第3話 マッドサイエンティスト・月雪創
結局オレは、朝からずっと掃除用具箱に隠れており、授業もすべて聞いていたと強く主張する事で、遅刻は回避する事が出来た。(おそらく神菜の作戦通りなのだろう。)遅刻は回避できたが、それ以上に担任から厳重注意を受け、クラスの連中から、そういう事をする奴という目で見られる事となった。
そして放課後、もろもろの事情説明及び、神菜の紹介をタクミに済ませ、例のマッド・サイエンティストの所へと3人で向かう事となった。神菜は予想通りというか、なんとなくそんな気はしていたが、それをはるかに凌駕にするほど人懐っこく、なれなれしい奴だった。学校を出発してほどなく、オレはイッチー、タクミはタクちゃんと呼ばれるに至った。
「ねぇねぇ、イッチーは兄弟いるのぉ?」
「あぁ、双子の妹と、その下に弟が一人な」
「へぇ~、いくついくつぅ?」
「双子が5歳で、弟が2歳かな」
「歳離れてるんだねぇ~。そのくらいの歳の子って可愛いよねぇ~」
「うるさいだけだって」
「メアテ」
「なんだタクミ?」
「実は僕は、ロリコンなんだ」
「畳むぞてめぇ!」
「ははは、冗談だよ冗談。僕は一人っ子だから兄弟とか羨ましいよ」
等とひとしきりお互いの家族構成や趣味、これまでの経歴などほぼ初対面の三人が喋りそうな事を喋りきり、それなりに打ち解けたころ、オレ達は閑静な住宅街を歩いていた。学校を挟んで、オレのお家とは反対側なのであまり来た事のない場所だったが、新築っぽい家や数区画分の空き地などがあり、開発中のニュータウンといった風情が漂っている。よくよくマッド・サイエンティストなどが住むような所には見えない。
「もうすぐ着くよ~」
神菜はそう言っているが、やはりマッド・サイエンティストの居宅らしきものは見えてこない。
「はい、こっこで~す!」
「……」
普通の家だ。完全に普通の家だ。この住宅街に完全に溶け込んでいる。建物自体はほぼ新築といった様子で、外観もそれなりにオシャレであり近代的、しかし周りとの調和を一切崩す事のない、「住むため」というよりは、「この場所にはめ込むため」に建てられたような家だ。
ピンポ~
ガチャ
神菜がチャイムを鳴らすか鳴らさないかのうちに、扉が開いた。
「いらっしゃ~い」
出てきたのは優しそうな雰囲気が漂う、小さい時にあこがれた近所の綺麗なお姉さんといった感じのお姉さんだった。ただ、オレが小さい時に近所にそんなお姉さんはいなかったぞ。
「イッチー、タクちゃん、この美人さんがマッド・サイエンティストの月雪創ちゃんだよぉ。」
「ちょっと実ちゃん、美人さんとか言わないでよ」
照れくさそうな笑顔で否定するその人は紛れもなく美人さんだった。
って、マッド・サイエンティストって方は否定しないのかよ!本当に自他ともに認めているらしい。
「さぁ、中へどうぞ」
そう言って家の中へ促され、入ってみたが、やはり家の中も普通だった。普通の玄関、普通の廊下、普通の扉、普通のリビング、普通のソファーに三人並んで座り、おいしい紅茶まで出てくる始末だ。紅茶を飲みながら、「あれ、何しに来たんだっけ?」とそろそろ本気で思い始めたころ、
「じゃあそろそろお話ししよっか」と創さんが話し始めた。
「最初に確認させてね、タクミ君は人を夢の世界に引きずり込めるんだよね?」
「はい」
「で、メアテ君が……」
「あ、オレは何も特殊な能力とかは……」
最初から気になっていたが、オレは今日来る意味があったのか?
「ううん、いいの。関わったからには知っておいてもらうだけでも十分に意味のある事だと思うから」
「はぁ、わかりました」
確かにタクミや神菜の変な力について何も聞かずに帰るほどオレだって物事に対して無関心じゃない。ここで除け者にされたらそれこそ気になってしょうがない。
「でね、もうわかってると思うけど、話したい事って言うのは、二人のその能力が何なのか、どうしてそんな能力が身についたのかって事なの。結論から言うわ。その能力は『そういうもの』なの。『そういうもの』で『そういう事』なの」
……ん? なんだって? そういうものってどういう事だ? 結論なのかそれは?
「つまりね、その能力に原因なんてものは無いの。そういうものなのよ」
「すみません、全然わかりません」
「僕も、ちょっと……」
「あぁ、ごめんなさいね。実ちゃんに話した時もなかなかわかってもらえなくて……。私全然説明が上手くならないなぁ」
どう伝えようか困っている創さんに変わって真面目モードの神菜が口を挟んだ。
「あのね、つまりこの能力は元から私やタクちゃんに備わっていて、それに気づけるようになったのが最近って事なんだよ。そうだよね創ちゃん?」
「そ、そうそう!そういう事なの。例えばね」
そう言うと創さんは紙になにか書き始めた。
「ほら、これ」
たもしtでぇしkふr
「なんですかこれ?何か意味があるんですか?」
「ううん、意味は無いわ。ただこれを文字を知らない小さな子供に見せて、これは『おはようございます。』って書いてあるんだよ。って教えたとしたらどう?」
「なにも疑わずに、その意味のない文字を『おはようございます。』という意味だと思うでしょうね」
タクミもまだ創さんが何を言わんとしてるのかわからないというように答えている。
「そう、もともと間違っているけど、知らないから気づけない。知っていれば気づける。この差が成長のあかし。進歩の証明なの。つまりこの意味のない文字列が君達の能力、そして今までの世界が、人間が子供たちって事なのよ。そこから今、文字を覚えて成長しつつあるような状況なの」
固まっているオレとタクミを見て、「少しわかってもらえた?」「大丈夫?」「ごめんね、私本当に説明下手で」と、創さんは自分の不甲斐なさを恥じていたが、いや、そんな事は無いような気がするぞ。おそらく相当わかりやすく噛み砕いた説明だったような気がする。わかるわからないというより、話に頭がついて行ってないだけだ。おそらくタクミも。
「人間はね、多分相当進歩したんだと思うよ。色んな事がわかるようになってきた。色んな事に理屈をつけられるようになってきた。だからこそわからない事や理屈に合わない事が浮き彫りになっちゃったんだよ。でも、世の中の賢い学者先生達はそれを認めようとしないの。人類が積み上げてきたものや、自分たちのやってる事を全否定しちゃうのが怖いんだよ。だからその先陣を切る創ちゃんをマッド・サイエンティストなんて言って科学者の枠の中から追い出そうとするんだよ。科学者のくせに説明のつかない事に無理やり筋の通ってない屁理屈をこねて説明した気になってるくせにさ」
神菜はあからさまに不満そうな表情で創さんのマッド・サイエンティストと呼ばれる理由を話した。
「いいのよ実ちゃん、普通に考えて、普通じゃない事言ってるのは私の方なんだから。そう呼ばれたって仕方無いの」
創さんは少し寂しそうだが、それなりに納得しているようなトーンだ。
「でね、今後人類はどんどん進歩していく、それに伴ってこういう事はどんどん増えていくっていうのが、私と同じような意見を持ってる、今のところマッド・サイエンティストって呼ばれてる科学者達の意見なの。しかもそれは君たちみたいな人がおかしな能力を持つってだけじゃなく、自然現象や動物達にも表れると思われるの」
「実際、世界中でそういう事例が報告されてるんだよ。『まともな』科学者さん達はそれを屁理屈で誤魔化した気になってるけどね」
「そう、そして世界はそれが当たり前の世界に変わっていく。だから私たちは、今までの私たちの価値観や常識にとって代わる能力や現象全てを『オルタナ』という言葉で表しているの」
この日の、創さんの話はこれで終わった。創さんは何度も自分の説明の拙さを詫び、いつでもさらに詳しい説明はするし、なにか「オルタナ」らしき事に遭遇したらすぐに自分に連絡してほしいと言って携帯の番号とアドレスを教えてくれた。帰り際、その能力を絶対に悪用したりしないでほしい、としきりに言っていた。付き合いは短いが、タクミも神菜も悪用はしないだろう。
帰りの道すがら神菜に創さんについて聞いてみた。
「創さんってオレ等とそんなに変わらなく見えるけど何歳なんだ?」
「創ちゃん?一九歳だよぉ。」
「やっぱそんなに変わんないんだ。他の科学者からはぶられてるって事はその世界ではそれなりに有名だったりするのか?」
「それなりになんてもんじゃないよ~。天才なんだよ天才。飛び級で大学卒業しちゃってるし、特許とかメチャメチャ持ってて大金持ちさんなんだよ~」
「へぇ~、飛び級とか現実にあるんだ。それこそオルタナじゃねぇかと思うよ。そういや、自他共に認めるマッド・サイエンティストってああいう意味だったんだな。オレはてっきり世界を滅ぼす細菌兵器の研究でもしてるのかと思ってたよ」
「そうそう、僕も脳味噌が半分見えてて眼帯してるキレキレの爺さん出てくるくらいは覚悟してたんだよ」
「アハハぁ、それは違うけど自他ともに認めるの自の部分はオルタナの事じゃないよぉ。創ちゃんね、人造人間造ろうとしてたり、怪しげな培養液に、変わったネズミを浸けてたりしてるんだぉ。あの家とは別に研究所も持ってるんだよ。一回行ったことあるけど、奥まで見る勇気は無かったなぁ~」
今日一番言葉を飲みました。タクミもそんな顔してましたとさ。