第4話 図書館の自縛霊・狸
どうせ招待状が来るなら、集合場所は詳細に書いていただきたい。
おかしな招待状が届いたのは創さんの話を聞いてしばらくし、やはりオレにとって世界は平凡そのものだなぁ等と感じ始めたころだった。
いつも通り学校から帰ると、珍しく妹達が出迎えてくれた。
「おにぃ、お帰り~!」
「おう、ただいま」
「はい、お手紙で~す」
「はぁい、ご苦労」
て、これ本のしおりじゃねぇか。妹達の郵便屋さんごっこかと思っていると、どうやらそうではないらしい。しっかりうちの住所とオレの名前、切手に消印まで押してあった。結構なんでも郵便配達してくれるという話は本当だったのか。始めて見たな。さて、誰からだ?
自分の部屋に入り改めてしおりをじっくり眺めてみた。何度見ても裏面には、
森凪図書館2階R7棚上から3段目『生物学的文化推移論』89ページ6行目に来てください。
2階R7棚、上から3段目『生物学的文化推移論』89ページ6行目に来てください。
どういう意味だ?これは…招待状か?「来てください」って言葉からすると、オレは行った方がいいんだよな?だがオレは「森凪図書館2階R7棚」までしか行く自信は無いぞ。
「なんだこりゃ、イタズラか? ……あ、これもオルタナか?まだ図書館もやってる時間だな…。一応行くかぁ……。行くしかないか……?」
この町の図書館、「森凪図書館」は学校の裏山の中腹に建っている赤レンガ造り図書館だ。中腹と言っても低いうえになだらかな斜面の山なため、お年寄りでも気軽に利用出来る。建物のレトロさや、周りが緑に囲まれている環境の良さも相まってオレも含めてこの町の住人から人気のスポットとなっている。
「意外と最近来てなかったな、外観は変わってないけど中はいつの間にか改装してんなぁ。そもそも前まで2階は丸ごと閲覧スペースだったよな?蔵書が増えたのか。」
なるほど二階へ行くと閲覧スペースは半分くらいになりもう半分くらいが棚で埋まっていた。
手紙の通り二階のR7棚を探し、上から三段目を探すと、本当に『生物学的文化推移論』は置いてあった。
「これか、この……、89ページ、6行目?」
恐るおそる指定のページを開き、指定の行を見てみるとそこにはなにも記されていなかった。6行目はただの空白だった。
「な? これやっぱりイタズラか?」
さっさと戻して帰ろうと思い、もう一度しげしげと眺めていると、空白の6行目に文字が浮かんできやがった。
「なんだおいこれ、ホグワーツの図書室かここは?」
驚いているうちに文字はハッキリと現れた。
「来てくれてありがとうございます」
「なにぃ! お前……なんなんだ? 本か?」
本に向かって「本か?」って我ながらわけの分かんない事を言っているな。てか、我ながら声がでけぇよ。みんなが睨んでるよ。勤めて声をひそめるとしよう。
「はい、本です。今は本ですが、私は狸です。本に化けてます」
狸ぃぃ? なんだオレばかされてんのか? 気づいたら肥えだめに肩までずっぽりか? 待て待て落ち着け、こは完璧にアレだなんだっけそうだオルタナとかいう奴の一種に違いないなら焦るには当たらねぇはずだ創さんの言ってた事を思い出すんだ世界はこういうもんのはずだなら焦ったってえしょうがないんだ。ダメだ全然落ち着いてねぇさっきから句読点が一切入ってない。……よし。
「狸って、ポンポコするあの?」
「はい、その狸です。正確に言うと狸の幽霊です」
「幽霊?見えてるし触れてるけど!」
なんか一石二鳥で驚いてるぞオレ。あれ、日本語の使い方間違ってんのか?
「幽霊は見えるし触れるものですよ」
「マジでかっ! 知らなかった…。え、それって当たり前なのか?」
「はい。見えない幽霊を見たことないでしょ?」
「は~…確かに理屈だな、あ、で、本に化けてるって事は変化を解いたらお前は喋る狸になるってことか?」
「いえ、人の姿になります」
「なんでだよ!」
やべっ、また大声出しちまった。いよいよ本に向かって喋ってる変な奴キャラが周囲で定着しつつある。
「私は狸の幽霊というか、死に変わりなんです」
「生まれ変わりじゃなくてか?」
「はい、死んだら人間の姿で幽霊化していたんです。ですから『死に変わり』と」
「なるほど、でもなんでまたそんな事になったんだ? 狸なら狸の形で幽霊になって当然だろう?」
「おそらく、私が人間にあこがれていたからだと思います」
「人間にか。まぁ話的にはベタっちゃあベタな感じするが本当にあるんだな、なんでまた?」
「私はこの山の中に住んでいた狸なんですが、生前山に捨てられていた絵本に夢中」
「になったんです。それから本というものに物凄く興味を持ったんですが、狸の私」
空白が一行しかないから、一回に表示できる文字が限られてくるのか。長く喋るときはちょっとめんどくさいな。
「は近くにこんないい図書館があるのにそこに入る事も、ましてや一冊も借りられ」
「ません。自由に図書館に出入りし、本を読める人間に憧れていたんです。生まれ」
「変わったら人間になりたいってずっと思ってました」
「なるほどねぇ。それでいざ死んでみたらワンステップ早く人間になっちまったってわけか」
「はい、そういうことです」
「あぁそういや、オレになんか用事だったわけか?それともばかしてんの? 成人狸になるための最終試験だったりするのか?」
「はい、実はお願いがあります」
「ほぉ、それは一体?」
「その前にあなたの名前を教えてください」
「え、自分で招待状送ったんじゃないのか?」
「同じ手紙を他にも十人ほどに送りました」
「オレだけじゃなかったのか」
「すみません、イタズラだと思われるかと思って」
「あ~、なるほどね」
なんか狸って思ってたより賢いかもしれん。
「来てくれたのはあなただけです」
「さすがオレってバカ正直……」
「はい、そうですね」
そうですねって……。自虐だって。まぁ狸だしな。
「自分を卑下してる事に同意しないでくれ」
「すみません…」
「それはいいから。で、なんだっけ?あ、オレは一村メアテね」
「メアテさんですね。実は私をここから連れ出してほしいんです」
「わりかしお安い御用だけど、お前は人間に化けれるんだろ? 二足歩行でさっさと歩いて堂々と外へ出ればいいんじゃないのか?」
「私、どうやら自縛霊という奴らしくて、出ようとしても入り口ではじき返されて」
「しまうんです。それで本の状態で誰かに持ち出してもらえれば外に出られるかも」
「しれないと思って」
「なるほどな。じゃあオレが本の状態のお前をポケットにでも入れて持ち出せばいいってわけだな?」
「はい、そういう事でお願いします」
「よし、じゃあさっさと行くとするか」
この図書館の本じゃないんだから盗んでると思われても、自分のですと言い張れない事もないが、面倒事は面倒だ。一応他の人が見てない事を確認して、本を制服の上着のポケットに入れた。「後はこのまま帰るだけ、簡単だ。創さんのところへ持ってた方がいいな」そう思ってるうちに貸出しカウンターを通り過ぎ、図書館の入り口を通過しようとした時、グン! と上着のポケットが引っ張られるような感覚がして、その勢いでオレは尻もちをついた。
「はじき返されるってこういう事だったか。さて、どうしたもんかね……」
オレが転んだのを見て、貸出しカウンターの人が駆けつけてくれた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、すいません。大丈夫です。ちょっと転んじゃっただけですから」
「そうですか、あ、本が」
そういって親切に本を拾ってオレに手渡そうとしてくれた貸出しカウンターの人の顔がわずかに曇った。少し面倒なことになる予感がした。
「あのこの本貸出しの手続きはお取りになりましたか?」
やっぱりか。まぁ元々図書館に登録されてない本なんだから調べてもらえればオレの私物って事で納得してもらえるんだ。面倒だが仕方ないか。
「あぁ、それオレの私物なんです」
「え、いや、そんなはずは……。ほら上の所にうちの図書館の印が押してあるでしょう?」
あいつ、なんでわざわざディティールにこだわった化け方してんだ!
その後、何とか誤解を解いてその日は家に帰りました。
あえて、余計な詳細は省かせてもらった。余計な詳細を語るにはオレは相当愚痴を挟まなければならないだろうからな。
結局、狸を連れ出す事が出来なかったオレは次の日学校でタクミと神菜に「放課後、創さんのとこに集合。」とだけ連絡事項を告げた。
「え、なんで?」
「どうかしたの?」
等と二人して行っていたが、オレは頑としてそれ以上語らなかった。語れるほどオレは昨日の赤っ恥を消化しきれていない。危うく親と学校、下手したら警察にまで連絡が行きかねない状況を誰にも見られていなくって本当に良かった。この学校の連中の向学心のなさに救われた。
そして放課後、創さんの家でオレは三人に昨日の出来事をわかりやすく説明した(わかりやすくという事は余計な情報を挟まないという事だから、赤っ恥パートの部分は省いた方が親切というものだろう)。タクミも神菜も疑わしいという表情をしていたが、自分達の能力を棚に上げてそのまま腐らせているようなものだと教えてやりたい。
「図書館に行く前に連絡をくれればよかったのに」
確かに創さんの言うとおりだ。なぜオレは連絡を入れなかったのだろう。(創さんに電話する口実を欲しがってる男はきっと何人もいるだろうに、そいつらに対して申し訳が立たない。)おそらく「イタズラ」という言葉のパーセンテージがまだ「オルタナ」という言葉より馴染んでいるからだろう。
「すいません、うっかりしてました。ところでその狸をどうしましょう?」
「自縛霊なんでしょ~? 創ちゃん、だれか腕のいい霊媒師とか知らないのぉ?友達の友達とかさぁ~」
「ごめんなさい、私の友達の友達は大抵マッド・サイエンティストだから」
そう言って苦笑いする創さんの表情からどうやらそれは本当のようだ。この人はこの容姿と雰囲気を補って余りあるほどに「周りにマッド・サイエンティストしかいないのだろうなぁ。」と思わせてしまうなにかがある。どうやらオレが思っている以上に世界にマッド・サイエンティストは多いらしい。
「僕も霊感とかないしな~。……でもさ、その狸ってそのまま図書館にいればいいんじゃないの?それはダメなのかな?」
「本人が出してくれって言ってるんだからしょうがないだろ。元々野生の動物なんだし、窓の外に森があれば出たいんじゃないのか?」
「でも、その図書館に執着してるんだよねぇ? だからそこの自縛霊になっちゃってる」
「そうだな、外に出たいって以上に、図書館の本を読みたいって思っちゃってるんだろ」
「あれ?僕凄い事考えついたかも。あ、これ凄いよ! バカバカしいけどやってみて損は無い。凄い簡単だし!」
タクミの作戦を聞いたオレとタクミと神菜はすぐに図書館に向かった。別に二人は来なくても良かったのだが、二人揃って「面白そうだから。」と言い、付いて行くと言い張った。妹達と変わんねぇな。
図書館につくとオレ達はすぐに2階のR7棚上から3段目『生物学的文化推移論』89ページ6行目に向かった。
89ページを開くとすぐに、
「昨日はご迷惑かけてすみませんでした」
という文字が6行目に現れた。タクミも神菜も相当驚いていたが、事前に「ここは図書館だからどんなに驚いても静かにしましょうね」ときつく言っておいた甲斐あってか、二人は覗き込みながら言葉にせずに「おぉ~~~!」とか「えぇ~~~~?」と言った表情をしていた。
「そんなことはもういいよ。ところでお前、すぐに人間に化けられるか?」
「はい。でも、どうしてですか?」
「お前を外に連れ出すためだよ。それじゃあ誰も見てないのを確認したら合図するから、人間に化けてくれ」
「わかりました」
最初は邪魔だと思っていたが結局三人で来てよかった。本だなと三人で囲む事で、他の人から、本が人間に化けるところを相当見えにくく出来る。
「よしっ、いいぞ。今だ!」
オレはベタにボウンと煙が出て、煙が晴れるとそこに人間の姿の狸がいるのかと思っていたが、そんな派手な演出は一切なく。そいつはそこにス……と現れた。たった今この場に現れたはずなのに、「いつからいたんだ?」とさえ思う。しかもこいつ……、
「か、可愛いぃ~~~~~~!」
神菜のテンションが急に上がった。確かに神菜の気持ちもわかる。それほど可愛らしい女の子が急に現れたのだ。少しタレ目がちでいわゆるタヌキ顔、これがまさにタヌキ顔なのだろうという感じだ。それに元の影響か髪の色も黒ではなく微妙に栗色だ。きっとタヌかわいいとかそういう表現をするのだろう。
「確かに凄い可愛いね狸さん。ていうかメス……女の子だったんだね。なんとなくオスかと思ってたよ僕」
「確かにオレもオスかと思ってたが、メスだったのか。まぁ昨日はそれについて何も言ってなかったし、本の雄雌判定はやったことないしな」
「もぉ~! イッチー、こんな可愛い女の子に対して『メス』とか言わないでよぉ! タクちゃんはちゃんと言いなおしたよぉ!」
「あぁ、すまん。すまん? ……かな」
そんな事を言っていると狸はオレの後ろに隠れてしまっていた。
「ほら見ろ、お前が急に怒るから怖がってるだろうが」
「あ、ごめんね狸さん。怒って無いからね~。怖がらなくていいよぉ」
「いえ……、その……違うんです」
声ちっちゃ!図書館向きのか細い声だ。
「声も可愛いぃ~~~!」
「……」
「神菜、お前しばらく黙っとけ。ほら、で、何が違うんだ?」
「あの……、単純に私まだ人間が怖くて……。慣れてなくて……」
「あ~そっか、そうだよね。でもなんでメアテは大丈夫なの?あ、まさかメアテ!」
「ハッハッハぁ~、よくぞ見破ったな明智君。お察しの通り私が怪人二十面そ……」
「二十面相だって人間だろうが!でもホントになんで?昨日来たからか?」
「いえ、あの、メアテさんは……なにか良い匂いと言うか、空気と言うか、そばにいると落ち着くんです。近づきたくなるんです」
「あ~、いるよね~そういう動物に不思議と好かれちゃう人ぉ」
「確かにオレって昔から動物にはよく懐かれてたな」
「でも、悲しいかな人間にはそれほど懐かれないよね。クラスでも大体一人でいるし。」
「クラスでオレにまとわりついてる唯一の人間が言うな! それにオレだってちびっ子は不思議と寄ってくるぞ」
ついこの間だって法事で知らない子供から飴をもらったくらいだ。歳の近い妹達がいるのにもかかわらずだ。しかもその後、他の子供達も含めて遊び相手に指名され、他の大人たちが歓談している間、探検ごっこの相手をさせられたほどだ。
「プフフぅ、きっと同類、子供だと思われてるんだよ~」
「うるせぇぞ、幼児体型」
「一村君……?」
うぉっ!地雷踏んじまった。急に真面目モードになりやがった。こりゃ本気だな。
「申し訳ありませんでした」
「へっへぇ、いいよぉ~。今はこういう体系の方がいいって人だって多いんだからね」
「あまり変な人に近づかないようにな。さて、作戦開始するか」
タクミが考えた作戦はいたって単純で、昨日のオレでも出来たような事だ。というか狸一人でも(一匹でも)出来たような事だ。
「狸さん用の貸出しカードを作りましょう」
それがタクミの作戦だった。
狸が図書館から出られないのは、図書館の本をもっと読みたいという思いからだと思われる。ならば、いつでも借りられるように貸出しカードを作ってあげればいいというのがタクミの作戦だった。強く支持するほど確実な作戦ではないが、強く反論するほど理由もないし、なにより他に何も打つ手が思いついてない。今回のような場合、タクミと神菜の能力もどうしようもない。
「じゃあやってみよう!」
そして何だかんだで、現在に至っている。
さて、貸出しカードを作るのはいいが、オレ達3バカは考えが足りていなかった。
「この貸出しカード作成申込み用紙の必要事項になんと記入しよう」
申込み用紙には、「氏名・年齢・住所・職業」と、およそ狸とは無縁のものばかりが必須記入事項として太枠で並んでいる。唯一記入可能そうなのは年齢くらいか。
「おい、お前生まれて何年だ?」
「えっと……生まれて7年、死んで3カ月です。」
「タクミ、それって人間で言うと何歳くらいだ?」
「そんなのわかんないよ。別にパッと見相応の年齢を書いとけばいいよ。う~ん、背格好はオレ達とそんなに変わんない年頃に見えるけど、童顔だから幼く見えるよね。十四歳くらいにしとこうか?」
「よし、それで行こう。でも、後がなぁ……」
「はいはぁい!私の名前とか使っちゃっていいよぉ~。どうせ図書館なんてほとんど来ないしねぇ。ましてや貸出しカードなんて一生作らないだろうし」
「よし、じゃあ名前は『神菜実』、年齢『十四歳』、住所は神菜んとこ、職業『学生』って事で貸出しカード作るぞ。いいな、狸?」
「はい、ありがとうございます」
さすがにまだおどおどした喋り方だが、少し笑顔が出たのはなんとなく一歩前進した気がする。
「さ、これはお前自身が出すんだぞ。ちゃんとついてってやるから安心しろ」
「は、はい」
相当緊張してるな。がんばれがんばれぇ。
「あ、あの貸出しカード作りたいんですけど……、これ……を」
「はい、新規で貸出しカードの作成ですね。なにか身分証明書のようなものお持ちですか?」
なっ?!
やべぇぞ。そうだよ、以前オレが作った時に生徒手帳を見せた気がする。
「えっと……、この子の身分証明書ですか?」
「はい、学生証や保険証などで結構ですよ。簡単に本人確認をさせていただくだけですので」
どうする、狸の身分を証明してくれる公的機関なんて無いぞ? あったとしても今持ってねぇ。狸も困惑した顔でこっちを見ている。見んな!
「メアテ!」
「どうしたタクミ?」
「僕の身体支えて!」
「は?」
オレがタクミの言ってる事を理解する前に、タクミの体がふらついた。慌ててタクミの身体を支えるとタクミは眠っていた。前を見るとカウンターのお姉さんも首がカクンと落ちている。眠っている。やっとオレはタクミが何をしたのかに気付いた。
「タクミ、カウンターのお姉さんを夢の中に引きずり込みやがった!」
「え、どういうことぉ?」
「二人が起きればわかるよ」
そう言っていると二人は目を覚ました。時間にして十秒にも満たない睡眠時間だ。そして何事もなかったかのように、それまでの続きを始めた。
「はい、では本人確認が出来ましたので貸出しカードを発行いたします。少々お待ちください」
狸と神菜は何が起こったかわかっていないようだが、オレにはわかった。
「夢に引きずり込んで、学生証を見せたの。夢の中なら僕のやりたい放題だから。そして学生証を返してもらうとこまで夢を見せたの。あのカウンターのお姉さんは夢を見てた事も気付いてないよ。現状と同じ空間の夢を見せたからね」
図書館から創さんの家への帰り道でタクミは二人にネタばらしをした。
確かにオレも病室で夢に引きずり込まれた時、いつ引きずり込まれたのか全く分からなかった。
「なるほどねぇ~。さぁっすがタクちゃん!」
本当に、タクミが一緒でよかった。こいつがいなかったら貸出しカードは作れなかったろうな。
タクミのファインプレーで無事貸出しカードを作ったオレ達は緊張しつつ図書館の出入り口をくぐった。結果は作戦成功だった。狸はすんなり図書館から出る事が出来、今現在、創さんの家へ向かっている。貸出しカードを作り、いつでも本を借りられるようになった事でこの図書館に自分を縛りつけていた執着心が解けたのだろう。狸はオレ達に何度もお礼を言って頭を下げた。感謝の気持ちを全伝えきれてなくてもどかしいという雰囲気を出していたが、それがなんとなく伝わってきたから大丈夫だよと言おうかと思ったが、ややこしいことは理解できないかもなと思って「いいって」とだけ言っておいた。
帰り道では、神菜が狸を質問責めにしていた。しかも大したことは聞いちゃいねぇ。狸は転校生じゃねぇんだぞ。
「その服も可愛いよね~。これも変化の一部なのぉ?」
「は、はい。これは……そのぉ、図書館に来る女の人たちの服を参考に……。」
なるほど、どうりで図書館にいそうな大人しめの服装だと思ったよ。男の目から見れば服が可愛いのではなく着てる本人が可愛いのだと思うぞ。だが、黙っていよう。余計な事だ。
「ところで狸さぁ……」
「イッチー! 本当にもう、いつまで狸、狸、呼ぶつもりぃ?」
「いえ……、あの私は別に……。」
「ダぁ~メ! ちゃんと可愛い名前を決めてあげなくちゃ。そうじゃないと外で呼ぶ時も不便だし。ね?」
「まぁ確かにな。貸出しカードの名前はお前の名前借りたけど、それじゃあ紛らわしいしな。」
「そうだね、でもどんなのがいいんだろう?僕ペット飼ったことないしなぁ」
「女の子らしいのがいいよねぇ~?」
「いえ、あのホントに私は何も……」
「う~ん……、とりあえず神菜に却下されそうな名前ならいくつか浮かんだぞ」
「一応発表してみてよぉ」
「タヌ子、狸子、綾波レイ、ポンポ子、××××、○○○○、△△△……、」
「もぉいいって! 後半は『狸』以上に外で呼びにくい、いや、呼べない名前だよ! 前半は投げやりだし! てか、綾波レイって!」
「おいおい、オレのお勧めはポンポ子だったんだぞ?」
「イッチーセンスとデリカシー無さすぎぃ。最っっ低~」
間に「っ」が二つも入るあたり相当オレの株は暴落したと見えるな。
「しょうがないだろ、オレはゲームのキャラの名前だって、最初に設定された名前からいじった事無いんだから。で、どうする?神菜、お前はなんかいいの思いつかないのか?」
「う~んとねぇ、候補が多くて」
「おぉ、言ってみろよ」
「『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』『DQNネーム』……(以下略)。って感じのはどぉ?」
サブいぼが…、サブいぼ止まりません!
「よし、お前は親になっても絶対子供に名前つけんな」
「え~、なんでよぉ~?」
「日本は法治国家だが、名付けは罪に問えないからだ。最後の頼みの綱、タクミ先生なんとかお願いします」
「僕を天才と呼ぶがいい」
「おい、どうした? なんかキャラが……。どんな名前を思いついたんだ?」
「マミでどうだ!」
「……普通じゃね?悪いわけじゃねぇけど」
「ね? 悪くないけど、別に普通だよねぇ? 天才な要素がないよぉ」
「あの、私は何でも……」
「なんとなくマミって言ってるわけじゃないよ。理由を聞いたらわかるよ。二人とも狸の穴って書いて何て読むか知ってる?」
「え、何?タヌアナとか?」
「狸穴って読むんだよ」
「お見逸れいたしましたぁー!」
オレと神菜がハモっちまった。
「確かにいいな。可愛いし、元の要素も入ってる。お前よくそんな事知ってたな?」
「サザンの歌の歌詞に出て来たのさ」
「タクちゃん、天才だよぉ~!」
「私も、それがいいです」
ここに来て、物凄く目が輝いてる気がする。さすがに図書館を出たときほどじゃないが……。無いと信じたいが。
「じゃあマミちゃんで決定ね」
全会一致、意義一切なしで可決された。
それまでオレの後ろをピッタリくっついて、まさに背後霊のように感じていたが、天才的なネーミングセンスを目の当たりにしたせいか、こころなしかさっきよりタクミよりのポジショニングで歩いている気がする。
べ、別にさびしくなんかないんだからね!