやら道に迷ってしまったようで」

 なんだ?この感じ……。

 その後も男は「あれ?」「申し訳ありません」「おかしいな?」とくり返しながら運転している。

 しかし、それから十分ほど行ったところで男は完全に驚愕した声で言った。

「そんな……、馬鹿な」

 窓の外を見てみるとそこには、あるはずの無い地図に載ってないはずの場所、オショロさんの秘密基地があった。

 男が驚愕しているのも無理もない。裁判所を出てからまだ三十分も経っていないんだぞ?行きは三時間はかかっていたはずだ。

「あ、あぁ、着いたでござるか?」

 オショロさんは何事も無いかのように起き上がり、普通にバスから降りて行った。オレと男も戸惑いながらバスを降りる。

「あぁ、そう言えばこの場所は結局どうなるでござるか?」

「え、あぁその事です、ええとですね、実はですね、最初からこの場所はそのまま使っていただく事は決まっていてですね」

 まだ状況に戸惑っている男は今までになくしどろもどろな返答になっている。

「どういうことだ?」

「えぇ、ですから、今回の事は有罪裁判であり、無罪裁判でもあったわけです。オショロ様が懲役何年になっても、今した話をして解放することになっていました。黙っていて申し訳ありません。私どもの世界では罪は罪、刑は刑という考えなもので。形式的にせよ、有罪裁判自体は行ったわけです。今回のようなケースは大変珍しく、せっかくなので異界の人がどういう文化活動するかの調査と言う事で使っていただこうという事で、裁判の前から決まっていたんです、はい。もともとこの場所は使われていないような辺境な場所ですので。ええ」

「なるほど、わかったでござる。ありがたくこの場所は使わせもらうでござる。さ、気をつけて帰るでござるよ」

 寝むそうなにシッシというジェスチャーでオショロさんは男をバスに乗せ、さっさと追い返してしまった。男は首をひねりながら帰って行った。オレも帰りたいところだが、オショロさんに聞く事がある。

「オショロさん」

「ん~、なんでござるか?」

「何かしたんですか?」

 オレの真剣な眼を、オショロさんは今までとは別人のような眼で見返す。そして、答える。

「メアテ君は、ちょっとオレを舐めすぎでござるよ。色んな意味で」

「どういう事です? オレは全然オショロさんを舐めちゃいないですよ。むしろ今日の事でよっぽど尊敬したくらいですよ」

「そういう事じゃないでござるよ。メアテ君は、あと創さんも、この場所をオルタナだと思ってるでござるな?」

「えぇ、思ってます」

「そう、それは正しいでござる。でも、そう思った事でオレがオルタナの能力を持ってないと勘違いしてるでござる」

 確かに、最初はオショロさんのオルタナかと思ったが、創さんの話を聞いて、オショロさんはオルタナの能力を持ってないと自然に思ってしまった。

「そこがまず一つオレを舐めてたとこでござるね。オレはオルタナの能力を持ってるでござる」

「マジですかっ? どんな能力が?」

「その前に、メアテ君はオレの方向音痴ぶりを舐めてるでござる。創さんの家に行った時、学校の前で待ち合わせしたでござるな?その時、オレが今いる位置から学校が見えると言ったでござる。メアテ君は、それなら方向音痴のオレでも学校にたどり着けると思ったんじゃないでござるか?」

 確かにそう思った。

「そこでござるよ。オレの方向音痴は目的物が見えていたからと言ってたどり着けるような生易しいものじゃないでござるよ。なんとなくオレのオルタナの能力について分かったでござるか?」

 いや、全然わからねぇ。それって今回の件とも関係あるのか?

「わかりません、どういう事です?」

「じゃあ正解発表でござる。オレは道に迷うと行きたいところにたどり着く能力を持ってるでござる」

 は、え?どういう事だ?

「はい、正解できなかったから商品は無しでござるね」

「商品とかあったんですか?」

「オレの本名を教えてあげたでござるよ」

 くそっ、それはちょっと知りたかった。

「で、あのその能力がよく理解出来なかったんですが……」

「おそらく、一番最初にこの場所に来た時や、最初の何回かはこの場所自体のオルタナに引き寄せられたとか、おそらくそんな感じでござる。でも『道に迷うとこの場所にたどり着く』って事に気付いたあたりからオレはこの能力を使えるようになったみたいでござるな。だから待ち合わせ場所の学校にもたどり着けたでござるよ」

「えっと……、今回の件は?」

「バスごと道に迷わせたでござるよ。道に迷うと行きたいところ、今回はここでござるな、ここにたどり着ける。距離は関係なくでござる。だから行きよりも短い時間で帰って来たでござるよ」

 そういう事か。どうりで、と言うかそうじゃなきゃ説明つかねぇような事が起こったと思ったよ。

「あれ、と言う事はもしかして」

「ん、なんでござるか?」

「裁判所に着いて、バスを降りた時に行ってた『こんなとこまで来てやっただけでも…』ってあれは」

「あぁ、聞こえてたでござるか?言葉どおりの意味でござるよ。いざとなったらオレはあのバスをずっとここにしか到着しないようにグルグルさせる事も出来たでござるよ」

 あぁ、そうか、オショロさんがずっと焦りを見せていなかったのはそういう事か。そういう切り札があったからずっと様子を見ていたのか。

「ま、しなかったでござるがな」

 ハハハと笑いながら話すオショロさんはいつも通りの笑顔で、さっきまでしていた顔つきとは全く違う。こっちの方がオレは好きだ。

 こっちのオショロさんとなら、オレは安心して並んで歩ける。さっきまでのオショロさんはどうしても一歩引いてしまう。体重を後ろに乗せてしまう。

「さ、帰るでござるか。そうだメアテ君、よかったら送って行くでござるよ?多分まっすぐ帰るよりオレと一緒に迷った方が早いでござるよ」

 なんだか変な言葉のようだが、おそらくそうなんだろう。

 オレはお言葉に甘えてオショロさんに送ってもらった。確かに道に迷って、家に着いた。普通に帰るよりよっぽど早く。

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